※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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明日も一人なんかじゃない
「えっ、サバイバル技術を教えてほしい!?」
思いも寄らぬ言葉をかけられて、おうむ返しに――といっても研司は京都弁を喋るわけではないので、厳密には違うが――聞き返すと、真正面で綺麗に正座をしている小夜がこくりと頷いて応える。普段は友人に何か頼み事をされた場合、苦手でどうしても役に立てなさそうだったり、あるいは依頼や人と会う予定が既に入っているなどの状況でもない限りは協力を惜しまない気でいる。特に研司とはかなり打ち解けたものの元来人見知りな性格で、物事に対して受け身がちなところがある小夜にはなるべく手を貸してやりたい。それでなくとも同郷のよしみがあり妹のように思ってもいるのだ。
「……本読んで、勉強はしてるんやけど……やっぱり、実際にやってみいひんと……覚えられへんかも、って……」
と言葉を選び選び、懸命に小夜が理由を話してくれる。しかしそう聞いても、研司は何故だかすんなりと納得することが出来なかった。これが料理を教えてほしいという相談だったならば一も二もなく引き受けていただろう。彼女はどちらかといえば作るより食べる側の人間ではあるが、元々は日本やアメリカ固有の文化であるリアルブルー由来のイベントなどが行なわれている時期には、自分でお菓子を作ったりみんなと一緒に料理を楽しんだりと、作り手に回ることもあるのだ。春の少し前にはサプライズで手作りのチョコレートを用意してくれ、交換し合ったりもした。だからもっと上達したいという気持ちはよく理解出来る。一抹の寂しさを感じなくもないけれど。
(――小夜さんがサバイバル、なあ……)
彼女だって一人前のハンターに違いなく、依頼の内容によっては確かにそういった知識が必要になる場面はあるだろう。先程の言葉から察するに経験は今のところなさそうだが、勉強熱心な彼女のことだから今後を見据えての相談でもおかしくはない。そこまで考えてようやく、違和感の理由に思い至った。
小夜は向こうの世界に帰りたいのだ。今になって振り返ってみれば、リアルブルーにいた頃の自分は肉体的にも精神的にも情けなくなるほど未熟だったなと思う。それでも研司は小夜よりも幾らか年上だし、微々たるキャリアだが軍人でもあった。現在は自分達と肩を並べて戦っているけれど彼女は子供で、人見知りな性格は裏返せば家族や友人といった相手には深く心を許しているということでもある。帰りたいという言葉は多分、研司が自身に当て嵌めて考えるよりずっと重い。小夜の知識への欲求は焦りに繋がっていた。
「……お兄はん、嫌やったら無理せんでも……」
「いや、いいよ。やろう。時間はいつ頃取れそう?」
研司の急な方向転換に戸惑いながらも、小夜は鞄から手帳を取り出してスケジュールを確認する。幸いにもハンター総出の大仕事が片付き、雨後の筍のように各所で細々とわいた歪虚のほうもだいぶ落ち着いてきた。さすがに全員とはいかないが多くのハンターの手が空いているタイミングである。休みを合わせるのは簡単だろう。時間は一日あればいい。いや、他の友人達もいるならともかく、二人きりで一夜を明かすのは何かこう、アレだ。こちらの世界では十五歳を成人としている地域も多いけれど、日本生まれ日本育ち的には倫理観がNGを出す。ニュース番組で犯罪者扱いされながら友人なんです、誤解なんですと叫ぶ自分の姿が脳裏によぎり、研司は頭を振ってその嫌な妄想を打ち消した。そして気を取り直してこう告げる。
「ただし、筆記用具の持ち込みは禁止!」
「……なんでですか?」
こてん、と首を傾げて小夜が訊いてくる。相手の言うことに流されずに疑問を口にするのは彼女のいいところだ。思いながら研司は数秒考え、
「サバイバルは習うより慣れろ、だからね。無駄にしない範囲でがっつり練習すれば何とかなるよ」
言うと小夜は目を伏せてしばし沈黙して。自分でちゃんと考えて納得したのだろう、研司の顔を見返すとこくりと頷いてみせた。
決行日は三日後だ。どうやったって顔に出てしまう気合いを久しぶりのサバイバル――というか、実質的には向こうのものより若干スリリングなキャンプだが――を楽しみにしているという呈にしておいて、ちゃんと腰を据えて言葉を考えようと研司は固く決意した。もっとも、最近は一人休みになると、特訓をするか料理修行をするかの二者択一だったので、楽しみなのも本当だったが。
何はともあれ、期待ではなく何処か緊張した面持ちの小夜を見返して、研司はその不安を消せるように、にっと歯を見せ笑ってみせた。
◆◇◆
河原に持ってきたシートを敷いてじっと座っていると、それまではあまり気にならなかった疲れが凄まじい勢いで押し寄せてくる。ついでに眠気も。小夜の目の前では魔法を使わず、小学生の時に遠足か何かで行なった火起こし体験に近い形でつけた焚き火がぱちぱちと小さな音を立てていて、今まさに焼かれている最中の魚の串が地面に刺さっている。真正面に座っている研司の手料理とはまるで違うけれど、これはこれで小夜の食欲を煽った。睡眠欲と食欲が脳内でキャットファイトを始める。絵面的には文字通りの方だ。
「ははは、お疲れ様」
朗らかに笑って労ってくれる研司はといえば、全くもっていつも通り――むしろ、元々快活なタイプだけれど普段より更に生き生きとして見える。小夜に一度任せた仕事には横槍は入れなかったものの、彼のほうが何倍も動き回っていたにもかかわらず。もちろん、根本的に体力が違うのはよく理解している。
「お兄はん……小夜、迷惑かけてしもうて」
「小夜さん」
続けるはずだった謝罪の言葉は研司によって遮られた。自然と伏せていた顔をあげれば、真剣な彼の黒い眼差しとぶつかる。
「小夜さんは俺のことを凄いって思ってるかもしれないけど、俺だって最初から何でもほいほい出来たわけじゃないんだよ?」
いつも優しい口調が殊更に優しく、彼が少しも怒っていないことがすぐに分かった。急に下を向いたかと思えば魚の向きをひっくり返したので小夜もそれに倣う。全身にうっすらと焼き目がついていて、見るからに美味しそうな感じだ。
「俺だって最初はおんなじことやったし」
「ほんまに……?」
「ほんとほんと!」
その言葉を聞き、小夜はほっと胸を撫で下ろす。
今串焼きにしている魚は今も傍を流れている川で釣ったのだが、小夜の分も含め釣果は全て研司が釣り上げたものとなっている。小夜も一度当たりを引いて、自分一人の力ではどうにもならなかったので彼の応援を求めた。しかし結果として魚はかかっていなかったのだ。最初に投げた時に飛距離が足りなかった為、今度は思い切ってやったら対岸付近まで飛んでしまい、魚影を確認することは出来なかった。だから、ちゃんとかかっていたけどモタモタしているうちに逃げてしまったのか、石か何かに引っかかっただけなのかもよく分からない。研司は多分それも含めて言っているのだろう。
「――頑張るってさ。口で言うよりずっと難しいよね」
意図を察せず小夜が黙っていると、研司は独り言のように話を続けた。
「どれだけ努力しても何にもならないんじゃないかってビビったり、これで合ってるのか分からなくなったりして。でもそんな簡単に諦めんのも、自分で自分に納得がいかないしね」
どういう風に反応すればいいのか分からなかった。その言葉は小夜の現状を見通しているようにも思えたからだ。
「でも、小夜さんは一人じゃないからさ。月並みなことしか言えないけど、誰かに話せばそれだけで少し、気が楽になるかもしれない。勿論俺じゃなくて別の人にでも」
(ほんまに優しいなぁ……)
優しいから甘えないようにと意識する。けれど今、小夜の中で燻っているのは彼に関わることだから。不安なままなら、分かりようがないなら、本人にぶつけることでしかその答えを見つけられないのだろう。
「……私、は……藤堂のお兄はんと、離ればなれになるのは……嫌や」
「え……?」
「もしいつか帰れる日が来るんなら……小夜は、うちに帰りたいけど」
それはきっと、彼と別々になる道だから。自分の内にある沢山の矛盾する願いが心をぐちゃぐちゃにしてしまう。純粋に家族を恋しいと思うし、ここで出来た繋がりを失いたくないとも思う。帰ったらどんな話をしようかと考えたり、帰れないままだったらどうやって生きていくか考えたり、帰れなくても家族に何か出来ることはないかとも考える。先程研司が口にした通りだ。前向きに勉強に取り組もうとしても、正解に繋がっているかも、自分に出来ることなのかも分からないでいる。だから時々苦しくなるのだ。
「――俺は……絶対にずっと一緒だよなんて、嘘になるかもしれないことは言えない。龍と人の未来を繋ぐのが俺の今一番の夢だしな」
研司の声音には少しの照れもない。それが何よりも彼が本気なのを物語っている。
「でも、今から離ればなれになることを考えるのって俺は勿体ないと思うな! 戦いの時なら最悪の状況を想定しておくのは大事だけど、将来の話とかって意外とどうにかなるもんだよ」
これ俺の経験談ね、と付け足して研司は笑う。小夜は呆然としてそれを聞いていたが、彼の言葉を飲み込めばつられるように笑みが零れた。ふふふ、と声が出れば研司は目を丸くして、次の瞬間には喜びを絵に描いたような表情に変わる。ありがとう、と小夜は声を振り絞って言った。
「……難しいことを考えるんは、少しだけにして。お兄はんといられる今を……ちゃんと、もっと、楽しみたい」
「俺も。もっと沢山、色んなことをしよう!」
研司の言葉にこくりと頷いて。二人の間を煙が上っていく。そこで魚を焼いていることを思い出し、慌てて串を手に取った。焼き過ぎて落ち込む彼と一緒に食物連鎖の精霊に謝罪して。
いただきますと揃って言った。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062/浅黄 小夜/女性/16/魔術師(マギステル)】
【ka0569/藤堂研司/男性/25/猟撃士(イェーガー)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
前回が小夜ちゃんメインだったので今回は研司さんメインに、
と思ったんですが話の軸的には小夜ちゃん寄りのような気も。
研司さんを元気めに、砕けた口調も少し入れられてよかったです。
欲を言えば料理スキルや龍絡みの話も掘り下げたかったんですが、
大規模シナリオの内容はまだ全然追いきれていなくて……うーん。
京都弁にも力を入れてみましたが、らしくなっているでしょうか。
今回は本当にありがとうございました!