※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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これからの道行きを、共に
「小夜さん、俺の故郷に、一緒に来てください」
夏の喫茶店で、藤堂研司(ka0569)は膝をついて浅黄 小夜(ka3062)に言葉を捧げる。
向ける言葉に遊びはない、保留もない。未来を見据えて問われている事を理解し、目をそらす事なく答えを告げる。
これからは共に生きよう。
決意と共に重なった二人の道行きだった。
…………。
『共にリアルブルーに戻り、お互いの故郷を訪れる』
最初の時、交わした約束にはきっと今ほど重い意味はなかった。
ただ、縋るもの、目指す未来が欲しかっただけで。
約束があれば一人じゃないと信じられた、慣れない戦いにも、心細くて折れそうな心を支えられた。
約束はずっと傍らにあって。
異世界に慣れ、ふと見上げた時、共にいてくれた誰かの事をきっと意識した。
伸ばした手を振り払われる事はない。
手指を握り、共にいる事を望めば、もう一人はそのままそこにいてくれた。
心強くあったけど、鼓動の方がもっと強くて。
この人が好きだと、そう思った。
「俺の故郷に来てほしい……将来、一緒になることを前提に」
研司の言葉は言葉にできない気持ちに思い違いがない事を小夜に教えてくれる。
上向きに差し出された掌は小夜の答えを待っていて、小夜は迷わず自身の手を重ねた。
(……お兄はん、私は。)
くしゃりと小夜の表情が崩れる。
何かを言おうとはしたのだけれど、湧き上がる気持ちを表現できるような適切な言葉は見当たらなかった。
ただ良かったと、安堵の吐息が漏れ、縋るようにお兄さんの手を握るだけで。
嬉しい事、ずっと待っていた事、このままいたい気持ちを込めるようにして、ひたすら頷きを繰り返していた。
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ようやくたどり着いたような、ついに此処まで来たかのような。
感慨深いとしか言いようのない気持ちが研司の心に満ちる。
随分と待たせてしまった上に、答えを出す事すら小夜さんに言わせてしまった。
だから、決定的な一言だけは自分から伝えたいと思っていた。
かつてあの世界で想った事。人間として生き直すという誓いは、覚悟していたように決して楽なものではなくて。
悪意を向けられる訳ではない、ただ不理解が取り巻くだけ、しかしそれ故に改善の兆しはなく、ただ強く在る以外に方法はなかった。
――俺は、なりたい自分になれたか?
研司は人間の力を信じていた。大精霊から与えられるズルじみた近道ではなく、団結と、知恵と、諦めない心を信じていた。
かつて一度は手放してしまったそれを、今度こそ取り戻したいと思って。
諦めてしまう事で手に入れた力の代わりに、諦めない事で、自分の世界に戻ろうとしていた。
かっこよくはない、スマートでもない、ただ自分に恥じるところもない。
自分は人間である、人間として生きようとしている、誰がなんといおうと、それが研司の選択だ。
歩いてきた道を満足そうに眺め、前を向けばずっと待ってくれた人の姿が在る。
(……有難う)
強くなったのは自分のためだけど、誇り高く在りたいと思ったのはきっとこの瞳があったからだ。
小夜が自分を見つめてたから、研司は自分を甘やかさないで済んだ。
自分がいれば小夜は強く在れると言うのなら、その気持に応えない理由がどこにあるだろう。
――もう逃げない、逃げる理由もない、そういうのは全部断ち切って来た。
「改めて、これから宜しくお願い致します……小夜さん」
…………。
日を改めて、ついに二人揃って約束を果たす日が訪れていた。
片方は現地なんだから何も二人揃って向かう必要はない、待ち合わせのように駅で出迎えるのもきっと趣があったのだと思うけれど、なんとなく今回はそういう風向きだったから、二人で待ち合わせてから改めて向かう形式を取っていた。
まずは小夜の故郷、京都から。
故郷への訪れがこういう形になるのは、きっと小夜も思っていなかった。
淡い想いは向こうにいた時からずっと抱いていたけれど、自分の勇気が足りないか、背伸びして届かない可能性の方がずっと高いかもしれないと思っていて、大きすぎる期待は抱かないようにしていた。
でも、届かせることが出来た、夢見ていた想いは形になった。
その幸せが溢れ出すほどに嬉しくて、小夜は繋いだ手に少しの力を込めてしまう。
わざわざおうちでおめかしして、また戻ってくるなんて馬鹿みたいな事も特別だから出来る。
傍らに好きな人がいるから、全ての事には意味があって、キラキラと輝いていた。
「見てもらいたいところ、いっぱいあるんです」
観光もいいけど、自分が生きてきた街を共に知って欲しい。
つい寄り道してしまう場所、心を休める場所、特別な時はどこに行くか。
学校に向かう道は特別じゃなかったのが特別になった、学校に行ける事を噛みしめる羽目になるなんて、転移前の小夜は思いもしなかっただろう。
生きて来た世界を逆順に辿っていけば、当然最後は家にたどり着く事になる。
もう何度も経験して、噛み締めて来た帰宅だけど、今日は一際違う。
ずっと焦がれていた我が家の前に立って、『ただいま』と告げる。
今日の帰りは特別な人を伴ってるけど、どうか驚かずに聞いて欲しい。
お母さんはきっともう知っている、お父さんは受け止めてくれるだろうか。
今すぐは無理でもゆっくり説得していくつもりだけど、明るい未来に繋げていければと思う。
男性同士の顔合わせは妙な緊張感があって、それを読み取れない小夜はオロオロするしかなかったけれど。
お母さんが大丈夫って言うから、信じて見守る事にした。
故郷での夜を、お兄さんと共におうちで過ごす。
きっと次は小夜の番、緊張はするけれど不安はなくて、お兄さんとの未来のために力を尽くす気持ちはとうに固まっていた。
想うとすれば、出来ればそれがよい形であって欲しい。
大好きなお兄さんの育った世界が自分を受け入れてくれたら、きっと何よりも喜びに包まれる事が出来るから。
(……ああ、もう少し街を巡れば良かった)
気持ちを伝えるのに、この街を知ってもらうのに、今日一日では足りなかったかもしれない。
途端に小夜の中に名残惜しさが溢れ、でも焦る気持ちはなくて、これから共に生きるんだから、また明日提案してみようと思うことが出来ていた。
「小夜さん」
かけられる声に顔を上げれば、両親との話を一段落させて来たのか、研司が自分のところに来ていた。
傍らに腰掛ける研司は多くを語らなかったけど、大丈夫でした? と尋ねる視線を向けたら軽い頷きが返ったので、小夜はほっと表情を緩める事が出来ていた。
お兄さんが大丈夫って言うなら、きっと大丈夫、向こうにいた時からそうだった。
「小夜さんの支えになりたいって、これまでの経緯と、俺の素直な気持ちを伝えてきた」
……改めて語られると少し気恥ずかしい。
でも、研司が思っていた事を聞けたから、小夜にとってはそこが嬉しい。
「向こうの世界にいた時から……わざと聞かなかった事、結構あるんです」
言わない事で大切に出来る気持ちも結構あると思う。
でも話せる事なら、今から聞きたい。あなたが何を思っていたか、あなたの気持ちを知りたい。
「聞かせて……くれますか、これまでの事、これからの事」
「ああ、わかった」
今更クリムゾンウェストでの事を聞きたがるなんて変かもしれない、でもこうする事で、お互いの気持ちを近づけていきたい。
だってこれから共に歩いて行くから、その前に、今までの事を少しだけ振り返ろう。
「――小夜ちゃんって呼ぶ人の方が多いけど、俺の中ではずっと小夜さんだった。
意識して小夜さんを一人前として扱って、その証として丁寧な態度を崩さないようにしていた」
「――お兄はんの強さを尊敬していました。でも、少しだけ寂しく思う事もあった。
お兄はんの強さが好きだったから、少し覚悟していた時期もありました。」
これは私とあなたの物語。
あなたと私が他人じゃなくなるまでの道行き。
あなたが何を思っていたかは私だって知らなかった、私の気持ちを教えるから、あなたの事も教えて欲しい。
はじめまして、これからもっと大切になる人。
どうかこれからの人生を、共に宜しくお願いします。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
大変お待たせしまして申し訳ありません……!
今回は全てのエピローグにする、というつもりで書きました。
どういうエンディングがいいだろうか、とずっと悩んでましたが。
結果は本編の通り、多分こういう甘さより丁寧さの際立つ道行きが二人らしいかな、って想いました。
好きな人のために強くなるというのは大変浪漫があって甘酸っぱくて素敵なお話だと思ってますが、お兄さんに限ってはちょっと違うな、というのが音無の考えで。
強くなるのは自分のため、高潔であるのは好きな人のためなのがお兄さんじゃないだろうか、みたいな。
副発注者(最大10名)
- 藤堂研司(ka0569)