※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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大事なことは胸の中
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賑やかな街の大通りも、少し脇道に逸れると違った顔を見せる。
静かな路地には、知る人ぞ知る名食堂や、大きな店では扱わない何かのパーツを売るジャンク屋や、珍しい食材を扱う雑貨屋などが軒を連ねていた。
その更に奥まったあたりに、目立たない看板を掲げた診療所があった。
あまり人が通らないような場所だが、ときおり患者が来る辺り、それなりに腕は確かなのだろう……とは、近所の人の弁。
だが今日この診療所を訪れたのは、患者ではないようで……
「ええと……心臓から出てるのが動脈で……動脈にはキレイな血が流れてるから……」
鈴太郎はぶつぶつ呟きながら、余り上手ではない絵で何とか考えをまとめ、ノートに書きこんだ。
そこで診療所の主、ロスが口をはさむ。
「はーいりんちゃん、そこ、かんっぜんに引っ掛け問題ね! 肺動脈の血は肺に行くんでしょ? そこは心臓じゃなくて、肺を中心に考えなきゃダメよ」
リアルブルーでいえば中学生レベルの理科だが、ロスは鈴太郎が間違ったポイントを丁寧に解説してやる。
診療所の中では、鈴太郎のための勉強会が開かれていた。
ハンターとして出動した依頼で、ロスや都が人々を救うために立ち働く様子を目の当たりにした鈴太郎は、何もできない自分を情けなく思った。
そしてふたりのように医者として人を救うことはできなくても、何かできることがあるはずだと一生懸命考えた。
一見面倒くさがりのようでいて、意外にも生真面目な性格の鈴太郎は、負けず嫌いでもあった。何もできないままでいるのは嫌だったのだ。
そうして鈴太郎はお医者さんを助け、患者さんに寄り添う看護師になろうと決心したのだ。
ロスと都は鈴太郎の思いを汲んで、可能な限り手助けすることを約束してくれた。
ロスからリアルブルーの外科的な医学を、都からクリムゾンウェストの薬学的な医学を学ぶことになったのである。
だが正直な話、これまで勉学にそれほど熱心だったわけではない。
というわけで、まずは基礎学問から始めたところなのだった。
ロスの説明を大人しく聞いていた鈴太郎だったが、その目からは光が失われつつあった。
「というワケ。わかった?」
ロスが尋ねると、顔を伏せて手元を見つめていた鈴太郎が、いきなり頭を抱えてのけぞった。
「姐御ぉ! 休憩休憩~! オレもうアタマから煙が出そうだよぉ……!!」
その心からの叫びに、傍で見守っていた都が思わずくすくすと笑いだす。
「りんちゃん、今日はとても頑張ったもの。ちょっと休憩してもいいと思うわ。ね、ロゼちゃん」
ロスは悪戯っぽくウィンクしてみせる。
「いいわ、じゃあ休憩。都ちゃんのお土産も楽しみだしね♪」
その言葉に、鈴太郎の目が光を取り戻した。
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ガラスのポットにハーブを入れ、熱いお湯で満たす。
鈴太郎は、都の流れるような動作を興味津津という様子で見つめていた。
「レモングラスのハーブティーよ。気分がすっきりするわ」
カップに注ぐと、さわやかな香りが立ち上る。
ロスは優雅な手つきでカップを持ちあげ、香りを堪能した。
「すっごくいい香りね♪ 見た目はススキみたいだけど」
鈴太郎は可愛いらしいクマ型クッキーにかじりついて、目を見張った。
口の中が、芳しい紅茶の風味と優しい甘さでいっぱいになる。
「ミヤチャン、コレ美味え! ドコで売ってンの??」
都が嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、気に入ってもらえた? 私が焼いたのよ」
「ええっ、スゴイ! 店で売ってるのより美味えって!!」
「そう言ってもらえると、頑張って作った甲斐があるわ。たくさん食べてね」
鈴太郎は満面の笑みを浮かべ、クッキーを頬張る。
実は、鈴太郎がクマの小物を集めていることを知っていたので、クマ型のクッキーにしたのだ。
嬉しそうな鈴太郎を見て、都も嬉しくなる。
お茶のおかわりを受け取りながら、ロスが小首を傾げた。
「ハーブは薬草でもあるのよね?」
「そうね。このレモングラスはリフレッシュ効果のほかに、消化を良くする働きがあるわ」
鈴太郎が改めて、お湯の中に入った葉っぱを見つめる。
「薬草なのにお茶になるのか! すげえ!!」
「あら、お茶も薬草のようなものよ?」
「クリムゾンウェストじゃ、医者の仕事は触診や内科的な処置がメインになるわよね」
ロスの言葉に、都が頷く。
「姐御はさ、なんでお医者になろうと思ったんだ?」
「え?」
ロスが思わず振り向くと、鈴太郎の真面目くさった顔が目に入る。
「うーん、そうねぇ……やっぱり人を救うオシゴトっていいと思わない?」
曖昧に微笑むと、鈴太郎はこくこくと頷いた。
ここで流しても良かったのだが、あまりに純粋な鈴太郎の様子に、自然と言葉がこぼれ出た。
「なあんてね。そんな綺麗事だけじゃないんだけど♪ 私は親が医者だったから、自然とそうなった感じだったわ」
一生懸命追い付こうと思って頑張ったこと。
いつの間にか、その背中に追いつき、追い越すことが夢になったこと。
ロスは淡々と語る。
「で、気が付いたら私のほうが偉くなってたのよ? びっくりよねぇ♪ まあ偉くなったあとから色々あって、今はクリムゾンウェストにいるワケ。面白いわよね!」
明るく笑うロス。だがこの笑いは、それ以上詳しく語ることを拒むものでもあった。
鈴太郎はそこに疑問を持つことなく、今度は都に尋ねる。
「ミヤチャンは? なんでお医者になったんだ?」
「不思議かな?」
「ううん。でもなんかさ、美味しいお菓子作ったりトカ、ちっちゃい子と遊んだりトカ、そういう感じがするし」
都は優しく頷く。
「そうね、そういうのも大好き。でもりんちゃんと同じなんだよね」
「オレと?」
鈴太郎が目をぱちぱちさせる。
「そう。りんちゃんが看護師さんの勉強をしようと思ったのはどうして?」
「……何も……できないのがイヤだったから」
都は少し悔しそうな顔を覗き込み、そっと肩に手を置く。
「ごめんね、でも私も同じなの。大事な人が大変なことになったとき、何もできなかった。でもいつかその人の役に立ちたいと思ったから、一生懸命勉強したのよ」
都が顔をあげる。
「いっぱい勉強したんだ?」
「そうね、その人はある日姿を消してしまったから。何もすることがなかったら寂しすぎるからかしら。10年間、先生について必死に勉強したわ」
「じ……じゅうねん……?」
都の手から、ぽろりとクッキーが落ちた。
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鈴太郎はしばし無言になっていた。
なんでもできる都で、お医者になるのに10年かかったという。
医学の勉強の手前でもたついている自分が、一人前の看護師になるまでに一体どれだけかかるのか。
――そう考えると、目の前が暗くなったような気がしたのだ。
だがロスの笑い声に、我に返った。
「いやあねぇ、りんちゃんたら気付きなさいよ! これは惚気よ、ノ・ロ・ケ♪」
「へ?」
思わずロスの顔と都の顔を交互に見る鈴太郎。
「あら、そんなつもりはなかったんだけど」
都はそう言いながらも、わずかに頬を染めている。
「その大事な人が、ダンナサマなのよね♪」
「あっ、そっか!」
鈴太郎にもようやく納得がいったようだ。都は若く見えるが、二児の母なのだ。
そこで別の興味がわいてくる。
鈴太郎は目をキラキラさせて身を乗り出した。
「ミヤチャンと旦那さんは、どこで知り合ったんだ?」
「あら。りんちゃんたら、そういうの気になるの?」
都は少し真面目な表情になり、軽く目を伏せる。
「そう、出会ったのは、6つのときだったわ……」
怪我をした愛犬のために、父親に教わった薬草を探しに森へ行き、都は迷子になった。
どんどん暗くなっていく森の中で、帰り道もわからず泣いていた都の前に、救いの手を差し伸べてくれたのが彼だったのだ。
もっとも後で聞いたところによると、なにやら稽古をさぼって休息していたところだったそうだが、6歳の都はそんなことを知らない。
怖くて暗い場所から救け出してくれた人を、都はそれ以降、兄と慕うようになったのだ。
「えっ。でもその人が、大変なことになったんだ」
「……事故でね、片方の目が見えなくなってしまったの」
「そんな……」
鈴太郎が、まるでその場にいたかのように悲しそうな顔をする。
都はその背中を優しくさすった。
「りんちゃんは優しいね。その気持ちがあれば、きっといい看護師さんになれるわ。それから、素敵なお嫁さんにもね」
「えェっ!?」
鈴太郎が裏返った妙な声をあげた。
(――オヨメサン!?)
女の子でありたい気持ちと、名前へのコンプレックスの間で揺れ動く鈴太郎は、自分のことを『オレ』といいつつ、普段は本名ではなく『鈴(リン)』と名乗っている。
つまりまだ女の子としての言動に慣れていないのだから、異性関係など想像することもできない。
そうして赤くなったり青くなったりする鈴太郎を、ロスが面白そうに見ていた。
「りんちゃんてばどうしちゃったのかしらん? もしかして好きな人でもできたの?」
「んな、ワケ……!!」
鈴太郎はいたたまれなくなって、思わず立ち上がった。
「オ、オレ、お茶のおかわり持って来る!」
トレイにポットを乗せて、逃げるように部屋を飛び出した。
その背中を見送り、ロスがくすくす笑う。
「真っ赤になっちゃって♪ かーわいいわねぇ」
「あんまりからかっちゃかわいそうよ」
都もちょっとだけ笑ってしまったが、大人ふたりにからかわれた鈴太郎の気持ちも思いやる。
「あらっ、看護師の勉強の他にも、りんちゃはいっぱい勉強しなきゃいけないのよ。……ちょっと羨ましいわねぇ」
そこに、足音荒く鈴太郎が戻ってくる。
「あのさ、思ったんだけど」
ちょっと乱暴な手つきで紅茶をカップに注ぎながら、鈴太郎がぶっきらぼうに言った。
「姐御はどうなンだ? その、か……カレシ、とか……」
何とか反撃を試みたようだが、最後のほうは消えそうな声に。
「ふふん、知りたい?」
こくこく。
鈴太郎が頷く。都も、少し意外そうにロスを見ていた。
しばらく無言でふたりの反応を確認していたロスは、突然噴き出した。
「残念、ナイショ! オトメには色々あるのよ♪ ミステリアスなオンナって素敵でしょ?」
「姐御ずるい!!」
鈴太郎がびしっとロスを指差す。
「あら? さっき逃げた人が何か言ってるわネ~」
ほほほと笑い飛ばすロス。
だがちらりと横目で鈴太郎を見据え、声を潜めて言った。
「で? 好みのタイプとか、どうなの? オネーサンには教えなさい。でないとお勉強会やめちゃうわよ?」
「ええええっ!!」
まさか本気のわけはないが、ロスに翻弄されまくっている鈴太郎。
顔を真っ赤にしてウンウン唸りながら、真剣に考え込む。
「うーん……このみ……の、タイプ……」
お話をするとか。
手を繋ぐとか。
男とそんなこと、絶対無理無理無理!!!!
そこでふと、ひとりだけそういうことが大丈夫な人の顔が浮かんだ。
「あ、えーと……パ……と、父サンみたいな……人?」
ずるっ。
ロスの顎を支えていた肘が、テーブルの上で僅かに滑った。
「ふふ、りんちゃんのお父さんって、きっと素敵な人なのね」
都に促されて、鈴太郎はぽつぽつと思い出を語りだす。
ロスは微笑みながら聞いていた。
優しいだけの思い出ではないけれど、今の自分を作ったものは、いつでも胸の奥にある。
都が大切な人を想いながら、長い時間を過ごしたように。
鈴太郎もまた、辛い出来事を胸に抱えて、一生懸命前を向いているのだ。
そしてこれからもたくさんの物を詰め込んでいくのだろう。
(ま、がんばんなさいな)
――これからも見守ってあげるから。
少し眩しいような気持で、ロスは鈴太郎を見つめるのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4718/ロス・バーミリオン(ロゼ)/男性/32歳/人間(リアルブルー)/舞刀士/ミステリアスな先生】
【ka6016/大伴 鈴太郎/女性/17歳/人間(リアルブルー)/格闘士/頑張る看護師見習い】
【ka1140/志鷹 都/女性/24歳/人間(クリムゾンウェスト)/聖導士/見守る先生】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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がんばる女の子と、見守るお姉様(!)ふたり。
微笑ましい中にも、ちょっと苦い思いもそれぞれに抱えている。
そんなエピソードを目指しましたが、お気に召しましたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!