※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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野良犬がいい子になるそうです
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ぺたり。
見るからに毒々しい色の薬は、キール・スケルツォの腕から脳天に電流を走らせた。
普段は隠している犬耳が、一瞬飛び出たほどの痛みだった。
「――ッ、ジジイ、わざとか!? 痛ェッつってんだろ!!」
照れ隠しも相まって、わざと険悪に歯を剥き出して吠えかかる。
だが伸ばした腕は、あまり動かない。
普通なら思い切り振りほどいて、相手の顔に拳で一発、ついでに腹にも肘で一発ぐらいくれてやるところなのだが。
「傷の手当ての間ぐらい、大人しくしないか」
オスワルド・フレサンが薬を手に溜息をついた。
いつも通り服もボロボロの姿で早朝の玄関先に転がっていたのを家に上げ、どうにか服を脱がせて、全身の傷の手当てを始めたところだ。
「全く、まるで傷のコレクションみたいだ」
オスワルドは思わず苦笑いする。
切り傷、打撲は言うに及ばず、噛み傷に引っかき傷まで。
下町のごろつき同士の喧嘩とはいえ、ここまでやり合う奴は少ない。下手に怪我をすれば、その日の稼ぎに困ることだってあるからだ。
だがキールは別だった。
とにかく、いつも何かに苛立っている。
相手の力量も人数も考えず、気に入らなければ喧嘩をふっかける。
自他共に認める『野良犬』というあだ名すら、本当の野良犬だったらもう少しうまく立ち回りそうに思えるほどだ。
「ほらできた。よく我慢したな、偉い偉い」
オスワルドは大きな傷に包帯を巻き終え、軽く叩いてやる。緑の隻眼には優しい光が宿っていた。
「……こんな傷、舐めときゃ治るって言ってんだろ!」
ようやく腕を振りほどき、キールがそっぽを向く。
この穏やかな眼差しの前ではどうにも調子が狂うのだ。
「そうしていつもいい子にしていれば、怪我もしないですむのだがな」
聞いているとホッとするような、不思議な声の響き。
借りたシャツを身につけながら、キールは顔をしかめる。
「ジジイ、ボケてんのか。朝っぱらから寝言言いやがって」
「お前が朝早く起こすから、寝足りないんだろう」
とぼけた調子でさらりと受け流すオスワルド。
つまりキールが幾ら吠えかかっても、彼だけは思う反応を返してくれないのだ。
「へえ。じゃあこうしよう」
キールは僅かに目を細めた。
「今日一日、ジジイのところで「いい子」で「お手伝い」するって賭けはどうだ?」
一瞬目を見張り、それからオスワルドは笑いを堪えるような表情になった。
「構わんよ。お前がいい子にできるなら、なんだって言う事を聞いてやるさ」
「よし、決まった。俺が勝ったらなんでも言う事を聞いてもらうぞ! 忘れるなよ、オスワルド」
何事か企んでるのを全く隠せていない表情で、キールがニヤリと笑った。
こうして「いい子の一日」が始まったのである。
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まずはオスワルドをベッドに追い返す。
確かにまだ朝日は弱々しく、いつもならもう少し眠っている時間だ。
そしてキールはキッチンに立った。
「さてまずは、朝メシの支度か」
卵、ソーセージ、芋、固焼きパン、その他諸々。
オスワルド自身が用意していた食材を点検し、キールは包丁を取り上げる。
一方で、オスワルド。ベッドに居ても眠れる筈もなく。
キッチンの気配に耳をそばだて、ずっとハラハラし通しであった。
(今の音は……指を切っていないのか? この匂い……おい、何か焦げていないか?)
だが、キールがキッチンで悪戦苦闘している姿を想像するのも面白い。
少なくとも、運が悪ければ命を落とすようなストリートファイトよりは、余程安心していられるではないか。
かなりの時間がかかって、ようやく声がかかった。
「オスワルド、できたぜ」
ゆっくりとキッチンに入ると、キールお手製の朝食……と思われるものが用意されている。
「なかなかの力作だな」
「そうだろう」
一緒に席につき、フォークを取り上げる。
目玉焼きは目玉が流れてスクランブルエッグのようになっているし、パンはスライスに失敗して謎の斜め切りに。
ソーセージは焦げて真っ黒、芋は途中で皮むきに飽きたのか、半分ぐらいが皮つきのままだ。
だがそれを前にキールは澄ました顔。
(どうだジジイ、俺の「いい子」なんて面倒なだけだろう?)
内心、オスワルドの様子を伺いながらワクワクしているのだ。
だが。
「……」
流石のキールも生焼けの芋には閉口した。
というのに、オスワルドは綺麗に平らげるではないか。
「ひとりで良く頑張ったな」
キールはちらりとその顔を見上げる。
悪意の欠片も見えないオスワルドの笑顔に、すぐに視線を下に向けてしまった。
「よし、では片付けは一緒にやろうか」
「……しょうがないな」
渋々という風情で、先に立ったオスワルドの後に続く。
キッチンはオスワルドが想像した通り……いや、想像したよりかなり酷い有様だった。
フライパンやお皿が散乱し、野菜屑もそのままである。
だがオスワルドは嫌な顔一つせず皿を洗い始める。
「ああキール、そこの戸棚に入っているクロスでこれを拭いてくれるか」
「……これか?」
オスワルドが洗った皿を受け取り、キールが拭き上げる。
黙々と作業を続けるその時間、意外なことにキールはまったく退屈しなかった。それどころか少し楽しくなってきたぐらいだ。
しかし、それが悪い方に作用した。
「おいジジイ、これで終わり……あっ!」
ガッチャーン!
キールの手から滑り落ちた皿が一枚、床に落ちて粉々に。
「怪我はないか!」
オスワルドは割れた皿を放置してキールの足元に屈みこんだ。
「いや、なにも……ってか、他の傷に比べりゃどうってことねえだろうが」
「それなら良かった」
顔をあげたオスワルドは本当に安堵した様子だった。
「ここはいいから、こっちを頼めるか」
バケツと小さな水差しを手渡され、キールは窓際や部屋の中に置かれた植木の水やりを任されることになった。
太陽はもう随分と高くなっていた。
キールはいつもなら頭が痛いと悪態をつく日差しを浴び、いつもなら意味もなく苛立って蹴飛ばす植木鉢に水を注ぐ。
(調子狂うじゃねえかよ)
今の状況に、オスワルドの態度に、そして何より自分自身の体たらくに。
舌打ちしつつも、キールは案外丁寧に水やりを終えた。
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それから、床拭きを手伝うと言っては辺りを水浸しにしたり。
本棚にはたきをかけると言っては本をひっくり返したり。
キールの「お手伝い」は散々な物だったが、オスワルドの微笑みは変わらなかった。
「お前は本当はできる子だからな」
夕飯の支度を手伝いながら、キールはずっと黙りこくっていた。
確かに今日の「お手伝い」は慣れない作業ばかりだった。
だが、そもそもキールは「わざと下手くそに」やらかした。
そうしていつも「いい子にしていたら」と窘めてくるオスワルドを困らせて、見返したかったのである。
怒られると思った。
そして馬鹿にされると思った。
――これまで全ての他人が、自分に対してそうしたように。
怒られる瞬間を待つのは居心地が悪い。
ではどうするか?
――さっさと怒られてしまうのだ。
手っ取り早く失望して、手っ取り早く叩き出してくれたらそれですっきりする。
どうせ最後はそうなるに決まっているのだから――!
「ジジイ、できたぜ」
どうにか皮をむき終えた野菜の入ったボウルを突き出すと、オスワルドは楽しそうに笑っていた。
「ほう、上手くなったじゃないか」
夕飯の片付けを終えると、オスワルドが手招きした。
「もう一度傷を消毒しておこう」
キールはあからさまに不機嫌になる。
「いらねえ。放っときゃ治る」
「……痛いのが嫌なのか?」
「な……! 馬鹿にしてんじゃねえぞ、このジジイ!!」
なんだかんだで結局は、オスワルドの言いなりになってしまうのだ。
「今日は一日、いい子にしていたな。そうしていれば怪我もしないのだろうが」
傷薬を塗りながら、オスワルドは静かな声で語りかける。
「尤も喧嘩だって、弱い者いじめでなければ悪いことじゃあない。お前は逆に、弱い相手には何もしないだろう?」
キールは何かを言いたかった。だが何も言葉が出て来なかった。
ぐるぐる回る頭の中からようやく出てきた言葉は。
「おいオスワルド。なんでも俺の言う事聞くって約束だったよな」
「ああ。勿論、約束は守るよ」
キールは唸るように吐き出す。
「なら今日はお前の快適な寝床を奪い取ってやることにする。いいな?」
その言葉の意味を、オスワルドは暫く考えた。
「何だ、つまり一緒に寝たいのか?」
「ばっ……馬鹿野郎! 俺がお前の寝床を使うんだよ! でもお前が寝る場所がないなら、一緒に入れてやるってことだ……!」
大きな掌が、キールの頭に優しく置かれた。
「いいよ、今日一日、頑張っていい子にしてたしな。おいで、キール」
「おい、俺の話を聞けって……!」
こうして野良犬は、一夜の寝床を手に入れたのだ。
寝床の持ち主にとっては手のかかる野良犬だ。
それでも。いや、だからこそ。
懐いてきたときには、思い切り甘やかしてやりたいのかもしれない。
だが果たして、野良犬が何日大人しくしていられるのやら。
――それは当人にも分からないことである。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1798 / キール・スケルツォ / 男 / 37 / 人間(RB) / 疾影士】
【ka1295 / オスワルド・フレサン / 男 / 56 / 人間(CW) / 猟撃士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました。珍しく(?)穏やかに(?)過ぎた一日の出来事になります。
ご依頼のイメージから大きく逸れていなければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
副発注者(最大10名)
- オスワルド・フレサン(ka1295)