※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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夢――願わくば
力を蓄え、渾身を籠めて突き入れた槍。
虚しく宙を突くその槍を引き寄せ、ナハティガルは踏み込んだ足を軸に身を反す。
ここは帝国と辺境の狭間――国境とも少しだけ近い地。
四方を山に囲まれ、少し行けば登る事すら困難な崖が存在する土地に足を踏み入れたのは、彼が受けた依頼が理由だ。
『腕利きのハンターも手を焼く歪虚がいる。倒してくれないか』
そう声を掛けられたのは、帝国の外れにある村に立ち寄った時だった。
たまたま別の仕事が上がって手ぶらになっていたナハティガルは、懇願する村人の言葉を断りきれずここまで遣って来たのだ。
(もう少し詳しい情報を仕入れておくべきだったか……)
普段ならばもっと入念に事前情報を仕入れる。だが今回に限って、ナハティガルは情報収集を怠った。
その理由は何故なのか。思い返しても意味が分からない。
「――にしても、ちょこまかと。そろそろ終いにしたいんだが、なッ!」
再び突き入れた槍が、歪虚と思われる黒い物体を突いた。
この歪虚。亡霊型なのか何なのか、イマイチ実態が捉えにくい。
先程から何度か攻撃を見舞っているのだが、ノラリクラリと交わされてしまうのだ。しかも最悪なのは、これだ。
「またかっ」
舌打ちと共に引き抜いた槍が乾いた音を立てる。
良く見ると槍は歪虚ではなく木を刺していた。その回数はこれで5回。その証拠に、ナハティガルが木に刻んだ攻撃跡がクッキリ残っている。
(素早いだけじゃない。この歪虚何かがおかしい……それに――)
「!」
思考に気を取られた一瞬だった。
突如目の前に飛来してきた歪虚がナハティガルの視界を塞いだのだ。
「っ、離せ……な…クソッ?!」
必死に引き剥がそうとするが上手くいかない。それどころか歪虚は徐々に強さを増してナハティガルに絡み付いてくる。
範囲を広げ、顔を、首を、肌を、足を、彼の全てを包んでいこうとする。
(……、俺もここで終わりなの、か……?)
包まれた事で酸素が薄くなったのだろう。
薄れゆく景色の中で、ナハティガルはある人物を思い出していた。
遥か彼方に消えた愛しき人――最愛の妻と、子を。
***
チュ、チュチュ……チュンッ。
「ん……んん……」
優しい日差しと、穏やかな音。その双方に身じろいだナハティガルは、身じろぐようにして目を覚ました。
その頬に温かな感触を得て彼の意識が一気に覚醒する。
飛び起きて、いつもなら傍に置いている槍に手を伸ばす。だが手は槍に触れる事なく、代わりにもう1つの温かな感触に触れた。
振り返り思わず声が漏れた「シェラフィータ?」と。
有る筈が無かった。有り得る筈が無い。
何故って? 何故なら彼女はもう――
「――」
聞こえた声に目を見張った。
微かに、けれど確かに紡がれたのは自分の名だ。
彼女は――最愛の妻は生きてここにいる。ではもう1つの温もりは。
そう視線を動かして目頭が熱くなった。
愛しい彼女と同じくらい愛しく尊い存在。そしてもう2度と抱く事は叶わないと思った温もり。
「フォーゲル」
思わず引き寄せて抱き締めると、幼い子供の呻き声がした。
慌てて顔を放して謝罪するが、眠りを妨げられた息子は不機嫌そうにぐずっている。
その子供を抱き寄せてあやす妻お腹は大きい。
そうだ。彼女のお腹にはもう1つの命が宿っていたんだ。
産まれる時を今か今かと待ちわび、そして抱き締める時を夢見ていた我が子。本来ならもう産まれて
「っ、……なん、だ……?」
頭に走った激痛に眉を潜める。
傍では妻と息子の心配そうな声が聞こえ、ナハティガルは「大丈夫だ」と答えて手を振った。
けれど拭えない違和感がある。
そう言えば眠りから覚めた時、自分は何を思った。この『現実』を自分は何と勘違いした?
「……あ、ああ。そうだな。今日も鍛錬の日だ……オカシイ、な……」
もやもやとした霧が掛かり、どうにも意識が微睡む。
大事な何かを忘れているような、そんな感覚に表情が強張ってゆく。だが妻の優しい言葉を耳にして、ナハティガルはその違和感を捨てた。
「そうだな。散歩にでも行けば気分も良くなるかもしれない。フォーゲル、一緒に行くか?」
差し伸べる手に、幼い笑顔が飛び込んで来る。
握られた手はとても小さく温かい。その握り返せば返るその温もりを握り締め、ナハティガルは家を出た。
外はとても良い天気で、清々しいまでの青が空一面に広がっている。
鳥が歌い、花が舞い、どこかで歪虚が暴れているなど思えない――……歪虚? 歪虚……ソレハ、ナンダ?
「ッ、ぅ」
強烈な痛みに膝を着いたナハティガル。当然息子は父を心配して駆け寄ってくる。
だがその温もりにすら違和感が生まれる。
「なんだ、『コレ』は……何なんだ……っ」
『あなた。思い出さなくても良いの』
「!」
振り返ったそこには、いつもと変わらない妻が微笑んで立っている。
でも待て。彼女は今家の中にいるんじゃないのか? いや、そもそも彼女がいることは『現実』なのか?
歪虚、花、鳥、子、妻、歪虚、子、妻、歪虚、歪虚――
「うあああああああああッ!!!!!」
絶叫が空気を震わせた。
頭をもがくような痛みに被りを振り、駆け寄る息子の手を払う。微笑む妻は振り返らず、浮かびそうになる涙を呑んで駆け出した。
「何処だッ! 何処に居るッ!!」
こんなのは許せない。許せるはずがない。
ここは『現実』ではない。ここは『過去』しかも『幻想』を抱く過去だ!
「出て来いッ、歪虚ーーッ!!」
黒豹の雄叫びが森に木霊する。
葉は剥がれ、小川は枯れ、大地はマテリアルに汚染されたように穢れてく。
振り返ればさっきまでいた家すらも朽ちて、過去の憎しみと重なり合ってくる。
そして何よりナハティガルを激怒させたのは歪虚の姿だった。
「ふざ、けるナ……グァァアアアアアアッ!!!」
雄叫びと共に召喚した槍が彼に呼応する。
大地を蹴り、風を裂き、そして目の前の敵を討ち払うを彼に授ける。
精霊の祈りを抱いた温かな槍。その槍を手に確信する。目の前で妻の姿を象るモノこそ歪虚だと。
「シェラフィータ、感謝する。共にコイツを倒そう――いけぇぇえええ!!!」
ナハティガルが召喚した槍が歪虚に突き刺さる寸前、その姿を変化させた。
巨大な外見に似合わない優しい光を携え、3つ又へと変化する。その大きさは全部バラバラで、まるで中央の刃が左右2つの刃を抱いているようにも見える。
その姿はまさにナハティガルの愛する人だ。
「消えろォォォオオッ!!!!」
歪虚に突き刺さった槍から眩い光が走る。と直後、ナハティガルは目を瞑った。
その耳に優しい声が届く。
温かで、本当ならもう2度と話したくはない声。その中に少しだけ楽しげな子の笑い声がして口角が上がる。
どこまでが歪虚の見せた『夢』で何処までが『現実』かはわからない。
それでも最後に聞こえた声はきっと――
***
「ん……んん……」
微睡む意識の中、ナハティガルは僅かに身じろぎをした。
まだ夢と現実の区別がつかない。それでもなんとか身を起こすと、彼の目に黒い布が飛び込んで来た。
徐々に空気に消えようとする布。これこそが歪虚の残骸なのだろうか。
彼はそれに手を伸ばすことなく立ち上がると、転がっている槍に目を落とした。
「……戻ってるな」
そう呟き槍を拾い上げてから葉巻を口にする。だが火を点けようとした瞬間、夢の中で聞こえた声を思い出した。
「『お体に気を付けて』か……ん、我慢するか」
呟き、葉巻をしまう。
そうして歩き出すと、彼は何処か清々しい気持ちで山を下り始めたのだった。
―――END...
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka0023 / ナハティガル・ハーレイ / 男 / 24 / 人間 / 闘狩人 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
だいぶ自由に書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか。
この作品がナハティガルさんにとって、そして背後さんにとって思い出のひと品になる事を願っております。
この度は、ご発注ありがとうございました!