※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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決行! ひんやり作戦!
●烈日赫赫
額の汗を拭い、氷雨 柊(ka6302)はじとんと窓を見やった。
「開いてますよねぇ……」
家中の窓という窓をすべて開け放っているのに、切望する風は少しも入ってきてくれない。今日は朝から凪いでいて、風通しの良さが自慢の日本家屋も形無しだった。
代わりに遠慮したいものばかりが入り込んでくる。
陽射しや蚊は言うに及ばず。
盛んに茂る緑の匂いが庭からも森からも押し寄せてきて、部屋にいながら草いきれで酔ってしまいそう。
蝉達のジワジワいう声を聞いていると、それだけで体感温度が上がる気がする。必死な求愛の歌だと思うと微笑ましくもあるけれど、暑苦しさは否めない。
「そんなに一生懸命だと、女の子はちょっと引いてしまうかもしれませんよぅ?」
軒に止まっている蝉へアドバイスしてみるも、蝉は全力で鳴き続ける。柊はくったりと畳に横たわった。
「……あっつーいですぅ……」
柊の住む地域では、連日猛暑が続いていた。
昼間は肌を刺す強烈な日光がカンカンと照りつけ、日暮れには激しい夕立が降り湿気含みの嫌な暑さに変わる。それは夜中まで居座り続け、夜明け前にやっと過ごしやすくなったかと思うと、日の出とともにまた灼けるような暑さが戻ってくる。
その繰り返しで、柊はここしばらくぐったりしていた。食欲もないし眠りも浅い。
「これじゃあ、かき氷の如く溶けてしまいそうですよぅ……」
言っているそばから、首筋からたらりと汗が。白い肌を伝い青畳へぽたりと落ちる。寝そべってすぐはいくらか冷たく感じた畳も、すぐに体温が移りぬるまったくなってしまった。
かき氷があったなら、どんなにか良かっただろう。しゃくしゃくとした食感と、頭が痛くなるほどの冷たさを思い出し、柊はこくんと喉を鳴らした。
「ないものねだりしても仕方ありませんねー……うぅ、暑さに負けてるわけにはいきません……!」
一念発起すると、萎えた腕に活を入れ畳から身体を引き剥がす。そうしてしゃっきり立ち上がり、凛々しく襷掛けして拳を握った。
「涼しくなる方法を見つけないと! ひんやり作戦開始ですよぅ!」
●作戦決行
最初に柊が思い立ったのは打ち水だった。
手桶にたんと水を汲み、玄関に立つ。
「いざ!」
からりと戸を開け、灼熱の太陽の許へ。
「……あっつーいですぅ」
目の前の景色が白くぼやけている気がするのは、陽射しがあんまり眩しいからか、それとも目眩のせいなのか。
けれどここでめげるわけには行かない。柄杓に掬った水を、陽炎立ち上る地面へ振りまこうとした――次の瞬間。
「あっ、いけませんー!」
あることを思い出し慌てて手を止めた。けれど弾みで柄杓から飛び出した水が、ぱしゃりと地面に飛び散った。そう、すでにアツアツの地面に……。
あっという間に乾いていく土。乾くと言うことは撒いた水が水蒸気になっているわけで、つまりは湿気になっていくということで。
「そうでしたぁ……打ち水は、早朝や夕方にするのが良いんでしたねぇ」
みるみる水を蒸発させてしまう暑さのほどを視覚的にも感じてしまい、柊は噎せ返りそうになりながら家の中へ駆け戻った。
「負けませんよぅ! 次ですーっ」
早くも勇気ある撤退を余儀なくされた柊、気合を入れ直すべく長い髪をぱさりと掻き上げた。膝下まである銀糸髪が揺れ、肌と髪との間に空気が入る。
「あ、これですよぅ!」
柊はぱぁっと顔を輝かせ、鏡の前へ飛んでいくと、頭の高い位置で髪を結い上げてみた。
これがなかなか涼しい。長く豊かな髪で背中がすっぽり覆われていたのだ。それがなくなっただけで随分爽やかに感じられる。見た目もこざっぱりして、何だか気分が上向いてきた。
「ふふふー。負けませんよぅ、暑ささんっ」
更に気分を上げるべく、大事な紫水晶のバレッタを取り出した。モチーフの紫陽花は時期遅れかもしれないけれど、紫水晶の透明感ある色味と艶は、北方で見た氷床を思わせる。
両手で包むようにして持ち上げ、そっと頬へ寄せてみた。陽が当たらない場所へきちんと仕舞っていたためか、水晶はひんやりしていて、頬の火照りを冷ましてくれるよう。
「気持ちいいですねぇ」
滑らかな手触りも気持ちよく、そのまま頬ずりしていると、この水晶と同じ色の瞳をした彼のことが自然と頭に浮かんだ。
照れくさそうに、それでも一生懸命このバレッタを選んで贈ってくれた彼。
口数は少ないけれど、その分柊の話をよく聴いてくれる。紫水晶めく澄んだ瞳で頷きかけながら、静かに。
……と。
柊は再び頬が火照っているのを感じ、手でパタパタと顔を扇いだ。
「いっ、いけませんねぇ。これじゃあドキドキしてしまってー……だめですぅ」
自分から見えないようそそくさ髪へ留めてしまうと、柊は次なる涼を求めて立ち上がる。そうしてあることを思い出し、ぽんと手を叩いた。
「あ、良いものをいただいたんでしたぁ! あれをああしてー、たらいを出してー……ふふ、そうしましょうー♪」
頭の中でひんやり計画が組み上がっていく。
終わりが見えない猛暑は気が滅入ってしまうけれど、こうやって試行錯誤するのはなかなか楽しい。
柊は手拭いで汗を一拭いしてから、再び手桶を持って玄関へ向かった。
●完全勝利
柊が向かったのは井戸だった。汲み上げるのは大変だけれど、井戸水は夏でも冷たく澄んでいる。
木陰になった濡縁の沓脱石にたらいを置き、井戸水を張っていく。たらいがいっぱいになると、今度は手桶に汲んだ水へ鮮やかな薄紅の桃を沈めた。今が旬の桃を、知人からお福分けでいただいたものだった。
桃の産毛が抱いた細かな気泡が少しずつ離れ、水面でふつふつ弾ける様は、炭酸水に似て目にも涼やか。
あとはお気に入りの団扇に本、座り心地の良い座布団を用意したなら、準備は万端。
「ではではー」
柊は濡縁に座布団を置くと、その上にちんまり座った。それから着物の裾をたくし上げ、たらいに張った井戸水へ爪先をちょんっとつけてみる。
「っ……♪」
思った以上の冷たさに一旦引っ込め、改めてゆっくりと両足を沈めていく。足首まで浸かってしまうと、全身の汗がすぅっと引いていくようだった。
「井戸水は我ながら名案でしたねぇ」
左手で団扇を扇ぎつつ右手で本をめくり、のんびり読書しながら桃が冷えるのを待つ。
眩しすぎる木漏れ日も蝉時雨も、心に余裕ができた今では夏の風物詩として愉しむことができる。
すると頭上からチリリと可憐な音がした。さっきまですっかり存在感をなくしていた風鈴が、少しずつ吹きだした風に嬉しそうに揺れていた。
そうして。
「そろそろ良いかしらぁ?」
頃合いを見計らい、手桶の中の桃に手を伸ばす。桃は冷やしすぎると甘さが失われてしまうし、ぬるいと後味が悪くなってしまう、とても繊細な果実だ。
軽く水気を拭ってから、柔らかな皮に爪を立てる。抓んで引っ張ると、薄紅の皮の下から瑞々しい果肉があらわれた。また柊の喉が鳴る。誰も見ていないからと、大きな口で食みつけば、甘い果汁が口いっぱいに溢れ顎まで滴った。
「~~~~ッ♪」
柊、言葉にならずぱしゃぱしゃと水を跳ね上げた。
冷水に素足を浸して、程よく冷えた果実を食んで。
工夫を凝らし勝ち取った至福のひととき。
水がぬるんでしまうまでの僅かな時間を、柊はめいっぱい満喫したのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6302/氷雨 柊/女性/20/縁を絆へ】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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あれこれ工夫して暑さと戦う(?)柊さんのお話、お届けします。
すっかり涼しくなってしまってからのお届けとなってしまい、申し訳ありません……
アドリブ歓迎! のお言葉に甘え、好き放題書かせていただいてしまいました。
発注文でのお気遣いも痛み入ります。いつもありがとうございます!
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。
この度はご用命下さりありがとうございました!