※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
-
宴の夜、使者は走る
●
大通りを一つ折れると、湿っぽい夜の匂いが漂う細い路地が続く。
その光景はトライフ・A・アルヴァインを形容しがたい不快さで包みこんだ。
「……ったく、ハロウィンの夜にこんなことやってるんだか」
前を行くキール・スケルツォの後頭部に向けて、言葉と共に煙を吐き出す。
「仕事だからに決まってるだろ」
全く納得していない様子でキールが唸った。
「じゃあ、さっさと行けよ犬っころ。おっさんに折檻されるぞ」
「……んだと、てめぇ、喧嘩売ってんのか?」
殺気立ったキールの目に、自嘲めいたトライフの苦笑いが映る。
「今の俺は、金になるなら何でも売るぜ?」
生涯の友かつ最愛の伴侶たる煙草が残り少ないことに気付いたのは先日のこと。
トライフは所謂裏街の顔役の男を訪ねた。懐具合が寂しくなった時にはこの男を訪れ、仕事を貰うのが常だ。
今回の仕事は借金の取り立てだが、面倒なことがひとつ。
(野良犬と組んで、だと?)
キールはこの手の仕事には最も不向きな奴だ。軽く脅せば済む話を荒事に仕立てる手腕は才能と言っていい。勿論、これは嫌みだ。
(要するに、俺ひとりじゃ信用ならねえってことか)
野良犬どころか、悪態をつきつつ雇い主にじゃれつき構って欲しがるキールの姿は、トライフには滑稽に見えた。
とてもじゃないがこいつに背中を預ける気にはなれない。
一方で、キールも苛立っていた。
トライフときたら、やることなすこと生意気で気に食わない。
クソジジイ(キールは顔役をこう呼んでいる)に尻尾を振って懐いてる役立たずの上に、まだ餓鬼の癖に普段は洒落た格好で女をはべらせ、上品ぶっているのも気に食わない。ついでに顔の眼鏡までもが気に食わない。
「おいクソ餓鬼、その生臭ェ煙の匂いを俺につけるんじゃねぇ!」
キールがまた振り返って低く吠えた。
何よりもキールが気に食わないのは、『クソジジイ』が今回の仕事を自分ひとりに任せなかったことだろう。
(よし、クソ餓鬼を出し抜いて、俺ひとりで仕事を済ませてやる。後で吠え面かくなよ)
幸い、トライフは常に後ろに居る。いずれチャンスは来るだろう。
●
裏通りを抜けて、少し広い通りに出る。目指す建物はそこにあった。
キールがノッカーを乱暴に叩く。
ややあって細い孔から誰かが覗くと、キールは来訪の目的を極めて端的に伝えた。
「おい、金返せ」
トライフがキールを押し退け、覗き窓の前で証文をひらひらさせた。
「使いの者だ。約束の期日なんで受け取りに来た」
覗き窓が閉まり、閂が外れる音がする。
半分開いた扉から顔を出したのは、流行の派手な服を着た若い商人風の男だった。陰に取り次ぎの男がいるのだろう。それ以上扉は開かない。
「勿論覚えてますとも。ただ、もう少し待って貰えませんかね? そうだ、明日の朝にはきっとお返しします」
トライフの目がすっと細くなり、低い声が告げる。
「──もう一度だけ言うぜ。『Trick or Treat(金を払うか酷い目に会うか)』だ」
その時だった。
キールが扉を蹴り飛ばし、商人の襟首を掴んだのだ。
「とっとと払うモン払いやがれ! 今日は何が何でも取り立てて来いって言われてんだよ!」
若い男が悲鳴を上げ、扉の陰に居た男が額を押さえながら何事か叫んだ。
トライフが思わず舌打ちする。
出て来た用心棒どもが覚醒状態なのが見て取れたのだ。
「割に合わねえ、俺は逃げるぞ」
トライフは即座に踵を返す。
「おいクソ餓鬼、待ちやがれ!」
キールのことなど知ったことか。トライフは後も見ずに路地へと飛び込んだ。
●
トライフは細い路地をめちゃくちゃに折れる。
荒事はキールに任せておけばいい。あの犬っころには時々ガス抜きも必要だ。
「それにしても寒いな……」
用心棒は覚醒者とはいえ、大したことのない連中なのは分かっていた。本気になれば、数人束になってきても問題はないだろう。
問題はこの寒さだ。トライフは覚醒状態になると、どういう訳か物凄く寒くなる。だから、なるべく避けたいのである。
足音がしないことを確認し、トライフは壁にもたれて煙草を取り出した。
どうにもひっかかる。
(おっさんらしくない、な)
依頼主は、あんな馬鹿に簡単に金を貸すほど甘くはないはずだ。
何か裏がある。トライフの勘がそう告げていた。
(あの馬鹿犬が邪魔しなけりゃ、カマかけてやったのに)
ふと何かの気配に気づき、トライフの目が険しくなる。
「……何やってんだ、あの馬鹿」
道の両側から用心棒が近付いてきたのだった。
●
トライフが逃げ出し、キールは取り残された。
「ちっ、こうなったら力尽くでも取り立ててやらあ!」
黒い犬耳がとび出て、ふさふさの尻尾が垂れ下がった。彼自身が嫌悪する覚醒状態だ。
商人の首根っこを掴んでそのまま路上に叩きつけ、ドアの陰から躍り出た男の顔面に頭突きを喰らわせる。
血と呻き声を吐きながら屈む相手の腹に膝を打ち込み、扉を引く。ナイフが扉に刺さる音がした。
だが裏口があったのだろう、気がつけば数人に囲まれていた。
「丁度イラついてんだ、相手してやるぜ!!」
一番近い男に接近、鳩尾に突っ込んだ指を強く握りしめると、相手は苦悶の呻きを上げて倒れ込む。
それを避けようと身体を捻るが、男は必死の形相でキールの足に縋りついていた。
「往生際の悪い奴だぜ!」
振り払い、そのまま靴の先で顔面を蹴り飛ばす。
だがその間に、別の男が背後から近付き、キールの腕を掴んで捻り上げた。
「……ッ!!」
多勢に無勢、振り払うより先に強い拳が強かに腹を打つ。
目を剥きながらも、それに耐える。崩れ落ちるキールの身体を蹴り飛ばそうとした足を掴み、勢いをつけて捻った。
相手が転んだ隙に飛び出したキールは、素早く近くの塀によじ登る。
「馬鹿かお前ら、証文持った奴を逃がしてよ!」
せせら笑い、そのまま向こうへと飛び降りた。
キールは低い姿勢で移動し、別の場所から壁を伝って先程の建物のベランダに身を潜めた。
用心棒達がトライフが消えた方へ向かうのを確認し、ほくそ笑む。
(へっ、せいぜい頑張って逃げろよ、クソ餓鬼)
窓の鍵を外し建物の中へ滑り込む。人の気配は全くない。
階段を降り、男達が集まっていたらしい部屋を窺う。そこも無人だ。
「あいつ、逃げやがったのか!?」
そこに乱暴な足音と共に、用心棒達が帰って来た。
「ったく、どこまでも役立たずな奴だぜ!」
捕まったのか逃げたのかは知らないが、トライフはロクな足止めにもならなかったようだ。
「おい、証文をよこせ」
「持ってねえよ!!」
キールが吠える。
証文を、クソジジイはトライフに託したのだ。あいつは俺を信用してない。
キールのイライラが甦る。
「お前のポケットに入っているって、あいつがそう言ったんだ」
「何だと……?」
顔は男達の方を向いたまま、キールは片手をポケットに突っ込む。そこには、入れた覚えのない薄い紙の感触。
「あんの、野郎……ッ!!」
キールは逆上した。
そのパワーは男達を薙ぎ倒すには充分すぎる程だった。
●
荒い息をつくキールの耳に、ヤル気のない拍手が聞こえた。
「見事なもんだな」
トライフが部屋に入って来る。
「この野郎、俺が証文を取られたらどうするつもりだったんだ!?」
「嘘に決まってるだろ、ばーか」
「このッ……!!」
掴みかかろうとするキールに、トライフが身構える。
「あれ? じゃあこれは何だ?」
キールがポケットを探り、紙きれを取りだす。
――金が取り立てられなかった場合は期限までそこで待て。
待ってどうなるのか。
期限は今日の夜、時計台の鐘が鳴り終わるまでだ。
「おっさん、何を企んでる?」
トライフが煙草を咥えた時だった。
「お待ちなさい、火はいけません」
キールもトライフも、ぎょっとしてそちらを見る。
いつの間にそこに居たのか、仮面の男が囁く。
「お二人が目を引いて下さったお陰で首尾は上々。どうぞ、そちらの取り分です」
「……!」
手渡されたのは金塊だった。金貨ならともかく、これでは持ち逃げしても捌きようがない。
遠くで鐘の音が鳴っていた。
「そろそろ時間ですな。お礼は私の主人からも改めて。さ、今宵はお帰りを」
「あんたは?」
「私は少々仕事が残っておりますので」
軽く会釈し、男は闇に消える。
「……帰るか」
釈然としないままトライフが促す。
「くっそ、なんかすっきりしねえな!」
痺れる拳を振りながらキールが呟いた。
二人が建物の外に出たのは、丁度鐘が鳴り終わる頃。
その時、爆発音が轟いた。
「何!?」
そう遠くない場所だ。
「向こうの高級住宅街の方、だよな」
偶然か?
……それは考えられない。
「やっぱり食えねえおっさんだな」
トライフは火のついていない煙草を咥えたまま、忌々しげに呟いた。
(まあいい。今回はせいぜい追加料金をふっかけてやるか)
トライフは、びっくりして犬耳を立てたままのキールに声をかける。
「おい、どうした」
キールは振り向き、食いしばった歯の間から唸った。
「俺を嵌めやがったな! やっぱり、あの野郎が一番気に食わねえ……!!」
「あー……まあな」
その点についてはトライフも否定する気になれなかった。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka1798 / キール・スケルツォ / 男 / 37 / 暴れ野良犬】
【ka0657 / トライフ・A・アルヴァイン / 男 / 23 / 寒がり策士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お待たせいたしました、裏街のちょっとした事件の一幕です。
なんだかんだで役割分担ができているのが同じ穴の狢という辺りでしょうか。
お楽しみいただけましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
副発注者(最大10名)
- トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)