※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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●Red Blood
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それまで、金が必要だ、と思ったことはなかった。
金よりも、もっと大事なものがあると思っていた。
矜持や倫理、仁義があれば、世は事足りると思っていた。
「……無理だ」
返答は重く、少年の道を閉ざすには十分だった。泣き寝入りすらも許されない途絶。
彼にとってあまりに大きな変節は――落胆というには軽く、絶望というには余りに口惜しい感傷と共に訪れたのだった。
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見慣れぬ“モノ”を見かけて、つい、追いかけてしまった。ボロ布を身にまとった、ヒト。
少年は、追いかけてしまったのだ。それが何か特別なものに思えて――それが、間違いだったとは、“今”になっても、思わない。
「『俺様』はなぁ、坊主」
「坊主っていうんじゃねぇ」
「ケツの青いガキがンなこといってんじゃねぇ、“坊主”」
暗い路地には似合わぬ、いやに明るい声が響いていた。一つは、中年のものだ。酒や煙草に焼けた声は潰れ、枯れているが、朗々たる声の響きは力強い。ボサボサの黒髪や、着古した衣服は汚れており、お世辞にも見栄えは良いとはいえない。
対して、残るもう一つは幼い。変声期を迎えてすぐの、少し鼻にかかった柔らかい声。
中年は演技の気配を漂わせているが、対する少年――金髪に碧眼の上品な顔立ちには、怯えの色が見える。顔つきには品があり、身なりはこの界隈に於いては明らかに浮いているのに、その事に少年自身が思い至っていないことが、彼を徹底的にこの路地から孤立させていた。
中年は、錆びたナイフを少年の小さな喉元に突きつけて、臭い息を吐きつけた。
「坊主、お前は阿呆だ。こんな所にノコノコやってきて、挙句の果てに俺様についてきた」
「……俺を、どうすんだよ」
「どうするも何も」
震えを押し隠した少年が何とかそう返すと、中年は大仰に片眉を釣り上げ――。
「どうされると思う?」
ニヒヒ、と笑った。笑い、周囲に目を向ける。その視線を辿って、少年は目を見張った。全く気づかなかったが、いつの間にやら囲まれていたらしい。少年と同じくらいの年の頃の子供もいれば、中年や老人――さらには、少年の目には些か以上に扇情的というか、直視なんてとてもじゃない妙齢の女性達の姿まで。
「ばっ、隠せよ! 見えんだろ! その……あれがよ!」
「あらあら、この子照れてんの?」
「てめェ一丁前に色目使いやがって!」
「ずわっ!?」
黒髪の、豊かな胸の女に気を取られている間に、中年は身を屈めて視線を合わせていた。驚嘆するジャックの様子をじっと眺めた後、男は、
「帰ェンな、ボンボン」
腹に、一発。
その日、少年――ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は暴力の怖さを身に染みて理解した。
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そこが、この都市における貧民街なのだと、後に解った。幼いジャックは、今度は服装を変えた後、再びそこを訪ねた。
何故か。そこが知らない世界だったからだ。彼にとっては信じがたい法則で構成された世界だったからだ。
「……てめェ、あん時のガキか」
「ガキじゃねぇ!」
どこからともなく降った声に、ジャックは目を細め睨みつけるように応じた。
呆れ顔になった男は、小さく噎せ込んだ。乾いた咳が、長く響く。「あー」喉の調子を整えつつ、
「何しに来たんだよ……ったく、下手したら死ぬぞ」
「俺は……!」
「はー、もーいい、黙れ黙れ知りたくねぇ」
そこで、中年は立ち上がった。少年に背を向け、「ついてこい」と言い残して、路地の奥へと進んでいった。
「此処は見ての通りの貧民街だ。此処には何もねぇ。あるのは表に出せねえモノばかり。金、女、クスリ、果ては妖魔の類までなんでもござれだ。品はねぇし、質もよくねぇがな」
「ねえ、遊んでかない?」
講釈する中年が手を広げながら鷹揚に語る。少年が周囲を見渡しながら感心するように聞いていると、さらに、女の声。
「金はねえ」「アンタじゃないよ、そっちの坊やに聞いてんのさ」
「……おいおい、ガキだぜ?」「金、もってそうじゃん。それにアタシゃこの子くらいの時には」「あーはいはい、ンじゃな」
――なんだ、こりゃ。
噎せ返るほどの酒やタバコ、糞尿のニオイ。女たちは一人残らず扇情的な格好をしている事に、ジャックは魂消ていた。こんな世界が、あったなんて。
くるり、と中年が振り返った。
「どうだ?」
「どう、って……」
「帰りたくなったか?」
「いや」
その問いには、すぐに答えが引き出された。
「……そうでもねえ」
「そーかい」
中年は盛大に嘆息した後、偉いもん拾っちまったぜ、と、ジャックに聞こえるように独り言を零した。
その日は一通り見て回り、案内を受け、暗くなる時分に路地裏から帰された。
今度は、殴られなかった。
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それからジャックは、何度となくそこへと足を運んだ。
中年はその度に現れてジャックを見張ったり、放置したり、と気ままに過ごしていた。だから、というわけではないが、ジャックがこの“街”で最も話したのはその中年だ。
中年は、様々な事を教えてくれた。
「俺様ぁ元々騎士の家系でな。だが、出来が悪くて傭兵になって――」
「また始まったよ。坊主、こんな与太話信じるんじゃないよ」
「べ、別に信じてるなんて言ってねえだろ!?」
怪しい来歴はともかくとして、中年は善人だった。そして、この街の住人の事に明るかった。女を指差しては、あいつは元々貴族のコレでな、であるだという身の上話から、『この街が何故許されているのか』などに渡った。後者はどう見ても堅気じゃない人間だって出入りしているのを、これまで何度も見てきていたジャックの問いへの回答である。
何故、と問うたジャックに、その拳で少年の胸を小突き、咳混じりでこう言った。
「そりゃ、お偉方にとっても都合がいい。オキレイな街“ナカ”でこそこそされるよりゃ、“ソト”で堂々とされる方が収まりもいい」
「……んだよ、そりゃ」
一つの都市には違いはないのに、と、ジャックの中での思想と知識が反駁した。更には。
「じゃあ、なんで此処はこのまま放置されてんだよ」
治安の意味でも。環境の意味でも。言葉には、不満の色が滲んでいる事に――果たして、ジャック自身は気づいているのか。その回答に中年は呆けていたが、暫しの後に、笑みを浮かべ、少年の背を叩いた。
「それだけの価値もねえってことさ」
「……なんだよ、そりゃ。ってーか痛えよ!」
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友人だった。年は離れていたけれど、ジャックに別な世界を見せ、教えてくれた――“ダチ”だった。
その日。ジャックが貧民街を訪れた時、中年は現れなかった。
「……?」
隠れているのか、と思い見回してみても、気配すらない。不憫そうにこちらを見ている女と、目があった。
「なあ、あいつは?」
「……」
ゆっくりと煙草を吐き出した女は、寒そうに上着の胸元を閉めて、首を降った。
「もう此処には来るんじゃないよ」
「おい、答えろよ。あいつはどうした!」
予感を、覚えていた。咳。痩せていく体。殴る拳の弱さ。それが、女の形をとって現実となり、迫ってくる。吼えるのは、不安だったからだ。
「……病気さ。医者にかかれないアタシらは野垂れ死ぬしかない」
金が、無いから。
端的に、理解できた。愕然とするジャックに、女はこうも告げた。
「いいかい。アンタはこの街じゃ生きていけない。攫われねえうちに、この街を出な」
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護られていた、と知ったのは、その時が初めてだった。溢れてくる羞恥や憎悪、混乱、恐怖から、少年は生家に泣きついたが、結果は、無残極まりないもので。
貧困の根の深さを知った。
そこに居る人たちは、紛れもなく、“人間”だった。
ジャックとなんら変わりない――そんな彼らに、幼いジャックは確かに、護られていたのだ。
それが、後にジャック自身のノブリス・オブリージュとなったことを知る者は、親しい者ですら少ないことだろう。それくらい、彼にとっては核心に近しい出来事であり――今なお後悔の残る日々の記憶であるからだ。
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1305 / ジャック・J・グリーヴ / 男性 / 21 / ノブリス・オブリージュ】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。ムジカ・トラスです。
ジャックさんの過去の話――前回はサオリたん、今回はシリアスと、色々なお仕事を預けていただいて、ありがとうございます。
文中で中年と呼び続けているのは、彼自身が名前を語らなかったんじゃないかな、という所での扱い(未確定)なのですが、何か名前があったら補完していただけたらと思います。
タイトルにありますように「RED BLOOD」というのは、今回の発注文と、ジャックさんのキャラクター性や思想、彼の友人との関係を考慮して、つけさせて頂きました。
お気に召すとよいのですが……以上となります。この度は発注いただき、ありがとうございました。
今後とも、機会がありましたらよろしくお願いいたします。