※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
二度目の告白

『俺とリアルブルーに戻って欲しい』
 あの時、そう言われた胸の高鳴りは今だって思い出す事が出来る。

 故郷の世界に戻る約束を何人かとして、でも一人で戻る事になるかもしれない未来も覚悟していた事はあった。
 だって、浅黄 小夜(ka3062)から見る彼らは、それぞれ違うものを見据えていたから。
 頼りにしながらも気がかりだった一人は、数年単位で生き方の迷子になっていたようなものだから、何をしても引き戻そうと思っていたけれど。
 もう一人は、ただその強さのために多くを守ろうとしていたから、自分が引き止められなくても仕方ないと思っていた。

 望んでいた未来ではない、でも飲み込もうと思っていた。
 小夜は彼の強さも、志も全部好きだったから。違う道を歩く事になるけど、きっとまた会えるからって神霊樹からの情報を聞いた後に覚悟を決めていた。
 それから彼と共に過ごした一瞬一瞬は、全てが最後かもしれないと思えて来て。
 恋しさは募るばかりで、ついには想いも吐露してしまったけれど、未練からは断固として口を噤み続けた。

 だから、あの後、一緒に戻って欲しいと彼から言われただけでも喜んでいたけれど。
 あれは貴方の律儀さ? それとも――。

 自室のベッドに突っ伏したまま、小夜は顔を枕に埋め、自分の端末を起動して通信アプリのログをスクロールしていく。
 二年とちょっと交わし続けた、特別な人との会話の数々。
 彼との関係は親しいとは思う、でも彼の特別だと自惚れられるかって言われると迷いがある。
 彼の一番大切な子は誰? ……そんな事に思考を移すと、『もしかしたら』とは思えるのに、『自分』だなんてとても言えないのだ。

 ログの末尾、最新の会話には藤堂研司(ka0569)からのメッセージが記されている。

『準備が出来たから』
『そろそろ約束を果たそうと思うんだけど、小夜さんはどうかな?』

 既読はつけてしまったが、返事はまだ書けていない。
 勿論約束は果たすつもりだから返事など決まっているのだが、心構えというものがあるのだ。

 どういう気持ちで約束を果たせばいい?
 あなたは、私をどういう子として連れて行ってくれますか?
 想いは一度告げていたが、三年も経ってれば過去として扱われていてもやむなしだと思う。
 勿論、小夜はあの時からずっと彼の事が好きだったが、返事はもらえてないし、自分もそれを要求した事はない。

 お兄さんの事だから生活をちゃんとしてから、なんて考えてる可能性は十分にあるのだけれど――。
 心変わりしてしまったかも、なんて考えたりもして。
 答えの出しようがない問答に、小夜は足をばたつかせるしかなかった。

 今回も、何も気にしていない振りをしてお兄さんに会いに行く?
 それなら恋人じゃなくても、一番じゃなくても、貴方の大切な子として私に接してくれますか?

 ずるい思考がぐるぐると回って、納得が出来なくて、つい端末を握りしめてしまう。
 今突撃しなくても、もっといい機会があるかもしれないのだけれど。
 何もわかってないふりをしてお兄さんの故郷に向かうのは、どうしても出来そうになかった。

 +

 送った、ついに送ってしまった。
 メッセージを送りつけた後の端末を握りしめ、研司は大きく息を吐いた。

 小夜さん相手に、約束を果たすための準備も、覚悟も決めてきた。
 事を起こした緊張をなだめるために、ひたすら厨房で鍋を磨き続けて。
 ついには備品全てに手を入れてしまいそうな勢いになっている。

 職場での扱いはそれほど悪くない、転移歴を受け入れてもらえてる訳ではないが厭われてもなくて。
 問題を起こさない限りにおいては置いてもらえるという空気になっている。
 同僚と親しくなれてるとは言えず、こうして一人で黙々と作業なんかしてるのだけれど。
 朝になれば片づけた事には礼を言ってもらえるし、研司としては十分受け入れられるラインだと思っている。

 幸いというかなんというか、そういった扱いの結果、交際費の支出が抑えられ、研司は三年間である程度まとまった金を用意する事が出来ている。
 二人で二日遊び倒せるだけの予算は余裕であり、そうなれば大切な女の子との約束が頭にちらつく。
 覚悟を決めて小夜にメッセージを送り、普段すぐに返ってくる返事が既読だけでまだ来てない事は気にかかったのだけれど。

 ……時間をかけすぎたか?
 小夜だって年頃の女の子だ、自分よりは社交的だろうし、学校もあるし、考えたくはないが……色々……色々あるだろう。
 自分の事を多少殴り倒したくなったが、研司にはもう祈る事しか出来ない。
 気を紛らわすための作業をしている内に、エプロンのポッケに突っ込んだ端末が震えて、小夜からの返事を告げる。

 『行きます』という可愛いリボンをつけた猫のスタンプ。
 そしてその下に、テキストだけのメッセージ。

『その前に、一度お会いしませんか?』

 …………。

 待ち合わせは小夜の家と、研司の職場の大体真ん中くらいの地点で行われた。
 特別にどこか行きたいとかない限り待ち合わせは大体此処である、おかげで地元でもないのに、周辺の地理にはそこそこ詳しくなってしまっている。
 きらめく日差しをビル影に隠れてやり過ごし、いつもの場所で、いつものように小夜を待つ。

「お兄はん」
 暑気を払う涼やかな声、小夜の黒い髪は暑くないようにお団子のようにまとめられ、可愛い髪飾りで留められている。
 日よけのジャケットからは細い首が覗き、薄い化粧の清楚さが可愛らしさを中和して、子供っぽくなりすぎないようになっている。
 こんなに可愛いんだから声をかけられないのは無理……とまで考えて、勝手に先走るなと研司は自分の思考を殴り倒していた。
 そろそろ、そろそろ何かするべきなのだ、少し前までは社会的基盤もないのに交際を申し込めるはずもなかったが、もう自分の姿勢を示すべきところまで来ている。
 その前に他の男が小夜をかっさらっていたら――いや、まずは小夜の用件と気持ちを聞くべきだろうと、いつもの喫茶店に足を向けていた。

 比較的人目の気にならない奥まった席、研司の前にはアイスコーヒー、小夜の前には……薔薇のアイスフロート。
 普段は小夜もコーヒーあたりを頼んでいるのだが、今回は六月、すなわちジューンブライドなせいか、薔薇を象ったアイスフロートなんかがメニューに加えられていた。
 小夜の手元で白い薔薇がぶかぶか浮いてるのを見て意識しないのは中々難しく、ただでさえ気まずいのに小夜も今日は言葉が少ない。
 夏の空気は暑く、緊張が背筋を冷たくする。決してネガティブな気まずさではなかったけれど、汗が止まらなかった。

「あの」
「小夜さん」
 沈黙に耐えかねて、言葉をあげようとした瞬間正面から衝突を起こしてしまう。
 ここで譲り合ったら収拾がつかなくなるとわかっているからか二人して黙り込んでしまうけれど、暫くして、研司が譲る事を手の動きで示せば、小夜は顔を赤くしながらも静かに頷いた。

「私は――小夜は、お兄はんの事を、異性としてお慕いしています。」
 息を大きく吸い込んで、小夜の口から告げられたのは、少しの恥じらい混じりの、飾り気のない素直な言葉だった。
「…………!」
 小夜からの二度目の告白、これは、いや、何か言うべきじゃないかという思考が湧き上がっていたが、それより小夜の言葉を最後まで聞くべきではないかという思いが研司の衝動に蓋をした。
「何も聞かない振りは、もう出来なくて……」
 ハート型に形作られたドリンクのストローが小夜の手の中でくるくると回る。
 リアルブルーに戻って三年、小夜と研司はそれぞれ違う生き方を歩き始めた。
 小夜は二つの世界を共に大切に思い、共に幸せを目指す道を。
 研司は彼が信じる人らしさを胸に、蒼の世界で生きる道を。
 共通してるのはどちらも楽な生き方ではないという事だ。どちらかの世界だけを選んでも、選ばず共に生きようとしても、挫折や非難はついて回ろうとする。

 元の世界に戻ったらそれで終わり、全て元通りなんて事はなかった。
 戻った後も心の強さを試され続け、苛まされた心は時に涙しそうになったけど。
 ここまで辿り着くことの出来たのだからという思いが、膝を折る事を拒否する。

 支えてもらった、励ましあった、強く生きようとした。
 言葉をかけあって、顔を上げればあなたの頑張る姿があった。
 その想いを言葉に乗せて小夜は告げる。
 あなたが好きです、あなたと一緒なら、私は強くなれる。

「お兄はんと一緒に生きたい、病める時も健やかなる時も、側にいて支え合いたい」
 研司からはたくさんの勇気と強さをもらった、だから小夜も彼のそういう存在になりたい。
「ここから先、ずっと……私の側に居てほしい……です」
 約束を果たすなら、約束以上に、あなたの大切な人として赴きたい。
 大丈夫、あなたの姿を見て私は強くなったから、あなたがどんな答えを出しても私はきっと受け止められる。
 だから、私に答えをください。六月の、今日この日に。

「――悪かった」
 謝られると体が竦む、研司の目の前で、小夜がグラスをぎゅっと掴む。
「小夜さんに先に言わせてしまった、俺が未熟で、まだ小夜さんを迎えに行ける男じゃなかったというのが大きいんだけど……今となっては全部言い訳になってしまう」
 小夜がまだ高校生だったという言い訳はもう効かなくなった、いや、効かなくなった時点で、自分から言うべきだったと研司は自身を悔やむ。
 床に片膝をつき、小夜を見上げた。彼女の思いに応えるだけの真摯な言葉と、真摯な眼差しで告げる。

「小夜さん、俺の故郷に、一緒に来てください」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
続き……ます!(ごめんね)
というのも、私が勝手に告白の返事書いても良かったんですが、残り1000文字ですし、研司さんにもプレイングを差し込む余地があるべきでは……と思ったので今回で一旦切る事にしました。
折角のジューンブライドなので、告白もプロポーズ風味。
続き(三分割……)をご依頼して頂けるなら、次こそは帰郷編を書けたらいいなとか……ごにょごにょ。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
浅黄 小夜(ka3062)
副発注者(最大10名)
藤堂研司(ka0569)
クリエイター:音無奏
商品:イベントノベル(パーティ)

納品日:2020/06/19 10:05