※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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歌詞の無い歌
レンズ。拡大。歯車。細工。ピンセット。
アクアレギア(ka0459)は繊細な細工のオルゴールを作成していた。卓上いっぱいに金属のパーツ。レンズで拡大しての精密な作業。室内は沈黙。パーツが組み立てられてゆく音だけ。
「……ふう」
かれこれ何時間、作業に没頭していただろう。ふとアクアレギアが一息を吐き、椅子の背もたれにもたれれば、肩と首がバキバキと鳴った。目もだいぶ疲れていることを改めて自覚しては、眉間を揉む。それから天井を仰いだ。ぼんやり、瞬きを数度。
「……――♪」
やおら口ずさむ、旋律一つ。
それは歌詞のない歌。覚醒時、己の内側で常に鳴り響く歌。今オルゴールで作ろうとしている楽曲。
歌いながら――アクアレギアは思い返す。初めてその歌を聴いたときの出来事を……。
●
――よく晴れた日だった。
厭味ったらしいほどの鮮烈な青をよく覚えている。
まるでせせら笑うような。俯いたアクアレギアの顔を覗き込んでくるような……少年は身を隠すようなローブのフードを深く被り、細い道を独りぼっちで歩いていた。逃げるように怯えるように背中を丸め、迷子のような足取りだった。
アクアレギアに、居場所はなかった。
アクアレギアは、異端児だった。
ドワーフなのに細い身体。力も弱くて、戦士としての素質もなくて。
弱虫、泣き虫、気持ち悪い。誰もがアクアレギアに侮蔑の目。
あらゆる挙動を、一切の存在を、許容されてはいなかった。
嫌悪の目が、目が、残虐なナイフとなって、アクアレギアの脆い心を抉るのだ。
――母親が生きていた頃は、まだよかった。
どんなに心が傷ついても、母親が「愛してるわ」と優しく抱きしめてくれた頃は、まだよかった。心に逃げ場があったから。心の傷を癒してくれる人がいたから。
けれど。
そんな優しい母親も、死んでしまって。
アクアレギアは独りきり。
「……」
とぼ、とぼ、少年は痩せた足で歩く。
うつむいて自分の影を眺めたまま、思い返すのは「目」のことだ――母の骸の傍に転がっていたあの白い球体。幼い頃から己を突き刺してきた幾つもの視線。目。目。目……大嫌いで、そして心から欲しいモノ。
目。目。目。目。目。目。目。目。目。目――ここのところ、ますますだ。寝ても醒めても目のことばかり。目への異常な執着、衝動、欲求。
それを「おかしい」と、アクアレギアは自身に自身で思っていた。思っているのに。欲望が抑えきれない。いくら理性で捻じ伏せても、日を追うごとにその欲望は暴走めいて増大してゆくのだ。
このまま――欲望が、理性を上回るほど大きくなったら、どうなってしまうんだろう?
想像した仮定の結論は、村の者を襲う自分。振り上げたナイフで両の目玉を抉り出し、それをいつまでも眺めている自分。狂気に染まった光景――……。
アクアレギアは、村の者達が嫌いだった。誰だって、自分を異物扱いして迫害してくる者など好きになれないだろう。けれど……殺してやりたいとか、傷つけてやりたいとか、そういう気持ちは起きなかったのだ。
少年は、優しい子だった。誰かが傷ついてしまうぐらいなら、いっそ自分が消えれば良い。いなくなってしまえばいい。そう「思ってしまえる」、優しい子、だった。
「――そう、俺が消えてしまえばいいんだ……」
渇いた口で呟いた。いなくなってしまえたら、きっと楽だ。心を苛む痛いのも苦しいのも、全部終わりになるんだから。それに、こんな、おかしい考えをしたおかしいドワーフモドキなんか、いない方がマシなんだ。いない方がみんな喜ぶんだ。みんなそう望んでいるんだ。だからいなくなってしまおう。消えてしまおう。消えてしまいたい。
「いなくなっちゃえば……いいんだ……」
虚無。いくら未来を考えても明るさの兆しすらなく。どうにかしたくてもどうにもならなくて。だから、だから、もう。疲れた。もう嫌だ。もうプツッと終わりにしよう。そうしよう。
ぼうっとした目を上げれば、今はもう使われていない坑道の入り口で――真っ黒い影が、ポッカリとアクアレギアを迎えていた。少年は虚ろな目をしたまま、這いずるような足取りで暗がりに向かう。立ち入り禁止の柵の合間を潜り抜け、雑草まみれの道を掻き分け。
ごう――坑道から冷たい風。前髪がひるがえり、アクアレギアのフードが落ちる。影になっていた目に太陽がここぞと飛び込んできて、少年は顔をしかめた。追われるように、灯りも持たずに、暗闇を進む。青空は湿った土に遮られ、一歩のごとにアクアレギアは黒い色に包まれる。
ぺた、ぺた。寂しい足音が一つだけ。
もう辺りは何も見えないぐらい真っ暗闇。
黒――全てが溶けて消えていくような心地。
少しだけ、気が楽になって。嗚呼、このままなら、もう、いいや。しゃがみこんだ。膝を抱えた。目を閉じた。もう真っ暗闇だ……。
――……。
――…………。
そんな、時だった。
なにか、聞こえた。
(歌……?)
顔を上げる。聞き間違い、ではない。確かに聞こえたのだ、歌が。
少年はふらつきながら立ち上がる。危険も顧みず、半ば自暴自棄のまま、歌の方へ――暗闇の奥へ進み始める。何も考えないまま。幽霊のように。
歌が聞こえる――歌詞のない歌。どこから……? 不愉快ではなく、美しく、妙に惹かれる。それを探す。真っ暗闇の中、手を伸ばす。
指先に何かが触れたのは、まもなくだった。小さな、つるりとした感触。小さい。手で掴んでみる。暗闇に慣れてきた目を細め、掴んだそれを間近で見てみた。
(これ、は……護り石の……?)
アクアレギアには見覚えがあった。ドワーフの集落にて、護りの願いを込めて作られるアクセサリー。それに使われる石だった。少年はそれを、じっと見つめる……。
気付くと、歌は止んでいた。暗闇の中、不思議な石と少年が二つきり。
幻聴、だったのだろうか。本格的に気が触れただけなのだろうか。
ごう――風が吹く。暗闇の奥から。まるでアクアレギアを押すように。光の方へ歩いて行けと言うように。
アクアレギアは振り返る。坑道の出口へ。光の方へ――。
これもきっと、何かの縁。
アクアレギアは小さな石を握りしめ、ゆっくりと歩き出す。
もう故郷には戻らない。
行く先は、街。ハンターになるための、場所。
(街なら、もし衝動に負けても……きっと誰かが殺してくれるだろうし)
絶望に満ちた希望的観測。それでもアクアレギアの心は、不思議となんだか軽かったのだ。
あの歌を口ずさみ、少年は青空の下を歩く。ここじゃない、どこかへ。どこか、違う場所へ。
そして彼は儀式を受け――あの歌と、再会する。
●
ふっと目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。
椅子に座ったまま寝ていたものだから、ちょっと首が寝違えた。「あー……」と息を漏らしつつ、アクアレギアは伸びをする。
そして、目の前のオルゴールに視線が止まった。作りかけのオルゴール。あの歌を脳裏に思い浮かべる。あの歌を口ずさむ。
歌詞の無い歌。
アクアレギアにだけ聞こえる歌。
幻聴か。妄想か。狂気の産物か。
──その歌は、狂気と共に今も彼の傍にある。
『了』
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アクアレギア(ka0459)/男/18歳/機導師