※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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福音の夢の中で
痛みはなかった。ただ、熱いと思っただけ。
聞こえる貴方の声。
――悲しんでいるの? どうして?
吾輩は何の後悔もないのな。当たり前のことをしただけ。
貴方を護る。……それを果たしたいと思った。
だから――。
ああ、貴方の呼ぶ声が聞こえる。
それだけで、十分なのな……。
――そして彼女は微笑んで、赤い水溜りに飛び込んだ。
「……目が覚めたか?」
「……んぉ?」
黒の夢が目を開けると、そこにあったのは射干玉の瞳。
それがオイマト族の族長のものであるとすぐに気が付いたが……息がかかるくらいに近い。
恥ずかしがりのバタルトゥにしては珍しいことがあるものだ。
……と。黒の夢は認識しているが。バタルトゥは恥ずかしがりというよりはただ単に女性に慣れていないのと、異性との付き合いを真面目に考えるが故に堅い対応になっていたりする訳だが。
強面が、その堅い対応に拍車をかけて人を寄せ付けないものになってしまっているのは少し勿体ないように思う。
彼の古傷が残る手で髪を撫でられて、彼女は目を細める。
「……バターちゃん、どうしたのな? 吾輩は嬉しいけど……こんな積極的だなんて今日は雨が降るのなー」
「……? 夫婦ともなれば髪くらい触れるだろう……」
「ほえ? 夫婦……?」
当然のように呟くバタルトゥに目をぱちくりする黒の夢。
あれ? そうだったっけ? いつの間に?
ま、いっか……。バターちゃんあったかいし。
温もりが気持ちよくて、あっさりと考えることを放棄した彼女。
もっと身を寄せようとして……身体に走る痛みに、小さく悲鳴を上げる。
「……じっとしていろ。傷に障る」
「あれ……。吾輩いつの間に怪我してたのな」
その言葉に己の身体に目をやると、あちこちに包帯が巻かれているのが目に入る。
「……覚えていないのか。長く眠っていたから仕方あるまいな……。何か欲しいものがあれば取ってやるから言うといい……」
「ん。ありがとなのな」
「……何か飲むか?」
「うん」
少し待っていろ……と、その場を離れたバタルトゥ。
手慣れた様子で蜂蜜入りのミルクを作り、黒の夢に手渡す。
コップからふんわりと立ち上る湯気。甘い香り。その向こうに見える顔はどこか柔らかい。
――彼にもこんな顔ができるのだと、少し安心する。
「……顔色が良くないな。それを飲んだらまた眠るといい……」
「ん。あの……バターちゃん」
「ん?」
「寝てる間も傍にいてくれる?」
「……ああ」
無骨な手に梳かれる黒の夢の長い髪。
彼の手が暖かくて、彼女はまた眠りに落ちる……。
目を開けると、そこは見たこともない部屋だった。
並ぶ華美な調度品。これらはすべて東方のものだろうか……。
素敵な部屋。ちょっと冒険しようかな――。
そんなことを考えて立ち上がった黒の夢。
人の気配がして振り返ると、精悍な青年がこちらを見ていた。
「どうしたんだ。ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔してんぞ」
「……スーちゃん?」
「おう」
残る面影と聞き覚えのある声。
呼んだら返事をしたし、スメラギに間違いなさそうであるが……。
身長が大分伸びて、女の子のように可愛らしかった顔も男性らしい逞しさを得て、大分雰囲気が変わっている。
そんな彼を金色の双眸に映して、彼女は首をかしげる。
「……スーちゃん」
「んー?」
「相変わらず小さいのな」
「あぁ!? これでも大分背が伸びたんだっつーの! そりゃお前に比べたら小さいけどよ……」
「うん。スーちゃんカッコ良いのな。育ったら男前になるだろうと思ってたけどその通りだったのなー! 吾輩の見る目に狂いはなかったのな!」
「お前人を持ち上げるのか落とすのかどっちなんだよ」
見た目はすっかり変わったが、変わらない彼のノリにくすくす笑う黒の夢。
そんな彼女をちらりと見て、スメラギはため息をつく。
「全く迎えに来たっていうのに、まだ着替えてなかったのかよ」
「うな? どっか出かけるのな?」
「今日は国民へのお披露目の日だって言ったろうが」
「……? 何をお披露目するのな?」
「お前だよ。俺様の嫁になりましたーって報告するんだろ?」
「ほえ……???」
大きな目をさらに丸くする黒の夢。
確かに愛ならしこたまあるし、叶うならお婿さんにほしいとは思っていたけれど。
いつの間にそんな話になっていたんだろうか?
スメラギはもう一度ため息をつくと、彼女を壁に追い詰めて両手をつく。
「……本当に忘れてんのか、それともわざとか知らねーが。今更逃がしてやる気はないからな。いい加減腹くくれ」
「スーちゃん! スーちゃんがこんなこと言うなんて! すごい成長したのな! 吾輩感動したのな!!」
「お前、人が真面目に口説いてんのに茶化すんじゃねーよ!!!」
「あっ。ごめんなのな! 清聴するのな! 続きお願いするのな」
「そう言われて改めて口説ける程俺様心臓強くねー!」
「えーー!!」
「あーもー。わーったよ。後でやってやっから早く着替えて来いよ!! 先行ってるからな!」
微かに頬を染めて、頭をぼりぼりと掻くスメラギ。
照れるその姿に、己の良く知る彼を見た気がして――。
「黒の夢さん」
しっとりとした低い声。振り返るとそこには……誰だろう。
ふわふわとした青みがかった銀糸の髪に、淡い蒼の瞳。
ええと、声に聞き覚えはないけれどこの髪と目は見覚えがある。……けど。その人はもう少し身長が低かったような?
「黒の夢さん、どうしたんですか?」
「えっと……シグリッドちゃんなのな?」
「そうですよ? どうかしましたか?」
「ううん。何か……育ったなーって思って」
「そりゃあ、貴女に追いつきたくて頑張りましたからねー」
「何かびっくりなのな」
「今更何です? まさか、夫の顔を忘れたとは言わせませんよ?」
「夫? そーだったっけ……」
「今日の黒の夢さんもいつもと同じに綺麗だけれど、何だかちょっと違う感じがしますね。初々しい感じがする」
「シグリッドちゃんに初々しいって言われると思わなかったのな」
くすりと笑うシグリッド。
流れるように足の間に割り入れられる彼の長い脚。顎に添えられた手も、何だか逞しい。
ぐんと伸びた身長のせいか、目線が近い。
細いように見える身体には、確かに筋肉がついていて……何もかもが違う。
髪と瞳の色で分かったが、それもなかったらきっとシグリッドだと分からなかっただろう。
男子は成長でこうも変わるのか――。嬉しいような、ちょっと寂しいような。
匂い立つ大人の男の色香。可愛らしさの代わりに色っぽさを備えた彼を、黒の夢はまじまじと見つめる。
「いつも吾輩の方からくっついてたのに……不思議な感じなのな」
「惚れた女性の為なら、男は変わるんですよ」
「そっかー。ビックリする程カッコ良くなったのなー」
「貴女も闇に咲く花のように美しいですよ」
「……シグリッドちゃん、そういう言葉も嬉しいけど……恥ずかしくないのな?」
「恥ずかしがりの僕は随分昔に卒業したはずなんですけどね。……忘れちゃいました? 昨夜も一緒に過ごしたじゃないですか」
「忘れたっていうか今まさに初めてっていうか……」
「……忘れたなら思い出させてあげましょうか」
切れ長な目を細めて、更にずい、と迫るシグリッド。
不覚にもキュンと来て、黒の夢の頬が染まる。
「愛を語るなら、身も心も使わないと、ね。……ベッド行きましょうか」
「えっ。今からなのなっ?」
「善は急げっていうでしょう? うーん。お姫様抱っこで連れて行けるといいんですが。貴女を抱き上げるにはもっと鍛えないといけないですねえ」
せめて、エスコートさせてくださいね……と耳元で囁くシグリッド。
まるで壊れやすい宝飾品に触れるように、優しく丁寧に扱われて、慣れているはずの黒の夢も気恥ずかしさに身を捩らせた。
――そこは戦場だった。
咽かえる血の匂い。聞こえる人々の悲鳴、怒号……。
そして黒の夢は、痛烈な空腹を覚える。
――そうだ。食べなきゃ。
食べないと、次の新しい『あい』を生むことができない。
『あい』を生むことは、いいことなのだ。
世界は『あい』で出来ているのだから。
この行為は自然なこと――。
いつの間にか歪虚となっていた彼女の頭上を横切る影。見上げると、空を覆うように大きな黒い龍が飛来する。
「……ダーリン?」
「よう、待たせたな。ほらよ、お待ちかねのニンゲンだぜぇ」
ニヤリ、と笑うガルドブルム。
目の前に積み上げられる、壊れた玩具のような屍。
それがとても美味しそうで、黒の夢は黒い歪虚の巨体を見上げる。
「うな……。美味しそうなのな。ダーリン、これ食べていいのな?」
「おう、お前の為に持ってきたんだぜ。遠慮なく食え」
その返答に嬉しそうに頷く彼女。すると血や死体が、次々と黒の夢の口の中に吸い込まれていく。
赤く濡れた唇。全て食らい尽した彼女は、異様に大きく膨らんだ腹を愛おしそうに撫でる。
「……どうだ。足りたか?」
「うん。これなら丈夫な子達が生まれそうなのな」
次の瞬間、現れる黒いモヤ。黒の夢の足元から次々と広がるそれは、どんどん大きくなっていき……そこから蠢くものが誕生したのを見て、ガルドブルムは満足そうに頷く。
「早速生まれたか。さすがは俺の花嫁だ。こいつはなかなか活きのいい歪虚だな」
「ダーリンの持ってきてくれたご飯が良かったからなのな。……もっと、もっと食べたいのな」
「はは。お前は欲張りだな」
「……この世界を『あい』で包みたいのな。そのためにはもっと、食べないといけないのな」
「俺とお前がいれば、ニンゲンなどあっという間に駆逐できる。……さあ、花嫁よ。この地を歪虚で埋め尽くそうぜぇ」
「うん。喜んで……!」
ガルドブルムを蕩けるような笑顔で見上げる彼女。
愛しい歪虚の声と重なるように、声が聞こえた。
――黒の夢。
誰? 吾輩を呼ぶのは。
――黒の夢。君はそちらに行ってはいけない。
聞き覚えのある声。あの声は確か……。
――君を待つ者がいる。さあ、帰っておいで……。
……ああ、懐かしい貴方。
迎えに来てくれたのな……。
遥か昔。もう会えなくなったあの人。
その手を取ると、周囲が急速に光に包まれる――。
「……あ。目覚ましたぜ!」
「良かった……! 黒の夢さん、大丈夫ですか?」
「一安心だな……。俺達が分かるか……?」
「ほえ……?」
己を覗き込むスメラギとシグリッド、バタルトゥ。
何が起こったのか分からずに、黒の夢は目を瞬かせる。
スメラギとシグリッドは変わらず小さいし、バタルトゥも変わらぬ仏頂面だ。
「あれ? ダーリンはどこなのな……?」
「ダーリンって誰だよ」
「あー。黒の夢さん、ガルドブルムのことダーリンって呼ぶんですよね」
「そんな歪虚が近くにいたらタダでは済むまいな。夢を見ていたのか……?」
3人の言葉にそれもそうかと納得する彼女。起き上がろうとして……叶わず、再び布団に伏す。
「いったーーーい!!」
「そりゃそうだ。依頼で大怪我負ったんだからよ。もうちょっと休んでろよな」
「本当、無茶して……! 危うく死ぬところだったんですからね! 反省してください!」
「なかなか目を覚まさないから心配していた……。完全に回復するまではもう少しかかるだろうが……」
そうだった。依頼で無茶して重傷を負ったんだった。
色々と思い出す彼女。
――目の前にはいつもと変わらぬ彼ら。
あれは夢、だったんだろうか。
それでも……。夢でも、嬉しい。
「うううう。みんな大好きなのな! 触らせてなのな!!」
「うおああああああああ!!?」
「ちょっ。まっ。えっ。黒の夢さんそんなとこ触っちゃダメええええ!!」
「傷に障るからやめろ……!」
スメラギとシグリッドに抱きついた黒の夢を取り押さえるバタルトゥ。
――黒の夢の首元の鈴が、意味ありげにコロン、と音を立てた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ka0187/黒の夢/女/26/愛溢れる花嫁
ka0248/シグリッド=リンドベリ/男/13/甘い言葉を紡ぐ夫
kz0023/バタルトゥ・オイマト/男/28/世話焼きな夫(NPC)
kz0158/スメラギ/男/13/女泣かせな夫(NPC)
ガルドブルム/歪虚/逞しき夫(NPC)
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。猫又です。
平行世界の家族のお話、いかがでしたでしょうか。
NPC達が妻を娶ったらこんな感じかなあと予想しながら書きました。
バタルトゥはともかく、スメラギは女性慣れしたら将来女泣かせになるのではないかと思っていたりします。
シグリッドさんもイケメンに成長して女泣かせになりそうだなー。ふふふ。
好き勝手色々書いてしまいましたが、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。
ご依頼戴きありがとうございました。
副発注者(最大10名)
- シグリッド=リンドベリ(ka0248)