※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
星空に寄り添う


 空に一番星がうっすらと見え始めた頃、屋台に灯りが燈り、太鼓が昼間のうだるような暑さの気配を残す大気を震わせた。
 祭り会場ゲートの脇、神代は周囲を見渡す。
 渡されたロープに揺れるのは提灯に良く似た灯。風に運ばれるのは祭囃子。
 故郷を思わせるどこか懐かしい光景が夕暮れの中に浮かんでいる。
 一緒に祭りに行く約束をした椿姫に合わせ緑のストライプに海老茶の帯といった浴衣姿がまったく浮く気配がない。
 そういえば祭りのたびに教員で見回りに行ったな、などと思いを馳せていると、カラン、コロンと軽やかな下駄の音が聞こえてきた。
「神代さん」
 待ち人来る、椿姫が人の流れから抜け出しこちらに向かってくる。
「お待たせしました」
 着慣れない浴衣にはにかんだように笑む椿姫の襟元にはほつれた一筋の黒髪。
「あ……椿姫さ……」
 紺地に白で抜かれた朝顔の浴衣姿、目の前に居るのはまさしく友人の椿姫だというのに神代は一瞬言葉を失った。

 瞬きを繰り返す神代に椿姫はきちりと合わせた襟元を指で引っ張る。「お祭りに行くんです」と切り出した椿姫に「うちに任しとき」と何も説明していないのに頼もしい笑顔で浴衣を用意し着付けまでしてくれた友人は「よぅ似合うとる」と送り出してくれたが、何分初めての浴衣だ。
「似合っているといいんですけど……」
 椿姫は些か不安気に髪をゆるくまとめる玉簪に手を触れた。
「似合ってます。似合ってます。髪を上げているのでちょっと驚いたというか……」
 視線を右に左に泳がせながらも神代は一生懸命言葉を探す。
「その……椿姫さんは姿勢が良いので……紺がきりりと映えています」
 女性を褒める言葉としては及第点とは言い難い。だが神代なりの精一杯の言葉なのは伝わってくる。ふ、と笑むと、
「ありがとうございます。ではお祭りに行きましょう」
 椿姫は神代と並び歩き始めた。

 足取りはいつもよりゆっくり。初めての浴衣、歩きにくくないだろうか、と神代の心配はよそに楽しそうにあれこれ屋台をひやかしていた椿姫が射的の前で足を止めた。
 景品の棚には可愛らしいぬいぐるみが沢山並んでいる。
「お兄ちゃん、うさぎ、うさぎがいい」
「よぉし、見てろ」
 妹にせがまれ、張り切る兄のライフルから飛び出したコルクの弾丸はぬいぐるみには届かない。
「もう一度!」
「がんばれー」
 真剣な表情で両手を握り締める幼い妹。
「お姉さんもやっていくかい? 俺の奥さんの手作りぬいぐるみだ。可愛いだろう?」
 笑う店主に、「また後できます。本当に来ますから」と何度か念を押してから射的を後にした。
「良かったんですか?」
「まずは腹ごしらえです。腹が減っては戦はできぬ、と神代さんの故郷の諺にもあるじゃないですか」
 そっと尋ねる神代に椿姫は帯の上からお腹を押さえる。
 「やったー」「お兄ちゃんすごい!」と背後で上がる歓声。肩越しに振り返った椿姫の口元はやんわりと微笑んでいた。
「ん? とても良い匂い。まずはあれを食べましょう。粉モノはお祭りの定番と聞きましたから」
 だがすぐにカラコロと下駄を鳴らして駆けて行く。
 椿姫がみつけたのは少し赤みを帯びたソースをかけられ皿の上に並ぶころっと丸い……。
「クリムゾンウエスト風たこ焼き……」
 神代は横からひょいと摘んで口に放り込む。
 小麦粉の生地にベーコンやソーセージの切れ端、ダイスカットした野菜が入っており、ソースもちょっとすっぱ辛い。どちらかというと大人の味。見た目以外たこ焼きとはだいぶ違うが、
「ん、結構美味い……」
 とぺろっと指についたソースを舐め取った。丁度目があった椿姫が「神代さん」と目を丸くする。だがつまみ食いしたことを怒るではなく、何故か嬉しそう笑うと自分もそれを口に運ぶ。
「あ、本当。美味しいです」
「椿姫さん……」
「なんでしょうか?」
 二つ三つと食べ進める椿姫に神代は自分の口元を指し示した。
「ソースでヒゲが……」
「えぇ?!」
「冗談です」
 慌てて顔を隠す椿姫にしれっと返す。
「……神代さん?」
 向けられたジト目を受け流すのはわざとらしい口笛だ。
 タコヤキモドキを皮切りに椿姫は普段みかけない品や、他国の料理をみつけては買い求めていく。
「甘いものを食べたらしょっぱいものも食べたくなりますよね……」
 団子に塩を振った揚げたてジャガイモ。
「それ何皿目です?」
 両手に花ならぬ炭水化物といった姿に神代の声に笑みが混じる。
「せ、折角のお祭り、楽しまないほうが失礼ですから……!」
 団子を頬張った椿姫がそっぽを向く。
「腹が減っては戦はできぬと言いますが、腹八分目とも言うんですよ」
「では次は甘いものにしましょう。甘味は別腹です」
 人間に胃は一つしかありません、というツッコミは椿姫には届かなかった。

 屋台に気を取られおろそかになる椿姫の足元。石畳の凹凸に下駄の爪先が引っかかりバランスを崩す。
「あ……っ」
 足を前へ出し体を支えようとした。だが今日は浴衣だ。咄嗟に足を広げられない。食べ物を持ってなくて良かった、と受身を取ろうとしたところ腕を掴まれ支えられた。
「大丈夫ですか?」
「神代さん……! ありがとうございます。  和服って意外と不便なんですね……」
 帯もきついし、と摩るお腹の辺り。尤も大和撫子はこうして育っていくのだろうか、などと思えば不便さも楽しいものだ。
「帯がきついのは……」
「さてと、そろそろ射的に戻りましょうか」
 何か言いたげな神代は華麗に無視を決め込む。
 先ほどの射的に戻ると「おかえりなさい」と店主が迎えてくれた。
 予想通り、棚にならぶぬいぐるみを確認し椿姫が小さく笑う。少し取りにくい配置でおかれていたぬいぐるみはまだ残っているし、新しく追加された分もある。
 もう大人の時間、ならば本気を出してもいいだろう。
「銃を見せてください」
 椿姫は玩具のライフルを慎重に選んでいく。その真剣な顔に店主も口を挟めず、背後では同行者が無理やり笑いを押し殺している。
 選んだライフルは二丁。当然二丁分の代金を払うことも忘れない。
 スナイパーよろしくライフルを構えぬいるぐみを照準に捉える。一発目、当然命中。だがぬいぐるみは揺れるだけ。そこは計算済みだ。何のための二丁か。すかさずもう一丁を構え引金を引いた。
 揺れるぬいぐるみの頭部を二発目が押し倒す。
「椿姫さんっっっ!!」
 肩を小刻みに震わせ神代が壁に手をついた。
「次……」
 本職の凄み。次々と椿姫の傍らにぬいぐるみが増えていく。
 だが二丁撃ちつくしても全てを手に入れることはできなかった。もう一度挑戦すべきか、否か……。呆然とする店主を他所に悩んでいると、
「では俺から軍資金です」
 いつの間にか笑いを収めた神代が代金を台に置く。
「プロのわざを……ぶふっ……」
 いや収まっていない。
「神代さんに出して頂くわけには……」
「うちの……っ 羊に 友達を作ってやって……っ ください」
 震える声で、一匹では寂しいでしょう、と奥の黒いもこもこ羊を指差した。
 両手に抱えきれぬぬいぐるみに満面の笑みの椿姫は後日「二丁ライフルのぬいぐるみハンター」として話題になったのは言うまでも無い。


 祭りを堪能し二人は神代の自宅へ。
「あぁ~……苦しかった」
 台所に行く前に、と帯に手をかける椿姫に神代が顔の前で高速で手を振る。
「や、や……ちょ、それは……」
「これからお客様が来る予定でも?」
「や、いや、そんな予定はないですが……。でもそれは流石に……!」
 だめでしょう、と顔色を赤に青にめまぐるしく変える神代に仕方ない、と襷がけで椿姫は台所に立つ。
 作るのは神代の胃を慮り、温かいつけ汁食べるうどん、出汁風味のあんかけ野菜など胃に優しいもの中心だ。
 料理の途中ふと手を止めると、窓から庭で縁台を準備する神代が見える。
 過日の激戦を潜り抜けた神代は生死の境を彷徨う大怪我を負った。しかも帰宅後、誰にも告げず、まともな治療も受けずに一人痛みに耐えていたというではないか。
 どうして黙っていたのか……。いま思い出しても腹が立つ。
 彼の怪我を知ったとき、まず湧き上がったのが全てを椿姫に黙っていた彼への怒りだった。それから大切な友人を失っていたかもしれない恐怖と再び会うことのできた喜び。更に彼の力になることのできなかった自分への憤りと情けなさ。
 いや、それだけではない。様々な感情が自分の中で吹き荒れた。激しい感情の嵐は、彼と少し距離を取らねば自分を見失ってしまいそうなほどだった。
 そして嵐の先に椿姫は、彼に寄り添い支えていきたい、という願いに辿り着いたのだ。
「椿姫さん、一緒にビールでもいかがですか?」
 井戸で冷やしているんです、と窓から神代が覗いた。答えない椿姫に「やはり駄目ですよね……」と寂しそうに肩を落とす。
「折角のお祭りですし、私もちょっと飲みたい気分です」
「では早速」
 途端表情を明るくさせ、いそいそと井戸へと向かう背中に椿姫は小さく笑みを漏らした。

 料理ができあがり縁台に並んで座る。まずはビールで乾杯。
 喉を滑り落ちていく冷たいビールはとても心地が良い。
「一気飲むと体を冷やしますよ」
「これが美味いんですって」
 暑い日の最初の一杯は美味しいが今日は特別美味い、と神代は腹の底から息を吐いた。
(あぁ……そうか……)
 久々に飲むからだ、とぬるい風に目を閉じる。
 無意識に右胸のあたりを探る手。
 とある国の未来をかけた戦乱に神代は参戦し右胸に傷を負った。その怪我の治療のため飲酒を止めていたのだ。
 傷跡は未だ生々しく、生還は奇跡だと我ながら思う。
 だが残ったのは傷跡だけではない。神代の脳裏に焼きついた光景。積み上げられた骸たち。共に戦った仲間を沢山失った。それは一介の高校教師であった神代にとって想像を絶する光景だった。
 国のために必要な犠牲だ、と割り切れるはずがあろうか。死んだ彼らこそこれからに必要な者たちに違いないというのに。
 だが自分は彼らを守れなかったのだ……。
 繰り返し浮かぶあの光景。自分の無力さ……。眠れない日々が続き、胃は食べ物を受け付けなくなった。
 力になりたかった。守りたかった。救いたかった。彼らの国の未来も、彼らも、そして憤怒に捕らわれたまま人でなくなった彼女の魂も……。
 傷の上、浴衣を強く握り締める。

 神代の手が浴衣を掴むのを椿姫は見つめていた。彼はあの戦乱を思い出しているのだろう。
 彼が抱える心の傷も、弱さも……いやそれだけではない、彼の言動全てを受け入れようという誓いを胸のうちに再度確認する。
 戦場で受けた心の傷も、体の傷も抱えベッドで丸まっていたように一人で全てを抱え込まないために。

 仲間の死……。

 殺した子供達……。

 椿姫の中に蘇る、硝煙と血の匂い――かつての戦場の記憶。全て心にしまい込んで、彼の手に自分の手を乗せる。
 自分はここにいる、と言葉にせずとも想いを込めて。あの時と同じように。
(そう……私はたとえ……)
 神代に拒絶されても距離を置かれたとしても全てを受け入れる。その覚悟はできている、と重ねた手に力を込めた。

 不意に温もりが神代の手を包む。
「……椿姫さ、ん……。すみません。俺、また……」
 ぎこちない仕草で顔を向けた神代の表情が歪む。
「私はちゃんとここにいます」
 貴方の言葉を聴いています 、だから焦らなくていい、と椿姫はゆっくりと頷いてくれる。
 その温もりに彼女の声に強張っていた心や体から力が抜けていく。まるで深い緑の中で深呼吸しているかのように。
 静かに吐く息。
 あの戦乱以降上手く眠ることも、食事摂ることもままならない。そんな自分の弱さも彼女は正面から受け止めてくれた。
 彼女は大切な友人だ。友人には迷惑をかけたくはない。でも気付けば椿姫の優しさに助けられている自分がいる。
 無意識に親指の腹で彼女の指先を擦った。まるで彼女の存在を確認するように。
 自分が何か大きなうねりに飲み込まれたとしても、この温もりが心の内に消えない一つの灯となって自分を支えてくれる。
「……椿姫さん」
 返事の変わりに少しだけ椿姫がが身じろいだ。
「もう一杯ビールいかがです?」
 少しの沈黙の後、
「今日だけですよ」
 柔らかい声が返ってきた。
 だが二人とも互いの手を重ねたまま立ち上がらない。
 瞬く沢山の星を並んで見上げるこの時間を壊すのはもったいなく思えたのは祭りの夜の星空が素晴らしかったからだろうか……。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名       / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ka2086  / 神代 誠一     / 男  / 32   / 疾影士】
【ka1225  / 椿姫・T・ノーチェ / 女  / 28   / 疾影士】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼ありがとうございます。桐崎です。

お二人で楽しまれる夏祭り、そして少しずつ形を変えつつあるお二人の関係、いかがだったでしょうか?
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
神代 誠一(ka2086)
副発注者(最大10名)
椿姫・T・ノーチェ(ka1225)
クリエイター:桐崎ふみお
商品:野生のパーティノベル

納品日:2015/08/24 17:14