※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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それぞれの願い、それぞれの思い
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シャンデリアから下がるクリスタルが、無数のろうそくの明かりを受けてキラキラと輝く。
ジャック・J・グリーヴは壁際に立ち、半ばぼんやりとそれを眺めていた。
手にした飲み物のグラスにも光が揺れる。
(こういうの、嫌いじゃねえんだけどな)
グラスを口元に運び、ジャックは改めて周囲を見回す。
資産も名誉もありあまる、ナントカいう名の貴族の館は、舞踏会の真っ最中だった。
着飾った紳士淑女が上品に笑いさざめきながら、ジャックの目の前を幾人も通り過ぎていく。
ときおり見知った顔がジャックに気付き、穏やかに微笑みかけて来る。ジャックも普段よりは随分と丁寧な仕草で、それに応える。
こういう場では(少なくとも表向きは)とんでもなく「厭な奴」に遭う可能性は低い。主催者が名誉にかけて招待客を選んでいるし、選ばれた方も礼儀をわきまえているからだ。
ジャックはふと、ひときわ華やかな一団に目を引かれる。
明るく華やかなドレスを纏い、結いあげた髪をリボンや花で美しく飾った若い女性の集団の真ん中に、兄であるアルバート・P・グリーヴの笑顔が見えていた。
「まあ。ハンターのお仕事ってそんなにたいへんですの?」
「こわいわ、お怪我でもされたら大変!」
蝶よ花よと大事に育てられた令嬢たちにとっては、ハンターの生活はほとんどおとぎ話に聞こえるらしい。
アルバートは彼女たちを楽しませるため、スパイス程度に危険をまぶして、ハンターとしての経験を披露しているらしい。
「それでも誰かがやらねばならない仕事ですからね。何より、やり甲斐がありますので」
いつも家族の前で見せる、オネエ言葉の世話焼き長兄の姿とは違う、青年貴族としてのアルバートの姿がそこにはあった。
「頼もしいですわ。わたくしにも何かあったら、守っていただけるかしら」
ひときわ美しい令嬢が、そう言って流し眼をくれた。
「喜んで。けれどお守りするにも、順番待ちが必要そうですがね」
アルバートは慣れた様子でうまくかわしている。
「……やっぱあいつはすげぇわ」
思わず素の言葉がポロリと出てしまうジャックであった。
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柔らかな音楽が流れ、対になった男女が上品にダンスを踊りはじめる。
ジャックはそっと広間を離れ、談話室へ向かった。
踊る人々を眺めるのは嫌いではないのだが、「お前は踊らないのか?」と促すような空気が少し重いのだ。
枯れた爺さんなどがゆったりと葉巻やパイプを燻らせる静かな空間に、ジャックはほっと息をつく。高級なソファに体を預けると、緊張がほぐれていった。
(ちょっとだけ、休憩っつーことで……)
実際、ジャックの感じていた重い空気は被害妄想という訳でもなかった。
家格はさほどでもないとはいえ、裕福なグリーヴ家の次男坊。背が高く、引きしまった身体に、精悍そうな小麦色の肌をした青年である。妙齢の令嬢にも、令嬢の家族にも、格好の婿候補なのである。
そのとき不意に、耳元にぬるい息がかかった。
「探したわよ。こんな所でさぼってたのね?」
「うぎゃあ!?」
ジャックは思わずソファから転げ落ちそうになった。
「な、な、な、てめぇ、アルバート、いきなり何しやがる!!」
振り向くと、アルバートは片目をつぶって右手の人差指を自分の唇にあてていた。
「あっちでゆっくりできそうよ。いらっしゃい」
他の者には聞こえないような小声でジャックを促す。
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衝立の陰になった一角に、揃って腰を落ち着ける。
給仕の男が飲み物を置いて慇懃に礼をして立ち去った。それを待っていたかのように、ジャックが切り出す。
「お取り巻きのお嬢さんがたを放っておいていいのかよ」
「だってダンスはひとりずつしか相手できないんですもの、仕方ないじゃない?」
アルバートは少しおどけて、肩をすくめて見せる。
「それよりもジャック、貴方はどうなの。ひとりぐらいは女性とお話したんでしょうね?」
「え? あー……」
ジャックの視線がすーっと脇へ流れていった。
アルバートは額にかかる前髪に手をやり、大げさに溜息をつく。
「駄目じゃない、それじゃ。私が見ているだけでも、何人かはあなたのことを気に掛けていたのよ? いきなりダンスしろとは言わないわ、でもせめてお話ぐらいはなさい」
アルバートが口やかましくけしかけるには理由がある。
勿論、とにかく家族以外の女性が苦手という弟に、貴族の男子として最低限必要な会話術ぐらいは身につけてもらいたいというのもある。
だがグリーヴ家の長男として家族を心から愛するアルバートにとっては、ジャックもまた大事な弟だ。
貴族とか、家とか、そんな物はジャックの邪魔になるというなら、いざとなれば投げ捨てても構わない。
けれどアルバートが余興で話すような内容で済まないような、本当の危険に飛び込んでいくジャックは、どこか生き急いでいるように見えるのだ。
正面から「命を大事にしろ」といっても、聞き入れはしないだろう。
だからせめて、一緒に生きたい、守り抜きたいと思えるような相手を見つけて、生きることに執着して欲しい……それがアルバートの願いだった。
ジャックは綺麗に整えられた襟元を緩め、アルバートをじろりと睨みつける。
「そういうのはてめぇの担当だろうが。だいたいてめぇのほうが年上なんだから、人に説教するより先に、とっとと誰か相手を決めちまえよ」
そう憎まれ口をたたくものの、ジャックにもわかっているのだ。
全てをそつなくこなすアルバートは、そのうち適度に美人で、明るく優しくて、程良い家柄の令嬢をみつけて、結婚するのだろうと。
芸術に造詣が深く、洗練された物腰は人目を引くほど。そんなアルバートなら相手はよりどりみどりだし、人を見る目も鋭いので、面倒な女に引っかかる可能性も無いだろう。
(問題といえば、このオネエ言葉ぐれぇか)
社交界では貴公子然としているアルバートだが、家では男オカン状態だ。それを知った相手がどういう気持ちになるかと思うが、心配という程でもない。
だがアルバートは意外なことを口にした。
「そうね。私にとって適当な相手は探せば見つかるのかもしれないけど。相手にとって私が適当なのかしらって、そう思うとねえ……」
アルバートが珍しく、困ったように微笑んだ。
グリーヴ家は代々、破天荒な人物が多い。
それでも三代続いてそろそろ貴族らしい体裁も整ってきた現在、長男として生まれたアルバートにはしかるべき時期にしかるべき結婚をすべきだという思いがあった。
誰に強制された訳でもなかったが、どうするのが最善かを考え、その結論をすんなりと納得したのだ。
もともと、ジャックと違って女性との華やかな恋愛遊戯は嫌いではない。
だから咲き誇る花の中から、一輪を選び取ることはそれほど困難とは思わなかった。
ただ、自分はよい夫より、よい長兄たらんとするだろうという確信があったのだ。
(考えてみれば不誠実よねえ。でもまあ、相手にも期待しなければいいだけの話よね)
それら全てを籠めた、適当な相手。
それでいい。それがいい。
アルバートの翡翠色の瞳が、静かにグラスを見つめる。
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ふと顔を上げると、ジャックが真面目な顔で腕組みしていた。
「よくわかんねぇけどよ。アルバートは家族が好きじゃねぇか」
「ええ。そうね」
「だったら問題ないんじゃね? 嫁さんもらったら、好きな家族がもうひとり増えるだけの話だろ。旦那に好かれて嫌がる嫁さんなんていねぇと思うんだが」
アルバートは思わず目を見張る。
「ええ……そう、そうね」
そうなのかもしれない。
血の繋がりが家族の証明というなら、結婚で繋がった父と母は家族ではないのか?
新たな誰かを迎えて、家族はより素晴らしい物になるのではないか。
「大丈夫だと思うぜ。アルバートはいつでも家族を大事にする、一番上の兄貴だかんな」
……俺とは違って。
ジャックはその言葉を飲みこむ。
この不安定な世界の中で、自分だって大事な人々を守りたい。
けれど戦いに赴く度に、ジャックは自分の力不足を嫌というほど思い知る。
この手は誰かを守りきることができるのか。
誰かのために、自分自身の命を守りきることができるのか。
大事なものを守ると誓えるだけの力が、今の自分にはないのだ……。
「なあに? 今日は随分褒めてくれるじゃない、酔ってるの?」
物思いにふけるジャックに、アルバートは穏やかに微笑みかけた。
広間からは相変わらず柔らかな音楽が流れて来る。
兄弟はそれぞれの求める答えがそこにあるかのように、静かに音楽に耳を傾けているのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1305 / ジャック・J・グリーヴ / 男 / 20 / 人間(クリムゾンウェスト)/ 闘狩人】
【ka1310 / アルバート・P・グリーヴ / 男 / 25 / 人間(クリムゾンウェスト)/魔術師】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、今回のグリーヴ家御兄弟は、ちょっと真面目な(?)雰囲気でお届けします。
結末あたりはかなりアレンジ致しましたが、ご依頼のイメージに沿っていましたら幸いです。
気になる点などありましたら、お知らせくださいませ。
このたびのご依頼、誠に有難うございました!
副発注者(最大10名)
- アルバート・P・グリーヴ(ka1310)