※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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笑う門には福来る
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郵便の配達員を見送り、椿姫は部屋へ戻った。
渡された郵便物の多くは新年を祝うカードや手紙。そのうちの一通、送り主を確かめて「あら……」と驚く。友人神代誠一からの手紙だった。内容は椿姫が送った新年の挨拶の返事。
律儀だが面倒くさがり屋でもある彼の事だから、気が乗ったとき、正月気分が抜けた頃にでも返事が来るだろうと思っていた。
それが街ではまだ新年の祭りが行われている時に来たのだ。
どうやら神代は返事を書くのが面倒だと感じないほどに上機嫌なようである。
どうして、と考えかけ理由はすぐに思い当たった。
「はぁ……」
額に手を当て溜息。酒を飲んでいるのだ。しかも相当量。
年末年始、ハンターは休業だと言っていた、ということはずっと一人部屋に篭もって酒を飲んでいるに違いない。
「こんなにもいい天気なのに……」
窓から見える空は新年に相応しい澄んだ青。
「確か……『ハツモウデ』とか言うのよね」
日本に暮らしていた頃、新年を祝う行事として連れて行ってもらったことを思い出した。
「よし、決めたわ」
神代を初詣に連れ出そうと。家に篭もってお酒ばかりじゃ身体に良いはずはない。
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カーテンの締め切られた部屋は何日換気をされていないのだろうか、酒精が強く漂っている。
「ん~……」
手にした冊子を睨みながら神代は鉛筆の尻で米神あたりを引っかいた。
「この列にはもう5があるから……」
神代がやっているのは『数独』と呼ばれる数字のパズルだ。縦横に並んだ桝に当てはまる数字を入れていくだけの単純なパズルなのだが奥が深い。
神代は数独を自作もするが、今取り組んでいるのはハンターギルドを通し同好の士から寄せられた問題をまとめた冊子だ。神代の作品も載っている。
「中々手ごわい……」
一口、酒を飲む。喉を降りていく強めの刺激。
テーブルの上に林立する空き瓶はまるで高層ビル群のようだ。その脇に申し訳程度の乾燥肉や干した果物。
気付けばこの休みのために方々から集めた酒も空瓶の方が多くなっている。
やり応えのあるパズルを肴に美味い酒を飲む、なんと幸福で満ち足りた時間か。深く息を吐き椅子に深く腰掛けた。
分厚いカーテンの隙間から差し込む光。何時の間にやら朝になっていたらしい。
カーテンの裾が幾重にもみえた。流石に目を使いすぎたか、と目頭を軽く揉んでいるところに「コン、コン」と軽やかなノック音。
「おはようございます」
「椿姫さんですか。少々お待ちください」
今行きますから、と立ち上がったところで扉が開く。冬の清々しい空気とともに「おめでとうございます」と椿姫が姿を見せた。
部屋に一歩入った椿姫が眉を寄せ小さく鼻を鳴らす。
「新年明けましておめでとうございます」
お決まりの挨拶を笑顔で言いつつ神代は椿姫の視線からテーブルを隠そうと横歩き。この酒瓶を見せては駄目だ。
「お元気そうでなによりです」
後ろ手に酒瓶を自分の背に隠していく。しかし指先が細く背の高い瓶の首にぶつかった。
音を立て転がる酒瓶。
咄嗟に思ったことは「空瓶で良かった」、酒飲みとは因果な生き物だ。
「やっぱり……」
大きな溜息を吐きつつ椿姫がカーテンを開ける。神代、陽射しから一歩足を引いた。
「や、その、ええと……日本では新年にお屠蘇という邪気を祓うお酒を……」
「神代さん」
名前を呼ばれ、反射的に「ごめんなさい」と謝罪。
「折角のいいお天気ですし、出かけましょう!」
「え? えぇ?!」
いやいやいや、と神代は顔の前で手を振る。
「まずは酒瓶の片付けから」
だが椿姫は取り合わない。
「……わかりました」
これ以上の抵抗は無駄だと神代は酒瓶を集め始めた。それに椿姫と出かけるのは嫌いではないのだ。
だが……。
徹夜明けの太陽はどうして黄色いのだろう。
「太陽が……太陽が眩しい……」
しばしばする目を手で守り神代は回れ右しかけた。
「外の空気を吸えば頭もすっきりします」
その後ろ襟を椿姫は掴む。
「日本には寝正月という言葉が……」
「お酒を飲んで徹夜してるのは『寝』正月ではないと思いますけど」
椿姫は日本に数年ほど暮らしていたことがある。その際『寝正月』だと、正月中家の中でごろごろしている人がいることも知った。
椿姫の故郷では正月は大事な人と過ごす大切な時だというのに、一人で寝てばかりとは不思議な風習だと首を傾げたものだ。
「まあ、そうなんですが……」
今ならモグラの気持ちがわかる、神代は目を細めた。
広場へ続く大きな通り。着飾った人が楽しそうに往来し、並ぶ屋台は呼び込み合戦を繰り広げる。
屋台で売られている多くのものは歩きながら食べることが可能な串焼きや飴細工、果物などが多い。そこに混じり普段みかけない物もあった。
「どこかで見掛けたような気がするのですが……」
美しい女性が描かれている長細い板。
「日本で見たような……」
椿姫の言葉に閃く神代。
「羽子板です!」
目の前のそれは持ち手がなく遊ぶには大分苦労しそうだが。
「このリースを作った人はきっと食いしん坊だったんじゃないかしら?」
椿姫が指差したリースは丸めた松にオレンジ、赤い干し葡萄や蟹の爪のようなものが飾られている。
「注連飾り……」
神代の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
広場の入り口を飾る朱色のゲートは鳥居のようだ。この辺りは日本から流れてきた人が多いのかもしれない。
ただ海外で見かける間違った日本っぽくもある。
「日本に来たみたい!」
嬉しそうにはしゃぐ椿姫に、まあそれもいいかと思うのであった。祭りは楽しいのが一番だ。
広場を巡っていると陽気な音楽が始まる。音楽に合わせあっちこっちと動く龍の人形に皆が集まり始めた。
「私、みたことあるわ。確か……えっと、シシ……って獅子?」
「俺には龍に見えます」
どこかで龍踊りが混じったのかもしれない。「龍が災いを食べてくれるんだ」と踊る男が教えてくれる。
広場を抜けて出た裏通りも結構な人出だった。
「運試しに一つ買いましょう!」
椿姫が指差す福袋。
「御神籤代わりにいいですね」
並んでいる福袋をじっと見つめ、それぞれこれぞと思うものを選ぶ。
そこで「人ごみでクタクタです」と神代が白旗を揚げた。「不摂生してるからですよ」と椿姫が肩を竦める。
休憩のため戻った自宅。神代は早速秘蔵の酒を棚から取り出す。
「喉渇きましたし酒でも飲みますか」
笑顔で差し出した酒瓶は椿姫に再び棚にしまわれてしまう。
「今日は飲みすぎです。喉が渇いたのでしたら私が紅茶を淹れましょう」
待っていてください、と椿姫がキッチンへ向かう。
しばらくして聞こえてくるのは湯を沸かす音に混じる調理の音。
神代も料理ができないわけではない。だが一人の時は面倒なのだ。結果、酒と簡単な酒の肴で食事を済ましてしまうことが多かった。椿姫はそんな食生活を心配して時々差し入れをしてくれる。
(心配をかけてしまったかな……)
出窓においた腕に顎を乗せ植木鉢に咲く小さな白い花を指で弾く。リーン、と響く鈴の音。
「鈴虫草?」
キッチンに立つ椿姫が振り返る。この花は鈴虫草といい、椿姫と一緒に依頼で採取したものだ。
部屋にふわりと漂う柔らかく深い紅茶の香りと食欲をそそる良い匂い。
簡単なものだけど、と並べられた食事は、寧ろ買い置きの乾物や保存食でどうやって作ったのかと思うほどに美味しそうである。
「身体に沁みます……」
美味しいです、とキノコのオムレツを頬張る神代。紅茶はもちろんの事、椿姫の料理はどれも自分の好みの味付けだ。料理の腕もさることながら常に相手の事を考えている、そんな気遣いが感じられる。
「流石にあれはどうかと……」
酒の肴ばかりじゃないですか、と買い置きの食料について指摘された。
「いやあ、まあ……」
誤魔化すように茶を一口、曖昧に笑う。
「来た時もお酒の匂いがすごかったですし」
話の雲行きが怪しい。神代は「福袋を開けませんか」と話題を変えた。
なにが出るかな~と口ずさみ袋を開ける神代を見守る椿姫。
「神代さんの運はどうでしょう?」
「良い物が出るように祈っていて下さい」
まずは携帯用の筆記用具セット。幸先良い。次は……ずしりと重く冷たい何か。
「……」
羊の置物だった。しかもリアル。おじいちゃんの家の玄関にありそうな立派な焼き物だった。
「こっちにも干支があるのでしょうか……?」
「そういえば新年のお祭りも少し日本ぽかったですし」
「これ……どうしましょう?」
そっとテーブルの脇に置いた。
袋の中には最後の一つ。だがそれは隠して「椿姫さんの番ですよ」と福袋を渡す。
袋を耳元で振った椿姫が笑みを零した。
「どうしました?」
「宝箱を目の前にした気持ちだなって。中はなんだろうってすごく楽しみです」
中々侮れないですし、と椿姫は羊の置物を指す。実はまだ侮れないものが袋に眠ることを椿姫は知らない。
「そっと、そっと……」
言葉とは反対に弾んだ声で繰り返しながらゆっくりと封をはがす。
1、2、3で袋の中を覗き込んだ椿姫が満面の笑みを神代に向けた。どうやら中々当たりだったらしい。
まるい梟のぬいぐるみが入ったティーカップ、色とりどりの飴の詰まった瓶、一つ取り出してはテーブルの上に並べていく。
福袋に夢中な椿姫に気付かれぬよう神代はそっと俯いた。
「最後のこれは、神代さんとお揃い……」
ふわふわの羊のぬいぐるみを取り出した椿姫が目を瞠る。
福袋の中に隠し持っていた立派な眉毛の鼻眼鏡をかけた神代が正面からまっすぐ椿姫を見つめていたのだ。
ジャーコ、ジャーコ、ゼンマイの音を響かせ上下に動く太い眉毛に真顔の神代。
沈黙。
ジャーコ、ジャーコ……
部屋に響くゼンマイの音。ぴょこぴょこ動く眉毛。……だというのに神代はいたって真面目な表情で椿姫を見ていた。しかも鼻眼鏡の下にいつもの眼鏡だ。鼻眼鏡オン眼鏡いや、眼鏡オン鼻眼鏡? あれ、どっち……いやもう……。
「……ぷっ」
耐え切れず噴出す椿姫、羊のぬいぐるみを抱き締め笑い出す。
「せめて、変な顔とかしてくだっ……ははっ」
続く言葉は笑い声にとって代わられた。ぱたぱたとテーブルの下で足が泳ぐ。
「どうされました、椿姫さん?」
何事もなかったかのようにすまし顔で、外した鼻眼鏡をたたんで少し気取った仕草で胸ポケットにしまう。
「ほら、また………わ、ったし……だめ!」
椿姫がテーブルに突っ伏す。
「あ~……もう、今年最初の大笑いです……っ」
目尻に浮いた涙を拭う椿姫はまだ完全に笑いが収まっていない。
「日本では笑う門には福来ると言いましてね」
偉そうにくるんとエア髭を撫で付ける仕草に椿姫が咄嗟に顔を逸らす。小刻みに震える肩。
「それにしても……」
『ひつじ』という点ではおそろいですが、と神代はぬいぐるみと置物を指差す。
いやひつじだけではない、と互いの福袋の中身を見比べて神代は大袈裟に肩を落とし溜息を吐いてみせた。
「日頃の行いの差ですかね……」
しみじみと浮かべる苦笑に椿姫がぴっと指を突きつける。
「きっと楽しかった、と笑って締めくくることのできる一年になるってことですよ」
「それは素敵な一年になりそうです。では椿姫さん……」
いそいそと鼻眼鏡を取り出すともう一度装着。
「本年も何卒よろしくお願い申し上げます」
真面目な顔でくいっと鼻眼鏡を上げる。ジャーコと眉毛。
「十分使いこなしてるじゃなっ……ふふ……ははっ!」
再び笑い出す椿姫。新年二度目の大笑いは中々収まらなかったという。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ka2086 / 神代 誠一 / 男 / 32 / 疾影士】
【ka1225 / 椿姫・T・ノーチェ / 女 / 28 / 疾影士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注頂きありがとうございます。桐崎です。
お二人で過ごすお正月は笑いが絶えなさそうです。
大人だからこそちょっとした悪戯で笑い合えるのは素敵な関係だなと思います。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
副発注者(最大10名)
- 椿姫・T・ノーチェ(ka1225)