※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
感謝を伝える日
 お祭りの季節になると、街がキラキラして見える。
 ショーウィンドウを飾るのは甘めな赤の包装紙、リボンはピンクとベージュのダブルカラーで、愛の祭りであることをこれでもかと見せつけてくるハート型のチョコが中央に鎮座している。
 周辺の小物も決して手を抜かれてはいない、情熱さに薔薇はつきもので、もう少し奥ゆかしい花がいいとなればマーガレットが用意されている。少し大人びたカウンターに見える綺麗な瓶はお酒のようで、まだ自分には早すぎる気がして、小夜はそそくさとその場を離れた。

「……綺麗やなぁ」
 少し離れた場所を歩きながら呟く。少し近づいただけでも当てられそうな熱気、これが恋の熱かと思考の隅で思う。
 小夜は恋い焦がれるように誰かを想っている訳では……ない。尊敬している人、感謝している人は指折り数えられるけど、身を縛るようなときめきも、抑えきれないほどの憧れも、その身を持って知っている訳ではなかった。
 だから思い浮かぶのは別の形、“好き”という“感謝”を伝える日、……リアルブルーではそれが許されたはずだ。

 踵を返す、少しの緊張はあったが、行動しないときっと後悔するから、会いに行こうと思った。

 …………。

 郊外、そこにスペースを広く取られたテントがあった。
 周辺には多くのベンチとテーブルがあり、軽いキャンプ場のようになっている。普段はレストランを営んでいるこの場所だが、まだ仕込み中なのかお客の姿は見えなかった。
(おる……よな?)
 邪魔しないようにと足音を抑えて様子を伺う、取り込み中だったらどうしようと考えると思考が引けてしまうが、自分を奮い立てて声を上げる。
「藤堂のお兄はん……?」
「おー、小夜さんかー?」
 声が小さかったかもしれない、でもちゃんと返事が返ってきて小夜はほっと胸をなでおろした。
 少し勇気が戻ってきてテントまで歩くと、レシピとにらめっこしていたらしい研司が顔を上げる。
「こんにちは小夜さん、何かあった?」
 ただ遊びに来た訳じゃない事はなんとなく察したのだろう、研司が問いかけてくる。改めて口にする事にはまた別種の緊張があったが、小夜はなんとか用件を口にした。

「そのぉ……もうすぐ、バレンタインですから……」
 藤堂のお兄はんはどういうチョコレートがお好きか聞きに来たんです、それが小夜の用件だ。
 一歩間違えれば愛の告白だが、特にそんな事もなく。少しの緊張は研司の迷惑にならないかと心配する小夜のものだし、研司は小夜の意図を正確に理解した上で緊張に当てられているだけだ。
 愛の告白じゃない、そんな事はわかっている。それでもこの季節に貰えるチョコはやはり特別なもので、気持ちが少し浮き上がるのは致し方のないものだろう。

 ―――小夜さん、俺にチョコレートくれるんだ。

 嬉しいのは当然ある、続いて研司に湧き上がるのは滲み出る感慨のようなものだ。
 家族と逢えないのが、一人で異世界に放り出されたのが寂しいと落ち込んでいた小夜を招いて食事を振る舞ったことがあった。ハンターである以上子供扱いはしていない、ある程度敬意を持ちながらもつい気がかりで、折を見ては食事持参で顔を見に行ったり、遊びに行ったりしていた。
 寂しくないように、力になれただろうか。自惚れてもいないから、考えないようにはしていた。
 その答えを貰えたと思えば、やはり口元は緩むのだ。

 ―――こうなると、もうどんなチョコでもいい気はするんだけど。

 多分それではダメなんだろう、研司は書物を積んでいた一角に手を伸ばして、少し前に読んだばかりの雑誌を手に取った。
 “リゼリオ・バレンタイン特集”、自分で作れる簡単スイーツから、少し凝ったものを扱う店まで幅広く紹介している。
「別に凝ったものである必要はないんだけれど……」
 パラパラと雑誌をめくれば、興味を惹かれたのか小夜が隣まで来ていた。
 雑誌に取り上げられるのはチョコレートを使ったお菓子の数々、カラーチョコでデコレーションしたトリュフ、気軽に摘めるミニケーキ、それこそただの生チョコでも抗いがたい魅力を放っている。
 どれを作ってみたい? と問いかければ、小夜は真剣に雑誌とにらめっこし始めた。当初の目的からはずれてるが、多分これが一番だろう。

「あ……これ」
 小夜が手を止めたのはガトーショコラのページだ、チョコレートによる黒一色の表面が艷やかで、クリームや砂糖のデコレーションもよく映える。
「うちにも……作れるでしょうか……」
 研司が雑誌を覗き込む、それほど難しいデコレーションをしている訳じゃない。
「――うん、大丈夫。俺も一緒に作るよ」

 +

 準備があるという事で、小夜とは後日待ち合わせする事になった。材料の手配をして、キッチンを貸してもらう約束を取り付ける、キッチンはヴァリオスの知り合いに頼み込み、レストランを手伝う代わりの報酬だ。
 ―――当日、なんだかんだで準備していたら大荷物になってしまった。
 ヴァリオスの転送門で小夜と待ち合わせをして、キッチンへと向かう。
「……わぁ」
 本格的なキッチンを目にする機会は余りないだろう、小夜が感嘆の声を上げた。

 荷物から材料を出して並べて、エプロン姿に着替える。髪が入らないようにまとめて包み、袖をまくって動きやすい姿にする。
 作る前に材料の確認、漏れはない。最初にチョコレートをボウルに入れる、今回は甘さ控えめのガトーショコラを作りたかったから、チョコレートも少し苦めのやつだ。動物性の生クリームを鍋に入れて沸かし、沸騰したらチョコレートのボウルに入れる、滑らかになるまで混ぜたら別のボウルに卵とグラニュー糖を入れて混ぜ合わせる。
「泡立ての加減は少し弱めで、泡立て器から生地を垂らしてみて、綺麗に跡が残らないくらいまで泡立ててね」
 こくこくと頷きながら小夜が手を動かす、何と言っても初体験だから加減がわからず、おっかなびっくり様子見をしながらだ。実のところ研司もそれほどお菓子作りに慣れている訳ではないが、それでも小夜よりは落ち着いている。理想的な具合になったのか、小夜が顔を輝かせて「出来ました……!」と振り向くと研司も笑って頷いて次の手順を示した。

 泡立てた卵を2~3回に分けて加え、混ぜ合わせる。後は型に流し込むだけだ、内側にバターを塗って、小麦粉を振るう。
「オーブンシートがないから、こうして代用するんだ」
 ガトーショコラの生地を流し込み、表面をならした後、軽くテーブルに叩きつける。
「た、叩きつけるんですか……?」
「そう、気泡を抜くためにね。ちゃんと持って」
 中身が飛び出さないように、小夜は生地をしっかり鳴らしてから多分大丈夫だろうという力加減でテーブルに叩きつけた。中身は出てない、念のためヘラで表面を軽く撫でて、研司も確認してから魔導オーブンに入れる。
「後は焼くだけ、少しゆっくりしてもいいけど、時々中を見ないとね」

 …………。

 光沢のあった生地はオーブンの中でだんだんきつね色になり、その内すべすべした色合いになっていく。
 その様子を小夜はそわそわしながら見守っていた、横ではいつの間にかお湯を沸かしていた研司がお茶を入れ、軽いクラッカーと共に並べている。
 傍らには砂を落としている最中の砂時計がある、研司が言うには、これが落ちきれば大体OKだ。

 焼いた後も、冷ます段階がある。正しく言えば、冷まさないとちゃんと取り出せない。
 砂が落ちきった後、綺麗な胡桃色に焼けたガトーショコラを取り出し、一度小夜に見せてから魔導冷蔵庫に入れる。
 お菓子は二回お預けがあるんだよなぁと研司はぼんやり思う、その分味も格別なのだろうが。

 …………。

 いよいよケーキから熱が取れるだけの時間が経過した、ガトーショコラを冷蔵庫から取り出す。
 型を外すのは小夜の役目だ、凄い崩れやすいからねと事前に言われた通り、慎重に突っつきながら悪戦苦闘している。
 型を外した後は茶漉しから砂糖をまぶす、上に幾つかのベリーとミントの葉を飾れば、相応の出来栄えになったように思えた。
「出来ました……!」
「おー、お疲れ!」
 完璧という訳ではない、型を外す時に少し端がちぎれてしまっている、ただ、それでもちゃんと出来た。
 切り分けていい? と研司がナイフを示すと、小夜はこくこく頷いてお茶席に着いた。
「どうぞ」
 二人分のケーキに、研司が淹れたお茶。二人して手を合わせて、ケーキを口にする。
「!」
 柔らかい口溶け、苦味のなかにほのかな甘さがあって、ベリーの酸味がいいアクセントになっている。
 見目が少し崩れていても関係ない、自分の手で作った、かけがえのない幸せの味だった。
「……うん、美味しいよ。小夜さん、有難う」
 ぶんぶんと小夜が首を横に振る、研司は今日のきっかけを忘れていなかったが、小夜も手伝って貰った事をちゃんと意識していた。
 だから、お礼をするならお互いになのだろう、きっとそれが一番、感謝を伝える日としてふさわしい。
「藤堂のお兄はんには……よう構って貰って……今日も手伝って貰いましたし……」
 お礼は先に言われてしまった、ならばどう感謝を伝えたものか。ケーキに目を落とす、きっと一人じゃもっと酷い事になっていた、料理人に向ける最高の言葉として、これで伝わるだろうか。
「……美味しゅう……ございます」
「……うん!」
 視線を上げた先には研司の明るい笑顔、伝わった、そう小夜は信じる事にした。

 残りのケーキは二人で半分ずつ、どっちかが遠慮し始めたらきっとキリがないから、こういうのはお互い様で収めるべきだろう。
 ―――かまってくれて有難う、気にかけてくれて有難う。
 お互いに敬意と感謝を向ける、そういう形のバレンタインも、悪くない気がした。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062 / 浅黄 小夜 / 女性 / 14歳 / 魔術師(マギステル)】
【ka0569 / 藤堂研司 / 男性 / 24歳 / 猟撃士(イェーガー)】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
浅黄 小夜(ka3062)
副発注者(最大10名)
藤堂研司(ka0569)
クリエイター:音無奏
商品:SBパーティノベル

納品日:2017/02/21 13:06