サルヴァトーレ・ロッソ直衛/避難民脱出支援/LH044脱出/大型ヴォイド進攻阻止
●それぞれの逃亡劇
「……んだよこれ……んだよこれ!!」
赤い非常灯に照らされたパイプが複雑に入り組んだ通路の中を無我夢中で駈けて行く紫雲 篝の口から本人も意識しないままに繰り返しこの呟きが漏れていた。
その全身はべったりと血で汚れている。彼自身の血ではない。むしろ、彼自身の血であったならどれだけ良かったことか。それは彼の親友の血だった。
「――!」
ぎゅっと唇を噛む篝。必死に前を見るその目からは止めどどなく涙が流れる。
彼の親友は殺された。彼の目の前でヴォイドに殺されたのだ。
篝は瞬きで目を閉じれば途端に甦る、あの光景。あの悲鳴。それを必死に振り払う。走ることで振り払おうとする。だが、その彼の走りは唐突に止められた。
「……!」
絶句する篝。闇の中、明らかに異質な『目』がきょろきょろと蠢く。棘の生えた脚がカサカサと嫌悪を催す動きで速やかに篝の方へ近寄って来る。
恐怖のあまりか、それとも親友を奪われた怒り故か。篝は目を閉なかった。
それ故、彼は軍で正式採用されている小銃の発砲音だけでなく眼前のヴォイドが体の一部を吹き飛ばされ体液を撒き散らすさまをしっかりと目撃することが出来た。
「何とか間に合ったようだな。大丈夫か?」
呆然とする篝の前に現れたのは、彼とほぼ同じ年齢の少年――月村 恭也だった。
「礼なら後でいい」
何か言おうとする篝を制して恭也は手に持っていた拳銃を篝の方へ差し出した。
「これって……」
目を丸くする篝。
「……ここまで来る途中、死んでいた軍人たちから借りてきた」
その言葉に、改めて親友の死を思い出し目を閉じる篝。
「探せば、俺やお前のような逃げ遅れた人たちがまだ居るはずだ……彼らと合流して最寄りの脱出艇かハブを目指そう」
受け取った銃を握る篝。不思議なことだが、彼はその握り締めた手にぬくもりが甦るのを感じた。直前までお互い握りあっていた親友の手の。
「解った……俺も、戦う」
頷く篝。彼は戦う決意をした。仇を討つためではない。今度こそ、守るために。
「また来やがったな、この化け物があっ!」
広大な牧草地帯の真ん中にて、ダンガリーシャツ他いかにも大農場の主と言った風情のハーランド・エドワーズは口汚く罵声を吐きながら自衛用のショットガンを構えて振り向いた。
「……む?」
しかし、そこにいたのはあの悍ましいヴォイドではなくお気に入りの熊のぬいぐるみを抱えてぶるぶると震える可愛らしい少女、佐藤 絢音であった。
「お嬢ちゃん、何だってこの緊急事態に一人でこんな所にいるんだ?」
精一杯優しく尋ねる髭面のエドワーズ。
「パパ……ママ……ぐすっ」
ただただ泣きじゃくる絢音。しかし、エドワーズは彼女の唇から洩れた単語から容易に状況を察した。
「そうか、ご両親が……大変だったなぁ」
エドワーズの節くれだった手が少女の頭を優しく撫でる。
「それで……こっちの方から……てっぽうの音と、おじちゃんの怒った声が聞こえたから……」
「それで、安全な方向を見定めたって訳か。こんな小っちゃいのに大したもモンだ」
そう言ってガハハと笑うハーランドの足元では、大型犬くらいの大きさの小型のヴォィドの遺体が速やかに分解しつつあった。
この程度のヴォイドを仕留めるのに彼は装填していた弾丸を全て使い果たしていた。
無理もない。気密のためコロニーでの銃器の所持は厳しく制限される。彼がこの銃を持てていたのは彼のコレクションで前世紀の骨董品だったこと。
そしてショットガンという貫通力には劣り、旧式であることもあってコロニーの外壁の最も脆い部分に接射しても、安全だと判断されたからに過ぎない。
「なーに、安心しなこの俺と出会ったからには安全だ! しかし……」
ハーランドは溜息をついた。ありったけの弾丸を使ってようやく仕留めたのは敵の群れの中でもごく弱い小型のものに過ぎない。
「……俺もこの牧場を捨てるのは癪だが、命には変えられねえ。この先の納屋に、ウチのがクルマが留めてある。そのどれかに乗って逃げるぞ」
ぬいぐるみを抱きしめたままこくんと頷く絢音。
「そうだな、トラクターにでも乗って連中を耕しながら逃げるか! なーに、中央ハブにまで行ければきっと助けが来る! ……お嬢ちゃんのパパとママもきっといるさ!」
ぬいぐるみに押し付けられた絢音の口元が少しだけ笑った。
ここまでの行動で解る通り、彼女はこの年齢としては相当に頭が良い。恐らくハーランドの言葉を信じたのではなく、その心遣いがうれしかったのだろう。
だが、微かな希望を胸に抱いて納屋に急いだ二人が直面したのは紛う事無き『絶望』であった。
破壊しつくされ、燃え上がる納屋。その炎に照らされぬめり輝く蛸と蟹の合いの子のようなヴォイドがゆっくりと獲物の方を向く。
「○×△―!!」
最早言葉にも聞こえぬ悪罵と共にハーランドは再装填したショットガンを連射。
しかし、ヴォイドは全弾を浴びせられても一向に怯まず、その歪んだ鋏角をゆっくりと二人の方に伸ばした……次の瞬間。側面からの銃撃がヴォイドを貫いた。
真っ先に発砲したのは篝だった。小型ではあるが、強力な弾丸がハートランドと絢音を襲おうとしていたヴォイドが激しく身体を痙攣させる。
その隙に、ハートランドは絢音を抱えて篝と恭也のいる方向に向かって走る! なおも追いすがろうとするヴォイドに今度は恭也が発砲して足止めした。
「助かったぜ……」
農場を抜けて、ようやく安全な場所まで辿り着いた時、ハートランドが礼を言う。
「良かった……」
篝の言葉は、ハートランドたちにというよりは自分自身に向かっていっているようにも見えた。
「さて、次はどっちへ向かうか」
そう呟く恭也を見上げ、絢音はある方向を指す。その時、全員がその方角から銃声がしている事に気付く。
彼らは実際に合流するまで知ることは無かったが、それはアンジェリナとキリル・シューキンが応戦する音であった。
「全く、我ながら情けない……」
キリルはそう情けなく笑うと、本と埃の山から体を起こした。ここは、コロニーの一角にある彼の学校の研究室。
彼は襲撃時の振動で倒れてきた本棚の下敷きになっていたようだ。幸い怪我はしていないものの、周囲に人の姿は無い。逃げ遅れたようだ。とにもかくにも、研究室の外に出て彼は絶句した。
「……ひどいな」
彼の研究室のある区画は既に破壊し尽されていた。彼の研究室がある建物を始めとして見渡す限りの建物が、無残に破壊されている。
ふと、近くを見ると誰かの遺体が建物の破片の下敷きになっており、がれきの下から伸びる手の先に軍隊で使用されている小銃が転がっていた。
拾った小銃を手に、とにかく市街地を抜けハブへと向かおうとするキリル廃墟と化したビルの角を曲がった時、突然彼はアンジェリナ・ルヴァンと出会った。
「何だ、人間か……」
危うく銃を突きつけそうになったキリルが、ほっとしながら言う。
一方、アンジェリナはいきなり。
「良かった……やっと軍人に会えた……」
そのまま地面に座り込むアンジェリナ。驚いて自分の格好を見直したキリルは納得した。トレンチコートに銃。これでアンジェリナは勘違いしたのだろう。
「今は、本隊からはぐれてしまっているが……私はキリル軍曹だ」
良心の呵責を感じつつ、相手の希望を失わせないためにそう名乗るキリル。
「ありがとう……私は、アンジェリナ・ルヴァンだ」
そう名乗ってからアンジェリナは自己紹介が必要だと気付いたのかこう付け加えた。
「このコロニーの者ではない。ここにはバカンスで来ていた」
「バカンス? じゃあ、あそこの区画からここまで?」
そう言って、アンジェリナがいた筈である観光用の区画を見上げるキリル。だが、そこは丁度反対側にあるこの位置からも既に破壊し尽されているのが見えた。
何気なくキリルの視線を追ったアンジェリナの表情が、同じ位置を見つめて凍り付く。
「……そうだ、私の両親は、あそこで……あそこで……!」
わなわなと震えだすアンジェリナ。
「二人は、最後まで私に『生きろ』と……だから、こんなとこで……こんなとこで死んでたまるか!」
キリルは何も言えず、黙ってアンジェリナより先に歩き出すしかなかった。
その後も、彼らの避難は続いた。そして、今彼らはコロニー外周に設けられた複数ある脱出艇の中で身を寄せ合っていた。
既に発進の準備は整っている。後は周囲のヴォイドが手薄になるのを待つばかりだ。
そんな状況、彼は途中で合流したタンポポが皆に配ったカロリーブロックを詰め込んで腹ごしらえしていた。
極限の緊張の後の故か、妙に美味しく感じられる。
「……あの変な子達も、お腹空いてるの?」
そんな中、当のタンポポがぽつりと言った一言に全員の注目が集まる。
「ねえ、何で皆をいじめるのかな? 怖いのかな?」
誰かが口を開こうとした時、無機質な機械音声が脱出シークエンスの秒読みを告げた。
――今はまだ、ヴォイドと戦う術を持たぬ彼らはタンポポの問いの答えなど知る由もない。それでも、いずれは……。
●最後の脱出者たち
かつて、そこは学生たちが集い明るい声が木霊する場所であった筈だ。だが、今は悲鳴と怒号が飛び交い、そしてヴォイドと呼ばれる異形の軍勢が群がる地獄と化していた。
その真っただ中で防衛隊の一人、ロバート・ガレオンはこの状況を楽しむかのように叫んだ。
「いいか! 最高だ! 民間人を守るぞ! 死人からも武器をはぎ取れ! 使えるやつはナイフでも分捕れ!」
彼は戦争さえ出来れば満足なのか防衛線の最前列に陣取り、ひたすら機関砲を連射していた。
「おいおい、頭出しすぎだまぬけ」
校庭の一角に急遽残骸で構築されたバリケードの陰から、自身の放った弾丸にヴォイドが貫かれたのを確認して玖ヶ塚 旋風は皮肉に口元を歪めた。
しかし、その顔はよく見れば疲労が色濃く出ている。それは、白髪の混じり始めた彼の年齢によるものではなく、この絶望的な戦況故だ。
なにしろ、彼らが遮蔽物にしているのは既に機能を停止した最新兵器、CAMの残骸なのだから。
旋風の傍らでは歩兵装備に身を固めた、ほぼ同年代の須藤尚孝が必死の形相で敵の群れに小銃を放つ。
「あまり無駄弾使うな」
思わず声をかける旋風。だが、彼はそんな声など耳に入らないかのように。
「ここには俺の子がいるんだ……これ以上は進ません!」
肩を竦める旋風。だが、彼にも尚孝の気持ちは理解できた。彼とて一人娘を持つ身なのだから。
「ちっ! ふんばるしかねえか」
彼がそう言って引き金を引こうとした時、突如一匹のヴォイドがバリケードを飛び越えて着地した。
だが、旋風と尚孝が銃を構えなおすより早く、横合いから安藤・レブナント・御治郎が自分の小銃に残っていた弾を叩き込み、何とかヴォイドを射殺する。
「助かった……だが、あんた、弾は?」
銃を投げ捨てる御治郎に旋風が顕現な表情を見せる。
「な、なぁに……弾が切れればナイフで、刃が折れれば瓦礫ででも殴ってやるさ。少しでも時間を稼がないとな……軍人の本懐此処にありって感じだぜ……」
その時、またバリケードを越えてきた小型のヴォイドが御治郎の背後に。御治郎の表情が凍り付く。
「危ない!」
だが、そう叫んだ尚孝の小銃が火を噴きヴォイドを撃ち殺した。
「は……はは、勿論ウソだよ……」
「お、おい?」
御治郎の様子がおかしい事に気付く尚孝。御治郎の身体は恐怖に打ち震えていた。どんなに強がってみせても、精神はとうに限界だ。
「タスケテェー! 救援早くぅー!」
絶叫が響く。それに応えるかのように、校庭で兵士たちか気付いた最終防衛線に守られた急造の戦闘指揮所から女性兵士である寒河江 真言の嬉しそうな声が通信に響いた。
「援軍だよ! あの最新鋭艦サルヴァトーレ・ロッソが来てくれたって!」
そう言ってから、真言はだからもう少し持ち堪えて、と言おうとした。が、既に防衛線の崩壊は時間の問題であった。
「……このままじゃ学校が、シェルターが! ちっちゃい子もいるのに……!」
遂に、真言は決断した。
「皆、もうここで待っていても駄目だよ、皆でサルヴァトーレ・ロッソの方に移動しよう!」
彼女の提案に指揮所の人間は一様に驚くが――すぐに納得した。
「だけど、問題は脱出ルートだね」
K・ハイネマンの言う通りだった闇雲に逃げれば避難民のいるこの状況では、全滅するだけだ。
だが、一心に端末を操作していたハイネマンは努めて明るい表情で言う。
「大丈夫、まだシステムの一部は生きている。これなら、周辺の電源系から無事なルートが策定出来るよ」
だから、もう少しだけ持ち堪えて欲しい。そうハイネマンは申し訳なさそうに仲間に詫びると再び端末に向かい、呟く。
「誰も見捨てない……全員で生き残るんだ」
『この放送が聞こえていますか? 残されたシェルターはこの学校の物だけです。逃げ遅れた方は直ちに集合して下さい。繰り返します――この放送が聞こえていますか?』
放送室から聞こえるフラヴィ・ボーの声。LH044のとある学校、そこが最後の脱出劇の舞台であった。
度重なるコロニーの破壊にシェルターが揺れる。その度に下級生たちの押し殺した悲鳴や嗚咽がシェルター内に広がってく。
悲鳴を上げ、泣き叫びたいのはキリエ・マーカーとて同じだ。だが、彼女は養護教諭という立場を支えに、震える両足を拳で叱咤し、子供たちや近隣の避難民たちの間を駆けまわって、常備していた医薬品を配って回る。
「心配ないわ。怪我したらこれで治るわよ」
キリエがそう言うと、小さな子供は受け取った薬を大切に抱きしめた。
子供たちの中には既に怪我をしている子も多い。クティ・アモンはキリエから受け取った絆創膏で手早く手当てを施していく。
「大丈夫よ。お姉ちゃんも一緒にいてあげる」
クティの言葉に、子供も小さく頷いた。
一方、学生ではない近隣の住民や、学校の先生などにも怪我人は多い。医薬品は傷の重い者や女子供が優先なので、中には医薬品を使っての治療を受けられない者もいた。そういった怪我人を前にしたシエルは迷わなかった。
「血を、血を止めなければ……!」
傷は深くはないが出血が多い。包帯が足りないことが解っているのでシエルは消毒だけすると、そこに引きちぎった自分のスカートを巻いていくのだった。
そうこうしている内に、寒河江ら軍人からシェルターを脱出するという指示がもたらされた。勿論、皆それしかないと解ってはいるのだろうが、やはり動揺が広がっていく。
その混乱を収めるべく、アイゼリア・A・サザーランドが立ち上がった。
「大丈夫! 今の軍人さんの話を聞いたでしょう? 救助はすぐそこまで来ているわ! だから、生徒も、住民の皆さんも避難訓練の通り、整列ッ!!」
その凛とした声に、住民たちは勇気づけられた。整然と訓練で学んだ通りに準備を整える避難民たち。
「それじゃ、おねーさんについてきなさーい」
立ち上がった美少女、クリス・クロフォードが自身に溢れた態度でまず小さい子供らを先導する。
「ありがとう、クリス……」
信頼する生徒の振る舞いにほっと息を吐くアイゼリア彼女も緊張していたのだ。
「任せて! センセ、じゃあ先行くからね」
そう言って手を振るクリス。
「お願いね、クリス。でも、脱出したら今度こそ女子制服を着るのは止めること。いいわね?」
しかし、クリスは振り向いて舌を出しただけだった。
「良かったわ。おかげで授業時間が伸びたじゃない」
物資の箱の上に立っていたソフィア・シュナイダーのその冗談に、何人かの避難民は少しだけ笑顔を見せた。
「いい? 基本的な使い方は今教えた通りよ」
壇上で改めて武器を構えて見せるソフィア。見れば避難民の内の何名か彼女と同じ武器を握っている。
「後は指示に従ってくれれば大丈夫! ハブまで一気に駆け抜けるわよ……敵? あんなのはアンモナイトと同じよ」
ソフィアの冗談にまた何人かが笑った時、指揮所からハイネマンの脱出経路が決まったという通信が入る。いよいよこのシェルターから脱出する時が来たのだ。
シェルターの出口には、既に避難民の有志や防衛隊の一部が用意した車両がかき集められていた。
だが、車両を集めてきた人物の一人である緋想ヒナは、一台の大型車両を前に、焦っていた。
「そんな……ここまで来てエンジンがかからないなんて……!」
もしこの車両が使えなければ、車に乗れない人々が出てしまう。だが、ヒナに工具箱を抱えたリックが余裕な態度で話しかける。
「ちょっとどいてくれ…これは多分ここが……そら動いた!」
ジャンク屋であるリックにとってこの程度の修理はお手の物。普段は尊大なヒナも思わず感謝する。
「へへ、ついでに運転も任せな」
リックがそう言った時、和久 司がやって来た。
「無事動くようだな……こっちも準備が出来た」
警官である司は、自分の装備のほかに防衛隊から拝借して来た武器を並べて見せた。
避難民たちがソフィアによる武器のレクチャーを受けている。きっと役立てられるはずだ。僅かにだが脱出への希望が見えてきた。だがヴォイドの群れの第二波が学校の近くに現れたのは、その直後であった。
バリケードに開いた穴に殺到するヴォイドたち。その数は見ただけで圧倒的だ。だが、彼らの戦闘集団が校庭になだれ込んだ瞬間、そこに一台の輸送車が突っ込んで来た。しかも、その荷台からは火の手が上がっている。
群れの中に突っ込んで横転した車両は、すかさず燃料に引火し大爆発を起こした。
祈るようにその成り行きを見守っていたテンシ・アガートはヴォイドの動きが一時的の止まったのを確認して振り向くと避難民を鼓舞する。
「さあ、もう少しです! 早く車に……皆で生きて帰りましょう!」
アガートに説得され、その場に残っていた車両にすし詰め状態で乗り込んだ住民たちに安堵が走る。
だが、その時誰かが悲鳴を上げた。何と別方向から小型ヴォイドの小集団が出現。まだ発進準備が整っていない車両の方へと群がっていく。しかし、彼らの注意は反対方向で響いた爆竹の派手な音に向けられた。
「私だって怖い……だけど……民間人を守る責任があるから……」
奥歯をカチカチと鳴らしながら、それでも瀧 かなめは二つ目の爆竹に火を点けた。武装は小銃のみ。
「みんな、どうか、無事で……」
ヴォイドたちは、あるいは先ほどテンシの特攻させた車両の爆発で神経質になっていたのか、迷わず彼女の方に向かっていく。
既に発進した最後尾の車両の避難民たちの耳に三発目の爆竹の音が聞こえ――それっきり銃声も悲鳴も聞こえなくなった。
「希望は……繋がった……どうか幸せに……」
同様に最後の車両の発進を見届けた尚孝は、銃を下すと、遮蔽物にしていた瓦礫に寄りかかる。既にバリケードは寸断され、旋風や御治郎とも離れ離れ。
周囲に最早生きている人間はいなかった。
銃撃が止んだ途端ヴォイドが群がってきたが、その時、既に尚孝は目を閉じていた。
「……解りました! そっちの道路は避けてA地区からハブに向かいます」
サルヴァトーレ・ロッソから来た救援部隊との通信を切ったハルト・ドゥルックは、車列の先頭を走る車両の窓から身を乗り出し、周囲を警戒する。学校を襲っていた集団は振り切ったようだが、まだ油断は出来ない。
「……」
ハルトは目を閉じ、散って行った同僚たちを思い浮かべ、改めて銃に再装填。
その傍らでは、ジェイク アルバーンが車列の進路になおも群がる少数のヴォイドに向けてひたすら弾丸を撃ちまくっていた。
「かかって来いよクソヴォイドども! このジェイク様が相手になってやらぁ!」
「迂回してハブに向かいます。和泉さん、ルート変更を!」
「了解! 道はばっちり記憶してるから任せて! このままみんなで絶対脱出、だよ!」
ハルトの指示に運転席の和泉 鏡花がギアを入れ替えアクセルを踏み込んだ。
銃声を後に残して、車列はひたすらに崩壊寸前のコロニーをハブに向かって爆走するのであった。
●闇の中の光
唐突にLH044に『夜』が訪れた。原因は、コロニーの集光システムの破損。通常のコロニーの一日で訪れる管理されたそれではない暗闇の中、車列は立ち往生するしかなかった。
闇の中、運転手や軍人たちが必死にルートや現在地を確認する中、だれかが叫んだ。あれは何だ、と――。
色とりどりの眼球だけが、出鱈目に、左右非対称に、異様な角度で煌めき蠢く――最悪のタイミングでヴォイドの一団と遭遇したのだ。
直ちに応戦が始まった。
「みんな頑張ってるから、絶対報われます! もっと、もっと撃って!」
射撃に長けたリンカ・ロ−ゼンハイムの鼓舞の元、ソフィアのレクチャーを思い出して必死に撃ちまくる人々。
ヴォイドはすぐには車列には近づけないでいた。とにかく強行突破したいところだが、どの方向から敵が来ているかわからない状況では迂闊に逃げ出すのは危険だった。
だが、この状況を打開する案は意外なところからもたらされた。
「軍の車なら熱源探知モニターくらいついていないの!? 人とヴォイドなら大きさも熱量も違うはずよ! 確認して敵の手薄な方向に脱出を!」
こう叫んだ三木名 雪の判断は正しかった。熱源探知機に映し出される蛸や虫を思わせる異様な反応から敵の分布は解った。
だが、敵は完全に車列を取り囲んでいる。
「こうなったらせめて若い奴くらいは……」
覚悟を決め、前に出たのはトウモロコシ農家のシンジ・マツダ。
「俺も付き合うぜ……怪物なんぞにあいつとの約束は破らせねえ!」
同じく農家経営の築地 龍正も雄々しく叫ぶ。
「げ!? あれがヴォイド……こ、怖いけど、俺は! 絶対父ちゃんを一人になんかしないんだからな!」
龍正の息子である、築地 瀧生も父の側に並ぶ。
「行くぞ瀧生! 男なら根性みせろ!」
彼らが手に握っているのはスコップや鉄パイプでは勿論無く、司が調達してきた銃器であり決して無謀ではない。
その証拠に、一旦は気力が萎えかけていた人々が再び闘志を取り戻す。そして、センサーが僅かにだが敵の群れに脆弱そうな箇所が出来た事を示した時、人々はそこに突入した。
弾丸をほぼ使い尽くして敵の群れを強行突破した車列はどれほど走っただろうか。安全な迂回路を取っているせいもあり、まだハブは遠い。
そんな中、誰かがまた悲鳴を上げる。
まただ。再び暗闇の中に煌々と光る目が――だが、何かがおかしい。
最初にその正体に気付いた軍人が歓声を上げた。同時に、闇の中でアイセンサーのみを光らせていた数台のCAMが一斉に投光器を使用して車列を照らし出す。
人々の目が潤んでいるのは、眩しいからだけではあるまい。
彼らは、生き残ったのだ。尊い幾許かの犠牲の上に、最後の避難民が今、LH044を後にする――。
執筆:稲田和夫/監修:神宮寺飛鳥/文責:フロンティアワークス
サルヴァトーレ・ロッソ直衛/避難民脱出支援/LH044脱出/大型ヴォイド進攻阻止
●闇を切り裂いて
『――オペレーターより各機へ。現在避難住民収容、主砲エネルギー充填共に予定より若干の遅れが出ています。しかし作戦内容に変更はありません。マテリアル粒子砲のチャージまで、なんとしても耐えてください』
既に状況は回復したものの、主砲への被弾はチャージ時間を遅らせた。避難民収容完了までもまだ時間がかかりそうだ。
「特攻なさっても構いませんが、ここは決戦の場ではない事をお忘れなく。それでは、皆さんの幸運をお祈りしています」
「ったく、どんなお祈りだよ……! 霧江 一石、補給完了だ! 再出撃するぜ!」
イレア・ディープブルーの通信に毒づきながら出撃する一石。サルヴァトーレ・ロッソ周辺では今も苛烈な戦闘が継続していた。
「ったく、どんだけいんだよ! ロクに片付きやしねぇ!」
早速遭遇した敵にライフルを連射する一石。その先ではブライアンがガトリングで敵を次々に撃ち落している。
「よお兄弟、良いニュースと悪いニュースがあるぜ。良いのはもう少しであいつを倒せるって事。悪いのは既に弾切れって事さ」
「おい、バカ言ってないで補給しろ! ここは俺が引き継ぐ!」
「ハッハッハー、OK兄弟! 後は任せたぜ!」
「いいか、粒子砲のチャージが終わるまで持たせればいい! こんな所で無駄に命を散らすなよ!」
撤退する仲間を支援する帯刀 和真。大型ヴォイドの接近につれ、小型の攻撃も過激になりつつあった。
「組織的な行動を取る群体……大型を大隊長とすれば、この小型の軍隊にも目の役がいる……そう思ったのだがな……」
敵の動きの規則性を確かめようとミサイルを撃ち込む藤堂 研二。しかし敵の反応は均一で、かつ驚くほど速い。
「ほぼノータイムで同時に反応する……これは!?」
「全くどうなってるんだか……まるで全部の目がリンクしてるみたいじゃないか!」
同じく敵の動きを分析したサラ・レラージュ。大型の接近に伴い小型の足並みは驚くべき精度で統一されつつあった。
「だとしても、私たちがやれる事をやるしかないんだ。尽力を尽くす迄よ!」
『こちらオペレーターのメイビーです。新しい情報が入ったわ、よく聞いて! 敵は高度な戦術リンクシステムに近い能力を持っているわ! 孤立したら集団で包囲されるから、必ず仲間と行動するようにして!』
「こちらヘイル、聞いての通りだ! 各機、孤立している機体の支援を頼む! こちらも集団で攻めれば注意は引ける筈だ。そっちの二機、付き合ってもらうぞ!」
「これ以上好き勝手にさせるかよ! 突撃なら任せとけ!」
「待ってください、ボクも同行します!」
ヘイルに続くルオと月架 尊。ルオはヘイルの支援を受けライフルを乱射しながら敵陣に突っ込み、撃ち漏らしを尊がカタナで切り裂いていく。
「へっ、遅いんだよ化け物が!」
「ちょっときみ、突っ込みすぎだよ!?」
一撃離脱を繰り返すルオだが、直ぐに統率された敵に囲まれてしまう。手助けとなったのは君島 防人の狙撃だ。
「意気込みは買うが、経験はまだまだ、か。立原、同じ新米のよしみだ。援護してやれ」
「了解!」
ルオの横につき攻撃に参加する立原 准。二人はアサルトライフルで敵陣形を崩していく。
「こちらクリストファー・マーティン。皆なかなかいい調子じゃないか。連携を組み直して反撃するぞ、もう少し時間が欲しい。防人は俺とペアだ、背中は任せる。ヘイル、波状攻撃の指揮を任せていいかい?」
「傭兵風情に任せて貰えるとは光栄だな。艦砲射撃を要請する! 敵を一か所に追い込むぞ! さあ、来い化け物共。訓練された人間の強さを見せてやる!」
「左から煽りをかける! 行くぞ、防人!」
素早く回り込みアサルトライフルで敵を撃ち落していくマーティン。そこへ近づく敵を防人が狙撃で始末する。
『オペレーター涼野 音々、指定地点に砲撃指示完了……だけど、何だか暴ている人が……』
全体が結託して行動を開始している中、クルト・ハイネスはまだ一人で敵集団相手に大立ち回りを続けていた。その様子にオペレーターのミシェル・プランタジネットが悲鳴をあげた。
『うわあああ! ボクの整備したCAMに傷が! クーさんは怪我してもいいからCAMは無事に連れ帰ってくださいぃぃ!』
「あ? 全力を出し切らねェとコイツの性能もわかんねェだろ? 嬢ちゃんは俺と敵さんに感謝しねェとなァ!」
全く反省の気配のないクルトだが、いよいよ機体も限界に近い。そこへ颯爽と色邑 蘇芳が現れ、クルト機を掴んで後退させる。
「あっ、オイ!? 今良いところだったのによォ!」
「敵を倒す事が目的ではなく、生きて帰ることが目標です……それ以前にあそこにいたら味方に撃たれますよ」
『グッジョブです! そのままその人持ち帰ってください!』
「ははは……すみません、損傷機を送り届けたら直ぐに復帰しますので」
ジタバタしているクルト機が蘇芳に連れられ遠ざかっていく。その様子を杜郷 零嗣は冷や汗を流し見送る。
「い、命が惜しくないのか……?」
零嗣へ接近する複数の敵影。アラートに怯えながら、しかし身体は正確に機体を操る。付近を浮遊していたコロニーの外壁を掴み、零嗣は敵集団へと投擲した。
「コ、コロニーの外壁素材なら……強度は十分な筈!」
敵が放ったレーザーを回転する破片が弾き飛ばす。すぐさま腰溜めにガトリングを構えヴォイドを薙ぎ払った。
「こんな事なら盾を持ってくるんだった……えーと、残弾は……」
「今が踏ん張り所だ! お前ら、死んでも死ぬなよ!」
ジョニー・スカイフォールはガトリングガンで敵を追い込み、砲撃地点へ誘導する。サラ、研二もこれに協力し、左右から敵に攻撃を行う。
ベテランの戦士達は順調に戦況を組み立てていくが、新人にはまだ厳しい状況だ。レホス・エテルノ・リベルターは緊張のあまり汗だくになり、息も荒く操縦も鈍くなってしまっていた。
『レホス機、複数の敵に狙われてる……誰か援護を……』
放たれた複数の光線に狙われ損傷するレホス機。そこへ高嶺 瀞牙の狙撃が降り注ぎ、次々に敵の影が爆ぜていく。
「レホス、今助ける!」
スバル・キョウガヤの乗り込んだCAMがハンドサインでジョン・スミスを誘導。二機はレホスの元へ急ぐ。
左右の手に装備したアサルトライフルを突き出し連射しながら突撃するジョンに先行しスバルがカタナを振るう。レホスに近づいていた敵を切り裂き、二人は少女の傍に降り立った。
「俺も故郷に妻と娘を持つ身だ。若い娘が目の前でやられるなんて認められんよ」
「彼女の方は任せます。雑魚は俺が」
左右に二丁のライフルを突き出し、周囲から近づく敵を次々に射抜くジョン。レホスの危機は二人によって救われたようだ。
『緊張は、視野を狭める……力を抜いて、視野を拡げて』
「あ、ありがとう……もう大丈夫」
「友軍と合流しますよ。さあ、行きましょう」
音々の声を聴きながら深呼吸を一つ。レホスは操縦桿を握り直し二人と共に戦いに戻る。
「最後の仕上げだ。敵を引き付けるぞ!」
「こちら高嶺、付き合おう」
突撃してくるヴォイドを盾で薙ぎ払い、旋回しながらライフルを掃射する周太郎・ストレイン。瀞牙はその背後につき彼を支援する。
「ゲテモノ共が……! これ以上好きにはさせん!」
二人が敵を引き付ける間、音々は支援砲撃の狙いを定める。そして合図と同時に二機が離れ、先ほどまで彼らがいた場所に砲弾とミサイルが爆ぜた。これで一つの敵集団が消えたが、それも多くの内の一つに過ぎない。
「次から次へと……全くキリがないな」
「この警戒網では、大型に取りつくだけでも一苦労だな……」
唖然とする周太郎と瀞牙。戦って敵の数を減らしているその間にも、更に接近しつつある大型ヴォイドが敵を吐き出し続けていた。
「敵大型ヴォイド、なおも接近中ー! 周りの敵さんが多すぎて攻撃部隊をが取り付けませーん!」
「マテリアル粒子砲さえ撃てればまだ……! エネルギー充填はまだなの……!?」
一方、サルヴァトーレ・ロッソ艦橋。慌てた様子のシンシア・クリスティー、その隣でルビスがコンソールを操作している。
粒子砲のエネルギーバイパスは既に正常に稼働している。艦内のエネルギーを集中させて遅れを取り戻そうとしているが、まだ充填までは時間がかかる。
「住民の収容もまだ完了していません。やはり時間稼ぎが必要になります」
『こちらノルディン・ガラ。話は聞かせてもらった』
CAMハンガー内。イレアの言葉をコックピットで聞いていたノルディンはサルヴァトーレ・ロッソで補給を終え、再出撃の準備をしていた。
「皆手柄が欲しくてウズウズしてるんだ。命じてくれればいつでも突っ込めるぞ」
『ちょ、ちょっと待って下さいー! 再攻撃部隊の編成とー、大型ヴォイドへの攻撃ルート……何とか出してみますー!』
シンシアの間延びした声に苦笑を浮かべるノルディン。と、その時彼が乗り込むCAMの横に破損した機体が外から突っ込んできた。
「あーもう、めちゃくちゃな降り方しやがって! 誰だこのへたくそ……!」
宇宙服を来たルスラン・Y・ルネフが機体に近寄りハッチを解放する。ぐったりしたパイロットを引っ張り出し、ジーリス・ザンドカイズが手を振った。
「おーい、救護班! 命に別状はなさそうだが、こいつはもうだめだ、つれてってくれー! ルスラン、こいつは俺が見る。お前はまだ出られるのを頼む」
「その子も見捨てず直してあげてくださいよ! ……おい、こっち来るな! ネット張るまで待てって……うわっ!?」
また激しく損傷した機体が逃げ込むようにしてハンガーに突っ込んでくる。整備班は慌てて退避するが、衝撃と共にまた悲鳴染みた声が上がった。
「おぉ、ルスラン生きてるかー! おーい! ……潰されてないよな?」
「……こちらノルディン。長期戦になると整備班で事故死が出る模様。出撃指示急いでくれ」
『攻撃隊が一点集中攻撃で血路を開くそうですー! 少々お待ちくださーい!』
「敵が多くて大型に向かえないって!?」
「ボク達で敵を撹乱してみます! その間に大型を!」
「ったく、仕方ないね……! 邪魔な奴は落としてやる! 付き添ってやるから、あたしについてきな!」
サルヴァトーレ・ロッソに近づく敵と戦い続けていたCAMパイロット達。神室・現と尊が飛び出し、敵の撹乱を開始する。
「ヘイ! こちらブライアン、ミサイル満載で戻ってきたぜ!」
「丁度いい。ミサイル攻撃に続いて自分が突破口を開く。現、尊、援護を頼む」
アバルト・ジンツァーの声に従い足並みを揃える三機。彼らを送り出す為、ブライアン、瀞牙、ジョニーの三名が同時にミサイルを一斉発射した。
「ハッハー! ショウタイムだ!」
アサルトライフルを連射しながら突撃をかけるアバルトと尊。現はガトリングで二機に近づく敵を蹴散らしながらサルヴァトーレ・ロッソから増援の反応を確認する。
「来たね! 奴のところまで導いてやる……ちゃんとあたしについてきな!」
先行する現は敵の攻撃に被弾しながらカタナを抜いて両断する。まとわりつく敵機をアバルトが狙撃で始末し、その隙に現はアサルトライフルを乱射する。
「ちょこまか動くな、っての!」
「ルートはこのまま維持する。攻撃隊……後は任せたぞ」
●流星のように
「さぁて、出番だぜ可愛子ちゃんたち! 旦那をしっかり守ってやってくれよ……!」
『攻撃目標、敵大型ヴォイド。マテリアル粒子砲チャージまでの時間稼ぎをお願いします』
「足止めのみで良いのか? 叩き落とせと言ってくれてもOKなのだぞ? ……ノルディン・ガラ、出撃する!」
イレアの声を合図に次々に宇宙の闇へと出撃する対大型班をラザラス・フォースターは神妙な面持ちで見送っていた。
「俺たちが整備した花嫁衣裳だ。キズモノにして帰ってくるんじゃねえぞ」
「ラザラスさん、こっち手伝ってください! まだ戦闘は終わってませんよ!」
「わかってるよ! 心配だが、俺が焦ったら花嫁衣裳がダメんなっちまうからな! ……死ぬなよ、みんな」
ルスランの声に作業へと戻るラザラス。対大型攻撃隊は小型ヴォイドの防衛網を掻い潜り、いよいよ大型ヴォイドへと攻撃を開始する。
「こいつが目標か……行くぜ、どんだけ強ぇのか試してやらぁ!」
シールドを構えて突撃するアーサー・ホーガン。大型は全身に点在する眼球をぎょろぎょろと動かし、アーサーを捉えた。次の瞬間、全身のあらゆる場所から光線が放たれる。
「うおっ!? おいおい、冗談じゃねぇぞ!? まるで近づけねぇじゃねぇか!」
降り注ぐ光線をなんとか回避し、シールドで防ぎながら動き回るアーサー。そこへ吐き出された小型ヴォイドが次々に突進してくる。
「こっちに来るなってか……へっ、面白れぇ!」
「どうしてちょっと嬉しそうなんでしょうか、あの人……」
冷や汗を流しながら呟くアイリス・オブライエン。ライフルでアーサーを援護し敵を撃破するが、大型の侵攻は止まらない。
「で!? どうやってこいつの足を止める!? 俺らは眼中にねぇってツラしてんぞ!」
「生物である以上、攻撃されればその方向に注意が向く筈……。皆聞いてくれ。大型の後方から攻撃を行い、奴の注意を背後に向けさせる」
あの大型をこの人数でどうにかするのは不可能だ。ならばクリフ・アークライトの言う通り、少しでも注意をサルヴァトーレ・ロッソから引き離すしかないだろう。
「いけそうではないか。俺の勘がそう言っている……付き合ってやろう!」
「俺達も行こう。みんな……必ず生き残ろう!」
根拠のない自信に満ちたジャン・フェニックス。そして決意を新たにウーサーが声を上げる。目指すは大型背面。だがそこに行くにも防衛戦力が待ち受ける。
次々に吐き出され纏わりついてくる小型ヴォイドの迎撃は苛烈で、大型ヴォイドはまさに移動する要塞のようだ。激しい弾幕の中、一機、また一機と仲間を失いながら、戦士達はひたすらに背面を目指す。
「さ、やろうか……撃退しなくていいなら気分的には楽、かな」
シールドの陰に隠れスナイパーライフルを構えるアティ・アロエ。遠距離から狙撃で狙うのは大型ヴォイドの眼球だ。引き金を引く度、砲弾がヴォイドの目を潰していく。
「やはり眼球に対する攻撃は有効なようです。目に頼っている部分も、見た目通り大きそうですね」
「ここあ、レイド! 俺達シュライバー小隊は敵の目を潰し死角を作った後、障害物を使っての回り込みをかける!」
「了解。ここあ、集中攻撃だ!」
ブライアン・シュライバーに率いられ、レイド・グリュエル、亞取ここあの二名が互いをフォローしながら眼球を攻撃する。
「目を潰せばおいそれと近づいてこない……といいなー」
「あの排出口にミサイルぶちこめば雑魚も止まるんだろ! 退け、俺が黙らせてやる!」
「あっ!? 一人では危険です、アーサーさん!」
突撃するアーサーを援護するアイリス。二人に纏わりつく敵に狙いを定め、狙撃するのは織音 なつきだ。
「私は不器用ですからね。他の事はお任せしますが……狙撃だけなら負けませんよ!」
二人の援護を受け防衛網を突破したアーサーは近距離でミサイルを発射。小型ヴォイドの排出口から爆炎が溢れ出し、肉片と共に飛び散っていく。
「敵の出現が止まった……! へっ、ざまあみやがれ!」
『アーサー・ホークさん。お手柄ですが、帰還してください。機体損耗率50%、それ以上の戦闘は認められません』
エスター・ファーガスに言われるまでもなく、四方八方からくる攻撃で機体はボロボロだった。盾がなければ攻撃もままならなかっただろう。
「十分な成果だ! 後は任せて下がれ!」
「……チッ。死ぬなよ!」
反転し撤退するアーサーをに変わって攻撃するクリフ。アティは淡々と狙撃で敵を始末し、シールドで反撃を防ぎながら道を作る。
「あの排出口はこの俺に任せろ!」
小型ヴォイドを刀で切り払い、被弾しながらも接近するジャン。そしてミサイルを放ち、また排出口の破壊に成功する。
「ふっ、他愛もない……」
『ジャン・フェニックス、損耗率60%を超えています。一刻も早く帰還してください』
「それは聞けない相談だな!」
エスターの声に従わず戦い続けるジャン。通信を聞いていたシリウス=アズライトは溜息交じりにジャンを援護してやる。放っておいたら今にも自爆しかねない。
「戦闘支援を行う。マテリアル粒子砲発射までなんとか持ち堪えろ」
『大型ヴォイド下部に高エネルギー反応あり! 恐らく大型のビーム砲のような物だと思われますー!』
そういうものがあるという前提で探りを入れていたシンシアだからこそ逸早く気づけた。パイロット達の視線の先、迫り出した大きな眼球が真ん中から割れるように変形し、どす黒い光を集めているのがわかる。
「敵の主砲……!? ウーサー!」
「わかってる! 行こう、ひばり! 俺達が攻撃を阻止する! 皆、支援頼む!」
ウーサーとヒバリの二人は螺旋を描くように互いをフォローしながら真っ直ぐに敵主砲へと向かう。Kurtは狙撃で二人の攻撃を援護。
「女性に体当たり、ましてや触手なんて外道が過ぎます。話が通じない相手には、これしかありませんね」
ミサイルで小型ヴォイドを薙ぎ払うKurt 月見里。爆炎を突き抜けた二人はそれぞれカタナとナイフに持ち替え、迫る触手を切り裂きながら接近する。
「ヒバリ、合わせろ!」
先行し、敵に肉薄した状態で急上昇するウーサー。その軌跡をなぞる様に触手とレーザーが飛び交う。ヒバリはそれに遅れて下方から回り込み、ウーサーも頂点でブーストを反転。強烈なGに歯を食いしばり、フルスロットルで下降を開始する。
「残念でした、こっちもいるのよ!」
下方から舞い上がり、主砲をカタナで切り付けるヒバリ、直ぐに反撃が来る中を背後へ飛ぶと、真上からウーサーが落下してくる。
「こいつで!」
ナイフを持った腕を主砲となった眼球に突き刺し、引き抜くと同時にアサルトライフルを突きつける。
「止まれぇえええっ!」
『エネルギー収束! ま、間に合いません……逃げて!』
眼球は血飛沫を上げながらぐるりと上を向く。それと同時に薙ぎ払うように閃光が放たれ、ウーサー機の半身を蒸発させた。続き無数の触手が機体を串刺しにし、次の瞬間、ウーサーの乗っていたCAMはバラバラに引き裂かれてしまった。
「……ウーサー! そんな……嘘……!?」
『敵主砲沈黙! 同時に内部で爆発を確認! こ、攻撃が暴発した模様です! だけど……ウーサーさんが……』
歯軋りしつつ機体を加速させるクリフ。排出口、目、砲台を潰され、いよいよ背後にも回り込める好機が巡ってきた。
「ドラゴンリードよりドラゴンオール! ウーサーだけに手柄を渡すなよ……!」
伊藤 毅の声に鼓舞され次々とCAMが大型ヴォイドに突き進む中、破損したコロニーの残骸を盾に背面へ回り込んだのはシュライバー小隊の三人だ。
「今だ! 全機ミサイル一斉発射!」
ブライアンの指示で飛び出した三機がミサイルを放つ。それは小型ヴォイドの排出口や目を潰す事に成功する。更に前方へ転回されていた小型ヴォイド達が反応し背後に集まってくると、大型の動きも鈍り始めた。
「よし、いいぞ! このまま敵を粒子砲射線上に釘付けにする!」
「なんて数だ……完全に狙われてしまったらしいな」
大量の敵に追い回されるレイド。反撃しながら自分たちが隠れていたコロニーの残骸に敵を誘い込み、陰から飛び出してきた敵をアサルトライフルで掃討する。
「艦を守る為、進路を阻む敵は蹴散らす。さあ、来い……俺達が相手だ!」
クリフ達も背面に回り込み攻撃を開始すると、大型の進攻は完全に停止した。代わりに展開していたほとんどの敵が背面に集中し、最早周囲は全て敵と言っても過言ではなかった。
「こんな数の敵……どう考えても持ちません! 充填はまだですか!?」
『――待たせてしまってごめんなさい! マテリアル粒子砲、発射準備完了よ! カウントダウンに入るわ!』
苦しげなアイリスの呟きにルビスからの吉報。サルヴァトーレ・ロッソは充填完了した主砲を大型に合わせ、発射シークエンスに入った。
「よし、全機離脱! 射線上から退避するぞ!」
「……隊長! 撤退する味方への追撃が激しすぎます! もう少し注意を引き付けなければ!」
撤退を開始するCAMの中、ここあの声にブライアンが眉を潜める。レイドは逸早く反応し、再び大型へと接近する。
『マテリアル粒子砲、発射カウントダウン開始!』
「レイド少尉!?」
「損傷個所を更に攻撃します。それなら奴もこちらを向く筈!」
弾幕を掻い潜り大型へと取りつき、ミサイルで破壊された箇所に銃口を突きつけ弾丸を撃ち込むレイド。それに反応し、友軍機の追撃を中断し戻ってきたヴォイドを撃破しながら離れようとするが、その足に大型からの触手が絡みつく。
「隊長、レイド少尉が!」
『発射十秒前! 九……八……七……』
レイド機の足に絡んだ触手をライフルで引き離すブライアン。更にその腕を掴み、レイド機を背後へ放り投げた。
「隊長……何故!?」
レイドの身代わりに触手に囚われたブライアン。強烈な力で締め付けられ機体は押し潰されていく。
「レイド少尉、危険です! このままではあなたまで……!」
『六……五……四……』
レイド機を留めるここあ。既に殆どの機体が撤退した。ブライアンは半壊した機体で尚、片腕だけを動かし部下に近づこうとする敵を狙撃していた。
「行けレイド少尉! これは命令だ!」
「しかし!」
尚も留まろうとするレイドを連れ、強引に離脱するここあ。レイド機は先ほどの被弾でまともに動けず、ここあを振り払えない。
「生き残れよ、少尉……!」
『三……二……一……』
「隊長――!」
『マテリアル粒子砲、発射――!』
光が届くより前、触手に囚われたCAMが粉砕されるのが見えた。最期まで部下を守っていた腕が引きちぎられ、ライフルを握ったまま空を舞う。
闇を引き裂く白い閃光は大型ヴォイドを貫き、周囲に展開していた小型ヴォイドを巻き込んで蒸発させる。大型ヴォイドはその一撃で完全に動きを止めていた。
『大型ヴォイド、沈黙! 同時に周囲の小型ヴォイドの動きにも乱れが生じました!』
ルビスの通信が作戦の成功を告げる。住民の避難も終え、サルヴァトーレ・ロッソは戦場からの離脱を開始していた。撤退したパイロット達はそれぞれの想いを胸にサルヴァトーレ・ロッソへ降り立つ。
「何よ……ウーサーの奴。人の事、好きとか言っておいて……」
「ヒバリさん……」
遠ざかる戦場、小さくなっていくLH044。ヒバリはそれを見送りながら項垂れ、Kurtはかける言葉を失っていた。
初陣は少なくない犠牲者の上に勝利として飾られた。彼らは勇敢に散っていった仲間達の活躍で、大勢の人々の命を救う事ができたのだ。
だがしかし、運命は疲れ果てた戦士達を更に過酷な状況へと誘っていく。戦闘終了後、敵を振り切ったと思われた直後。それは始まろうとしていた――。
執筆/監修:神宮寺飛鳥/文責:フロンティアワークス