※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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千里の道も一歩から?
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役犬原 昶の朝は早い。
「うおーっ、今日もいい天気だ!!」
寝起きしている小屋の窓を開け、豪快に伸びをする。
「さって、のんびりしてる暇はないぜ」
昶は顔を洗いに外に出る。
小屋というには、かなりしっかりした造りの建物だった。多少叫んでも近所迷惑にはならない。……窓や扉を開けていなければ、だが。
昶の声はやはり大きかったようで、早速柴犬が走って来て吠えたてた。
「しーっ、師匠の邪魔になるだろ! 静かにしろよ」
人指し指を口元にあてて軽く睨むが、柴犬は大人しくならない。
まあこれもいつものことだった。
「せめて掃除の邪魔をするんじゃないぞ!」
昶は物置からほうきやちりとりを出して来て、辺りを掃きはじめる。
昨日のうちに掃除は済ませているが、夜の間に落ち葉や風に飛ばされた木屑が建物の周りに噴きだまっていた。
昶は嫌そうな様子も見せず、鼻歌交じりでほうきを使い始める。
「掃除は修行の第一歩だしな! ……あっ!!」
ふと振り向くと折角掃き集めた落ち葉の上で、柴犬がゴロゴロと転がって遊んでいるではないか。
「こらーっ!! 邪魔すんなって言っただろうが!!!」
ほうきを頭上に構えて威嚇してみせると、柴犬はぱっと立ちあがり、そのまま何処かへ走って行ってしまった。
「全く……掃除しろとは言わねえが、せめて邪魔すんなよな!!」
始めからやり直しである。
掃除が済んだら、次は朝食の準備だ。
昶は母屋のキッチンに立つと慣れた手つきで野菜を洗い、刻む。
「役犬原」
不意に背後から声がかかり、昶が弾かれたように振りむいた。
「師匠! お早うございますっ!」
昶は輝くばかりの笑顔を敬愛する師匠コランダムに向けた。
「もうすぐ朝飯ができるっすよ! 一日の活力は朝飯からってね、いっぱい食って今日もいい仕事を……」
だがコランダムは、爽やかな朝に似合わぬ微妙な表情だ。
「それは良いのですが、後で物置小屋を片付けておいてくださいね」
「え?」
さっききちんと。
そう言いかけた昶の視線が、師匠の足元にじゃれる柴犬の身体に。
背中に葉っぱだの木屑だのをつけているこいつは……!
「うおおおおお、犬畜生が邪魔するだけで飽き足らず、師匠に甘えるとは何事だー!」
「きゃいんきゃいん!!」
師匠を盾にするように昶の手から逃げようとする柴犬。
一説によると飼犬は、その家で一番ランクが下と見定めた者の上に自分のランクを定めるという。
つまり師匠と昶と柴犬の生活の中では……。
「今日こそは許さんぞー!!」
だが昶の決意もそこまでだった。
すぱぁん!
小気味よい音が響き渡る。
「いい加減にしなさい、役犬原。火を扱うキッチンで暴れる人がありますか」
ハリセンを構えたコランダムに注意され、昶はしょんぼりと肩をすくめるのだった。
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朝食の間にも、柴犬の挑発は続いた。
これまでの対戦成績は250戦250敗。昶は惨敗している。
何と言っても敵は、誰が強いのかをしっかり理解しているのだ。
朝食の後片付けをしているうちに、昶はどんどん落ち込んでくる。
「……俺は一生懸命やってるのになあ。せめてあのワン公が邪魔しなければ、掃除だって段取り良く……」
大柄な男が肩を落とし、さめざめと涙を流しながら皿を洗う図というのも中々シュールだ。
だが昶にとって、師匠のコランダムに叱られることは何よりも辛いことだった。
「役犬原」
またも不意に、師匠の声。
「あっはい、師匠! なんっすか!?」
しょんぼりしていた昶の表情がぱっと明るくなる。まるで悪戯をして叱られた子犬が、優しく声を掛けられたときのように。
昶は涙に濡れた黒い瞳をキラキラさせて、師匠の言葉を待ちうける。
「思ったのですが。掃除は暫く、朝食の後にしてみてはどうですか」
コランダムなりの助け船だった。
朝食を食べた柴犬は、勝手に散歩に出て行く。そうすれば昶にじゃれつくことも減るだろうというわけだ。
……コランダムには忠実な柴犬なので、彼女の認識では『じゃれている』ことになっている辺りはともかく。
昶にとって、師匠の言葉は絶対だ。意味や理由などどうでもいい。
「はいっそうするっす! なるべく急いで用事を済ませますから、師匠はお仕事を始めてくださいっす!!」
途端に元気になった昶は、楽しそうに皿洗いを再開するのだった。
コランダムの実家は代々、リアルブルーで伝統的な建築技術を継承してきた家だった。
時代が変われば求められる建築も変わる。
だが日常的には求められない技術であっても、古い建物を保存し復元するには、コランダムのような職人が必要だ。
その為、普段は現代建築の仕事をこなしつつ、古い技術の知識を身につけ研鑽を積む。それがコランダムの生活だったのだ。
昶はリアルブルーで訪れた建物の佇まいに感動したと言って、それを手掛けたコランダムの元へ突然弟子入り志願してきたという変わった男だ。
確かに、昶には並々ならぬ熱意が感じられた。
……が。
残念ながら、技術がついてこないタイプだった。
「私の教え方が悪いのでしょうか。やはり弟子を取るなど、まだ早かったのかも……」
自分はまだまだ未熟だと思う。だからこそ、日々先人の技術を研究し、努力を惜しまない。
しかしそれに打ちこむ余り、他人と関わることが少し下手なのかもしれないとも思っていた。
……そういう風に考えてしまうのも、コランダムの生真面目すぎる性格の表れなのだが。
一つ頭を振り、目の前の仕事に取り掛かることにする。
木肌に手を触れた。ここ数日お天気が良かったので、ちょうどいい具合に水分が抜けている。
「もう加工しても大丈夫でしょう」
コランダムが受け継いできた技術を使った建築物をこの世界に建てるには、足りない物が山ほどあった。手に入る材料は未知のものだし、そもそも気候も違う。まだまだ研究が必要だろう。
コランダムはそう考え、可能な限り材料を集め、準備を続けていた。
今住んでいる建物や、昶が寝起きしている小屋はその実験の一環でもある。
新しく手に入れた素材を前に、表情が引き締まる。
作業に没頭するうちに余計な雑音は何処かへ消えて行った。
なので、昶の接近に気付かなかったのだ。
「うおおお、すごいっす!!」
「!!」
突然の大声に、コランダムは危うくノミで余計な部分を削りそうになった。
「さすが師匠! この切り込みの角度、絶妙っすね!!」
加工を終えた材木のホゾを、昶が目をまんまるにして眺めている。
「……役犬原……」
すぱぁん!
コランダムはたまらずハリセンを振るう。
「いてえっ!?」
「私が工具を持っているときにいきなり話しかけてはいけません!」
「す、すいませんっした!! あんまりすごかったもんで、つい!!」
コランダムは大きな溜息をついた。
この不肖の弟子の言動には随分慣れたつもりだったが、予想外の行動にはときどき驚かされる。
「あなたはこの前教えた、糸鋸の使い方を練習していてください。後で出来栄えを見ますから」
「うっす!! 頑張るっす!!」
昶は端材を手にいそいそと作業台へ向かう。
だがそれから30分も経たないうちに。
「うおおお、すごいっす!! これ、組み合わせるだけで、ぜんぜん外れないっす!!!」
「…………」
ごすっ。
「ふごぉ」
ハリセンを取り出す暇もなかったのか、コランダムのノミの握りの部分が昶の腹にめり込んでいた。
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そんな一日の終りに。
夕食を終えた昶は、小屋の裏手に陣取って端材を睨む。
「師匠はやっぱすごいよなあ」
同じ材料を使って、あんなに見事な細工ができるのだから。
それでもあの建物を見たとき覚えた感動を、もっと沢山の人に伝えたい。
その気持ちが、昶を今日まで支えてきたのだ。
「ま、始めたのが遅いんだしな。頑張るしかないか」
糸鋸を端材にあてる。きちんと刃を手入れしているにもかかわらず、その切り口はガタガタだ。
「おかしいなあ……どうなってんだこれ」
そう呟いた昶がふと顔を上げた。
いつからそこに居たのか、コランダムがじっと見ているではないか。
「あれ、師匠。どうしたんっすか、こんな時間に!」
昶は思わず腰を浮かせる。
「角度が悪いのですよ、役犬原」
コランダムだって、昶の熱心さが何とか報われて欲しいと思っているのだ。
まあ本音の部分では、仕事を邪魔されない程度の技術を身につけて欲しいというのもあったかもしれないが。
「いいですか。刃を木目に対してこう当てて」
昶はその手元で綺麗に切れて行く端材に、やっぱり見とれてしまう。
「聞いていますか、役犬原」
「はいっ!!」
教えられた通りに動かすと、綺麗な切り口。
「すごいっす! 流石師匠っす!!」
この程度で喜ばれても。とは思うが、この程度ができなければ始まらない。
コランダムは敢えて、少しだけ表情を緩めた。
「誰でも最初は初心者ですよ。それに役犬原はやればできるのですから。しっかり頑張ってください」
「はいっ!! 俺、ずっと師匠について行くっす!!!」
昶は木材の切れ端を宝物のように掌に包み、キラキラと目を輝かせた。
何だかんだで、こうして最後は昶を調子に乗らせてしまうコランダムなのだった。
頑張れ昶、負けるな昶。
いつか師匠の立派な片腕になれるその日まで。
師匠は(たぶん)応援してくれる……!!
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0268 / 役犬原 昶 / 男 / 27 / 人間(リアルブルー)/ 霊闘士】
【ka0240 / コランダム / 女 / 25 / 人間(リアルブルー)/ 機導師】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、師弟コンビの日常の一幕をお届します。
シナリオでもお世話になりましたが、大変楽しく執筆致しました。
お二人の掛け合いなどがイメージに添っていましたら幸いです。
この度はご依頼、誠に有難うございました。
副発注者(最大10名)
- コランダム(ka0240)