※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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穿たれし、疵は碧花の
「待ってくださいっす!」
龍騎士隊詰所がにわかに騒がしくなる。
双子の龍騎士が止めるのも聞かず、アーク・フォーサイス(ka6568)は勝手知ったる廊下を進んでいく。
「隊長は今執務中で、誰も通すなと言われてるんす!」
アークは金色の眼で双子を振り返った。
「誰も? "俺が来たら通すな"じゃなくて?」
「そ、そんなことは」
「ならどうして執務室にいるのかな。俺には『一日中会議があるから』と言って、会うのを断ってきたんだけど。……一昨日も、一週間前も、その前も。会議、してた?」
「それは……」
たじたじになる双子が哀れになって、アークは眼光を緩めて微笑む。
「俺に着いてきたらきみたちが叱られてしまうよ。取り次ぎも案内も不要だよ、執務室の場所は分かるから」
それだけ言うと、あとはもう振り返らず彼の執務室を目指した。
執務室の扉を軽く叩くと、応えも待たず開け放つ。机で石板に目を落としていたシャンカラ(kz0226)は、突然現れたアークに驚いて立ち上がる。
「アークさん!? どうして……」
視線を逸したシャンカラを、アークは静かに見つめた。
「きみが俺を避けるから。突然来るしかなくて」
一瞬狼狽えた彼だったが、すぐに例の余所行きの笑みを貼り付けると石板が山積みの机を示し、
「別に避けていたわけでは。忙しかったんです、この通り」
「会議は?」
「予定が変わりまして」
さらりと嘯きアークにソファを勧めた。
「それでも折角訪ねて来てくださったんですから、お茶くらいはお出ししますよ。温かいのと冷たいの、どちらが良いですか?」
いつもより饒舌な彼の口調には、親しみも熱も篭っていない。
『ほんの少し期待して、独りの時間の慰めにすることを許してください』
そう切々と訴えた彼とはまるで別人のようで、胃の辺りがきゅっとなる。
(ああ、これは思った以上に重症だ。シャンカラとしては、精一杯俺を突き放したつもりなんだろうし……避けようとするのも、分かるけど。それが俺のためだと思っているらしいから迷いもない。……でも、反論の機会すら与えてもらえないのはいただけないな)
アークは意を決すると、二人がけのソファに腰を下ろし、
「座って?」
彼を促した。言外の圧力に気圧されたように、彼は向かいの椅子に座ろうとする。
「俺の隣にきて」
「一体どうしたんです?」
からかって逃げようとする彼を強引に隣へ座らせると、肩と腕とが触れた。肩同士が触れ合わないことに体格差を感じ意識しそうになるも、ぐっと堪えてポケットへ忍ばせてきた物を取り出す。それは、手のひらに乗るほどの小さな器具。
不思議そうに器具を覗き込むシャンカラの顔が、すぐ傍にある。それでも怯まず、アークはこれ以上誤解させないよう、真摯に、一息に告げる。
「今日はお願いがあって……これはピアッサーという道具だよ。これでピアスの穴、開けてもらいたいんだ。シャンカラにしてほしくて」
彼は困惑して眉を寄せた。
「それはまた急に、どうして?」
「肩の傷が残ると気にするかなって。ピアスって、傷だから。だから、こっち」
以前彼に斬られた肩口を服の上から撫で擦ると、彼は堪らなくなったように額を押さえる。
「また僕に、アークさんに傷をつけろと? 見たところ、ピアス初めてでしょう? そんな大役をどうして僕に」
「きみにだから、してほしい。……ダメ、かな? 開けたらこれを着けたくて」
アークはもう一つポケットに入れてきた小箱を取り出す。蓋を開けると、碧い花弁の装飾が煌めいた。その材質は無機物のようでいて、何かの皮のようでもあり――不思議な手触りも色味も、シャンカラの鱗に良く似ていた。
それを指でつまみ上げ、アークは自らの耳に当てがって見せる。
「元はイヤリング用だけど、ピアスに仕立て直してもらったんだ。青の色と形がシャンカラの鱗みたいで、これがいいなって。少し違うかな……? どう?」
返事は返って来なかった。
いつの間にかシャンカラは、両手で顔を覆って俯いていた。雪色の髪の間から覗いた耳は真っ赤になっている。
「シャンカラ? どうし、」
「それは……僕は、どう捉えれば良いんでしょう? 自分にとって都合の良い解釈をしてしまいそうで」
アークは小さく肩を竦めた。そしてその肩を、シャンカラの腕へそっと預けてみる。
「きみは、俺が言ったことを忘れてるよね。きみの胸の傷が残ればいいのにって、結構率直だったと思うんだけど」
「いえっ、決して忘れていたわけでは!」
慌てて顔から手を離して振り向いたシャンカラと、至近距離で視線が交わる。
「でもきみは、俺の肩の傷が残ると悲しいんだよね? ……だから、そっちが消えても良いように。開けてくれる? きみの手で」
氷で充分に冷やされた耳朶は、消毒される頃にはすっかり白くなり感覚を失っていた。
それでも、彼の指が触れるとぴくりと肩が跳ねてしまう。
「……ドキドキする、ね。初めてだからかな」
高鳴る鼓動の理由がそうではないと知りつつ、アークははにかんで微笑む。
「動かないで? 肩の力を抜いてください。力んでるときっと痛くなってしまうから」
「そう、言われても……」
穴の位置を定めようと彼が顔を近寄せているせいで、喋るたびに吐息が首筋にかかる。
その上、具合を確かめるために鏡を前に置かれてしまったものだから、そんな自分がもれなく映しだされてしまい堪らなく恥ずかしい。いつになく真剣な眼をした彼の横顔も。
そうしてようやく、耳朶の上を彷徨っていたシャンカラの指が止まった。
「ここで良いですか?」
「うん……任せる」
「では、」
ピアッサーが当てがわれると、思わずアークは白絹拵えの刀の柄をぎゅっと握った。途端、彼が吹き出す。
「ちょっとそれは……おっかないので止めてもらえませんか? 僕に掴まってもらって構わないので」
「でも、爪立ててしまったらいけない、し……」
「少しでもアークさんの痛みを分けてもらえるのなら、むしろ大歓迎ですよ」
そうまで言われてしまい、アークは渋々刀から手を離すと、シャンカラの膝の上へ手を置いた。それを彼は一瞬目を細めて見下ろし、
「では、改めて――」
鏡の中、彼の親指が器具のハンドルを押し込んでいくと、収納されていた針の切っ先がつぷりと白い耳朶にめり込む。同時に、赤い雫が玉のように膨れ上がった。
「……ッ」
流血沙汰など茶飯事なはずなのに見ていられなくなり、アークは固く目を閉じる。
「大丈夫ですか? 止めるなら、」
「だめ。……大丈夫だから、ちゃんと最後までして?」
言いながらうっすら瞼を上げると、鏡の向こうで彼の口許がかすかに綻んだような気がした。次いで、熱さを伴う痛みと共に、ぶっつりと皮の破れる音。
そうして器具を外し丁寧に拭われたあと、彼の手でピアスを嵌めてもらう。バックピンを留め終えると、アークの耳許で碧い花弁が揺れた。アークもピアスに触れ、
「……うん、いいみたい。どう?」
似合う? そう尋ねようとした瞬間、彼の腕が肩へ回され力強く抱きすくめられる。
「え、っと」
たじろいでいると、彼は何故か泣きそうな声で囁く。
「ごめんなさい。すごく……嬉しくて。もう少しだけ、このままで居させてください」
「……ん」
こくりと小さく頷いて、アークは回された彼の腕を控えめに握った。
上気する頬の横で、碧い花弁が密やかに輝いていた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6568/アーク・フォーサイス/男性/17歳/誰が為に花は咲く】
ゲストNPC
【kz0226/シャンカラ/男性/25歳/龍騎士隊隊長】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めてピアスホールを開けるアークさんのお話、お届けします。
こうして重ねてご縁をいただけますこと、とても嬉しく有り難く思っています。
前半では相変わらずの面倒臭さが爆発してしまった隊長ですが、後半で甘さは補えておりますでしょうか。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。
この度はご用命下さりありがとうございました!