※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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世界にふたり、屋根の下
前にこうして2人で会ったのはいつだったかな。
ふと思い返して、リンランディアはくすりと笑みを浮かべる。
こうして――だなんて、まだ会っていないというのに。
ずいぶん見慣れた彼の家までの景色は、すでにリンランディアにとって生活圏のひとつにくみこまれている証だ。
ぼーっと考え事をしながら歩いたって曲がり角を間違えることはしないし、家の前を通り過ぎることもしない……断言はできないけれど。
それでも、ぼーっとする機会が今までなかったのはきっと、今もまだ会える時間が楽しみであるから。
それに今日は特別だ。
片手に抱えた小さなバスケットに視線を落とすと、その歩みはどこか軽快になるものだった。
だが次第に彼の家が見えてくるにつれてリンランディアの表情にうっすらと影がさす。
真っ先に目に入ったのはボーボーに生い茂った地面の緑。
それから小さなポストにたっぷりと詰まった書状の束。
この惨状……嫌な予感がすぐに頭をよぎって、リンランディアはノックもせずに玄関のカギを開けると、わざと音を立てながら足を踏み入れた。
そんなことはつゆ知らず、ハヤテは高く積まれた本の山に囲まれながらひっきりなしに羽ペンを動かしていた。
きっかけはちょっとした新しい魔術式の思いつき。
しかし思いのほか言語構築に難色を示し、あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればそっちが立たず。
あーだこーだと使えそうな本を引っ張り出しては机の上にポイ。足元にポイ。
塵も積もれば山となって、いつしか彼をとり囲むように本の壁ができあがっていた。
片付けないとリンランディアに怒られるな。
こうなる前にふと何かの拍子にそう思い至ったことはあったが、本に囲まれているというのはそれはそれで心地がよいもので、浸っているうちに「まあいいか」と心の隅に追いやってしまった。
それに式の構築は佳境も佳境。
一心不乱に動かす羽ペンがやがて芸術的なピリオドを打った時、彼は思わず両手を振り上げた。
「できた……ったぁ!?」
伸ばした拳が両サイドの山を叩いてしまい、大量の本がドサドサと床に崩れ落ちる。
ジンジンと熱を持って赤くなった拳をさする彼は、それでも目の前の完成した羊皮紙を前に満足げな表情。
だけども、崩れた山からふと見慣れた顔がこちらをのぞいているのに気づいて、ゆっくりと振り返る。
「やあ、こんにちわハヤテ」
「あ、ああ……こんにちわリディ」
にこにこと満面の笑みを浮かべるリンランディアとは裏腹に、ハヤテの顔からさーっと血の気が引く。
慌てて机の上を見渡して、目的のものが見当たらないのを確認すると、手元の本の山をごそごそと漁った。
やがてぐしゃぐしゃになって久しい卓上カレンダーを引っ張り出すと、グリグリと赤い〇で囲まれた「14日」の日付を穴が開くほどに見つめていた。
「つかぬことを聞くけれど、早めに旅を切り上げて来た――なんてことはないかな?」
「いいや、予定通りだよ」
張り付いたような笑顔のまま、ふるふると首を横に振るリンランディア。
ハヤテはぎこちなく首を縦に振ると、震える手でカレンダーを机の上に置いた。
「いや……約束を忘れていたわけではない。覚えていたよ? もちろんだとも」
こくこく。
聞かれてもいないのに答え始めた彼に、リンランディアは何も答えずにただ頷き返す。
「現にほらカレンダーだって準備して、研究だってちょうど終わるように……そう、今終わったんだ。ちょうどいいタイミングだっただろう?」
こくこく。
「ただ部屋を片付けるのはどうやら間に合わなかったようだね。うん、残念だ。とても残念で、申し訳ないと思っているよ」
こくこく。
「いやぁ、達成感を持ってキミを出迎えられるなんて頑張った甲斐があったよ。うん……その……なんていうか……」
こくこく。
「……ウン、ゴメン」
「ゴメンで済んだら再発はしないって僕は思うな」
笑顔に耐えきれずやがて頭を下げたハヤテに、リンランディアは笑顔を崩さないまま答える。
「いや、ほんと、ごめんってば……なんていうか、ただちょっと、今日だと思わなかっただけで……」
「そっかそっか、じゃあハヤテ的には約束の日はいつだったのかな?」
「うっ……」
今度はハヤテが押し黙る。
「……何日前から太陽の昇り降りを気にしなくなったのか尋ねた方が早いかな?」
「……返す言葉もないよ」
ハヤテ観念して、しゅんと肩を小さくする。
その様子を見てリンランディアは小さくため息をつくと、手のかかる子供を見るような目で、疲れた笑みを浮かべてみせた。
「とりあえずシャワーを浴びてきなよ。とてもじゃないけれど、特別な日を過ごす格好じゃないよ。脱いだものはカゴじゃなくって洗濯桶に直接入れておいて」
「はい、仰せの通りに」
汗とインクで薄汚れたシャツ。
部屋に満ちたツンと鼻につく香り。
ハヤテはふたつ返事で頷くと、そろそろと本の山から這い出すのだった。
すっかり身ぎれいになったハヤテがタオル片手にリビングへとやってくると、外では傾いた物干しを立て直したリンランディアがハヤテの洗濯物を干していた。
「悪いね、洗濯までさせてしまって」
「それで2人で過ごせる時間が増えるのなら、大したことないよ」
「いや、ほんと、ごめんて」
長いブロンドの髪にタオルを通しながら、しゅんとするハヤテ。
リンランディアはずいぶん柔らかくなった表情で苦笑すると、洗い立てのシャツを伸ばす。
「真っ直ぐに自分の道に夢中な君は素敵だが、根を詰め過ぎるのは感心しない」
「うん、それは分かっているのだけれどね……」
「……だけど、それは僕も同じことか」
「うん?」
ふと溢した言葉はハヤテの耳には遠くて届かず、リンランディアは「なんでもない」と笑みで返す。
「さて、髪を乾かしたら食事にしよう。どうせしばらく大したものを食べてないんだろう?」
「それなら手伝わせてよ。せめてものお詫びにね」
「本来なら自分の食事を自分で作るのは当たり前なんだけれどね」
皮肉は返すが嫌な気はしていない。
甲斐甲斐しい通い妻というものも、どこか風情があるものだ。
しばらくして、根菜のスープとパスタで遅めの昼食を終えた2人は並んで洗い物を片付ける。
食器の水気を拭きながら、ハヤテはどこかそわそわした様子で尋ねた。
「ところで、作るのは食事だけでよかったのかな?」
「うん?」
「今日はバレンタインじゃないか」
「……ああっ」
ハヤテが何を言いたいのか理解して、リンランディアはぽんと手を叩く。
洗い物を終えた彼は布巾で手を拭くと、台所の片隅に置いたバスケットをテーブルへと持ってくる。
蓋を開けると、香ばしいチョコとナッツの香りがふんわりと漂った。
「僕が何も準備をしていないわけがないじゃないか」
中から取り出したのは綺麗に艶めくチョコレートケーキ。
心なしか得意げな彼に、ハヤテは思わず祈るように手を合わせる。
「うん、恐れ入ったよ。心から」
「敬う気持ちがあるのなら、今度から約束を忘れないことだね」
「それはもう、当然」
彼の「当然」は最も信用ならない言葉ではあるが、リンランディアは満足して頷き返す。
言葉はもちろん大切だ。
だけどそれ以上に、そんな他愛もない会話ができることに満足していた。
「お茶を淹れていただこうか。なに、茶葉なら菌とは友達のはずさ」
「まあ、湿気の多い夏場ならまだしもね」
今度はハヤテが得意げにすると、リンランディアは思わず頭を抱える。
実は先ほど料理を始める前のこと。
備蓄庫でダークマターと化していた生鮮食品を片付ける一波乱があったのだが……その惨状たるや、できることなら今すぐにでも記憶から消し去りたいもの。
幸いハヤテが戸棚から取り出した缶の中身は無事なようで、リンランディアも一安心。
ポットでお湯を沸かして、食後のティータイムと洒落込む。
ソファに並んで座る2人の前には、湯気を立てる温かい紅茶と切り分けたチョコレートケーキ。
ケーキの甘さを引き立てるために、お茶には無事だったレモンを絞って添える。
早速ケーキに手を伸ばしたハヤテは、一口食べるなり深く深く唸った。
「うーん、流石だね。事前に準備しておきながら、ここまでボクの好みに合わせてくるなんて」
「ハヤテの舌と胃袋事情なら知り尽くしているからね」
満足げなハヤテに、リンランディアはふっと優しい笑みをこぼす。
たっぷり頭を使ったハヤテには、たっぷりの糖分を。
だけど白砂糖ではくどくなってしまうから、甘さはハチミツや煮詰めた果物から取る。
匂いも甘すぎないように、生地にナッツのペーストを混ぜて焼いた時の香ばしさを加える。
そうすれば甘いけどくどくない、するすると食べられてしまう特製チョコレートケーキの完成だ。
あっという間に一切れを食べ切ってしまったハヤテは、ソファに身体を預けて一息ついた。
「いやはや、素晴らしいね。毎日でもいただきたいものだよ」
「それは良かった。作った甲斐もあるよ」
笑いあってから、しばしの沈黙。
無音に流れる時間もまた、どこか愛おしい。
「そういえば、さっき言っていたことだけれど……」
「さっき?」
首をかしげたリンランディアに、ハヤテは天井から吊り下げられた鉢植えを見上げながら答える。
「2人で過ごせる時間が増えるのなら――って話さ」
「ああ……それがどうかした?」
まっすぐに聞き返されて、ハヤテは一瞬言葉に詰まる。
だけどすぐに心を落ち着けると、ぽつりぽつりと、落穂を拾うように口を開いた。
「ほら……ボクらって、四六時中一緒に居られるわけじゃないだろう? ボクは研究の虫、リディは旅の虫だし」
今度はリンランディアが言葉を詰まらせる。
それはどこか寂しさと苦しさを帯びた、呼吸の間だった。
「……旅、もう少し控えた方が良いかな」
「いやいや、そんなことは言っていないよ!」
ハヤテは慌てて手と首を振る。
「キミも言ってたことだ。ボクだって、真っ直ぐに自分の道に夢中なキミは素敵だと思う」
「……うん、ありがとう」
「ボクとしてもキミの時間を奪いたくないし、こうして、帰って来るたびに会えればそれで嬉しいよ」
どこか複雑な表情のリンランディアに、ハヤテは矢継ぎ早に言葉を続ける。
「だけど……キミが留まっているときはこうして共に過ごすけれど、そうでない時間もある。だからね、たまに思うんだ。キミがこの街にいる時くらい、ボクが独り占めしてもいいんじゃないか――って」
「ハヤテ……?」
煮え切らないハヤテの言い回しに、リンランディアはぽかんとしながら彼の顔を覗き込む。
ハヤテは何度か口の中で気持ちをかみ砕くと、もっと単純で、明快な言葉を選んで投げかけた。
「キミさえよければ、この家をキミの帰って来る場所にするのはどうかと思ってね」
リンランディアは目を丸くする。
ハヤテはと言えば、その彼の顔を真っすぐ見ることはできずにどこかよそを向いて、視線だけちらりちらりと反応を伺っていた。
しばらく呆気に取られていたリンランディアは、やがてフフッと、噴き出したように笑い始める。
「それにだよ。近くにいてくれたらボクの生活も多少は改善されるかなー、なんて思ったのさ」
取り繕うように、どこか強がって言い加えたハヤテ。
「そんなこと言ったって、部屋に籠るのは変わらないだろう?」
笑いながら答えた彼に、ハヤテは言葉を返せない。
それを分かっているから、リンランディアも彼の答えを待たずに返事をする。
「確かに、それは良いかもしれないね」
「だろう?」
リンランディアの返事にハヤテはホッとした様子で、調子を取り戻してふふんと胸を張る。
「それなら今回こっちにいるうちに荷物を運んでしまわないと……もちろん、手伝ってくれるんだよね?」
「ああ、それはもう」
笑いあって、2人は引っ越しの段取りをあれこれと語り合う。
まずは大掃除をして、もうひとり住めるだけのスペースを作らなければ。
街へ繰り出して、新しくそろえなければならないものだってあるだろう。
だけどそのひとつひとつが楽しみで、それすらも思い出になるはずだ。
そしてこれまでの約束がこれからの日常になることが、何よりもかけがえのないことだった。
――了。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0004/フワ ハヤテ/男性/外見年齢26歳/魔術師】
【ka0488/リンランディア/男性/外見年齢20歳/猟撃士】
副発注者(最大10名)
- リンランディア(ka0488)
クリエイター:-
商品:イベントノベル(パーティ)
納品日:2019/03/07 09:56