※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
その瞳に捉えるもの


 初めて出会った時から、強烈な印象を残されていた。
 幼さももちろんだったが、小さな身体に見合わぬ殺気と金に輝く瞳。
 その『少年』を守るかのように、立つ数人の男たちの体躯は厳ついと言う表現がぴったり過ぎるほどであり、そこからの違和感でも十分に興味を引かれた。
(……傭兵とか、そう言うのかな。今どき珍しくもないけど、でも、この辺で見かけるのはあんまり無かったな)
 スグル・メレディスがまず最初に抱いた感情は、そんな程度であった。
 二十メートルほど先で、少数精鋭で活動している。
 自分がそれを見てしまったのは、おそらくは必然でも何でも無く、単なる偶然だったのだ。
 ここは離れたほうがいいのだろう、と思い足を後ろにやった時に、お約束の如く枯れ枝を踏んだ。
 乾いた音はよく響き、当然彼らにも気づかれてしまう。
「うわ、マズ……っ」
 スグルはそう言いながら一歩を飛び退き、瓦礫の向こう側へと身を翻した。それと同時にこちらへと飛んできたものは、閃光弾であった。目をやられると後にも先にも生きていくのが難しくなるのでと、取り敢えずは己の腕を目に当ててやり過ごす。
 強い光が傍で数秒弾けた。
「…………」
 人気は光が収まる僅かの時間の中で、遠のいていった。
 それを背中で感じつつ、完全に気配が無くなった事を確認してから、静かに肩を落とす。
 彼らが何をしていたかなどは、何の興味もなかった。
 傭兵であるなら任務中だったのだろうし、自分はその場に居合わせてしまっただけの部外者だ。
「……あの子、まだ子供だったな。でも、目は死んでなかった」
 どこにでも居るはずの金色の瞳。それでもスグルは、その子供の姿をずっと忘れることはなかった。
 何故なのかは解らない。探ろうとも思わない。
 だが、また何処かで会うのだろうとも、思う。
 そんな自分の思考に、彼は嗤った。
 どこの誰とも知れぬ存在、それも子供相手に、その自信は何処から来るのだと自問してみたりもする。
「はぁ……考えるのも面倒だ……帰ろ……」
 ダルそうにそんな独り言を漏らした後、彼はゆらりと立ち上がる。
 スグルはただのトレジャーハンターという立場であった。何処にも属さず、気が向いた時のみに動くだけと言う行動であったが、腕はそこそこであったらしい。
 ただ、彼のやる気は長時間は続かず、途中で依頼を放棄することも当たり前であったので、評判自体はあまり良いものとは言えなかったようだ。
 拭い去ることは出来ない、ひたすらの空虚感。
 生きることに意味を見出せない日々。だが、別に死にたいとは思っているわけではなく、その矛盾が彼を苛つかせる。
 ――だから、それ以上を考えない。
 スグルはそうやって生きてきた。家族を失ったあとは一人きりで。
 そんな惰性の中で出会った子供が、ゆくゆくは何にも代え難い存在になるなど、今の彼には考えにも及ばぬ事であった。



 ドール、という通名があった。
 子供ながらに与えられたミッションを機械的にこなし、感情を表に全く見せないことから、いつの間にかそう呼ばれるようになった。

 ――狙撃手ならなるべく目立たず、影に潜み生きなさい。

 育ての親の言葉が、常に脳裏に息づいている。
 銃声を子守唄に、火器を玩具にと育ってきたその子供の名は、静架と言った。
 口元を布で覆いフードを深く被りながら歩くその姿は、どこか排他的な雰囲気を醸し出し、他人を寄せ付けない。
 クリムゾンウェストに転移してきた後も、彼は迷いなくハンターになり、依頼を淡々とこなす日々を過ごしていた。
「ねぇ、一人?」
 オフィスで依頼を物色していたところで、そんな声が聞こえてきた。
 だが、自分に掛けられたものだとは思わずに、静架は掲示板に視線を戻す。
「依頼ってここから受ければいいの? ……へぇ、結構本格的」
「…………」
 隣に立つ存在があった。
 静架は言葉なくその存在をちらりと見やる。
 全く憶えのない男の姿だった。
「……こちらで予め見繕って、あちらのカウンターで受付の女性に正式に申請するんですよ」
「ふーん、そうなんだ」
 軽い声音だと思った。
 この場にいる以上はハンターなのだろうが、緊張感の欠片もない。
「俺、こっちに来たばっかりでさ。まだ良くわからないんだよね」
 ヘラリとした表情が視界に入り込んできた。
 初見であるはずなのに、友好的なオーラを全面に押し出している。良く言えばフレンドリーだが、不躾でもある。
 そもそも何故、自分に声を掛けてきたのかすら、静架には理解できなかった。
「……やっぱり会えた」
 男が小さくそう言った。
 静架はそれに怪訝そうに眉根を寄せるも、敢えて問い返すことはせずに視線を戻す。
「ねぇ、どの依頼に行くの? ついて行ってもいいかな?」
「……何故、自分に言うのです。他にもハンターはいるでしょう」
「あんたがいいって思ったからだよ。それ以外の理由なんて無いよ」
 男はさらりとそう答えてきた。
 これはどうあっても自分についてくる気だ、と感じ、静架は静かにため息を漏らして「わかりました」と言った。
 すると男はとても嬉しそうに笑ってみせた。
 その笑顔に、静架が僅かに瞠目する。
 屈託のないそれは、何故か彼の心に僅かに根付く。
「あ、そうだ。名前聞いてなかったね」
「…………」
 こういう場合は自分から名乗るものではないのか、と静架は思った。
 だが目の前の男は静架の返答を待っている。楽しそうに。
「……自分は、静架です」
「シズカ、ね。どうやって書くの? 漢字、あるんでしょ」
 まだ名乗らないのかと眉根を寄せつつ、静架はメモ帳を取り出して自分の名を書いてみせた。
 まじまじと興味深そうに覗きこむ男は、字を見るというよりは静架の指の動きを観察しているかのような視線である。怪しい事、この上ない。
「この紙、一枚もらってもいいかな」
「……どうぞ」
「ありがと~静架」
 男は静架の書いた紙をメモ帳をから破り取って、四つ折りにしながら礼を言った。
 古い紙切れ一枚に何の幸せがあるのか。男はとても嬉しそうだった。
「あ、そうそう。俺はスグル。スグル・メレディスって言うんだ。よろしくね」
 スグルと名乗った男はまたヘラリ、と笑いながら右手を差し出してくる。
 友好の印の、握手を求められているとは解るのだが、どうにもこの手を取ってはいけない気がした。
 だが、それを実行するわけにもいかず、静架は数秒遅れて自分の右手を出し、彼の手を取る。
 背が高いので手も当然、静架より一回り大きかった。
 ぎゅ、と握り込まれる自分の手。握力はそれなりにあると感じる。つまりは素人ではないと静架は判断した。
「……俺のステータス、気になってる? 分析好きそうだね」
「!」
 先ほどとは違う声音で、スグルという男はそう言ってきた。
 静架が視線を彼の手から顔に戻すと、そこには笑顔がない。
 桃色の瞳が自分の姿を捉えている。本来、綺麗なはずの色には濁りが見えた。
「うん、やっぱり静架がいいな」
 スグルの次の言葉は、もはや理解の域を超えていた。
 今更だが出会って間もないというのに、馴れ馴れしく呼び捨てにされている事にも気が付き、静架は僅かに表情を歪ませる。
「……何が目的なんですか、メレディスさん。自分に近づいたところで何も得るものは無いと思うんですが」
「あー、それは、ココ出てから話そう。後詰まってきたしね~」
「いい加減に手を離して下さい」
 静架は手を握り続けたままのスグルに引っ張られる形で、掲示板から離れた。
 彼らの後ろにはスグルが指摘したようにハンターが数人、順番待ちをしているところだったのだ。
 そして、流れるようにカウンターで依頼の受理を申請させられ、オフィスの外に出る。
 振り払って距離を取ろうと試みたが、何故か出来なかった。
「ねぇ、静って呼んでもいい? あ、俺のことはスグルでいいからね」
「……何を勝手に……」
 スグルは静架の少し前を歩きながら、そう言ってきた。まだ、手は繋がれたままである。
 彼らはそのまま暫く歩いた。
 半ば強制的に歩かされていたと言ったほうが正しいが、とにかく土を蹴り、前へと進む。
「目的、だっけ」
 スグルが再び口を開いた。
 静架はそれを見上げて受け止めるが、彼は振り向かない。
「そうだなぁ……取り繕ってもどうしようもないし……ハッキリ言うかな。俺ね、静のこと好きみたい」
「は?」
 全くもって予想もつかない言葉が飛んできた。
 思わず本音が言葉として漏れる。
 その響きを背中で受けとめたスグルが、肩で笑って足を止めた。そして彼は静架の腕を引いて、人気のない民家の影へと移動する。
「とんでもないこと言ってるって、自覚はあるよ。でもさ……あっさり近づけちゃったから。だから、俺のものにするね」
 腕を強く掴まれ、乱暴に背中を壁に押し付けられた。もはやぶつけたと言ったほうが早いくらいの勢いだった。
 握られたままだった手は解放されたが、代わりに身動きが取れなくなり、静架はスグルをきつく睨みつける。
 全てを射抜くかのような鋭い金の色。
「……変わってないね、その目。思えばこの色に、俺は囚われちゃったんだよなぁ」
「何を分けのわからないことを……離して下さい!」
「静ほどの実力なら、俺くらい簡単に跳ね除けられるでしょ? やったらいいのに」
 スグルの言葉のすべてが、解らなかった。
 全く読めない行動に半ば困惑するしかない。
 ただ、スグルの言うように抵抗するべきだとは、静架自身も思っていた。
 それが出来ないのだ。
「っ、……メレディスさん、力弱めて下さい、痛い、です……」
「スグルって呼んでくれたら、緩めてあげる」
 自分の腕に置かれた手。
 その握力が強すぎて痛みすら感じる。それを素直に訴えてみたが、スグルはそう言うだけだった。
 感情を殺して、表情すら動かさない。
 『ドール』であったはずの静架の心が、大きく乱れる。
「……、スグル、さん。もう、いいでしょう」
「あー……」
 視線に絡め取られると感じた静架は、睨んだままの瞳を逸らしつつ言葉を繋げた。
 するとそれを耳にしたスグルは、歪んだ笑みをうっすらと浮かべて間を空ける。
 そして彼は、静架の口元を覆っていた布を前触れもなくあっさりと首元に下げて、強い力で顎を掴んできた。
「俺、最低男だから、呼び捨てでいいよ。……それからコレは、お近づきの印ね」
「!」
 信じられない行動だ、と思った。
 出会ったばかりである。少なくとも静架自身は、今日初めて顔を合わせて言葉を交わしたというだけの、何でもない邂逅であったはずだ。
 それなのに、スグルという男は今、自分の唇を塞いでいた。
 近く過ぎる距離にいるスグルの表情を目に止めて、数秒。
 あまりの展開に感触に気づくことに遅れた静架は、数回の瞬きの後にようやく肩を震わせた。
「……、……っ」
 何度か相手の温もりが交わされた後、軽いめまいを憶えて強く瞳を閉じる。
 今に至るまでの行動は乱暴そのものであったのに、心の奥で感じてしまったものは温かみと悦だ。
 それを掻き消すように、静架は僅かな隙を突いて次の瞬間にはスグルの脇腹に銃口を押し付けていた。
「おっと、怖い怖い。……でも、撃っても良かったのに」
 冗談のような言葉の並びであったが、この男はそうなってしまっても受け入れてしまえるのだろう。そんなオーラを漂わせつつ、スグルは静架を解放した。
「……正気の沙汰とは、思えません」
 静架はそれだけを言うと、銃を握っていた腕を下げてその場でかくりと膝を曲げた。
 体に感じたものと思考が混じり合わずに、限界を迎えたらしい。
「ごめん。でも、俺を憶えて欲しかったんだ」
 スグルはそう言いながら静架を受けとめて、ゆっくりと立たせてやった。
 そこには、先ほどまでの横暴さを感じられない。
 再び触れられようものなら今度こそ足に穴でも開けてやろう、と静架は思っていた。
 でも実際は、出来なかった。
 ちらりと彼を見やる。
 スグルは困ったような笑みを浮かべていた。それが彼なりの後悔の色なのだろうと感じとって、また視線を落とす。
 右手を彼の胸に持って行き、とん、と押した。
「いい加減、距離を取って下さい」
「怒ってないの?」
「……怒ってますよ、それなりに」
 背を預ける形となっていた壁を離れ、その勢いでスグルとも距離を取り一歩を歩き出す。
 先程は膝に力が入らなかったが、もう大丈夫なようだ。
 静架は再び口元を布で隠しながら、地をしっかりと踏みしめた。
 いつふらついてもいいようにとスグルが右手を差し出してはいたが、静架はそれを敢えて無視して彼を通り過ぎる。そして数歩進んだあと、肩越しに振り向いて言葉を作った。
「……ほら、行きますよ」
「え?」
 このまま今日は終わりかと思えば、そうではなく。
 まだ繋がっている縁を感じつつ、スグルはゆっくりと振り向いた。
 視線の先にいる静架の瞳の色は変わりない。
「依頼はまだこれからですよ。ついでにこの辺りの安い宿とか食堂とか教えてあげますから、この世界で生きていくのなら憶えて下さい」
「……静」
 スグルの表情があっさりと綻んで、それを目にした静架は思わず視線を逸らした。
 この男の思考や目的は、解らないまま。出会ったばかりなのだ、当然の話である。
 だったらここで彼を放置して別れてしまえば、関係を断つことすら出来るはずだ。そうしようとも思っていたのに、静架には出来なかった。
 理解の域を超えて、もう考えることを拒否している自分の脳内。
 だから今は、スグルを隣に歩かせることを許している。それだけだ。
 そう言い聞かせ、またチラリと彼を見上げる。
「ありがと、静。これからもよろしくね」
「……これからがあれば、考えなくもないですけどね」
 何故か引き込まれる瞳の色。鴇色にも、躑躅色にも見える不思議な色合いだ。
 自分の知らない色だと思いつつ、静架はじわじわと隣の男に興味を抱いてみたりもする。
 自覚のないままであったが。
 それは、彼の強引さがもたらした事なのか、それとも触れた唇の熱が未だに残っているせいなのかは、今は解らなかった。
 深く考えないでおこうと心の奥でひっそり呟きつつ、静架はスグルを隣に歩かせたままで前を進むのだった。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【ka0387 : 静架 : 男性 : 18歳 : 猟撃士】
【ka2172 : スグル・メレディス : 男性 : 24歳 : 闘狩人】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
静架(ka0387)
副発注者(最大10名)
スグル・メレディス(ka2172)
クリエイター:涼月青
商品:WTアナザーストーリーノベル(特別編)

納品日:2015/05/25 11:13