オープニング
各国の代表者たちより招致を受け、冒険都市リゼリオへと航行を開始したサルヴァトーレ・ロッソであったが、
問題は幾度も姿を変え、試練や危機を伴って彼らの元へとやってくる。
「――なんだって? 歪虚だと? それがお前の持ち込んだ停船要請の理由か」
サルヴァトーレ・ロッソの艦長、ダニエル・ラーゲルベックの声音と表情が険しくなる。
「はい。詳しくは、クロウから聞いて下さい」
少し前に各国の高官を相手に身のすくむ思いをしてきた篠原神薙は、戦場往来の鋭い視線に射すくめられても臆することなくそう答える(ノベル第四話をお待ちください)。
ダニエルに目を向けられたハンターズ・ソサエティのアルケミスト、クロウは、『事実だ』と返答した。
「このでかい船から、ソサエティ本部の探知装置が大規模な歪虚反応を感知したらしい。いわゆる【歪虚汚染】って奴だ。とっとと排除しなけりゃ、あんた達だけじゃなく入航先もろくなことにならねぇ」
危険なのはリゼリオだけではなく、自由都市同盟も、である。なんとしてでもここで歪虚を消滅させなければならない。
「艦長。彼らの言うことが本当ならば、これは早急に手を打たなければならない問題です」
クリストファーが真剣な面持ちで進言し、ハンターの面々へ反応が確認された場所はどこなのかと問う。
「船の後ろの方……以上には分らん。正直なところ、探知装置っていうのも大した精度じゃないんでな」
「手分けして探すしかないんじゃないかい? いや、探すのはいいけどね。歪虚汚染ってのは一体何なのさ? 島にいた化け物と何か違うのかい?」
傭兵のアニタが訊ねてみると、分かっていない部分もあるが、と前置きしつつ答えてくれた。
「あの怪物どもは歪虚っていう現象の一つだな。歪虚ってのは世界の歪みそのものだ。突如現れ、あらゆる物質を取り込んでしまう。物体として存在する物であれば何でも。消滅させるためにマテリアルを吸収していく存在さ」
取り込まれてしまった成れの果てが、島にいたような怪物だという。それは更なる獲物を探して広がり、歪虚の影響力を広めていくのだ。
「……鶏が先か卵が先か、か。つまり、あたしらは化け物を探しゃいいんだね」
艦内での戦闘を想定したアニタは眉を寄せた。ここにいる一般民を、そして艦も傷つけるわけにはいかない。
「歪虚を祓うためのお祭りも、忘れちゃダメだよ」
「ちょっとラキ……」
口を挟んだラキを、神薙が慌てて制止するが時すでに遅し。艦内の制服軍人達が胡乱な目を向ける。
「あぁ? バカ言ってんじゃねぇ。祭りなんか開いている場合かよ」
「ちょっとおじさん、初対面の相手に馬鹿って失礼じゃない?」
相手がこの船で一番偉い人だと伝えるのを忘れたのが悪かったのか、伝えていても大差はなかったかもしれない。胃の痛そうな顔をしている神薙を面白そうに一瞥してから、
「まあまあ。要するにラキの嬢ちゃんが言いたいのはこういう事だ」
こちらの世界の住人――クリムゾンウェスト人としての常識を、クロウはどこか手慣れた様子で説明した。
歪虚というのは突如出現し、形あるものを【無】に帰していく、いわば負のエネルギーであること。
負の対局である正のエネルギーを発生させることで、歪虚の力を弱めることができるらしいこと。
それゆえ、クリムゾンウェスト人は祭りや清めの儀式を大切にしている事などを告げた。
「じゃあ、この艦を上げて、何かをお祭りすればいいって事?」
それなら僕得意だよ、と竹村 早苗が嬉しそうな顔で挙手している。ラッツィオ島を離れて後、好奇心旺盛な彼女はハンター達について回っていたようだ。
「いいこと考えたよ! 艦内大掃除と、お疲れ会兼歓迎交流パーティーなんかを開いちゃおうか!」
「賛成! あたし達も協力するよ!」
掃除も出来て、祭りも出来て一石二鳥だし何より楽しそう! と早苗は盛り上がってきているらしく喜色満面である。そう言う流れは好きらしいラキも同意するように頷いた。
その様子を、気乗りしない様子で眺めていたラーゲルベック。
ハンター達の言う事を信じないわけではないが、本当にそんなことでうまくいくのだろうかという思いが顔に現れている。リアルブルーの人々の困惑が分かるが故に困った顔をしている神薙と目が合い、子供が泣きそうな苦笑いを浮かべた。
「まぁ、そっちの方は得意な奴に任せた。まずは艦内調査が先だ。続いて安全が確保できた場所へ非戦闘員を避難させ、それと並行し掃除やらパーティーでもしたらいい」
それで危険に巻き込まれた彼らの気が紛れるのなら儲けものだ、とラーゲルベックは考えていた。意図せず異世界に飛ばされた民間人は、今でこそ楽観的だがいずれ現実を直視せざるを得ない筈だ。緊張の糸が切れるのは先の方が良い。
「はいっ、了解! それじゃ僕は早速皆に声がけしてくるね!」
言い終わらぬうちに飛び出していく早苗、とラキ。万が一を考えれば、ハンターが避難所にいるのも必要だろう。釣られたように駆け出していく複数の足音を聞きつつ、クリストファーも自分は調査に出るといった。
「歪虚の事やこの世界の事……聞きたい事は山の様にあるけど、そう言ってられる事態でもないからな」
まずはこの局面を乗り切り、リゼリオとやらにたどり着けば色々とわかるだろう。
ラーゲルベックへ敬礼を行うと、クリストファーも準備に取り掛かり、戦闘の気配を感じ取ったアニタも周囲へと声を張り上げている。
「俺も、同行させてください。この力、守るために使いたいんだ」
ラキを見送った神薙の声に何を感じたのか、アニタは口元だけで笑うとついてこい、というように手を振った。
●不穏な影
それぞれが行動を開始した頃。サルヴァトーレ・ロッソの船体に、ちらちらと揺れる影があった。
影、ではない。異形とも呼べる【何か】であった。
先の戦闘により、その数を減らしてはいたが――ラーゲルベックらがリアルブルー宇宙で目にした、あの謎の生命体はしぶとく生き残っている。
彼らはその本能の命じるまま、サルヴァトーレ・ロッソという物質に絡みつき、マテリアルを吸い上げ、じわじわと消滅させようとしているのだ。 艦だけではない。その魔手は、この中にいる人々へも向けられていた――……。
執筆/担当 藤城とーま