※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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交渉成立
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昼間の歓楽街ほど、間の抜けた場所もないだろう。
とはいえ、ブルノ・ロレンソ(ka1124)がその光景を見ることはほとんどない。
彼の領域は夜にあり、彼の世界を照らすのは人工の明かりだ。
だから彼を見かけた住人たちの数人が、思わず振り向いたのも当然だろう。
この街の夜を象徴する男の姿は、太陽の光がそこだけ避けているかのようにも見える。
当のブルノは周りの視線など気にすることなく、細い路地へ。
少し入ったところにある、古びた扉の前に立った。
内ポケットから鍵を取り出し、無造作に開ける。
「入るぞ」
人の気配のない室内に声をかけて、後ろ手にドアを閉めた。
そこは酒場だった。
とはいえ、かなり長い間、無人だったことは一目でわかる。
古ぼけたテーブルや座面の破れた椅子が無造作に積み上げられ、クモの巣がカーテンのように垂れ下がり、床には埃がたまっている。
破れた鎧戸から差し込む外の明かりに、それらがぼんやりと照らされていた。
ブルノは暫くの間、その場に佇んでいた。
――いる。
近くのテーブルからカウンターを経て、暖炉の上の飾り棚へ。
何かの気配が移動している。
ブルノは無言のまま立ち尽くし、じっと待っていた。
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最初にブルノがこの店に来たのは、昨日のこと。
そもそもの切欠は、この建物を引き取ってくれないか、という申し出だった。
ブルノのシマから少し外れていたが、場所は悪くない。提示された値段も魅力的だ。
ブルノは手下をやって、その店を確認に行かせた。
だが青い顔をして戻った手下は、あの店はダメだと首を振る。
「……幽霊だと?」
ブルノの射すくめるような視線に手下は震え上がったが、それでも引き下がらない。よほどのことだろう。
どうやら持主が安く手放そうとしたのも、それが原因のようだった。
手下の言うには、店には誰もいないのに妙な物音が響く。
しかも床には何の異常もないのに、足を何かに引っ張られて転んだ手下は、テーブルでしたたか顔を打ったらしい。
確かに、報告する手下の目の周りは青紫色に変色し、顔の半分が腫れあがっている。
ブルノは燻らせていた煙草を口元から外し、クリスタルガラスの灰皿に押し付ける。
「馬鹿馬鹿しい」
反射的にそうは言ったものの、手下は信用のできる男で、嘘はつかない。
そもそも幽霊など彼自身にとってはどうでもいいが、そこで働く女達や、出入りする客にとっては有り難くない存在だ。
(そういう奴向けの店にする手もあるが……)
却って喜びそうな女たちも何人か思いつくが、妙な噂が立つのも面倒だった。
ブルノは自身で店を確認することにした。
店のある建物はこの界隈ではさほど珍しくもない、普通の外観だった。
雑魔が巣食っている可能性も考えたが、歪虚騒ぎとなれば面倒な連中がどっと押し掛けて、ブルノの耳にも情報が入るだろう。
だから歪虚がいることは考えにくかった。
用心深く、扉を開いたままで中に入る。
暫くは何の変化もなかったが、店のカウンターに近づいた辺りで、積み上げた椅子が崩れる音がした。
咄嗟に振り向いたブルノの足元に、何かがぶつかる気配。
見るより先に勢いよく足を蹴り上げると、靴の先が空を切る。
「……確かに、何かがいるようだな」
ネコやイタチなど、空き家に住み着いた動物か。
ブルノはしゃがみ込み、埃まみれの床を観察する。
だが転んだ手下が身体で掃除した場所は見分けられるものの、動物の足跡などは見当たらなかった。
そのまま視線は床を滑り、カウンターの入口を見据える。
ブルノは狭いくぐり戸を開き、低い視線のままで中を覗き込んだ。
古い床の一角に小さな扉があった。
取っ手が床に収納されるタイプだが、力を入れて指を掛けても上がらない。鍵がかかっていた。
ポケットから鍵束を取り出し、めぼしい物を何本か当てると、かちりと音がして取っ手が飛び出してくる。
膝をついて、思い切り扉を引き上げる。そこは床下収納庫だった。
こまごまとした生活雑貨が入っているようだったが、一番上に小さな写真立てが置いてあった。
「……写真か」
ブルノはそれを持って立ち上がり、外の光が差すところまで戻る。
その瞬間。
「ツッ……!」
写真立てを持っていた手の甲に、鋭い痛みが走った。
見ると、赤い筋が2本、くっきりと走っている。
「やりやがったな」
そう言ったものの、ブルノはそのまま数歩歩き、写真立てを光に向けて確認する。
この店らしい場所で写っているのは老夫婦と、奥方に抱かれた黒い猫だった。
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それから事務所に戻ったブルノは建物の持ち主を呼び出し、写真を見せた。
やはり少し前までここで店をやっていた夫婦だった。
仲よく酒場を経営していたが、奥方がたちの悪い風邪で亡くなった後、旦那のほうも後を追うように亡くなったらしい。
それを確認して、ブルノはまた店に戻って来たのだ。
ブルノは暖炉の上から自分をじっと見ている『何か』に向かって語り掛ける。
「この店はお前の縄張りだったんだな」
写真立てを振ってみせながら、反応を窺う。
「取引だ。俺はここを空き家にしておくつもりはない。だが手を入れるのは最低限にする」
言いながらカウンターに歩み寄り、件の収納庫を写真立てで示した。
「それから俺の店の間は、ここはまた鍵をかけて、誰にも開けさせん。だから商売の邪魔はするな」
暫し黙る。反応はない。
ブルノは肩をすくめた。
幽霊は幽霊でも、猫の幽霊。それに交渉を試みているところなど、他の連中には見せられたものではない。
実際、ブルノも本当にそんなモノがいるのかは半信半疑というところだ。
だから小芝居をしている自分を、リアリストの自分自身が呆れて見ているような、そういう感覚にとらわれている。
だが「そうすべき」だと思ったのだ。
ブルノは少し勿体をつけてゆっくり屈みこむと、収納庫の扉を開ける。
明かりで照らすと、衣服や小物など、女性の物のようだった。
その上に写真立てを置いて、扉を閉め、鍵をかけた。
「これで契約成立だ。いいな」
鍵を振りながら、暖炉の辺りに呼び掛ける。
そのとき。
――にゃあん。
微かな鳴き声が聞こえた。
ブルノは空耳かと、暫くその場にじっと立ち尽くして耳を澄ます。
だが次に感じたのは、靴の甲に軽く何かが当たる気配。
そちらに明かりを向けたブルノは、眉間に険しい皺を刻んだ。
「おいおい、サイン代わりってことか?」
顔が映るほど磨き上げられた靴の甲には、埃と脂のインクによる猫の足跡が、くっきりと残っていたのだ。
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その後、店は綺麗に改装されたが、古い床板とカウンターはそのままに残された。
カウンターの収納庫は、「開放不可」とのオーナーの厳命を受けた新しい店長が、皆に存在そのものが分からないよう上敷きで隠してしまった。
店長は何が入っているのか色々と想像したが、恐ろしくてとても開ける気はしなかったという。
恐ろしいと言えば、ブルノの手の甲に引っかき傷を作った女についても色々な噂が陰で囁かれたが、真偽を確かめる勇気を持つ者はいなかったらしい。
ともかく、この店が大いに繁盛し、オーナーであるブルノを満足させたのは後日の話である。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
またのご依頼、誠にありがとうございます!
何を書こうか迷ったのですが、猫をお好みとのことでしたのでそこから膨らませてみました。
好きとはいっても、べたべたするのでなく、程よい距離を取った感じではないかと勝手に想像しております。
シナリオではこのぐらいの大人を書くことが少ないので、とても楽しく執筆いたしました。
お楽しみいただけましたら幸いです。