※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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お金がない!
ジャックが重大なミスに気づいたのは、一足先に自社倉庫へ向けて出立した仲間の荷馬車を見送った後だった。
――財布がねぇ!
あれはそうだ、取引が終わって帳簿の入った鞄を仲間に預け……財布もそこに入れたまま。
取引自体は無事に済んだからと街で現地解散したのが仇になった。
かといって家族に頼まれた買い物――愛すべき妹がねだったクリスマスオーナメントを買ってくる約束を反故にするわけにもいかない。
ひとまず近場の公園のベンチに腰を下ろして策を練る。
「まさか史上最大の困難にこんなところで顔を合わせることになるたぁ……」
変な笑みがこぼれて、己のふがいなさに顔を覆った。
また今度にするか?
妹のためならまたすぐ明日来たってかまわない。
だが、今日という日の期待を裏切った俺はなんだ?
「最ッ低の兄貴じゃねぇか……!?」
悲しむ妹の顔が浮かんで愕然とする。
とにかくカネだ。
カネさえありゃ、解決できる困難なんだ。
頭を抱えながらうつむいていると視界の端、地面に何かキラリと光るものが見えた。
あれは――
「――金貨?」
認識するよりも早く、足がバッと動いて地面に落ちていた金貨を踏みつける。
わざとらしく口笛を吹きながら、ずりずりと手繰り寄せ――
「ママー、あの人なにしてるの?」
「シッ、見ちゃいけません!」
赤い風船を持って母親に手を引かれた少年の目にさらされながら、それを拾い上げた。
正真正銘のカネだ。
オーナメントを買うにはちと足りないが、俺様を誰だと思ってやがる。
商売人のジャック様だぜ。
無一文と違って元手があるならいくらでも増やす方法はある。
意気揚々と立ち上がると金貨1枚を太陽にかざし、眩しいほどに見上げる。
その輝き、まさしく僥倖!
だが、輝きにつられたのは彼だけではなく――
「キエー!」
突然、太陽を背に飛び降りて来た海鳥がジャックの手からなけなしの金貨をかすめ取った。
一瞬のことに、ジャックは呆然として飛び去る鳥を見送ることしかできなかった。
「――って、待ちやがれぇぇぇぇぇぇ!!!!」
すぐさま我に返って、阿修羅のごとき形相で鳥の影を追う。
「ママー」
「シッ!」
まだ居たのかよ母子。
だが今はそんなことよりも目先のカネだ。
鳥を追って街を駆け、塀を乗り越え、屋根を飛び抜ける。
障害を乗り越えるたびに、鳥は悠々と空を羽ばたく。
しばらくは追いかけっこに興じていたが、やがて鳥はひときわ高く飛びあがるとぽいとそれを放り捨てた。
綺麗な放物線を描いた硬貨は煌めきながら空を舞って、鍛冶屋の煙突にスポリ。
「カネェェェェ!!!!」
見逃さず鍛冶屋に飛び込むジャック。
しかし煙管から零れ落ちた金貨は、そのまま鍛冶炉の火の中へと転がり落ちた。
「カネェェェェ!?!?」
彼の悲鳴の響く中、金貨は真っ赤に燃え上がって崩れ落ちた。
「ママー」
「シッ!」
公園に戻ってきたジャックは、心ここにあらずといった様子で空を見上げていた。
そらあおい。
くもきれい。
母子まだいる。
「終わったぜ……何もかも」
こうして俺はダメ兄貴のレッテルを張られるんだ。
しかし神様というのが本当にいるのなら、彼を見捨ててはいなかった。
風に乗って飛んできた1枚の紙が足元に落ちる。
「なんだこりゃ……ビンゴ?」
無作為な数字の羅列が並んだそれは、商店街で行われているビンゴ大会の参加用紙のようだった。
番号の発表は今日。
景品は――クリスマスオーナメント詰め合わせ?
彼が勇猛に駆け出したのは言うまでもない。
「おめでとうございまぁぁぁぁす!」
やはり神はいた。
いや、俺様こそが神だ。
番号発表の会場で、ジャックは握りしめたビンゴカードを天高く掲げていた。
おいおいマジかよ。
そんなことある?
だが手渡されたオーナメントセットの重さに夢ではないことを知る。
「うおおおぉぉぉぉ! 我が世の春が来たぜぇぇぇぇ!!」
上がる雄たけび。
これできっと、妹も喜んでくれるはず。
「ママ……」
聞きなれた声が聞こえて鼻を鳴らす。
へっ……やはり来やがったな母子よ。
だが見ろよ、最後に笑うのはこの俺様だ。
自信に満ち溢れた様子で道端を見ると――苦しそうな表情で息も絶え絶えな少年を、母親が抱きかかえる悲壮感あふれる光景があった。
「ママ……ぼく、もうだめみたい」
「そんなことないわ……! だから頑張って……!」
「今年も見たかったな……飾りでいっぱいのクリスマスツリー……」
「ごめんね……治療費でお金はもう……」
少年の手から離れた風船が意味深に空を舞う。
ジャックはヒクヒクと口元を痙攣させながら、手に入れたばかりの景品を名残惜しそうに握りしめていた。
結局手ぶらで帰宅したジャックに対し、ちゃんと買ってくるまで妹は口をきいてくれなかった。
もちろんお詫びの品は約束のものよりもうんと豪華なものを買うハメになったのだとか。
――了。
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【ka1305)/ジャック・J・グリーヴ/男性/23歳/闘狩人】