※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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明日、明後日、それから。
蝉の声を聴いていると、まるでここが日本であるかのように錯覚する。暑さは既にピークを通り過ぎたものの外にいるだけでじわりと汗が滲み、長くいようものなら体調を崩してしまいそうだ。日傘をくるくると回して正面に出来る影に視線を落としながら、小夜は街路を歩いていた。ハンターズソサエティが用意した訓練場で、魔術の修練を積んだ帰り道だった。
この世界で生きていくだけなら、多分ハンターじゃなくてもいい。しかし小夜にとってハンターとは生きていく手段であると同時に帰る方法を探す、その目的の近道でもあって。強くなれば、出来ることが増えれば、答えに辿り着く確率が少しだけ、ほんの少し、上がる気がするのだ。だから技術の研鑽も欠かせない。
そしてそれとは別に最近力を入れていることがある。勉強だ。魔術は勿論、人型兵器のCAMや幻獣、妖精のようにこちらにしか存在しない生物。依頼を受ける過程で大まかな知識は得たものの、地理に関しても特別詳しいというほどでもない。普通に考えるならば、一人の人間の手には余る量と幅の知識。それでも、何が自分の求める答えに繋がっているのかすら分からない現状、出来る限りのことはしたい、と小夜は思う。無知が有利に働く場面は少ないけど、有識が不利になることも少ないだろう。
(……そろそろ文房具も買い足さんと)
調べた内容を記録する目的でつけ始めたノートも、一冊分書き終わって自室の机に立てかけておくと努力が実を結ぶのが実感出来てモチベーションの維持に繋がる。無地のノートを買って表紙に黒猫の絵を描こうかと考えていると、自然と小夜の表情が柔らかくなる。動物は皆好きだけれど、黒猫には格別の想いがある。
そんなことを考えていたため、にゃあ、と聞こえたとき小夜は幻聴を聞いたのかと思った。しかし自身の体と日傘が作る影の中に小さな黒い姿を見つけ、思わず動きを止める。猫。それも紛うことなき黒猫である。彼か彼女かは分からないが首輪に鈴を付けた猫が、まるで小夜を待っているかのように座ってこちらを見つめている。
「――触りたいなぁ」
願望は声になって零れた。フワフワの毛並みを撫でたい。嫌がることは絶対にしないから。フシャーと怒られるようならちゃんと謝るから。飼い猫のようだし、ずっと目が合っているし。あわよくば抱かせてくれるんじゃないだろうか。そんな期待に胸を膨らませて小夜が一歩足を踏み出した、その途端。
「あっ!」
黒猫はくるりと身を翻すとそのまま、奥へ奥へと進んでいく。
「待って……!」
幸い、足取りは見失ってしまうほど早くなく、脇に逸れたかと思えば少し先で座って自分の肉球を舐めている。しかし小夜が近付くと中断してまた違う方向へ。まるでついてこいと言われている気分になった。そして角で消えた黒猫を追って自分も曲がって。
どんと軽い衝撃。人とぶつかってしまったことに気付いて咄嗟に謝り、離れようとして。そうするより先に、頭上から声がかけられた。
「あれ、小夜さん?」
名前を呼ばれ顔をあげる。
「藤堂のお兄はん」
目の前に立っているのは研司だった。同業者であり、同郷のよしみもあることからよく見知った相手だ。長身かつ筋骨隆々とした外見なのでギャップはあるが、彼の作る料理はとても美味しく、小夜もよくご馳走になっている。勿論その筋肉は見かけだけの物ではなく、歪虚との戦闘においては射撃のエキスパートであると同時に、体を張って敵の攻撃を凌ぐ堅牢さも持ち合わせている。とても頼りになる仲間だ。でもその彼は。
「あーっと……こんな所でどうしたの?」
と訊きつつ、何故か視線を小夜から外す。元々あまり感情を隠さない人とはいえ、何か隠しているのは明白だ。そう悟ったものの、絶対悪いことではないと思ったので追及しなかった。
「あの……黒猫を追いかけてきたんです」
「黒猫?」
言って研司が振り返った先が気になり、彼の大きな体の横から覗き込むようにそちらを見た。黒猫の姿はもうない。ただ、周囲のものと比べて妙にレトロな建物がある。大きな窓に黒い物体を見つけ、小夜は研司の横をすり抜けて小走りに近付いた。
ショーウインドウに並ぶ黒猫黒猫黒猫。生き物ではなくぬいぐるみや陶器で出来た置物だ。その奥にも黒猫グッズらしき物が並んでいる。小夜は勢いよく後ろを見た。追ってきた研司は一瞬ぎょっとした顔をして、しかしすぐに眉を下げて笑うと、
「入ってみる?」
と訊いてきた。間髪入れず頷いた小夜を見て研司はふき出して、一直線に扉のほうへ向かった。その後をそわそわと小夜もついていく。そしてそのお店に足を踏み入れたのだった。
◆◇◆
あんなキラキラした目をされて見なかったことに出来る奴がいるだろうか。いや、いるはずがない。仕事で一緒になった時は彼女を対等な仲間として見ているつもりだが、こういう時はどうしても小夜を年相応の少女として甘やかしたくなってしまう。多少内気な部分があるものの、嬉しい時に素直に喜ぶだけでなく、相手の為になることなら厳しいことでも口に出来る彼女の毅然とした一面が研司は好ましい。それに、日本へ帰りたいと願う小夜は努力という名の無理をしがちでもあると思う。見守って助けになりたいと思うのは当然だろう。
(けどまさか、ばったり逢うとは……)
胸中で呟きつつ小夜の姿を見つめる。黒猫一色のこの店の商品に彼女は夢中で、何だか小夜にまで猫耳と尻尾がついているような気がしてくる。覚醒してもそうなるわけではないが。ただ、うっすらと黒猫の姿が見えるのが気になって、それで理由があるのかと訊いてみたら、向こうで黒猫を飼っていたのだと教えてくれた。動物が好きなのは分かっていたし、ならちょうどいいとこの店を見つけた時には喜んだものだが。
(どういうのがいいんだろうなぁ)
珍しい香辛料を売っている店があると訊いて、探し回っている時に偶然見つけたこの店。黒猫グッズなら小夜は絶対喜ぶだろうと思ったものの、とにかく種類が多すぎる。外れはしないだろうぬいぐるみか? それとも実用性のある物のほうがいいのか? 考えれば考えるほど、年頃の女の子の好みが分からなくなる。案外こういうのもアリなのかと芸術に疎い研司でも知っているキュビスム的な絵を見つつ、首を傾げる。そうして通うこと数回。結局何にするか決められず帰るところで小夜と鉢合わせた。しかし、黒猫を追いかけてとは、なるほど猫って奴は賢いんだなと感心する。
商品を見ているふりをしつつ小夜の様子を窺うが、彼女も何を買うか決めかねているようだ。何か見ては値札を確認し、難しい顔をしてそっと元の位置に直す。全部買える甲斐性があればいいのだが、多分彼女の欲しい物だけでもこの店の商品の半分くらいは買う羽目になる。さすがにそれは無理だ。でも何点か選ぶならやはり、小夜が特別気に入る物がいい。難しい話だが。と。
「――おや、お客さんか」
言いながら出てきた店主と真っ先に目が合い、研司は人差し指を唇に当てて彼にサインを送った。さすが人生の先輩というべきかそれだけで察してくれ、研司ではなく小夜に声をかける。
「何か欲しい物があるかな?」
「えっと……ぬいぐるみ、他にあらしまへんか?」
ぬいぐるみが欲しいのか。ああ、と店主は慣れたように頷き、奥の倉庫を示した。小夜がこちらを見てくるので行ってきていいよ、と促してやる。彼女は小さく会釈をして店主の後についていった。倉庫は研司も見たことがある。何時間コースになるか、と考えながら自分も今のうちに小夜へのプレゼントを決めることにした。一緒にいるから隠せないが、まあ自分で使うっぽい素振りで買って、すぐに渡せばいいだろう。
小夜の欲しい物をぬいぐるみ以外で。贈り物は自分の欲しい物にするのがベターというが研司だったら実用性のある物のほうが嬉しい。調理器具――は小夜も使うだろうが、それほど頻度は多くないし。
「これか……?」
一人そう呟き、研司はそれらを手に取った。
小夜が戻ってくるのは思いのほか早かった。枕サイズのぬいぐるみを抱えたまま会計をしている彼女を見つつ、買う機会を窺っていると。
「きゃっ」
と小夜が小さく悲鳴をあげ、彼女が下を見るので研司も視線を向ければそこには生身のほうの黒猫がいた。うにゃうにゃと鳴きながら小夜の脚に顔や体をすりつけている。
「ね、猫ちゃん……!」
喜びと戸惑いで動けずにいる小夜――ではなくその足元を見て、店主がおかえりと言う。小夜が追っていた黒猫はこいつだろう。この前、客引きするいい猫なんだよと店主が笑って言っていたのを研司は憶えている。その流れで黒猫の迷信についても聞いた。商売繁盛や魔除け、それに幸運。不吉とも幸運とも言われるなんて言葉通り“迷信”だ。
訊く前に許可を貰った小夜が猫を撫でている隙に商品を買って。そして三十分ほど経ち、帰る際に研司は彼女にそれを渡した。中身を見た小夜が心底嬉しそうに目を細める。
◆◇◆
「ほ、ほんによろしいんですか……?」
念を押すと研司は当たり前だよと言って微笑む。小夜はおおきにとお礼を言って袋を大事にしまった。入っているのは黒猫モチーフのペンやノート。欲しかったのに興奮のあまり忘れてしまっていた物だ。何より、研司が自分のことを理解してくれているのが一番嬉しかった。迷彩服を着た黒猫のぬいぐるみを抱えて、頬を紅潮させる。研司が頬を掻き、咳払いをする。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい」
頷いて、手を取って。そして小夜はあれ、と思った。どうしてだろう。今、日本に帰ろう、と言われた気になった。彼はここで大きな夢を見つけ前へ前へ進んでいっているのに。――一緒に帰れないかもしれないのに。
ぎゅっと強めに握り返せば、研司が怪訝な顔をする。小夜はただ、この温もりが長く続くようにと願った。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062/浅黄 小夜/女性/16/魔術師(マギステル)】
【ka0569/藤堂研司/男性/25/猟撃士(イェーガー)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
とても可愛らしい二人だなあと思いつつも、
人と龍が共存する未来を追い求める研司さんは
いつか帰れる日が来たときにどういう決断をするんだろう、
と考えるとただ幸せを祈ることも出来ないのかなとも思い。
気軽に行き来出来るようになったら何の問題もないですが!
そして相変わらず、京言葉は手探りな感じでした。
上手く言語化出来なかったので、ちょっと控えめですかね。
今回は本当にありがとうございました!