※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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世話焼きと、もっと世話焼き
――それはとあるギルド内プチパーティーの準備をしている時の話だったと思う。
料理担当に割り振られていた藤堂研司(ka0569)は、メインメニューとなるケーキの飾り付けをどうするかで悩んでいた。
買い出し班が用意した材料は潤沢で、大体のものは作れると思う、リクエストがあったらすぐ応えられるくらいに。
しかしそのリクエストを今回に限っては誰も提出してなくて、研司におまかせ――という状況になっていたのだが、それがなんとも悩ましい。
意地のようにして周りから埋めていった結果、メインの飾り一つだけぽっかり空いてる、そんな状況になっていた。
「手伝いはイル?」
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)が厨房を尋ねてくるのに、研司はほっと一息をついていた。
何分他の厨房担当は出払ってたのだ、意見を尋ねる相手すらいない。気が逸るあまりか、研司は色々すっ飛ばした一言を尋ねていた。
「好きな飾り付けとかあるか?」
「ウン? ……兎トカ?」
もう少し経緯とか説明していたらアルヴィンは別の答えを渡してたのだろうけれど、余りにも突然でストレートすぎて、アルヴィンはこの時つい答えだけを正直に答えてしまっていた。
その一言で心が決まったとばかりに研司は「サンキュ」と告げて作業台に向かい直す、程なくすればチョコを切り出して作った兎がケーキの周りに散らばるだろう。
「あ、殆ど出来てるから手伝いは大丈夫、一時間後くらいに始められるって皆に伝えて欲しい」
首をかしげながらも、わかったと応えたアルヴィンが退出するのを見送る、リクエストを受けたからにはとびっきりのものにしよう、研司はこの時それだけを考えていた。
…………。
小さなパーティーは和気あいあいと進行した。
菓子と軽食を傍らに雑談に興じる、そんな気負わなくていい程度のお茶会だ。
横目でケーキの方を伺えば、可愛いもの好きな隊員たちを中心に概ね評判のようで、研司はほっと安堵の息を漏らす。
(アルヴィンさんは……あれ)
アルヴィンの姿を探すと、彼は少し離れた場所にいるおとなしめな子に声をかけてる最中のようだった、少し興味を惹かれて、研司は自分が食べる分の料理を皿によそいつつ、暫くその様子を眺める事にする。
この手のイベントを言い出すのは大体アルヴィンだ、時には誰かが言い出したのに賛同する事もあるけど、大体率先して“楽しい事”をしたがる。
準備にも精力的で協力的、金持ちパワーが侮れない事もあるのだけれど、それでパーティーを支配する事態は避けてるように思える。
そしてパーティー中に取る行動は大体二種類、ハチャメチャを率先してやるか、今のように、控えめな気質の子の世話を焼きに回るか。
楽しい事が好きで、気も良く回る、社交的な人だと思う。
多分まだ料理に手をつけてないと思うのだけれど、それでも尚「美味しいヨ」と胸を張る自信はどこから来ているのか、言われた側もなんとなくそんな気がしてくるのか信じてしまっている……悪いものは作ってないと思うが。
「藤堂氏のケーキが可愛くてねネ……おっと」
――しまった、大きさが足りなかったか。
種類を豊富にした分一つ一つは程々の大きさにしてある、それが裏目に出てしまったのか、兎の装飾を施したケーキは残り一人分しかなかった。
密かに焦る研司を横に、アルヴィンは気にした風もなく、周囲にこれ貰うねーと断ってその一切れをその子の目の前に置く。その子は遠慮が強く出ている気配だったのだけれど、アルヴィンに食べて食べてと勧められると、根負けして一口を口にした。
「……美味しいです」
「デショー」
作った自分より誇らしげな様子に研司は密かに苦笑する。
観察はここまででいいだろうと視線を切って、そうか、アルヴィンさんは食べられなかったかと、少し考え込んでいた。
パーティーを終えて片付けをする。準備中とは逆に、食器洗いは料理組じゃなかったメンバーの仕事で、料理組は会場を元に戻す程度で解散となっていた。
去り際に厨房へと視線を向ける。
(流石に今からは……無理だな)
片付けの邪魔をするのも悪い、少しの名残惜しさを抱えながらも、研司はアジトを後にしていた。
…………。
寝床に帰ってカレンダーと予定を確認する。昨日の今日でというのはどうかと思うのだが、結局アルヴィンは大して食べてないのだ。
この日なら予定が潰れるような大事件はないだろうと目当てをつけて、日付にマーカーで印を作る。
用件をどう記したものかと考えて『兎のケーキ』と書き込んだ。
予定を取るべくにアルヴィンさんを誘うと、彼からは快諾を得ることが出来た。
当日彼より先に来て、キッチンで作業をしながら研司は考え事にふける。
どうして彼だけにこういう事をしようと思ったのか、いやそうじゃない、彼だけにしようと思ったんじゃなくて、彼だけが取り残されてるように見えたから、その埋め合わせをしてあげたいと考えたのだ。
アルヴィンさんは良く気が効く、彼がいてくれれば、多くの人が取り残される事なくイベントを楽しむ事が出来るだろう。
でも、時々自分を二の次にしてしまう姿が研司には強く印象に残った、自分を犠牲にして弟たちの世話を焼く子供のようで、少し苦しくなった。
彼がそうであるという訳じゃなくて、彼の行動がついそういった事を思わせる。
その苦しさをどうすればいいかなんて、研司には一つしかなかった。
成人男性ならこれくらいは食えるだろうというワンホールケーキを作り、チョコとクリームで可愛らしくデコレーションする。
白茶二色の兎が上に鎮座し、少し可愛くなりすぎたかなと思わなくもないが、多分アルヴィンはそれでも喜んでくれるだろう。
ケーキとのバランスを取るように、お茶はほんのり渋い風味のものを選んだ。塩味の効いたクラッカーも用意して、お茶会の体裁を整える。
時間通りに着いたアルヴィンを案内しつつ、これは? という問いかけに研司は少し考え込んで、素直な気持ちを口にした。
「たまにはアルヴィンさんとお茶会もいいかなって」
口実めいていたが嘘ではない、アルヴィンが望むかどうかはわからないのだけれど、アルヴィンがゆったり楽しめるお茶会があってもいいのではないかと考えたし、それに。
「アルヴィンさん、この前はケーキを食べ損ねたみたいだから」
なるべく重く感じさせないように告げたかったのだけれど、はたして成功しているかどうか。
ほんのりした緊張を押し隠しながら、アルヴィンに席を勧めた。
席に着いた後も、アルヴィンは何かが見当たらないとばかりに周囲を見渡す。
「切り分けるナイフはナイのカナ?」
「え? ああ、これ、アルヴィンさん用に作ったし」
自分用にはクラッカーがあるのだと示せば、アルヴィンさんは少し難しい顔をした。
「イッショに食べて欲しいのダケレド」
「そうか? でも……」
研司は別に食べそこねてないのだ、どうした方が正しいのか決めあぐねてると、アルヴィンが更にダメ押ししてくる。
「イッショに食べてくれた方がウレシイ」
「……そこまで言うのなら」
大ぶりのナイフは調理器具としてちゃんとある、兎は両方アルヴィンさんの方に寄せるべきかなぁと考えたけれど、アルヴィンの意向によりちゃんと半分こになった。
二つに分けたケーキをそれぞれ突っつきつつ、アルヴィンの顔を眺める。
彼がまた気を効かせているのじゃないかと心配になったのだけれど、アルヴィンは心底楽しそうにケーキを突っついていたから、きっと二人で分けて良かったのだと思う。
「藤堂氏」
「ん?」
「今日は、アリガトウ」
研司の視線が向いている事はわかってるだろうに、アルヴィンは目を伏せたまま、ただ重く真摯な声色で礼を告げる。それがアルヴィンという人の気質だとわかっていたから、研司は気分を害される事もなく、ああとだけ答えた。
研司には知る由もなかったけれど、アルヴィンにとっては誰かが喜んでくれる気持ちさえあれば、たとえ料理を食いそこねても構わなかった。
兎のケーキは少し惜しかったけれど、他のもので埋め合わせが出来たし、気持ちを押し込む事だって別に初めての事ではない。
誕生日の度に何度もそうしてきた、自分で決めて諦めて来た、だから別に大した事ではないのだ。
だからこそその我慢を許せなかった人がいる事は予想外で、アルヴィンに向ける気持ちがあってくれた事も驚きだった。
これは別に誕生日ではないのだけれど、それくらい特別だと、錯覚しそうになるほどに。
手を差し伸べてもらったことが眩しくて気持ちが詰まる、本当はそれだけで十分で、だからこそ自分一人でケーキを頂くというのは受け入れる事が出来なかった。
だって、生者《友人》がいないと自分は生きる事さえ惑ってしまう。一人で生きる目的はもう見失ってしまったから、誰かに傍に居てほしかった。
輝く誰かの傍に寄り添って生きて、初めて息がつける。
これは影法師のように生きて来た誰かが、自分の存在に気づかれて驚く、ただそれだけのお話。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
研司さんとアルヴィンさんのお話でした。
音無は研司さん自身が長男気質だなぁって思ってて、そういう研司さんならアルヴィンさんを見てこういう考えを抱くんじゃないだろうかと。
副発注者(最大10名)
- 藤堂研司(ka0569)