※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
Invitation Aqua

 移動式のアクアリウムというものがある。移動式動物園ならリアルブルーでも流行ってはいたが、似たようなものだろうかと思いつつ、スグルは手元にチラシに目を通した。
「ふぅん、夜間営業もしてるのか……」
 カサ、と紙が鳴る。指をわずかに動かしながらだった為に、そこから皺が出来たようだ。
「ねー静、これ行かない?」
 スグルが居座り続けているトレーラーハウスの中、だらしない姿勢のままでソファに座り込み、家主である静架に声をかけた。
 静架はそんなスグルの姿とちらりと一瞥したあと、返事をせずに武器の手入れをしている。
「期間限定だよ? きっと楽しいよ~?」
 ピラピラとチラシを静架に向けてスグルはそう続けた。彼が無視をしたという事については大して気になってもいないらしい。
「……仕方ないですね、付き合ってあげてもいいですよ」
 尚も「ね~ね~」と繰り返してくるスグルを完全に無視することが出来ずに、静架は眉根を寄せつつため息混じりにそう言った。
 スグルは静架に対しては諦めるということを知らない。このまま放置しておけば静架が何かしらの返事をするまでずっと名を呼ばれ続けるのだろうと思ってのことであった。
「じゃあ決まりね~」
 静架の返事を確かに耳にしてから、スグルは緩く笑ってそう言った。
 それ以外のことには、ほとんど興味を示さない。他人はどうでもいいし、よく面倒を見ていると言えば最近出会ったらしい虎猫くらいか。
 今も腹の上に猫を乗せて何かを話しかけている。手に持っていたチラシは既に床に放られている状態であった。
「…………」
 弓の手入れをしつつ、もう一度スグルを見やる。
 ニャー、と猫が鳴いた。静架の視線に気づいたようだ。
「どうしたの、静」
「……いいえ」
 ソファの上で寝転がっていたスグルは、ゆっくりと首を傾けてそう問いかけてくる。
 スグルが静架の方に向かって頭を向けて寝転がったのを幸いに、静架は小さく返事をした。
「ねぇ、静。楽しみだね」
「まぁ……そうですね」
 ふふ、と笑い声が聞こえた。スグルは猫を抱いたままで鼻をこすりあわせている。
 それを少し離れたところから見ている形となる静架は、わずかに自分の心が動いたことに気がついた。だがそれが何なのかまでは、解らなかった。
 今はまだ解らないままでいたいと本能で感じ取ったのか、彼はそれ以上の探索をせずに弓の手入れを再開させる。
 そんな彼を、逆さまの角度から見ていたのは、ソファに寝転がったままのスグルだった。



「おお、結構本格的」
 夜間営業のほうが涼しいし楽しいから、という理由で日が完全に落ちてからアクアリウムへと足を向けた二人であったが、その結構な造りに純粋に驚きを見せていた。隣の静も同じように、水槽を見上げながら感嘆のため息を漏らす。
「手、繋ごう」
「何が悲しくて男と手を繋がなくてはならないんですか」
「大丈夫、誰も見てないから」
「……最初から自分の話を聞くつもりがないんだったら、言わないでください」
 相変わらずの噛み合わない会話を続けつつ、静はスグルに取られた手を振りほどけないでいた。
 眼前に広がる青の世界が、心を静かに落ち着かせる。だからそれ以上の文句も出ないのかもしれない。そんな事を心で思いつつ、静架はスグルを一歩前にして歩みを進めた。
 頭上では銀色の魚が群れをなして泳いでいる。同じ場所、同じ方向にグルグルと回るそれはアートのようであった。
「リアルブルーでも、こういう魚いたよね。何とかトルネードとかイリュージョンとか言われててさ」
「そうなんですか。自分は、知りません」
 スグルが魚を見上げつつそう言えば、静架はぽそりと小さな返事をするのみだった。
 どうやら、初見であるらしい。
「もしかして、静は水族館って初めてだったりする?」
「そういう境遇で育ってませんからね。……食べる以外の魚がこうやって動いている姿など、初めて見ます。あ、あれとか、浜焼きにしたら美味しそうです」
 空いている手の方でゆらゆらと泳ぐ一匹の魚を指さし、静架は言う。
 その言葉を耳にして、スグルは小さく笑った。
「しーず。その、すぐに食べ物に連想しちゃうところ、ここでは禁止」
「何故それを、貴方に指図されなくてはいけないんですか」
「……ほらほら、しぃー。せっかくの静かできれいな空間に水を指しちゃダメってことだよ。目で楽しむ所なんだから」
 スグルは静架の唇に人差し指を当てて、小声でそう言ってくる。普通なら自分の唇に当てるものじゃないのかと思いつつ、静架は軽く顔を逸らした。
 唇に感じたスグルの指の体温に、少しだけ心が揺れてしまったのだ。
「あ、あっちは深海生物だって」
「…………」
 立て看板の通りに水槽を見て回る。
 少し奥まった場所にあるのは、深海の生き物たちのコーナーであった。
「あれは……カニですか? 随分大きいんですね……」
「おっきいよねぇ。あの甲羅に絵を描いて魔除けにする地域なんかもあったけど、ここじゃどうなんだろうね」
「何というか、奇怪な姿をしてる魚やエビばかりですね」
「水面に上がってこない分、退化してるからねぇ。目が極端に小さいのとかは、光を必要にしなくなったせいなんだって」
 クリーチャーという言葉がしっくりくる魚達を見ながら、そんな会話が続く。何かと詳しそうなスグルであったが、リアルブルーに居た頃はよくこうした場所に通っていたのだろうか。
「俺はね、他人とのコミュニケーションを図るのが苦手でさ。っていうか、面倒くさくってね。そういうのもあって、ヒトより動物に興味湧いちゃって。まぁ、人並みにしか知らないけど、嫌いじゃないんだ、こう言う所」
「自分よりは物知りだとは思いますけどね……あ、スグル、見てください」
 深海のコーナーを抜けた先で、静架が珍しくスグルの視線を誘導した。
 その先にあるのは、色とりどりの魚達が舞う空間があった。青く光る水槽の中、見たことも聞いたこともない綺麗な魚たちが悠々と泳いでいる。
「……綺麗ですね。ね、スグル」
「そうだね。綺麗だ」
 ぽろりと零れ落ちる素直な心の吐露を隣で感じて、スグルは目だけで笑った。そして静架のそっと抱き寄せて返事をする。
「な、何をしてるんですか」
「しぃー、だよ、静」
「!」
 いとも簡単に腕の中に収まってしまったことに焦り、静架は少しだけ声を荒らげてしまう。
 そんな彼を沈めるようにして、スグルは小さく言葉を繋げて唇を寄せてきた。まさしく口封じそのものであったが、静架はそれから逃れられなかった。
 もちろん、ひと通りの抵抗は試みた。だが自分より一回り背が大きいスグルにはやはり敵わない。腕の力も彼のほうが強いために、どうにもならなかった。
「……、……っ」
 後ろに人の気配を感じて静架が、どん、とスグルの胸を叩く。
 そこでようやく唇が解放された彼は、直後にスグルを鋭く睨みつけた。
「綺麗な金色だね」
「貴方という人は……っ」
 明らかに怒っているという視線であったはずなのだが、睨みつけられた本人であるスグルには僅かほどの効果も見られず、呑気そのものだった。そして静架の心を逆なでするかのようにして、瞳の色を褒めてくる。
 激昂しそうになった静架の口元に再びの指をとん、と置いて、スグルは通路の脇によるために移動した。すると少し後から浴衣を着た男女のカップルが熱々っぷりを主張しつつ歩いてくる。それを遠巻きに見ながら、スグルは苦笑した。――と言うよりかは、嘲笑に近いものだったかもしれない。
「危なかったねぇ」
 その言葉は、心にもない。
 ただ、静架を納得させるためには言っておいたほうがいいのだろうと思っての事だった。
 スグルには悪気も無いが心遣いも存在しない。
 ただ、隣にいる静架が傍にいればそれだけでいいのだ。
「君も災難だね」
「……何の話ですか、いきなり。反省の弁のつもりですか」
「いや、何でもない。そろそろあっちに行こうか。海獣ゾーンだって。イルカとか見れるのかな」
「…………」
 いつもと同じようにしてへらりと笑いながら言葉を繋げてくるスグルに対して、静架は完全に呆れていた。怒るのもバカバカしいと感じたのか、かっくりと肩を落として深いため息を吐く。
「――イルカって、この世界にも居るんですかね」
「名前は違うかもしれないけど、居そうじゃない? シャチとかでもいいけど」
 ぎゅ、と再び握られる手。
 静架はそれに言葉なく自分の指を重ねて、落ち着かせる。
 何を考えているのかは、分からない。理解したいとも、今のところは思わない。だがそれでも、静架はスグルからは逃げられない。本気で逃げようと思えば、彼の傍からは確実に離れられるはずなのに。
 不思議と、そうまでしたいとは思えないようだ。
「貴方も災難ですね」
「え?」
 静架はぽそりとそんなことを言った。それは、先ほどのスグルの言葉を同じものだった。
 ただ、展示物の説明文を興味深げに読んでいたスグルには届かなかったようだが。
「なんでもありません」
 静架はそれだけを答えると、目の前の水槽を見上げた。
 イルカを思わせる生体が二体泳いでいる。ゆっくりと泳ぐそれに、感嘆のため息を吐きこぼしてから、またスグルのほうへと目をやった。
「……子供っぽい表情はやめたほうがいいと思いますよ」
「静のせいじゃないか」
 聞き取れなかった言葉が気になるのか、スグルはジト目で頬を膨らませていた。
 あまりにも解りやすい表情に、思わず静架の口元が緩む。
 一方のスグルは、まだ納得がいってないようである。
「貴方だって自分のわかるようなこと何一つ言ってくれないのに、ズルいですよ」
「え、そうだっけ? 俺は静が好きだよ」
「……それはもう嫌というほど聞いたので、いいです」
 スグルの噛み合わない会話を無視する方向でそれを言い捨てた後、静架は彼の襟元を力任せにぐいと引いた。
 次の瞬間には近距離で目が合い、直後に唇に触れるものがある。
「――――」
 スグルはとても驚いているようだった。だがそれも、数秒後には掻き消される。
「悪くないね、こう言うのも……」
 静架の髪を掻き抱いて、彼はそう言う。その口の端は完璧に上がっていて、満足気である。
 大きな水槽のその真下で、二人の影は暫く重なったままで居るのだった。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
静架(ka0387)
副発注者(最大10名)
スグル・メレディス(ka2172)
クリエイター:涼月青
商品:アクアPCパーティノベル

納品日:2014/08/11 15:07