※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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見えないけれど、確かなもの
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ある依頼を済ませ、ソサエティでいつも通りの手続きを済ませた後。
冬樹 文太は同行者のひとりであるハンターの少女に近付き、声をかけた。
「なあお前のソレ、見せてみい」
長身痩躯、鋭い目つきに独特の訛り。
少女は一瞬びくっと身体を震わせ、それから文太が指さしているのが自分の銃だと気付く。
文太自身、あまり親しくない相手に、自分がどういう印象を与えるのかは知っている。
それでも黙っていられない理由があった。
戦闘中、少女の銃に整備不良を疑われる挙動を認めたのだ。
「……ちょっといじるで。ええな」
銃を差し出し、慌ててこくこくと頷く少女を見もせずに、文太は近くのベンチに座りこむ。それから持ち歩いている簡易工具セットを開いた。
慣れた手つきで銃を分解し、部品を光にかざして見て、ひとりごとのように呟く。
「あー……やっぱりなぁ」
ひととおり手入れはしているようだが、使い手の癖にあわせて調整をとるべき部品が上手くはまっていないのだ。
そこでふと、心配そうに手元をのぞきこむ少女に気付く。
「心配せんでええ。すぐすむからな」
文太が表情を緩めると、以外にも親しみやすい笑顔になった。
少女もほっとしたようで、嬉しそうに微笑む。
(あー……なんかこういう子、見覚えあるなあ)
手を動かしながら、文太の心は遠い「ふるさと」リアルブルーへと戻っていく。
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その店を初めて見たときの印象は「あんまり儲かってなさそうだな」というものだった気がする。街の景色に溶け込んだ、老舗の時計屋さんだった。
孤児院育ちの文太は親の顔を知らない。
いつも大事にポケットにいれている懐中時計だけが、肉親との繋がりと呼べるものだった。
そんな文太を引き取ってくれた親父さんは、偶然にも時計職人だった。
腕がいいと評判で修理に持ち込む人は多いが、果たして店が儲かっているのかいないのか、文太にはわからない。
だが店に並ぶ時計がとても大切に扱われていることは、暫く過ごすうちにわかってきた。
孤児院の頃には持って生まれた雰囲気からか、色々とトラブルに見舞われた事もあったが、ここでは黙って立っている文太に誰も突っかかったりしない。
親父さんもおかみさんも文太に何も強制しなかったし、(犯罪以外は)何をやってはいけないとも言わなかった。
1年、2年とたつうちに、文太もそれを当たり前に受け止められるようになっていった。
こうして数年がたった。
その頃の文太は、特に用事がないときには店先で過ごすようになっていた。
コチコチと優しい音をたてる時計が正確な時間を示しているか見て回り、埃を払い、ネジを巻く。
それがすむと、持ち込まれた時計を修理している親父さんの手元をじっと見つめる。
「文太お前、こんなん好きなんか」
親父さんやおかみさんは、柔らかな方言で話す。
「うん、まあ。……邪魔かな」
文太だけが標準語で話す。
「なんも邪魔なことあらへん。暇やったら見てたらええ」
「そうする」
穏やかで、優しい時間だった。
やがて親父さんは、文太の質問に答える形で、時計の仕組みや調整の仕方を教えてくれるようになった。
机を挟んで親父さんの手元を見ていた文太は、いつの間にか親父さんと並んで座るようになっていた。
余った部品でどうにか「初作品」を作り上げたとき、親父さんは目を細めて言ったものだ。
「なんや文太、ちっとはマシなモン作れる様になってきたやないか」
「……流石にずっと見てたら覚えるし」
褒められたことは嬉しくて、でもそれを顔に出すのは少し恥ずかしい年頃である。
「お前さえ嫌やなかったら、修理、手伝ってみるか」
「え?」
「その代わり、遊びではすまへんで。お客さんの大事な時計触らせるんやからな」
「……わかってる」
親父さんはその日から、正式に「師匠」になった。
中学、高校と、学校の勉強以外の時間は、親父さんについて時計の扱いを勉強した。
やがて大人になった文太は、若手の職人として認められるようになっていく。
ある日のこと、親父さんが出かけている間に、べそをかいた女の子が常連のお爺さんと店にやって来た。
「あのね、ネコがね、ぽーんて……」
「あのな文ちゃん、この子が誕生日に買うてもろたばっかりのからくり時計でな。無理かもしれんけど、ちょっとみたってくれるか」
中を開くと、幸いにも酷い壊れ方はしていなかった。
動力をからくりに伝える軸棒が曲がっていたが、これは交換がきく。
文太は手早く修理を済ませ、目の前で動かして見せる。
「ほら直ったで。また落とさんよう気ぃつけてな」
女の子は涙の残る顔を輝かせて、手をたたいて喜んだ。
「ああよかったなあ。おおきになあ。それにしてもなんや文ちゃん、お父ちゃんに似てきたなあ」
「そんなん……」
――血の繋がらない親父さんに、似るなんてことがあるだろうか。
文太が複雑な気持ちで口をつぐむと、お爺さんが笑った。
「なんていうかな、ほら、時計を扱うときの手つきとか。ものの言い方とか。親父さんの雰囲気いうんかな、やっぱり似てきたで。面白いなあ」
お爺さんと女の子を見送り、文太は改めて店を見回す。
ああ、そうだ。
文太にとってこの店は大事な家で、親父さんやおかみさんは大事な家族だ。
自分を受け入れてくれた家族を、いつの間にか自分の身体も心も受け入れていた。
おまけに親父さんは、時計作りという天職も与えてくれたのだ。
それは、親父さんが身につけたものを受け継ぐこと。
血の流れよりもはっきりと、自分の手が親父さんの人生を、命を、受け継いでいる。
店の扉が開く。
帰って来た親父さんが文太を見るなり笑った。
「文太、なんやええ仕事したらしいな」
「お帰り。お客さんに言われたわ。親父の仕事に似てるんやて」
文太の笑顔は、少し泣き顔のようにも見えた。
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文太は銃を元の通りに組み立て、ハンターの少女に渡した。
「ほら。前より扱いやすくなったと思うで」
少女はぱっと顔を輝かせ、お礼を言いながら銃を受け取った。
手を振って別れ、リゼリオの賑やかな通りを歩く。
通りを往く人々の雑多さはリアルブルーと似ても似つかないが、そこここにある古びた店は、不思議とどこか懐かしい。
クリムゾンウェストに流れ着いても、文太は文太だった。
「……すっかり染みついてしもたなあ」
言葉づかいも、道具に寄せる心も。
親父さんに貰ったものは、確かにここに、文太と共にある。
青空を見上げる。
空の遥か彼方にある故郷の星、そこにいる懐かしい人々を思えば、胸が苦しくなるほどだ。
「大丈夫や。いつか帰れる」
文太は自分にそう言い聞かせる。
だから今は、この世界でやるべきことを果たそう。
いつかまた大事な家族に、胸を張って「ただいま」を言えるように――。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0124 / 冬樹 文太 / 男性 / 29歳 / 人間(RB)/ 猟撃士】
【親父さん / 文太の義父 / 時計職人】
【お爺さんと孫の少女 / 店のお客】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼いただきまして、誠に有難うございます。
過去のPC様の設定補完ということで、これでいいのかと緊張しつつ、終始楽しく執筆致しました。
エピソードの詳細や言葉遣いなど、ご依頼のイメージと大きく逸れていないようでしたら幸いです。
素敵な物語をお預けいただき、有難うございました!