※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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今なお焦がすは
●眠る記憶
――瞼を閉じれば蘇る
――もう何年も経つというのに
夜の闇の中、次第に灯りが浮かび上がる。
ひとつ、ふたつ、みっつ……最後の灯りは自分が持つそれだ。
部族の証を示す飾りも儀式用の豪奢なものだ。それもそのはず、今のナハティガルは今日の主役、十五歳の今まさに成人の儀を執り行っているのだから。
(ったりぃな……)
早く一人前と認められれば自由が増える。それは責任を伴う事だとも知っていたが、ぬるま湯に入れられたような子供扱いにはもう辟易していた。
だからこの日を待ち望んでいたことは確かだ。それまでは先達の儀式を羨ましく思っていたものだが……当事者となってみると、時間の流れがゆっくりと過ぎる感覚に歯がゆくなる。
(でもま、きっちりやらねぇとな)
あとで何を言われるか。
道の先で待っている幼馴染の顔が浮かぶ。この儀式の後には自分の伴侶となる少女、シェラフィータ。
穏やかさを集めて人にしたような彼女は、しかしながら芯が強い。それは族長の長女として生まれたことも関係があるのかもしれなかった。
結婚してはじめて一人前と認められるこの部族において、必要不可欠。今までだって近くに居たけれど、これからはそれ以上に傍にいる相手――彼女の面子は立てておかねばなるまい。
(……しかし、なんて言ってやりゃいいんだか)
自分より少し早く生まれすでに成人を迎えていた彼女は、成人の儀……このゆっくりとした歩みの先まで進まなければ顔を合わせない。部族の正装にはある程度決まりがあるから、どのような格好をしているのか予想はできるけれど。
もとより綺麗な少女なのだ。着飾る物が増えるだけ艶やかになるだろう。
部族内、特に年の近い中でナハティガルを羨ましがった男は少なくない。しかし文句はどこからも出なかった。
その逆、シェラフィータを羨ましがる女達も居たという事だ……二人は番うに相応しいと認められていて、こそばゆい感じはあったものの。
距離が零になることも、毎日顔を合わせるのが当たり前の食事の時間も、意識せずに馴染んだ。
近づき過ぎて弱みを見せるような変化はなかった、互いにはじめから知っていたからだ。
穏やかな日々に終わりを告げたのは、帝国からの招集。ナハティガル達若手を含んだ男達が傭兵として出向することになる。
招集そのものに強制力はない。ただ、彼らは戦う者として、兵としての矜持を示すため……部族の慣習を理由に向かうのだ。
●刻まれた傷
――炎は熱であり、力であり、衣であり、そして武器である
時には部族の元へと帰る。それは休息であり、同時に部族の無事を確認する行為でもあった。
故郷の様子を知り、護れている証に安堵を覚え、けれどすぐに戦場へと引き返し歪虚達に刃を向ける。
そうした日々が続き、それが当たり前で、これから先もずっと続く。世は良い方向に進んでいるのだと誰も疑ってはいなかった。
そう、ナハティガルでさえも。
いつもより大きな作戦が続き、帰れる者が少ない、もしくは全く居ない時期が続いた。
「次の休みはお前が帰れよ?」
「最近戻ってないって言うじゃないか、俺らに遠慮しないで嫁さんに顔見せてやれ」
ニヤニヤと笑う同胞達にそう言われ、じゃあ遠慮なくと答えたのはその日の朝。
偵察任務を終えた仲間が戻り、これからというその時に、運命の報せ。
『集落に歪虚群が襲撃、詳細は不明』
戦える男手はごく僅かな数を残すのみ、大半が帝国に出向しているのは皆が知っていた。
「急いで帰れ!」
お前だけでも。むしろお前だからこそ行って来い。
同胞の切実な声。彼の顔に見える焦りに、自分もこんな顔をしているのだろうかと、どこか冷えた頭で考える。
「そうだ、お前の分くらい俺らが埋めてやる」
「だから俺達の分まで行って来い」
「わかった」
もしかしたら、今から行けば。
なぜ自分なのかという理由を聞く暇もなく……
●最期の望み
――次はあいつを帰宅させるから
忙しない時期に、次がいつかは確約できないことは知っていた。それでも仲間の言葉は嬉しかったから、ただその時を、彼が驚く表情を想像して……肌着とおむつを用意する時間が、お腹に話しかける時間がとても大事で、とても幸せな時間の過ごし方になっていた。
皆は逃げろと言ってくれた。けれどそれで逃げられる、生き延びられる保証なんてない。
(戦士の妻として、彼の妻として何が最善?)
子供の為に支度した物を全て竈にくべる。落ち着いて、慌てないように。
夫にはまだ言わないでほしいと頼んでいたから、それだけは幸いと言える。
彼を残していくのなら、私は私以外を残していくべきじゃない。
(ねえ、私達二人の可愛い子、我儘なおかあさんを許してね)
彼もあなたもどちらも大切で、どちらにも幸せになってほしくて。
私に思い付くのはこれだけだから。
その代わり、いいえ、だからこそ……私は、ずっと一緒に居てあげる。
(一緒にお父さんの幸せを祈りましょう?)
歪虚の気配が近づいてくる、けれど。
(できることはすべてしたわ)
後は精霊に祈るだけだ。
●戒めの鎖
――闇は無であり、概念であり、外皮であり、回帰する場所である
全てを怖し食らいつくした歪虚の影も既になく。
ただ残骸の中を真っ直ぐに目指す先は、15の時からずっと自分の帰る家だと定めてきた、彼女が待っているはずの場所。
シェラフィータの欠片……気に入りの服を着ていたのだろうとわかる、切れ端を握りしめ、一度胸にあてて目を閉じる。
何か少しでも感じ取れるだろうかと。
(最後まで待っていたのだろうか、俺を?)
……逃げていて欲しかった、可能性が少しでもあるのなら。
歪虚の痕跡を全て、逃さぬようにと集落を巡る。
そいつを見た時に、すぐに気付けるように。
単独ではないのだろう、これだけの規模、統一されていない傷跡。
本能的なやり方にしか見えないものばかり、生者の痕跡も残ってはおらず……
一度だけ戦場に戻ったのは、同胞達へ報告するためだ。
彼らも戦士だ、崩れ落ちるようなことはなかった。
ただ自分と違うのは、生きる意味を見失ったと、絶望の底に落ちたその表情。
その日のうちに、ナハティガルは傭兵として帝国で働くことをやめた。
「俺が護るべきものは既に無い」
部族の慣習も意味を為さない。自分の命は自分の好きに使わせてもらう。
「だから。アイツ等は絶対に許さねェ……!」
帝国の下で戦っていても、いつか敵の歪虚に出会う事はあるだろう。歪虚自体をこの世から消し去る、新たな生き甲斐にもあっている。
しかしそれは、規則と言う枷が自分を阻むものでもある……ならば。
(ハンターなら、制限もねぇな?)
ノアーラ・クンタウを出た足で、ハンターズソサエティの支部へと向かっていた。
ほどなくして、彼らが殉職したと噂で聞いた。
覚醒者ではなかったからかもしれない、ただ心構えの問題なのかもしれない。
かつての信仰も何もかも、覚えているのは自分一人だけになった。
――まだ数年なのだと思い知る
――傷として鎖としてこれからも抱きしまい込む
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0023/ナハティガル・ハーレイ/男/24歳/闘狩人/復讐を誓い繰り返しを望まぬ獣】