※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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存在の意味
遠くで聞こえる鶏の声。瞬く星が光に滲み、空が明るくなってゆく。
フィーナはいつも朝早い時間に起きて、身支度を整える。
何故この時間なのかと問われれば、普通の人であれば『夜明けの景色が好きだから』などと答えるのかもしれないが。
残念ながら彼女はそう言ったものには興味がなく、習慣だから……としか言いようがない。
ずっと以前――自分が物心ついた時には既にこの生活だったような気がする。
それで別段困ったこともないし、変える必要性も感じなかったので、ずっとそのままにしている。
起きてまずするのは風呂に入り、身を清めること。
……この習慣も、母に言われて始めたことだったような気がする。
理由は何だっただろうか。忘れてしまった。
否。思い出したくないという方が正しいか――。
しゅるしゅると聞こえる衣擦れの音。
露わになるすらりとした流麗な身体。
水を弾く艶やかな白磁の肌。ほっそりとした手足は冷たい優美さを示し、まるで人形のようで……微かに丸みを帯びた少女特有の不思議なバランスは、きっと誰もがため息をつくのだろうが、本人はあまり興味がない。
お風呂に入ったからにはキッチリ汚れを落としたい。
あまり筋力のない身体。魔術でスポンジを動かして、丁寧に洗いあげていく。
銀糸のような長い髪も同様に洗い、頭からシャワーを浴びて泡を流す。
決して長くはないシャワータイム。
寝る前にも一度入っているので、最低限で構わない。
しかし、きちんと洗えているかどうかは気になる。
フィーナは大きな鏡の前に立つと、盲いた目に魔力を込めて己の姿を確認する。
――まず真っ先に目に入るのは、全身を覆う黒い刻印。
これは、彼女の親に刻まれたものだ。
『……お前は道具だ。――お前は人を越え、魔導そのものになるのだよ』
『――あなたさえ生まれて来なければ、こんなことにはならなかったのに……!』
脳裏に蘇る両親の声。
娘である自分を道具としてしか認識していない父。
そして、狂気に囚われてしまった母。
この刻印は、魔道具として扱われたフィーナの、消えない痕。
彼女は胸に苦しさを覚えて、目に魔力を込めるのを止める。
この刻印を見ると、どうしても思い出す。
両親の顔と、彼らを手にかけた時のことを――。
両親が嫌いだったのかと問われたら、きっとそんなことはない。
あの頃のことは、思い出そうとすると頭に靄がかかったようになるけれど。
何者かに、こう囁かれたことだけは覚えている。
――魔道具の娘よ。自由を得たくはないか?
自由を得たくば、お前の枷となるものを殺すのだ……。
――その声に従った少女が得たものは自由ではなく、裏切りだった。
今にして思えば、あの人は歪虚だったのかもしれない。
恐らく、魔術の才能を持つ自分を仲間に引き入れたかったのだろう。
その後あの人が自分の前に姿を現すことはなかったから、真意を確かめることは出来ないけれど。
もしあのまま、あの人が生き残っていたとしたら――フィーナは今頃暗闇を歩んでいたのかもしれない。
そう。歪虚にならずに済んだのは、ただ運が良かっただけなのだ。
それからフィーナはハンターズソサエティを訪ね、ハンターの登録をして、様々な依頼をこなしてきた。
それらを通して、色々なものと出会った。
純粋に負のマテリアルから生まれた歪虚。
自分と似た境遇を経て、ヒトから歪虚になり果てた存在。
そしてその元凶たる契約者を生み出した歪虚。
ハンターの行く末を憂いた歪虚。
自らをヒトと呼称し、敵対せず味方として戦った歪虚――。
本当に色々な歪虚がいた。自分達ハンターと同じように。
――ハンターの中にも色々な人がいる。
分かり合える人、分かり合えない人。
お金の為だけに仕事をする人。
困った状況を放っておけない人。
自分を好いてくれる人もいた。
考え方も、実力も皆違う。
それでも、それぞれの意思に従って歩んでいる。
――改めて考えてみると、ヒトと歪虚の差というのは何なのだろう。
歪虚に魅入られ、契約者となったものが歪虚になると言う。
歪虚になったもの。ならなかったもの。
その差は本当に紙一重で――。
……私は、ヒトになれているだろうか?
魔道具たる私は、人として見られているだろうか?
分からない。分からないけれど……。
以前出会った精霊様は、自分を見てこう言った。
――あなたは道具なんかじゃない。ヒトになるといいよ。
ヒトとしての意思を持つもの。心を持つモノがヒトなの。
決して忘れてはいけないよ……。
精霊様。私は、ヒトになれていますか?
これから、ヒトとして何をするべきなのでしょうか――。
――こんなに必死に考えるのは、きっとあの人が大好きだから。
私を好きだと言ってくれるあの人の傍にいる為には、ヒトであり続けないといけないから。
もう手放したくない。見捨てられたくない……。
独りは、いやだ。
逡巡する思考。ぷるぷると頭を振って振り払うフィーナ。
お湯を止めると魔術でするするとバスタオルを引き寄せて、身体を拭く。
……こんなこと考えても仕方がない。
考えたって答えは出ない。
私が出来ることは。自分の手の届く範囲で、努力し続けることだ――。
小さくため息をついたフィーナ。
――今日も依頼が舞い込んでいる。装備を整えて行かなくちゃ。
魔道具であることを求められた少女は、『ヒト』であり続ける為に、今日も歩み続ける。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ka6617/フィーナ・マギ・フィルム/女/13/『道具』だった少女
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。猫又です。
フィーナちゃんのお話、いかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみ戴けましたら幸いです。
フィーナちゃんの内面というか苦悩を少しでも描けていればよいのですが……。
好き勝手色々書いてしまいましたが、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。
ご依頼戴きありがとうございました。