※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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前に進むことに、夢は、必要なのかな。
私には、解らない。解らないまま、ここまできた。
夢がなくても時間は流れていくし、世界はめぐる。
愉快な友達と、楽しく、生きていける。
――ああ、でも。
あの日以来、あの言葉が、胸に刺さり続けている。
『お前の夢は、何だ?』
私は、答えられなかった。
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レム・フィバート(ka6552)。彼女を知るものであれば、誰しもが彼女を善人だと評するだろう。
いかなる困難に相対しても、前向きで。
どのような時でも、幸せそうで。明るくて。
彼女は、誰かと共に歩けるひとだ。誰かのために、生きることができるひとだ。
そう、言うだろう。
悩みなど無い、と言い切ることもあるかもしれない。
なるほど。それはある意味で正しい。なにせ、彼女はそう在ろうとしているのだから。
胸の内を、真に明かすことはなく――そう、在らねばならないと、そう律している。
だから、今日もレム・フィバートは、レム・フィバートらしく、生きている。
胸に虚を抱えたまま、笑顔をつくって、高らかに、愉しげに、生きている。
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ほう、と。自室に戻ったレムは息をついた。
胸の中には充足感がある。今日も、楽しかった。交わした会話、表情、思いが、レムの胸中を、満たしている。
なのに、心の裡は、どこか、苦い。
「…………」
何も言わずに、レムは部屋に備えられた大きめのソファに身を投げた。少し勢いが付きすぎたが、反動は身のこなしで柔らかく、逃がす。
じきに、自重への反発がレムの身体を押し上げる。胸の下に抱え込んだ大きめなクッションのせいで、少しだけ、息が詰まった。
――けれど、これでいい。今はなんとなく、そんな気分だった。
はふ、とため息をつく。一人の時間が、レムは苦手だった。言葉を交わす相手が居ないことは――いや、話し相手でなくてもいい。誰も、いない。
独りでいることは、レムにとっては決して好ましいことじゃない。
思い出してしまうのだ。
不安になって、しまうのだ。
自分が、決して頭が良いわけではないことを、レムは知っている。自分が言いようのない不安に駆られていることはわかっても、その解決はわからない。
いつまでたっても、わからない。ただ、それから逃れる方法は、わかる。
だからレムは、独りを拒み、誰かの側にいるのだ。
「…………寂しい、な」
だからレムは、独りの時間が、こんなにも辛いのだ。
こんな私を、見せるわけにはいかない、と。そう思う。そう思って――ますます、深みにはまり込んでしまう。
ぎゅ、と。強く、顔をソファに押し付けた。息を詰めて、力を更に込める。
思い出すのは決まって、こんな時だ。
ハンターになるよりも、前のこと。
すでに亡くなった“師匠”が、まだ、生きていたときのこと。
老齢も極まって、耄碌しているところも――まぁ、あったけれど。
それでも、ときに厳しく、ときに優しく、レムを導いてくれた、あの師匠の言葉を。
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「ときにレム、将来の夢はあるのか?」
「……えっ?」
師匠との修行は、常に苛烈極まるものだった。
練達の武人を前にして、無手で格闘戦を挑むのは無謀に過ぎる。そうと知りながらも挑み、技を知り、構えを知り、流れを知り――そうやって、少しずつ、強くなっていく。その過程で、不意に響いた言葉だった。
だから、最初は驚いた。それでも、師匠の言葉だ。意味のある問いと思って、考えた。
答えようと、した。
「………………え、と」
身体は動いた。口も舌も肺も、言葉を紡ごうとした。
それでも、言葉は生まれてはこなかった。
「え、っと…………」
真剣に、探す。夢。夢――と聞いて、最初に出てきたのは、強くなるべく励む、幼馴染の姿だ。
そこから、いくらでも浮かんできた。“彼”に限らなくても、レムに夢を語るものは、たくさん居た。
それを手がかりに、自分の『夢』を、探した。
けれど。
「…………ええ、と」
けれど。
言葉は、出てこなかった。
何も、無かった。
夢と呼べる煌めきは、何も、無かった。
そのことが、とても悪いことのように思えて必死に探すけれども、ひとつも、でてこない。
出てきたのは、言い訳ににもにた言葉ばかりだ。
――今が楽しければ、いい。
――前を見てればだいたいなんとかなる。
窮したレムを、彼女の師匠は常に無い厳しい眼差しで見下ろした。前向きで真摯に取り組むレムの胸中を、ただしく射抜くような視線だった。
「夢という希望、生きる為に抱き続けるものを持て。それが無いうちはハンターにもならない方がいい」
師匠は、そうして答えを待つことを止めた。ただ、最後にこう言い添えた。
「……そうでないと、辛いぞ」
盲していた心を、串刺しにするような言葉だった。
師匠はこの二ヶ月後に、死んだ。
あの日、何も言えないままにレムはそのまま、家路についたことを、レムは未だに悔やんでいる。
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「……はぁ」
くるり、と。仰向けになって、詰まった呼気を吐き出した。
冬の凍えた空気を吸い込むと、憂んだ気持ちが透明になっていく心地がする。
あの日、師の言葉に答えられなかったレムは、『夢』の何たるかを解らないままに――ハンターに、なった。
解らないことに惑うている間に、周りは、動いていた。レムがしたことは、置いていかれないように反射的に走り出してしまったことだけ。
そうこうしているうちに、取り繕うことだけがどんどん上手になっていく。
置いていかれないように、前を向いて、とにかく進むことばかりの、自分。
ああ。
「…………」
胸の奥が、苦しい。窮迫する苦しさに、レムは切なげな吐息をこぼした。
この苦しみから逃れられる時が、早く、来るように……レムは、瞳を閉じた。
眠りは、罪悪感に苛まれる彼女にとって――救い、だったから。
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka6552 / レム・フィバート / 女性 / 17 / 虚なるかな、惑なるかな 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。ムジカ・トラスです。
今回は初めてお預かりさせて頂くお子さんでしたし、キャラクターとしてのかなりコアな部分を語らせていただいた……ような気がして、戦々恐々としていなくもないですが(笑)
諸々、付け足しを色々させていただいたりもしました。
普段の姿とは違う部分を浮き彫りにするために、普段の依頼では見られない姿ばかりを書いてしまったような気もするのですが――気に入っていただけたら、幸いです。
それでは、またのご機会が有りましたら、よろしくお願いします。