※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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手の中で眠る命。投げ捨てるか、握りつぶすか。
時間は、誰にでも平等に流れていく。
幸せいっぱいの恋人にも。
病で余命幾ばくも無い老人にも。
時間は穏やかに、そして無慈悲に訪れる。
その中で、命は――抗い続ける。
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アーク・フォーサイス(ka6568)が、何故そのような事をしたのか。
それは、本人にさえ分からない。
歪虚と戦い続ける日々を、少しでも忘れたかった。
それとも消える寸前の命を放っておけなかったのか。
はっきりしている事は、アークの手の中には小さな子猫が眠っている事だ。
「息が弱い。今夜が峠か……」
誰に伝える訳でも無く、アークは一人で呟いた。
手の中にいる子猫から伝わる体温。
優しくも失われていく熱が、アークに状況を知らせてくれる。
負っていた怪我は思いの外、重い。
体の震えから低体温症を引き起こしている可能性もある。
このままでは――子猫は衰弱して死ぬ運命だ。
アークは、その運命に抗おうとしていた。
無謀な事は、分かっている。
このまま子猫を放置する事もできた。道端で行き倒れた子猫一匹が死んだところで世界に何も影響はしない。
アークはハンターであり、世界を脅かす歪虚と日々戦っているのだ。
だが、見捨てられなかった。
気付けば子猫を抱え上げ、知り合いの所に向かって走っていた。
あの知り合いなら子猫の扱いにも長けている。この失われつつある命を、きっと救ってくれる。
「待っていろ。もう少しだけ、頑張ってくれ」
アークの言葉が通じる訳はないが、子猫が答えるように小さく鳴いた。
か細くうわごとにも似た鳴き声。
今、子猫が出せる最大の声なのかもしれない。
だとすれば、あまり時間は残されていない。
急がなければ――。
アークは、残していた余力を引き出して走るスピードを上げた。
●
数日後。
子猫は、元気を取り戻し始めていた。
知り合いの所へアークが駆け込んだ時には、かなり驚かれた。
普段はクールな佇まいのアークが、突然深夜に家へ来訪。子猫を抱えた現れて『助けてやってくれ』と言い出したのだから無理もない。
正直、アーク自身も無理難題を投げつけている認識はあった。
それでも知り合いはアークの申し出を承諾。方々に頼んで子猫の命を救う為に奔走してくれた。
その甲斐もあって、子猫は箱の中ですやすやと眠っている。
「そうか。生きてくれたか」
呼吸の度に膨れる体を見て、アークは安心する。
まだ子猫の心臓は、脈を打っている。
小さな寝息が、アークの耳にも届く。
子猫は――間違いなく生きている。
日々、歪虚と戦うアークにとって子猫が生きていた事は本当に嬉しい事だ。
依頼で命のやり取りを行う事の多いアークが、子猫の小さな命を救った。
世界の片隅で依頼ですらない出来事だが、アークは一つの命を護った。
それが何故か、殊更嬉しく感じた。
「ありがとう。礼を言う」
アークは知り合いへ感謝の言葉を述べた。
おそらく、その知り合いが居なければ子猫の命は失われていた。
アーク一人ではどうすれば良いかも分からず、消え逝く命を黙って見つめる他無かっただろう。
感謝の言葉は、アークの事から自然に生まれ出たものであった。
だが、事実はあまりにも残酷だった。
「……ああ」
知り合いが、そう呟いた。
何故か寂しげな一言。
救えたはずの命を前に、悲しさに溢れたその言葉。
ハンターの勘。
そう言いきってしまえば簡単なのかもしれないが、アークは瞬間的に察してしまった。
――気付かなければ良かったかもしれない、その言葉の意味に。
「ダメなのか……?」
アークは声を僅かに震わせる。
本当であれば、言葉の前に『子猫は』と付ける予定だった。
だが、それを口にしてしまえば絶望しかない。
その絶望を実現にしたくない為に、敢えて言葉を付けなかった。
今も目の前で眠り続ける子猫の顔を見れば、尚更そんな事はできない。
「怪我はこのままなら癒える。だが、病気も抱えていたんだ。この病気が治るには、子猫の体力がなさ過ぎる。おそらく治る前に、子猫は……」
「分かった」
アークは知り合いの言葉を遮った。
知り合いの言葉をそれ以上聞きたくなかったからだ。
言わなくてもその続きは理解している。
この子猫は助からない。
今は一時取り留めた命ではあるが、その命は確実に失われつつある。
時間の経過と共に、この子猫は死へと向かって行く。
目の前で寝息を立てている子猫の体は、病魔に蝕まれている。
アークは、自分の感情をどう表現して良いのか分からなかった。
救えなかった知り合いに怒りをぶつければ良かったのか。
子猫を前に涙を流せば良かったのか。
だが、どのような行動をしたとしても子猫の命は救えない。
まるでハンターとしての限界を、まざまざと見せつけられたような気分。
これが歪虚の仕業であれば彼らに感情をぶつければ良かったのだが――。
「そうか……」
アークがそう呟くと、両肩に何かがのし掛かった感覚。
原因は――分かっている。
それは、自分自身を心の何処かで責めているからだ
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さらに数日後、知り合いから子猫が亡くなったと連絡があった。
子猫は朝、眠るように息を引き取っていた。
静かな寝息を立てて、今にも起き出すかのような姿。
だが、その安らかな寝顔は目覚める事は無い。
「墓を作ってやろう」
知り合いがアークにそう告げた時も、アークの胸中には別の思考が渦巻いていた。
本当に――この子猫は、救われたのか。
外見では幸せそうにも見えたが、その裏では死の恐怖と苦痛に体を震わせていたのではないか。
もし、そうだとするならば、アークの行いは子猫を死の間際で苦しめただけだ。
自分の手の届く範囲は守りきる?
いや、それずらも自己満足ではないのか。
誰かを助けたつもりになって、自分の要求を満たすだけ。
その内実、護られる対象は苦しみ続けている。
子猫の死は、アークの心に影を落としていた。
「これでいい。ここに来ればいつでもあの子に逢える」
子猫の墓の前で、知り合いはそう呟いた。
苦しみを与えた者として、子猫にどんな顔をすれば良いのか。
「ああ」
アークは、感情を込めずにそう答えた。
気付けば、西日がアークの背後から差し込んでいた。
アークの影が出来たばかりの子猫の墓を覆い隠す。
間もなく――夕闇が訪れる。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6568/アーク・フォーサイス/男性/17/舞刀士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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近藤豊です。
この度は発注ありがとうございます!
今まであまり執筆して来なかったジャンルですが、ご満足いただければ幸いです。
また少々アドリブを入れさせていただきました。雰囲気を少しでも盛り上げられればと考えての変更となります。
今回の一件で、どのような変化が起こるのか楽しみにしております。