※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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手袋と嘘とチョコレート
「リアルブルーの話が聞きたい?」
ざくろがアメルに呼び出された理由がそれであった。ボルコンスの屋敷から出発して、ざくろたちは街をぶらぶら歩きながら話している。
「はい。リアルブルーの月が転移して以来、あちらの人間が増えたでしょう? ですから、私もあまり無知ではいられない、と思いまして。ざくろさんは、リアルブルーの方ですし、話を聴きたいなって。……良いですよね?」
最後、不安になったのかアメルは上目遣いでざくろに聞いた。
「もちろん、ざくろにできることなら協力するよ」
ざくろの快諾に、アメルは胸をなでおろした。
「私、リアルブルーの行事……などが知りたいですわ」
「行事? 文化祭、とかかな」
「ぶんかさい?」
「国の行事、というか、学校の行事なんだけどね」
ざくろは説明しはじめたが、アメルはぴんときていないらしい。
「学校、と言うのは士官学校のようなものでしょうか?」
「もうちょっと、ゆるいものだよ。同じくらいの年齢の人たちが学年に振り分けられて通うんだ」
「同じ年齢の、全員が、ですか?」
「高校とか大学は義務教育じゃないから、全員ではないんだけれど……」
「ぎむきょういく?」
ここで、さらにアメルにはよくわからない単語が出てきた。
「国が決めたことでね。必ず受けなくちゃいけない教育課程があるんだよ」
「必ず受けられるんですの?」
クリムゾンウェストの、例えば帝国の都市部は豊かだが、田舎に行けば上下水道は整備されていないし、子供も働かなくてはいけないので、教育を受ける暇がない。識字率も当然低い。そして、字が読めなくても生きていけるのだ。
「なんだか、すごいところですわね」
「ざくろがいた日本っていう国はそうなんだよ」
「にほん……」
アメルはざくろの言葉を繰り返して呟いた。
「学校ではね年1回、お祭りみたいなことをしたりするんだ。それが文化祭」
ところで、ざくろが行事と聞いて文化祭を思い出したのは、ざくろが文化祭の罰ゲーム中にクリムゾンウェストに転移したからだろう。
「お祭りを、自分たちで取り仕切るのですか?」
「うん。先生たちがやる部分もあるけど、基本的に生徒が中心になって実行するんだよ。……アメルは学校に行ったことはある?」
「私は家庭教師がいましたから、そういった場所には行ったことはありませんね」
優秀な家庭教師をつけることがボルコンス家には可能だったし、アメルは病弱で、よく寝込んでいたので、学校に通うこと自体が難しかったのだ。
「あとは……、」
ざくろはふと立ち止まった。
正面から腕を組んだ恋人たちが歩いて来る。
「……そういえば、今日はバレンタインだね」
「ばばっ、バレンタイン!? ふふふ、不思議な名前ですね!? 一体どんな行事なのかしら!?」
ざくろは思い出したといった風に何気なく言ったのであるが、アメルはその単語に異様な反応をして見せた。
「アメル……どうかした?」
「どうともしていませんわ! ただ、あんまりにも、バレンタインというのが不思議な名前でしたから驚いてしまったのですよ!?」
アメルはあからさまに動揺している。
「もしかして、体の調子、良くないの? 思えばちょっと……」
「そんなことありません、昨日だってちゃんと寝ています!!」
アメルは両手を振ってジェスチャーも交えて否定した。
その動作を見て、ざくろはどうしてアメルが、いつもと違う、ぶかぶかな手袋を使っているのだろう、と思った。
「えっと、バレンタイン、についてだよね」
「そ、そうですわ!」
「行事ってほど由緒正しいものではないんだけど……」
アメルは箱入り娘だし、バレンタインを知らないこともあるかな、と思って、ざくろは説明をはじめる。
「基本的に女の子が好きな人にチョコレートを贈る日なんだ。でも、今ではお世話になった人に感謝を伝えるために、チョコを贈ったり、友達同士で交換したりする日なんだよ。素敵な日だと、ざくろは思うな」
「そうなんですの……ということは、ざくろさんにお世話になっている私だって、感謝の気持ちを込めてチョコレートを贈っても良いのですね。そうですよね……とか考えていたら、ちょうど良いところにチョコレートのお店がー!!」
アメルが大げさな動作で、高級そうなチョコレート専門店を指差す。
「ざくろさん、良い機会ですから、あそこでチョコレートを買って差し上げます!」
アメルが店に行こうと方向転換をした時に、石畳の溝にヒールがはまったのかでうっかり躓いた。
傾くアメルの体をざくろが引き上げようと手を伸ばすが、掴んだのはアメルのはめている手袋で、それがぶかぶかだったために、手袋だけすっぽり抜けてしまった。さらに、ざくろは体を回転させ滑り込ませるようにアメルを後ろから抱きしめるように受け止める。
「アメル、大丈夫?」
「ぁ……、はい、大丈夫です……」
その、手袋のとれた左手に包帯がぐるぐる巻かれているのを、ざくろは発見した。
「アメル、その傷どうしたの……!?」
「こ、これはその……」
アメルは恥ずかしそうに左手を隠した。
「ちょっと、転んで……」
アメルがちらりとざくろの方を見ると、ざくろが本気で心配しているのがわかった。だから、アメルは嘘をつくのをやめた。
「……ざくろさん。私、バレンタインのこと、ちゃんと知っていたんです」
「え、そうなの……?」
「チョコを贈ることも、その意味も知っていて……。私もざくろさんに自分でつくったチョコレートを贈りたかったんです。だから、頑張って、お料理したんですけど、難しくて、怪我しちゃって……、深夜までチョコをつくっていて、でも全然、綺麗にできなくて……!」
アメルは悔しそうに言う。加えて、アメルはお嬢様育ちなので舌が肥えているために、余計に自分の料理の下手さが理解できてしまったのだ。
「ざくろさんは優しいから、私のつくったチョコレートがどんなに見た目や味が悪くても受け取ってくれるでしょう。でも、私はざくろさんに喜んで……笑って欲しかった。でも、それは不味い私のチョコレートでは無理なんです。だから嘘をついて、バレンタインを知らないふりをして、このお店の前まで誘導したんです。美味しいチョコレートなら、あなたを喜ばせることができるはずだから」
ざくろは、アメルの今日の不審な態度を理解した。ぶかぶかの手袋をはめていたのも、包帯の厚みで愛用しているほっそりした手袋が使えなかったためだろう。
「アメルがつくったチョコレートって、まだ残ってる? ざくろ、それが食べたいな」
「でもでも、味も見た目も不細工ですのよ!?」
「アメルがざくろのためにつくってくれたんだよね? だったら、ざくろ、それがいいな。アメルの気持ち、知ってるから。きっと、バレンタインで一番大事なのって、相手のために何かしたいっていう気持ちなんじゃないかな」
ざくろは可憐に笑う。
「ほら、ざくろ、笑えたよ? アメルから、チョコレートより、もっともっと大切なものをもらったから……すごく嬉しいよ」
それを見て、アメルは顔を赤らめて睫毛を伏せる。
「そ、そういうなら、食べさせてあげないことも、ない……ですけど?」
「じゃあ、お屋敷に戻ろうか」
ざくろはアメルの傷だらけの左手を優しく握る。
「その傷は隠すようなものじゃないよ。ざくろでよかったら、その手を温めたいなって……、いいかな?」
「……構いませんことよ」
手を繋いで、2人は元来た道を戻る。
同じ道なのに、違って見える風景の中を歩いていく。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1250 / 時音 ざくろ / 男性 / 18 / 機導師】
【ゲストNPC / アメル・ボルコンス / 女性 / 16 / 捻くれお嬢様】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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嘘にラッピングされた、ほんとう