※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
夏の言祝ぎ


 その日は一年の内で特別な日であった。
 だが、本人にとってはさほど重要視する程のことでもないらしく、いつもと変わりのない朝を迎えていた。
 寝床にしているソファから上半身を起こし、ゆっくりと伸びをする。
 その直後に共通で使っているホワイトボードに目をやった。共通、と言えども使っているのは自分ではなく、このトレーラーハウスの持ち主である静架のみだ。
 ボードには何も書かれてはいない。
 珍しい、と思いながらソファを降りて、パイプベッドのほうへと視線を向ける。
 手すりに静架のフクロウが居座り、こちらをチラリと片目で見た後、首をぐるりと横に回した。その個体に刺激を与えないようにして近づきながら、ベッドの中で眠る静架を覗きこんだ。
「……かわいい」
 小さく呟いて、微笑む。
 伏せられた瞳の先にある細い睫毛。右手を差し出し微かに人差し指の腹で撫でると、眠ったままの静架の表情が僅かに歪む。
 ここに居る間は自分だけのもの。
 相手にも自分にも言い聞かせて、静架という存在を縛り付ける。
 オフィスから戻ってきて眠るまでの時間を、居候であるスグルは半ば無理矢理に奪い取り好きにすることが多かった。割と酷いことをしているはずなのだが、静架は自分を追い出そうとはしない。決定的な拒絶を示してくれれば、自制の掛けようもあるのに、とスグルは自分勝手な思いを巡らせつつ、薄く笑った。
「……、……」
 静架が眉根を寄せつつ寝返りを打つ。
 その際に頬にかかった長い前髪を払ってから、スグルは上半身を屈めた。
 自分の唇に触れる、相手の肌。毎日触れているのに、触れる度に新鮮な気持ちになる。
 欲に素直で従順で、左右されているという自覚はあった。それでも律することが出来ない。
 罪な存在だと思う。そこまでを思って、スグルはベッドから離れた。
 手早く自分の身なりを整えて、朝食を作らなくてはならない。居座る以上、彼は与えられた役割は卒なくこなしているのだ。
 生ものを一切口にしない静架のために、少しだけ手の加えたものを作る。
 作る行為は嫌いではない。最近は色々と極めることも楽しくなってきた。ただしそれは、静架のためだけに起こせる感情と行動であった。
 スグル・メレディスという男は、静架無しでは生きる意味すら見出だせないのである。

「ね~静、デートしよう」
「出かける理由がありません」
 互いに朝食を食べながら交わす会話には、いつものパターンで冷めた空気が漂っている。
 とても二人が仲良しだとは思えないものであった。
「何しろ今日は、俺の誕生日し。それから、明日は静の誕生日でしょ?」
「……どうでもいいって言っていたの、どこの誰ですか」
「あれ、言ったっけ? そんなこと。まぁ俺の誕生日は正直、どうでもいいんだけどね」
「…………」
 フォークを握ったままの静架の表情が、微かに歪んだ。呆れているのかもしれない。
 この男とまともな会話など出来はしないと解りきっているはずなのだが、こうして顔を合わせている以上は受け答えをしなくては何かとうるさい。だから反応しているのだが、いつになっても改善されない態度に、朝から疲れる羽目になってしまった。
「ねー、行こう?」
「…………」
 既に返す言葉もない。
 これは自分が今日の誘いを受けるまでは、ずっとこのままうるさいのだろう、と考えついた静架は「街でバザーが出てるそうですから、そこに行きましょうか」と言って、目の前のスグルをあっさりと黙らせるのだった。


 街の一画で行われているフリーマッケット。
 通りの両端に並ぶ露店を横目で眺めつつ、並んで歩く。
「割と盛況なんだね、向こうにいた頃もこう言うの見たことあったなぁ」
「古物商などが多いですが、綺麗な布や花もあって、見た目にも華やかでいいですね」
 月一の催し物らしく、様々な店が続いていた。飲食関係から古美術品まで多種多様である。
 店主と目が合うと、「安いよ、いかが?」と声を掛けられる。
 それを片手でやんわりと交わしながら、静架はスグルをちらりと見上げて、また唇を開いた。
「……そう言えば、誕生日が一日違いとは、偶然でしたね」
「あ、うん。そこは俺もびっくり。これってきっと運命なんだね~」
「偶然です、単なる」
 へらりと笑いながらそんな事を言うスグルに対して、眉根を寄せつつ返事をする。
 『運命』などとあっさり言うな、と心で思った。
 スグルは静架に対してはいつでも大袈裟な事を言う。恥ずかしげもなく、それでいて誇らしげに。
 彼は自分を転移前から知っていたと言うが、それを示すものも何もないので、俄に信じがたい。だが否定した所でスグルは受け入れようとはしないし、そのあたりは既に諦めの境地であった。
「自分は、誕生日というものは……新しい銃や、装備……そんなものが貰える日、としか思ってませんでした」
「傭兵だったんだもんね。でも、それも一つの相手なりの思いやりというか、愛情だったんじゃないかな」
「……スグルは?」
 思わず、そう問いかけてしまう。
 するとスグルは目を丸くして、驚いたような表情をした。
 聞いてはいけなかった事柄かとも思ったが、次の瞬間には彼の口は動いていた。
「俺は、両親が死ぬまでは普通だったよ。……まぁ、母親がちょっと夢見がちな人でさ、毎年ホールケーキ焼くの。それが死ぬほど甘くてさ。でも食べないと泣いちゃうから、頑張って食べてたけどね」
 そんな言葉を聞きながら、何となく想像が出来てしまうと静架は思っていた。
 自分は知らない世界だが、それでも情景としての想像ぐらいは出来る。
「……両親には何の不満もなかったけど、勝手に死んじゃったしね~。それまでの時間は普通すぎて、つまらなかった。やっぱり俺って、どこかのネジが飛んてるのかもしれないね」
 アハハ、と笑いながら彼はそう言った。
 詳しくは聞いていないので知ることは出来なかったが、スグルは両親を失って寂しいのでは無いのか、と感じた。
 自分も同じように両親はいないが、それでも父が率いていた傭兵たちが面倒を見てくれた。戦場を渡り歩きつつ、不器用ながらも静架を育ててくれたという記憶は残っている。
 その間、スグルはどうだったのか。両親を失ったあとはすぐにトレジャーハンターとして単独行動をしていたらしいが、その彼を癒していたものは何だったのだろう。それすらもあったかどうかは、静架には解らない。
「ねぇ、静」
 少しだけ思案の波に使っていた所で、スグルが静架を呼んだ。
 それに顔を上げた所で、耳の上に何かを置かれたと察して、立ち止まる。
「何ですか?」
「ん? そこで売ってた花。見たことなかったしキレイだったから、静に似合うかなって」
「何故、男にそれを飾ろうって思うんですか……」
 スグルは相変わらずであった。
 突飛な行動が読めずに、いつも振り回される。
「俺はね、静がいればいいんだよ」
 彼は笑いながらそう続ける。
「過去はどうでもいいんだ。俺には静が全て。静がずっとそばに居てくれたらそれだけで、幸せだよ」
「…………」
 何故、ここまでを言い切れるのだろう。
 周囲には綺麗なものや綺麗な女性が数多といる。それなのに何故、この男はそれらを選ばずに自分だったのだろう、と考えずにはいられない。
「今日はなんだか、大人しいね」
 思考ばかりを続けているせいか、スグルが少し困ったような表情をしてそう言ってきた。
 そして彼は、手を繋ごうと言って、静架の反応を待たずに手を握る。
 普段なら躊躇いなく振り払うが、今は何故かそれが出来なかった。
 止めていた歩みを再開させて、数歩を進む。
 手を引かれたまま数メートル歩いた所で、今度はスグルが足を止めた。
「ねぇほら、あそこの店。こないだの依頼で寄った細工屋なんだ。店主は若いんだけど、腕は良くてね」
 そこまでを言って、彼は静架の手を離した。
 そして「ちょっと待ってて」と言い残して彼は簡単に静架の元を離れ、指をさした細工屋へと姿を消す。
 残された静架はぽつん、とその場で立ち尽くしていた。
 待てと言われれば待つのが基本だが、胸の奥からじわりと広がっていく不安は何なのだろう。
 スグルが戻って来ないわけではないのに。
「……、……」
 何かを、言いかけた。
 まるで子供のように何かを喚き散らしたくなり、静架は自分の手を胸において服を握りしめる。
 落ち着け、と言い聞かせるために、その場で深呼吸をした。
「おまたせ~、静。あれ、どうしたの?」
 数秒後に、スグルは当たり前のように戻ってきた。
 その姿を視界に収めるなり、安堵の気持ちが広がる。先ほどまで感じていた不安も綺麗になくなっていた。
 スグルはそんな静架の小さな変化にきちんと気が付き、頬に手を置いた。手のひらを滑りこませてから、数回ゆっくりと撫でてやる。
「道の往来で何をしているんですか」
「ん? だって静が泣きそうな顔してたから」
「な……っ、そんなわけないでしょう」
 スグルの言葉に、静架の語気が強まった。頬が熱くなっている気がして、余計に焦る。
 それでもスグルは困ったように笑うだけで、頬に置いた手を離すことはなかった。
「……ちょっと、不安だった? 俺から離れることは絶対無いんだから、大丈夫だよ」
「誰も、そんなことは言ってません……」
 胸の内を殆ど覗かれたような感覚に陥り、静架はかくりと頭を下げた。
 この男には、出会ってから今まで毎日を狂わされている。振り回されすぎて、元来の自分の感覚が鈍ってきているのだろうか。
 慣らされてしまったのだろうか。
「んー、解ったゴメン。今度は店まで一緒に行こう。今日は頼んであったものを受け取りに行っただけなんだよ、ほら」
 スグルは静架の目の前に一つの小さな包を取り出してみせた。手のひらに収まるほどのサイズで包み紙を使った袋に少し重みのある何かが入っているようだ。袋の角に赤いリボンと結び目に金色の大きなビーズが飾られていて、俗にいうラッピング済みのプレゼントと言った所だろう。
「……これは?」
「静への誕生日プレゼントだよ。渡すのは日付変わってからだからね」
 スグルにそこまでを言われたあとで、静架は、はっと何かに気づいたような表情をして、自分の着ている衣服を弄り始めた。上着の内ポケット、外ポケット、ボトムと行き着いて、そこで手を止めてごそごそと何かを取り出す。そして手の中に収めた何かを、ぐい、とスグルの胸に押し当てた。
「静、これ何?」
「……た、誕生日……プレゼントです」
 静架が押し付けてきた何かから手を引こうとしていたので、スグルが慌てて受けとめる。若干、シワが出来ている簡素な包み紙からポロリと出てきたものは、腕時計だ。
「これ、静がいつも使ってる時計だよね?」
「一応これでも、悩んだんです。今までこう言う、誰かに物を贈るっていう事したことなかったですし。……なので、自分が使ってて扱いやすいものにしました」
 静架はあからさまに照れながら言葉を並べていたので、いつものような冷静さがやや失われた状態でもあった。
 それを傍で見聞きしていたスグルは、満面の笑みを浮かべてこう言う。
「つまりは、お揃いだ」
「……っ」
 スグルの言葉に、静架はさらに顔を赤くした。『お揃い』などと意識して用意したわけではなかったので、余計に墓穴を掘る形となったようだ。
「い、いらないのなら、返してください」
「誰も言ってないでしょそんなこと。ちゃんと貰うよ。ありがと~、静」
 スグルはその場で、時計を装着してみせる。
 心地いい重みを腕に感じて、満足そうだ。
「こっちに来てから古い懐中時計しか使ってなくてさ、あれ、取り出したりするのに手間かかるでしょ。不便だったから凄く嬉しいよ」
「そう、ですか……それは良かったですね」
 まるで人事のように、静架は返事をする。今は、まともにスグルを見上げることすら出来ないようだ。
 そんな静架の手を再び取ったのはスグル。
 指先に感じた温もりに、静架もゆっくりといつもの表情に戻っていく。
 そして二人は手を繋いだままその道を歩ききり、その後は帰路へと戻っていった。


 互いに軽い夕食を済ませて、数時間。各自、自由な時間を過ごしている中、スグルが両手に小型タンブラーを持って、静架を呼んだ。
 緑色の、見た目にも涼やかな酒が目の前に置かれる。
「エメラルド・クーラーですね」
「暑いからね、さっぱりしたいかなって思ってさ」
 スグルにカクテルを作らせると、たまに堂々と何かを盛ってくるので警戒はするのだが、今日は素直にそれを受け取った。
 静架から貰った腕時計を外し、テーブルの上に徐ろに置くスグル。
 どうやら時間を待っているようだ。
 秒針を目で追って、数秒後。
 グラスを傾け、静架のそれにカツンと当てる。
「誕生日おめでとう、静」
「……ありがとうございます。というか、自分は言えなかったじゃないですか」
 静架もスグルのグラスに自分のを当て返してから、そう言う。
 タイミングを計れなかったのもあるが、スグル自身はすでに時計をもらった時点で満足しているようだったので、言祝ぎを伝えそこねてしまった。
「俺はいいの。それよりほら、プレゼントだよ」
 スグルは一口酒を含んでから、そう言って昼間の包を改めて差し出してきた。
 静架はそれを黙って受け取り、ゆっくりと中身を確認する。
「バングル、ですね」
「よく出来てるでしょ。気に入ってるんだ、あの店の装飾品」
 姿を見せたのはシルバーの曲線が美しい腕輪――バングルであった。シンプルな造りであったが、表にスクロールが施され、独特の重みがある。
「実は俺も迷ったんだよ、プレゼント。でも静、こういうの好きかなって思ってさ」
「そうだったんですか。大事に使わさせていただきます」
 そう言いながら、緑色の酒を煽る。ソーダの食感とミントが口の中で瞬時に拡がって、思わず目を細めた。
「来年も、こうして向き合っていられるかな」
「……いるつもりなんでしょう。さっき言ってたじゃないですか、自分から離れることはないって」
「あは、そうだっけ。まぁ、そのつもりだけどね」
 珍しく、噛み合った会話だと思った。
 スグルと向い合って酒を飲み交わすことは、もう幾度と無く繰り返してきた。あまり良くない記憶の事のほうが多いが、それでも静架はスグルが座っているスペースを今更他の誰かに座らせるつもりはない。否、このハウス内に踏み込むことさえ拒絶の感情が生まれてくる。
「しーず? 静ちゃん?」
 スグルがひらひら、と手を振っているのが見えた。
 何故自分にちゃんを付けるのかと文句を言いたかったが、それが出来ない。
 珍しく、酒が回っているような気がした。
「……何も、盛ってないですよね?」
「今日は何も。昼間結構歩いたし、暑かったし、疲れたんじゃない?」
 スグルから帰ってきた言葉は何気にとんでもない響きが混じっていた。悪びれもなくあっさりと告げるその唇を、出来ることなら摘んで捻ってしまいたい気分だ。
 いっそ、実行してみようか。
 そんな思考に行き当たり、静架はグラスを置いてゆらりと立ち上がった。
 スグルはそんな静架の行動に驚いているようで、瞠目している。
「静、酔っちゃった? だいじょう――」
 自分に近づいてくる静架に、スグルはそう言いながら腕を伸ばす。たが、言葉は途中で遮られてさらなる驚きがスグルを襲った。
 まず、最初に頬に触れた。自分からこうすることは殆ど無い。
 そんな風に思いながら、静架は両手でスグルの頬を包む。瞠目したままの目の前の存在が面白かったのか、小さく微笑んだ後、彼はスグルに口づけていた。
 あり得ない光景である。
「……約束、した、よね」
 静架の言葉が、どこか幼いものになった。
 スグルはそれを知らないわけではないので、そのまま受け入れて背中に手を回す。
「約束? なんの?」
 その言葉はわざとだった。スグルは忘れているわけではなく、静架の言葉の続きを促したのだ。
「ずっと、俺のそばに居てくれるって……言ったよね? 一人にしないって……」
「今も居るでしょ? 俺は静には嘘はつかないよ」
「……俺だけ?」
「そうだよ」
 至近距離で交わされる言葉は、睦言のようだ。
 静架は確かな返事をスグルから貰ったあとは安心したのか、表情を緩ませてまた、唇を押し付けてくる。
 互いの体温が重なって、数秒。立膝でソファに乗っていた静架をゆっくりと座らせてやり、スグルは彼を抱き込んだ。
「……スグル」
「なに?」
「自分も……俺も、傍にいるから。スグルの、傍に……」
 淋しくないように。
 自分の知らない、一人きりであった時間を埋められるように。
 そんな事を考えながら、静架はそう言った。
 受けとめたスグルは、「まいったなぁ、もう」と言いつつ、嬉しそうにしている。
「俺が静を手離すわけ無いよ。こんなに、どうしようもないくらい……好きなんだから」
 腕の中に収めた静架に、囁くようにそう言葉を続けてスグルは自らの身体を傾けた。
 重なる影と影は、それから暫く離れることはなかった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【ka0387 : 静架 : 男性 : 18歳 : 猟撃士】
【ka2172 : スグル・メレディス : 男性 : 24歳 : 闘狩人】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
静架(ka0387)
副発注者(最大10名)
スグル・メレディス(ka2172)
クリエイター:涼月青
商品:WTツインノベル

納品日:2015/07/28 17:19