※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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Precious Satin Evening
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歓楽街に夜の帳が下りて来る。
まだ少し肌寒いものの、春はもうすぐそこ。そんな浮ついた気分が通りに満ち、灯に照らされた人々の顔もいつも以上にのどかだ。
そんなある夜の事、イオ・アル・レサートは店に現れた男にとびきりの笑顔を向けた。
「こんばんは、オーナー。こんな時間に珍しいわね」
この一帯の店を仕切るオーナー、ブルノ・ロレンソは衝立の奥にしつらえた特別席に収まる。いかつい顔に似ず、グラスを傾ける所作は優雅ですらあった。
「イオ、お前次の休みはいつだ」
ブルノはイオの顔を見ると、何か思いついたように唐突にそう言った。
「お休み? ……何もなければ明後日はお休みだった筈ね」
「なら付き合え。バレンタインチョコの礼をしなくちゃならないからな」
イオはクスッと笑う。
「今思いついたのね」
いつだってそうだ。ブルノは特別な相手を作らない。それは雇い主としてのスタンスでもあるし、彼個人の主義でもある。誰かに干渉するのも、誰かに干渉されるのも嫌う男。ただ時々気紛れに、誰かと過ごしたいと思うこともあるらしい。
「不満か?」
僅かに目を細め、ブルノが笑う。
「とんでもない。喜んで!」
イオはそう言って、ウィンクして見せた。
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その当日。
椿姫・T・ノーチェは困ったように、友人の申し出に眉をひそめる。
「え? 今日の予定?」
イオは魅力的な、抗いがたい微笑みを向ける。
「そう。ツバキに予定がないなら、今夜付き合って欲しいところがあるの」
「特に何もないけど……」
「じゃ、決まりね! この前のクッキーのお礼よ」
椿姫は何処か腑に落ちない物をイオの表情に感じたが、そう言われると頷くしかない。
イオは、クリムゾンウェストに辿りついた椿姫がハンターとして初めて受けた依頼で同行して以来の友人だった。
元軍医で真面目が取り柄、いま一つ垢抜けない椿姫と正反対の、若さに似合わぬ妖艶さを漂わせるイオ。だが不思議と気が合い、時折彼女の店に花籠をプレゼントしに行ったりする程に親しくなっていた。
だから休みの日に誘われることは、当然嬉しいことなのだが……。
「何処へ行くの?」
椿姫の問いに、イオは笑いながら前を指さした。
「そこよ、ほら!」
落ちついた作りのカフェに入る。
「お待たせ、オーナー!」
「……あら」
イオが声をかけた相手が顔を上げる。確かイオの働いている店のオーナーだ。自分の店で働かないかと名刺を貰ったこともある。確か名前は……。
「確かツバキ、だったな」
ブルノが面白そうに目を細めた。
「今日はツバキも一緒にどうかしらと思って。ね、いいでしょ? オーナー」
イオがするりと隣の椅子に腰かけ、流し眼を送る。断る筈がない。視線にはそんな確信が籠っていた。
「ああ。……いや、駄目だ」
「え?」
イオが意外そうに目を見張る。ブルノは顰め面になり、椿姫の頭の先から足の先までを不躾な視線で眺めた。
「その服じゃ駄目だな」
その言葉に、椿姫はカッと顔が熱くなるのを感じた。
確かに優雅な紳士然としたブルノと、ひざ丈のミニドレス姿のイオは並んでいても違和感がない。
対して普段のジーパンよりは多少マシな服装とはいえ、ラフなパンツスタイルの椿姫は、言葉通りの意味で別の世界の住人だった。
「あの、私、失礼します……!」
そう言って踵を返そうとする椿姫の腕を、不意にブルノの大きな手が掴んだ。
「良いから来い」
「?????」
椿姫は渋面のブルノと、笑いを堪えているイオを見比べて、目を白黒させていた。
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そのまま連れてこられたのは、高級ブティックだった。
厳かで豪華な店内に圧倒されるまま、気がつけば椿姫はブルノが選んだドレスと一緒に、試着室に放り込まれていたのだ。
「もう、何が何だか……」
訳が分からないままに、光沢のあるイブニングドレスを手に取る。とても美しい。だが椿姫には、もうどうやって着るのかすらわからない代物だった。
「袖どこ……どっちが前なの……!!」
綺麗なドレスに心は躍るが、自分が着るとなると話は別だ。
四苦八苦しながらどうにか袖を通した椿姫は、姿見の前で茫然とすることになる。
「え? 何これ……」
自分の着方が間違っているのかと疑う程に、挑発的なデザインのドレスだったのだ。
一方のイオは、新しいドレスを纏ってご満悦だ。
「どう? 似合うかしら!」
「当たり前だろうが」
ブルノはフン、と鼻を鳴らす。
自分の見立てたドレスが似合わない筈がないだろう。そう目が言っている。
だがイオはぷっと頬を膨らませた。
「あら。ちゃんと見て頂戴よ。ドレスだけが吊ってあるよりも、私が着た方がずっと素敵でしょ?」
イオがくるりと回って見せる。
ホルターネックのサーモンピンクのサテンが豊かな胸を覆い、何とも艶やかで悩ましい陰影を形作っている。細い腰から程良く張った腿のラインをドレープが包み、裾に向かって広がるマーメイドラインは、イオが歩くたびに優雅に翻った。
たっぷりとその姿を鑑賞し、ブルノは満足げに微笑む。
「ああ。良く似合ってる」
そうでしょうとも! と言わんばかりに、イオがツンと顎を上げる。そこでふと、椿姫がまだ出てこないことに気付いた。
「あら? ツバキはどうしたのかしら。ちょっと見て来るわね」
イオが椿姫の入った部屋に囁きかける。
「ツバキ? どうしたの?」
「イオさん……」
扉が細く開き、椿姫の涙目が覗いた。
「これ、私、着方がわからない……」
「え? ちょっと入るわよ」
イオが部屋に入ると、椿姫はちゃんとドレスを身につけている。
「ちゃんと着れているじゃない」
「でも……あ、足があの、出すぎていて……!」
椿姫は真っ赤になりながら、ドレスの裾を手で押さえていた。
イオはその姿に思わず噴き出す。
「そういうドレスなのよ。良く似合ってるわ、流石オーナーは見る目があるわね」
「え……?」
椿姫の肌や髪の色によく合う、深みのあるローズ色のシンプルなドレスだ。
大きく開いたスリットはすらりとした椿姫が纏うといやらしさは無く、却って凛とした美しさを感じさせる。
イオはあちこちを少し引っ張って形を整えると、椿姫の肩を軽く叩いて気合を入れた。
「うん、綺麗。ほら、胸を張って。今日はツバキに楽しんで欲しいの」
そして椿姫が慣れるまではと、さりげなくスリットの開いた方に回り、腕を組む。
並んで出て来た2人に、ブルノはまた眼を細める。
「それでいい。だがイオ、あんまりくっつくな」
「あら、どうして?」
ブルノが椿姫の裾を指さす。
「綺麗なものは見せねぇと意味がないだろ? さ、行くぞ」
またもや顔を赤くする椿姫だったが、突然大事なことを思い出して今度は青くなる。
「あのっ……こんなドレス、私、手持ちが……」
値札などという無粋な物は付いていない。それが却って恐ろしい。
「ああ」
ブルノは詰まらないことを言うなとばかりに、めんどくさそうに片手を振った。
「気にするもんじゃねえよ」
「えっ??」
イオが助け船を出すように、明るい声で言った。
「ふふ、新しいドレス一式。約束だったものね。どうもありがとう、オーナー!」
「え? え?」
「あの人はこういうところ、気前がいいの。甘えておくといいわ」
まだ目を白黒させている椿姫の背中を押すようにして、イオは店を出た。
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そこから馬車で連れて行かれたのは、郊外にある静かなレストラン。
見るからに高級そうな作りの扉をドアマンが恭しく開く。
「さ、これも経験よ」
「え、ちょっと、イオさん!!」
背中を押された椿姫が僅かによろけ、思わずブルノの腕に縋りつく。
「こういう場所では堂々としているんだ。大丈夫だ、俺の目に狂いは無い。お前はちゃんとレディに見える」
低く落ちついた声が間近で聞こえる。椿姫の頭の中はぐるぐるになっていた。気がつけばブルノの腕が自分の腰に回っているではないか。
「あら、オーナー。手は出しちゃダメよ?」
からかう様な口調で、けれど半ば真面目にイオは釘を刺す。
ブルノが本気になる筈は無いと知っていても、椿姫が望まないようなことは避けたい。
「俺がそんなことをすると思うか?」
「一応、ね」
小さく鼻を鳴らし、ブルノが椿姫をエスコートして店内に入っていった。
案内された席は、間仕切りで絶妙に他者の視線を遮った窓際だった。
窓ガラスにテーブルの蝋燭が映り込んで揺れている。柔らかな音楽が流れ、音もなく行きかう給仕たちは影のように静かだ。
「こういう店は初めてか?」
ブルノに問われ、椿姫は素直に頷く。
「はい、すみません」
どうしてもブルノに対しては口調が固くなるのだ。
椿姫は目の前に皿が置かれる度に背筋を伸ばした。
隣の席で、イオが小さく笑う。
「緊張しているツバキも可愛いけど、そんなに気にしないで。美味しい食事を楽しめばいいのよ」
小声で囁くイオに、椿姫が頷く。
そんな2人を、ワイングラス越しにブルノが見ていた。
(勿体ないが、この性格ではうちの店には合わないな)
イオは別格としても、一応の客あしらいができなければやっていけない世界だ。
「しかしお前達が仲がいいというのも面白いな」
ブルノがそう言うと、突然椿姫が目を輝かせる。
「イオさんにはとても良くして頂いてるんです。私の知らないことを色々教えてくれて。私がハンターになって、初めてのお友達なんです」
初めてのお友達。
その言葉にイオが僅かに顔をそむけたのを、ブルノは見逃さなかった。
嫌がっている訳ではない。不快に思っているわけでもない。
(こいつがこんな表情をするのも珍しいな)
イオは形の良い唇を僅かに突き出し、恥ずかしそうに視線を逸らしていたのだ。
イオの仕事は、歓楽街に一夜の恋の花を咲かせること。
そんな素性を知っても、椿姫は全く変わることなく笑顔を向けてくれる。
だからと言って椿姫が望むのでなければ、自分のような裏通りの花として咲くことに引きこむつもりは無い。
ただ自分達の世界にも、綺麗な物があるのだと知ってほしかったのだ。
それが宝石ではなく、ガラスのまがい物だとしても……。
料理はどれも素晴らしく、ワインも極上。
椿姫の表情もいつしか和んでいた。
ブルノは大きな身体を屈め、その顔を覗き込むようにして囁いた。
「うちで働きたくなったらいつでも来い。お前なら歓迎する」
「え?」
眼をぱちぱちさせる椿姫。
「それぐらいツバキが綺麗だって、この人なりの褒め言葉なのよ」
「え? え?」
イオの説明にも、椿姫は動揺するばかりだった。
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結局、現実のこととは思えない時間はあっという間に過ぎていった。
夢ではない証拠に、椿姫の部屋には煌めくローズサテンのドレスが揺れている。
「イオさんはああ言ってたけど……本当にいいのかしら」
ドレスは触れると、とろけるように柔らかな肌触り。
そこでふと、裾をめくる。
さりげなく縫い目から覗くタグに目を走らせ、椿姫は軽い眩暈を感じた。
「これ、このドレス……!!」
耳にした事はあるが縁のない高級ブランドの名前に、椿姫は頭を抱えるしかなかった。
後日、涙目でそのことを相談してきた椿姫の様子をイオから聞いて、ブルノが大いに満足したのは言うまでもない。
彼にとっては、丁度いい暇潰しに見合う出資に過ぎないのだ。
「そのうちにまた誘ってみるのも面白いかもな」
そんな彼の気紛れが実現する日がいつになるかは、誰にも分からない。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1225 / 椿姫・T・ノーチェ / 女 / 28 / 今夜の肴】
【ka0392 / イオ・アル・レサート / 女 / 19 / 夜に咲く花】
【ka1124 / ブルノ・ロレンソ / 男 / 55 / 『魅惑の微笑み通り』オーナー】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、『初心な娘さんをどうにかする日』のエピソードのお届けです。語弊がある? いやそんなことは無いと思いますが。
今回もドレスは楽しく勝手に捏造しました。お気に召しましたら幸いです。
ご依頼、誠に有難うございました!