※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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求めたものは遠き世界に
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高い電子音に意識を引き戻され、分解中だったラジコンを残して、レンジから解凍された食品を取り出す。
冷凍食品にも飽きたとは思ったけど、料理をしてみようかという気にはあまりならなかった。
最初の頃には手軽さと美味しさを両立したそれに感動した記憶もあるが、今となってしまっては何の感慨もない、ただの栄養補給である。
「……随分と、感情に乏しくなった気がしますね」
小さなため息混じりに吐き出された言葉は、誰に宛てたものでもないただの確認。
他愛もない独り言である。
そも、聞く人も居ない。
ふと視線を向けた先、鏡に映った自身の顔にこれといった表情はなく、そしてそれを何処か冷めた目で見ている自分を、当たり前のように受け止めている。
なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。
記憶を辿ってみれば、十四の頃の出来事が思い浮かぶ。
「あの誘拐未遂の一件で、何かが決定的に狂ってしまった気はしますね……」
かつん、と突き立てられたフォークが皿に当たって軽い音を立てた。
もしもあの出来事が無ければ、自分は今でもイギリスで両親と一緒に暮らしていたはずだ。
不自由など何一つ無い極東の国での生活は、けれど大切なものが欠けていたのだろう、でなければ私がこんなふうになることはきっとなかったのだ。
再び、小さなため息が漏れた。
両親がこれを聞けば、少しは何かが変わるだろうか?
そんな考えはメールの着信音にかき消された。
両親からの着信通知、しばらくして自動返信が完了したようで、それを知らせる音声が耳に入った。
自作のAIメアリちゃん1号は今日も問題なく稼働中。
ログは定期的に確認しているが、両親がそれの返信に気づく様子はない。
作ったのがいつだったか、事務的になっていった両親からのメールと、AIが返信するだけのやり取りが、いつから繰り返されているのかももう忘れてしまったけれど、それを悲しく思う気持ちすら、すでにどこかに溶けて消えてしまったようだった。
「最後に、会ったのは……いつだったでしょうか」
記憶を辿り、少なくとも年内でなかったなと思い至り、その思考をそっと放棄する。
意味もない思索だった。
きし、と椅子の軋む音が響く。
夏の盛りだというのに、どうしてこうも寒々しいのか……。
両親に愛情がないとは思わないけれど、それはきっと私の望むものではなかったのだろう。
薄っすらと埃をかぶった、伏せてあった写真立てを起こしてみれば、記憶にすらおぼろげだった両親と、自分はかつてこんな風に笑っていたのだろうかと首を傾げるような笑顔の少女が映っていた。
差し込む窓からの光に、それから目をそらして空を見上げる。
雲が高く、白く、降り注ぐ日差しはどこまでも温かいはずなのに……どうしてこんなに……。
それが、成人を迎えた年、リアルブルーで見た最後の青空だった。
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眼下に見える景色は違えど、見上げる空はどこも変わらない。
あえて違いを探すのであれば、元いた世界よりも青が濃いような気がするぐらいだろうか?
あるいは、その青を見上げる自身の心境が異なるのか……。
快適さという点においては以前の世界と比ぶべくもない。
だが、居心地ということにかけてなら――
思い巡らせる時間を遮ったのは、聞き覚えのある声だった。
「だからよぉ、さっさと売り払っちまえってこんな土地。そうすりゃ俺らも何度もこんな所に来なくて済むんだ、なぁ!」
耳に触る濁った罵声の直後、何かが割れる乾いた音が響いた。
水が溢れる音から、宿の前においてあった水瓶が蹴り割られたのだろう。
気づいたときには駆け出していた、行って何が出来るわけでもないけれど、そんなことを考える冷静な自分はどこにも居なかった。
あいつらは基本的に手は出してこない、ただ恫喝してくるだけだ。
だがそれも続けば客足に触る、こっそりとため息をついていた女将さんの姿を見てしまった事もある。
階下まで下りた私は勢い良く引き戸を全開にした。
乾いた音が響き一瞬の静寂がその場を静止させる、その間に詰め寄るつもりだったのだが女将さんのほうが我に返るのが早かった。
「メアリちゃん、奥に行ってなさい! 大丈夫だから!」
「なんだてめぇ! まとめて売っぱらうぞ!」
振りかぶる拳からかばうように体を割り込ませとっさに目を瞑ったが、衝撃が来ないところを見るにやはり手は出さないのか……。
「罵詈雑言も甚だしいですね、吠えるだけしか能がないのなら牧羊犬にでもなってはいかがです」
「この糞アマ! 黙って聞いてりゃ舐めやがって……兄貴、ヤっちまいましょう!」
まくし立てる弟分を片手で制しながら睨みをきかせる兄貴分、それ相手に私をかばおうとする女将さんという構図は暫く続く。
やがてゆっくりと静かな口を開いたのは、兄貴分と思われる男のほうだった。
「別にね、こんな土地なんざに興味はねえんだ。けどな、あんまり強情が過ぎるようなら、身の回りで不幸があってもしらねえぞって、思いやりで言ってるんだぜ」
一見丁寧で冷静に見えるそれは、その実ただの恫喝だ。
手を出すぞと、そう言っている。
そのにらみ合いと台詞のなかで、心臓が早鐘をうっているのは緊張しているからなのだろうと思っていた。
沈黙に耐えられなくなったのは弟分のほうだった、堪え性がないともいうのだろう、手よりも先に足が出る、そんな瞬間。
――カチリ。
歯車の噛み合うような音が聞こえた気がした。
不意に視点が俯瞰される。
威嚇するような蛇の幻視、次の瞬間意識が体に引き戻されたときには、男二人がぎょっとした様子をしていた。
「な、なんだこのアマ……?」
「うるっせぇな、ピーチクパーチク囀りやがって」
「あ、あんだとぉ!?」
「近づくな! ……覚醒者(イクシード)だ」
露骨な舌打ちをすると、兄貴分は踵を返す。
「引き上げるぞ。覚醒者相手なんざ分が悪すぎる」
歪虚とも戦えるような存在相手に、たかが地上げ屋の自分では話にならない、判断だけは合理的だったようだ。
慌てる様子はなく、だが足早に離れていく地上げ屋二人を、姿が見えなくなるまで睨みつけていた。
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ふと、少し前の出来事を思い出していた。
あれ以来、地上げ屋が来ることはなくなった。
覚醒者のいる場所に難癖つけるなど、実力で排除されるのはもとよりハンターズソサエティ相手に喧嘩を売るようなものだからだろう。
今の住まいとなった宿屋の離れは自分には少々広かったが、以前済んでいた日本の部屋よりずっと暖かく感じる。
理由は明白だ。
「メアリちゃん、お昼もってきたから、一緒にたべよ」
無機質な着信音ではない、自分を呼ぶ確かな声。
すっかり聞き慣れた女将さんの声に腰を上げる。
今の日々は、あの頃よりもずっと温かい。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【ka6633/メアリ・ロイド/女性/20/機導師】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
この度はご依頼いただきありがとうございます。
愛も振り切ってしまうとよくないようで、メアリさんにとっては望まぬ形だったのだろうなと書きながら思っておりました。
一人ぼっちは……寂しいです。
雰囲気重視とのことでイメージしてみた結果、出だしが少し重めの空気感になってしまいましたが……。
口調、内容など気になることがございましたら遠慮なくリテイクをお申し付けください。
この度はありがとうございました。
――紫月紫織
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