※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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気持ちの行き先
「お兄はん……向こうで、死者の花嫁の映画、おみになった事あらはりますか……?」
小夜の質問に、研司は少し考えてから、いや、と首を横に振った。
題材としては割とポピュラーな方に思えるが、記憶の中には特にこれといったものはない。
「さよですか……」
小夜が言うには、リアルブルーであったアニメーション映画、蘇った花嫁が花婿を死者の国へと連れて去ってしまう、子供向けのちょっと怖い話だそうだ。
「ほいで、今年の万霊節なんどすけど……」
その花嫁の仮装をしたいから、花婿の方をやってくれないか、というのが小夜の頼みだ。
亡霊だから衣装は古いものを再利用すればOK、メイクでそれっぽく見せて、なんなら用意は自分がやるから付き合ってくれるだけでも――と小夜がわたわたしながら説明すると、研司はくすりと笑って小夜の頭を撫で、言葉を止めた。
遠慮というよりは、断られる理由を減らすための精一杯の背伸びか。
研司とて小夜を可愛らしいと思っているし、その可愛らしさで頼まれれば否など出てくるはずもない。
「いいよ、やろうか」
微笑みながら答えたその言葉に、小夜の顔がぱぁっと輝いた。
…………。
そんな感じで、小夜は衣装の準備である。
古着屋でなるべく正式な礼服っぽく見えるものを探してきて、縫い目をつけたり、裾をボロボロにしたりで演出していく。
あんまかっこ悪くなりすぎないように、必要な部分は整えるのも忘れない。
研司も手伝おうかと申し出てくれたが……小夜でも出来るような軽い改造しかする事がないので、手伝ってもらえる部分がなかった。
だが、ハロウィンと言えばやはり御菓子である。
当日配る御菓子の準備をお願いできませんか、そう提案すれば、それもそうだと研司は了承してくれた。
これぞ分担作業である、そこまで考えれば小夜の頬がにへと緩む。
こうした気持ちになるのも、小夜が研司を好きだからか。人を好きになって、暖かくて、ふわふわして、幸せな気持ちになる。
仮装をするならこれがいいと思っていたのは本当だ。原作で見た姿は、衣装はボロボロだったし、肌は青白かったけど、月明かりに照らされた姿はとても幻想的で美しかった。
花婿は……自分のわがままである、女の子なら抱いてもおかしくないような、そんな憧れ。
その願いを叶えて貰えた事がとても嬉しくて、小夜はちくちくと針を進めていた。
+
当日の夜、配る御菓子を詰めたバスケットが二人分。
それをテーブルに置いて、当の二人は衣装の着付けをしていた。
サイズの調整は前日までに衣装合わせして済ませている。
後はメイクだが、考えてみれば仮装用のメイクはやり方がわからないので、化粧品のお店に転がりこんでレクチャーを受けていた。
「特殊メイクは専門外ですが――」
そう言いながらも教えてもらったのは寒色寄りのメイクのやり方だ、本格的な特殊メイクをするとかなり手間や技術がかかるから、花嫁の仮装ならこれくらいでいいだろうと言っていた。
余り血色が良くなりすぎないように注意点を教わって、選んでもらった紫系のアイパレットと、その色合いの神秘さに小夜は思わずおおとなる。
「どうせなら彼氏さんに選んで貰えたら良かったのですが、こればかりは」
「あの……彼氏、では……」
小夜がそう絞り出すと、店員はあらそう? と気にした風もなく認識を訂正してくれた。
「はい。……でも、私の……独占欲の色、ではあります……」
そう、好きではあるが彼氏ではない。
気持ちの延長線上にそれがある事は知っていたが、それを小夜はまだ、見ているだけだった。
好きだと伝えて、それだけでもかなりのドキドキを振り絞って、拒まれる事もなく、三日三晩真剣に考えた研司は「自分も好きだ」と答えてくれた。
大きな手で撫でて貰えて嬉しくて、それは傍にいる事を許してもらえたような心地で、楽しい事も、素敵な事も、――時には戦場でさえも。
共にいられる事を幸せだと感じていた。
幸せに憧れる気持ちはある、だが現状で満足もしていた。
繋いだ手が暖かくて、頼もしくて、関係性を変える事でこれが違うものに変わってしまうとも思いたくない。
だから、何も言っていない、研司もそんな小夜をそっとしてくれていた。向こうの理由はよく分からないけど、大人だから、だろうか。
何にせよ、小夜は研司が時間と赦しをくれている事に、感謝していた。
…………。
衣装を着付けて、メイクを施す。
小夜は事前に教えて貰えた寒色のメイクに、リップだけ少し鮮やかなピンクをチョイスしている。
研司は髪を少し荒れ気味にセットして、付け牙で怪物感を出す。本格的な怖さにはならなかったが、お祭りだし、程よく親しみ易い感じに仕上がったと思う。
「行きましょうか、お嬢様」
一つずつバスケットを提げて、研司が手を差し出すのに微笑みながら手を取った。
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夜の商店街は、いつもと違う華やかさを見せていた。
かぼちゃのランタンから漏れ出るオレンジの光、魔女避けの蔦飾りに、お祭りに乗じて開かれる甘味多めの屋台群。
「収穫したての果物で作ったパイだよー! 子供は一切れ無料、大人は買った買った!」
そういえばハロウィンには収穫祭の側面もあった。
楽しそうですね、とお互い微笑んで、自分たちが菓子持ちである事を示すようにバスケットの蓋を外し、大通りを歩く。
「御菓子もらっていい!?」
目ざとく、人怖じもしない子供が声をかけてくる。もちろん、と微笑んで頷いたら、じゃあとお約束の文言を交わした。
「トリックオアトリート!」
「ふふ……御菓子をどうぞ。此方のお兄はんが、作ったものなんよ……」
一人がオッケーをもらったのを見れば、様子見してた子供たちも群がってくる。
慌てずに、順番になぁとなだめながら、小夜は御菓子を一つずつ取り出しては約束の文言と共に手渡していく。
「お、いたずら志望か?」
「すごいもの作ったと思うんだけど見てくれる相手がいなくてさー!」
そうか、じゃあ本当に凄かったら御菓子をやろうと研司が胸を張ると、ホント!? と子供が目を輝かせた。
「じゃあ行くぜー!」
渡されたのは二つ重ねられた木の板、喩えるなら木彫りの本か、二つ折りの絵画に近い。
開けて開けて、と子供が急かすから、言われるままに開くと中に仕込まれた仕掛けから怪獣が飛び出してきた。
「お、おお……飛び出す絵本か!」
思わず開け閉じして構造を確かめてしまう、子供の工作としてはよく出来ている。
「俺が見た奴はもっと凄かったんだけどなー、これ、最初に成功した試作品」
凄いか? と期待のこもった目で見つめられるから、研司は「ああ」と力強く頷く。
「凄いな、大変だっただろう」
頭を撫でて御菓子を渡す、えへへと子供は嬉しそうに笑い、今度会ったらもっと凄いのを見せてやるからな! と言い残して走り去っていった。
「見て見てお姉ちゃん、手品見せてあげる」
御菓子ちょーだい、とねだられたから一つ渡すと、女の子はそれをハンカチで包んでしまう。
「はいっ、種も仕掛けもありませーん!」
……だぼだぼな衣装だから、御菓子の一つを隠すくらいはたやすいだろう。それに気づかない振りをしながら、小夜はわぁすごいと驚いて見せた。
「消えてしもうたならしゃーないわぁ、その指輪は上げるわぁ」
きゃっきゃと喜ぶ女の子達を見送る、花嫁の仮装にちなみ、研司謹製の指輪型キャンディは女の子達に結構人気だ。
――ほんに綺麗やからなぁ。
残り少ないキャンディを見つめながら、小夜はそう心の中で呟く。
…………。
子どもたちも大体捌けてきて、二人はまたゆっくりと祭りを見て回れる感じになっていた。
実のところ、小夜は研司が作った御菓子を食べてはいない、もらってもいなくて、ねだればくれるだろうかと思わずちらちらと視線を送ってしまう。
(ねだるなら、お決まりの文言を……。)
御菓子か、いたずらか、もちろん御菓子でと言いたい所だったが、いたずらでも許されるのかな? って思うとそわりとしてしまう。
揃いの仮装、モチーフは花嫁と花婿。当然ながら結婚式を連想するもので、自分で用意したものというのもあり、そわりとした気持ちは禁じ得ない。
「トリックオア……」
「トリート?」
用意はしていたのか、研司が笑いながら聞き返してくる。
「どしよか」
指先でキャンディの指輪をくるりと回し、研司の左薬指に当てる。
「くれへんかったら、あの世に連れて行って、ずーっと花婿さんにしてまうのも……ありかなと思いますわぁ」
どっちがいいと思います? という少しの悪ふざけ、きっとお兄さんは御菓子をくれるのだと思っていて。
「そうだなぁ……。どうせなら、一緒に生きたいかな」
指輪を嵌められるがままにされながら答える、屈託のない研司の笑顔。
それに暫し言葉が出てこなくて。
「……いけず。今の私は、死んでる事になっとるのですよ……」
「ははは、そうだったね」
はい、と差し出された御菓子を受け取る。向こうが持っているのも指輪型のキャンディ、それをパクリと口の中に放り込んだ。
甘い、美味しい、だからちょっとだけずるさを感じてしまう。
そろそろ戻ろうか、と研司に声をかけられて、踵を返そうとしたところで後ろから声をかけられた。
「お、お姉さん!」
はい? と小夜が振り向いた先には自分より僅かに年下の男の子。
顔に覚えはない、御菓子が欲しいのかな、とバスケットに手を入れるが、その前に男の子が大きな声で叫んだ。
「お洋服、とても綺麗だったです!」
それだけ叫ぶと男の子は恥ずかしさからか逃げてしまった。
あらまぁ、と小夜は立ち尽くし、研司は苦笑しながらその頭をがしがしと撫でていた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062/浅黄 小夜/女性/16/魔術師(マギステル)】
【ka0569/藤堂研司/男性/25/猟撃士(イェーガー)】
副発注者(最大10名)
- 藤堂研司(ka0569)