※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
ヴァリオスハイキング


 自由都市同盟で一番華やかな街を問えば多くの人が「ヴァリオス」と答えるだろう。同盟の中核でもあるその街は極彩の街とも呼ばれ、クリムゾンウェストの文化と芸術の先端でもある。
 丘に建つ魔術師協会本部が見下ろす街は公的機関が置かれた歴史を感じさせる建物が並ぶ地区を中心に、様々な店が軒を連ねる大通り、職人街、居住区が広がっている。
 まもなく夕暮れだというのに通りを往来する人々の数が昼間とさして変わらないほどに治安が良いのもこの街の特徴だ。
「あの脇道に入ったところですね」
 夕日に照りかえる公孫樹が並ぶ大通りから脇に伸びた赤煉瓦の路地をみつけ神代 誠一(ka2086)が後ろを振り返る。
「地図だとどの辺りでしょうか?」
 ヴァリオスは初めてだという椿姫・T・ノーチェ(ka1225)は広げた地図と通りを見比べた。主要な通りや施設がイラスト付きで紹介されている地図は旅行者のために街の観光協会が発行しているという話である。
「今いる通りがここですね」
 誠一が現在地をくるりと囲むように指す。誠一はヴァリオスを何度か訪れたことがあった。その経験を買われ椿姫に頼まれての街案内中だ。現在、目指すは椿姫希望の雑貨屋である。
 二人はリアルブルーと呼ばれる異世界からやって来た転移者であり、友人同士でもある。尤も元の世界では互いに顔を合わせたこともない。出会ったのはこっちに来てから。年齢が近く話していても気が張らない、さらに自然が好きだという共通点もありあっという間に意気投合したのだ。
 しかし誠一は自ら案内しておきながらその通りに一歩踏み出すか出さないかのうちに回れ右をしたくなった。鼻をくすぐる甘い焼き菓子の香り、可愛らしい人形やアクセサリーが並ぶ店先、おしゃべりしながら通りを行く少女たち。
 ショーウィンドウに映る自分が、あからさまに浮いているように見えて仕方ない。完全にアウェイである。乙女の園に男が踏み入った違和感はこちらの世界でも健在だ。
「どうかしました?」
 居心地の悪さに微妙な表情を浮かべる誠一に椿姫が首を傾げた。
「こちらも変わらないな、と思いまして」
「えぇ、可愛いものは一緒ですね」
 椿姫はワゴンからぬいぐるみを取り上げる。だがじっと見つめた後、軽く頭を振ってワゴンへ戻し、雑貨屋へと向かう。
 食器や調理器具が飾られた棚は誠一の目線よりもだいぶ低い。通路も狭いように思えて無意識に肩を縮こませた。
 洗いにくそうだな、とウサギを模ったオイルボトルを取り上げる。
 厚みのある硝子の向こうに星のクッキー型から誠一を覗く椿姫と目が合い、同時に吹き出した。
「ニンジンに雪ダルマ……色々ありますね」
 トレイの上に椿姫は丁寧にクッキー型を並べていく。
「どれが可愛いと思います?」
 問われた誠一は眉を寄せた。正直なところ女性の言う『可愛い』はよくわからない。よって誠一は雪の結晶や雪ウサギなどこれからの季節に合いそうな型をいくつか選んだ。
「今度これで焼いたクッキーを持っていきますね」
「では俺は美味しいお茶の準備しておきますか」
 クッキーを焼くのが趣味だという椿姫の提案。誠一に断る理由はない。今までも差し入れだと、手作りクッキーを貰っているが誠一に合わせ甘さを控え目に焼かれたクッキーはとても美味しかった。
 二人はこうして時々お茶をする。場所は湖畔にある誠一の家や街外れのとある丘。特に素晴らしく夜景が美しい丘は、誰にも教えていない二人のお気に入りの場所であった。
 自然に囲まれた静かな場所で火の爆ぜる音を聞きながら、お茶を沸かし焼きたてのクッキーを食べる時間は何よりも贅沢な時間だ。
 店から出るとまた椿姫はぬいぐるみのワゴンの前で立ち止まる。誠一には椿姫とぬいぐるみのにらめっこが始まったように見えた。結果、負けたのは椿姫だ。
 愛嬌のある犬のぬいぐるみを抱き上げ見つめたかと思えば、次は梟、そしてあらいぐまと次から次へとぬいぐるみを手にする。その眼差しは声を掛けるのを躊躇うほどに真剣だ。
 暫くその様子を眺めていた誠一は梟のぬいぐるみを手に取った。そして梟の羽を使って椿姫の肩を突く。
「ごめんなさい、つい夢中に……」
「ホーホケキョ!」
 振り返った椿姫に、梟のぬいぐるみで顔を隠した誠一が鳴いた。普段の落ち着いた声音からは想像できない裏返った鼻声。
 椿姫の双眸がまるく開かれる。

 二人の間を流れる沈黙。吹き抜ける乾いた風。横を通る少女たちの軽やかな笑い声。

 一体どこからその声は出たのか、そもそもそれは梟の鳴き声ではなくて……。椿姫の頭の中を右に左に飛び交う様々な言葉。瞬きを繰返してからようやく口を開きかけた。だが……
「ふくろ……っは そんな……ふっ、あはは……っ」
 梟から顔を覗かせる誠一と視線が合った途端、笑いが弾ける。明るい笑い声に何事かと人が振り返った。
「ご……ごめっ  ん なっさ……っ!」
 ぎゅっと腕を抱き、笑うまいと頑張るほどに笑いがこみ上げてくる。耐え切れず椿姫は体をくの字に曲げた。
「まあ、楽しんで頂けたのならば……」
 コホンと咳払いをした誠一の顔は少しばかり赤い。暫く沈黙を守った誠一がなかなか笑いやまない椿姫が抱えたあらいぐまの頭に梟を乗せた。更に狼、犬と重ねていく。
 椿姫の腕の中に姿を現すぬいぐるみタワー。
「え、あの、神代さん…?!」
 戸惑う椿姫にタワーがぐらりと傾いた。
「わ、わ、わ!」
 落としてなるものか、と慌ててぬいぐるみを抱きしめる。
「で、結局どれをお持ち帰りするんですか?」
 落ちたらどうするんです、と軽く頬を膨らませる椿姫に誠一は梟の件など忘れたように余裕ある大人の笑顔でウサギのぬいぐるみを頭にぽんと乗せてきた。
「え……っと」
 椿姫はショーウィンドウに映る頭の上のうさぎを確認する。店に入る前に見ていたウサギだ。
「どれを、です……か?」
 犬、狼、梟、あらいぐまへと順繰りに向ける視線。全て見終えると今度はあらいぐまから順に視線を戻していく。
「んん……」
 小さく唸り眉間に皺を寄せた。暫くして「笑いませんか?」と椿姫が誠一に尋ねる。
「笑いませんよ」
 穏やかな微笑が返ってきた。
「……笑いませんか?」
 もう一度尋ねる。「笑いませんよ」と同じ答え。
「あの……本当に笑いませんか?」
「はい、もちろん」
 最後の確認をした後、椿姫はようやく決心し「…全部、です」と答えた。
「……ぜん、ぶ?」
 今度は誠一が目を丸くする番だった。椿姫はこくりと真面目な顔で頷く。
「……っ」
 誠一が背を向けた。彼の手のウサギのぬいぐるみ、肩からのぞく長い耳が小刻みに揺れている。いや、ぬいぐるみだけじゃない彼の背もふるふると震えていた。
 だから確認したのに、と唇を尖らせる椿姫。自分でもちょっと恥ずかしいかな、と思ってはいたのだ。
 確かに欲張り過ぎかもしれない、と一つ、いやせめて二つに絞ろうかともう一度ぬいぐるみを見る。
 手作りのそれは同じ種類でも皆表情が違う。その中から厳選した子たちだ。どの子も可愛いに決まっている。抱きしめた時の感触もなかなか……選べない。選べるはずがあろうか!
 考え込む椿姫の腕から誠一がぬいぐるみをいくつか取り上げた。
「半分は俺が払いますよ」
 タワー建設の責任者ですしね、と誠一が片目を瞑る。

 通りを歩いていると次第に人が増えてきた。先の広場で市が開催されている。広場中央の噴水から放射状に並ぶ沢山の露店。なんとなくお祭りっぽくて楽しそうだ。
 ヴァリオスで市は珍しいものではない。大小合わせれば毎日街のどこかしらで開かれている。扱っているものも食料品や日用品から少し怪しげな魔法の品まで様々。
 人の流れに乗るように二人は市に足を踏み入れた。
 とある店先で二人は足を止める。
「これは……」
「ボールペンですね」
 値段に顔を見合わせた。立派な木箱に鎮座するのは赤、黒、青の三色ボールペン。誠一達にとって何ら珍しいものではない。むしろ高校教諭であった誠一には慣れ親しんだものだ。それがどこぞの有名万年筆のような扱いである。
「尻ポケットに入れたまま座って割ったら後悔しそうです」
 誠一の感想に椿姫が頷く。
 このボールペンだけではなく漂流物か転移者から買ったのか、リアルブルー産の品物もみかけた。
 二人で露店をひやかしながら人を縫って進む。気付けば茶葉や干し果物など荷が増えていた。
「おや……」
 誠一はある果物を見つける。巨峰に良く似た葡萄だ。だが食べてみれば葡萄なのか、と問いたくなるほどに酸味が強い。そこに誠一が知っている葡萄の面影はない。
 店主が「食べてみるかい?」と皿に乗せたそれを差し出す。なんとも面白がっている様子。もちろん誠一もその意味はわかる。リアルブルー出身者は、初めてこれを食べた時大抵その酸っぱさに驚くのだ。かくいう自分もそうであった。
 礼を言って一粒受け取り椿姫を呼ぶ。
「はい、どうぞ」
 素直に開かれた口にぽいっと葡萄を放り込んだ。

「……すぅぅっ…………っっぱぃ!」
 もぐ、と一噛みした途端、背筋を駆け抜けていく酸味に椿姫は爪先から頭の先までぶるりと震わせ目を閉じ口を窄めた。じんわり口の中に唾液が広がる。葡萄のような見た目に騙された、と思った。
 ぬいぐるみの袋を握り締めたまま椿姫は微動だにしない。じんじんと疼く奥歯の歯茎。果実が喉を滑り落ちていく時にもう一度背筋を震わせる。
 当分葡萄をみたら自然と唾液が溢れそうだ、そんな酸っぱさだった。落ち着いてからゆっくりと目を開くと、妙に真剣な面持ちで口を真一文字に引き結んだ誠一がいた。
 眼鏡の奥で紫の瞳が笑みを湛えている。またもや笑いを堪えているのがわかった。
 これは騙まし討ちだ、と唇をへの字に曲げる。
「神代さん、知っていたんですよね?」
 口元を手で押さえる誠一の肩をぽす、と叩く。
「吃驚しました! 本当の本当に驚いたんですから。あんな酸っぱいなんて……。」
「俺もあれを始めて食べた時は酸っぱいのに驚いて……椿姫さんみた…ふっ」
 拳から逃れるように身を捩りながら笑いを堪えきれなくなった誠一は肩を震わせた。
 たいして力は込めていないが「もう、もう」と繰り返し叩く。
 ああそうだ、この人は真面目な顔をしてしれっと悪戯するのだった、と椿姫はいまだ笑いのおさまらない誠一を見て思い出す。
「いや、ごめんなさい。面白そうだったのでつい。あぁ、そうだこれを」
 別の皿の干し葡萄を摘んで「どうぞ」と。つい反射的に口を開く。しまった、と思ったときにはもう遅い。干し葡萄は椿姫の口の中へ。
「この葡萄は天日に干すと甘みが凝縮されるそうですよ」
 覚悟とは裏腹に口腔に広がる爽やかな酸味と甘み。
「……美味しいです」
「でしょう」
 微笑む誠一は少し得意そうに見えなんとなく悔しい。
 折角なので市で夕食を食べることにする。まもなく完全に日が沈む、ランプの灯りで市場全体が仄かに橙色に輝いて見えた。広場中央まで出ると二人は噴水の縁に座る。
「今日はありがとうございました」
 スープのカップを両手で包み椿姫は笑う。
「お役に立てたなら何よりです」
 俺も驚く椿姫さんをみれましたしね、と冗談めかす誠一。椿姫は仕返しとばかりに彼のホットサンドの箱からミートボールを奪い、ぱくりと一口。
「あぁ……」
 情けない声を上げた誠一に「ごちそそうさまでした」と椿姫は笑顔を向ける。これで葡萄の分も手打ちだ。
 流れる水の音に混じる人々の喧騒。自然の中が落ち着くし好きだ。
「楽しかったです」
「はい、とても……」
 だが街歩きもなかなか悪くないと、二人見上げた空には星が瞬き始めていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名       / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ka2086  / 神代 誠一     / 男  / 32   / 疾影士】
【ka1225  / 椿姫・T・ノーチェ / 女  / 28   / 疾影士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きありがとうございます。桐崎です。

お二人のお買い物風景いかがだったでしょうか?
なんとなくお二人とも、二人でいるとふとした瞬間にワイワイと童心にかえることがあるのではないだろうか、と思いました。
私事ではございますが、初めてFの世界を描かせて頂き大変楽しかったです。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
神代 誠一(ka2086)
副発注者(最大10名)
椿姫・T・ノーチェ(ka1225)
クリエイター:桐崎ふみお
商品:WTアナザーストーリーノベル(特別編)

納品日:2014/12/15 18:13