※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
必殺シゴト一家!


 とかくこの世は山吹色の 食えねぇ菓子が幅きかせ
 地獄の沙汰も袖の下 肥えた私腹をジャラジャラ言わせ 三途の渡しも金の船

 ところがこいつは重すぎる ブクブク沈んで浮かぶ瀬もなし

「で、今日はどこのどいつに始末を付けろってんで?」


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 時は幕末、開国を間近に控えた江渡の町。
 二本橋の一角に、城下で一、二を争う豪商と噂される呉服問屋「具利武屋(ぐりぶや)」が店を構えていた。
 噂では遠い異国から流れてきた先代が身ひとつから事業を興し、たった一代でその名を全国に轟かせるまでに大きく育て上げたものだと言う。
 その先代も今では店の経営を娘夫婦に任せて楽隠居の身、すっかり角が取れて五人の孫達を可愛がる好々爺となっていた――表向きは。

 彼と、その五人の孫達に裏の顔があることを、誰も知らない。


 具利武屋の次男、雀右衛門【ジャック・J・グリーヴ (ka1305)】は今日も商いに精を出していた。
「親父は欲がなくていけねえや」
 これからの世の中は呉服だけでは食べて行けない。
 いや、家族を養うだけならそれで充分かもしれないが、雀右衛門はその程度の稼ぎでは満足しなかった。
「多角経営こそ商人の生き残る道、俺様がこの国で初めての百貨店ってやつを作ってやるぜ! てめぇら有り難がって全世界から買いに来い!」
 ひとつの店で必要な物が何でも揃う、それが理想の百貨店だ。
 そのためにまず必要なのが、産地に直接かけあって契約を取り付けること。
 米に炭、酒や油に木綿、材木はもちろん、生魚に干し魚、野菜果物、鰹節、煙草に塩に陶器、金物、紙、傘、桶、蝋燭などなど。
「問屋にピンハネされちゃ、かなわねえからな」
 雀右衛門は既に店の一角を借りて、小規模ながらも独自の商売を始めていた。
 各地を回って買い付けた品は、その殆どが船で海路を運ばれて来る。
 近頃では、その船の手配や積み荷の管理を一手に引き受ける廻船問屋、越前屋に三日に上げず通うのが習慣のようにもなっていた。
 この越前屋にはサチという娘がいる。
 歳のころは十五、六、花も恥じらう乙女だが、心の臓に病を抱え、余命いくばくもない身と言われていた。
 治療法もなく、薬もない、青白い顔で床につき、あとはただ間近に迫る死を待つのみ。
 ところが――
「元気になったのか、そりゃあ良かったじゃねえか」
「へぇ、お陰様で南蛮渡来の高価な薬が効いたようです、へぇ」
 元から腰の低い主人は、それがまるで雀右衛門の手柄であるかのように更に腰を低くして拝み奉った。
「よせって、俺様は何もしてねえんだからよ」
「いいえ、いいえ、雀右衛門様はわたくしどもに仕事をくださいました。そのお陰で娘の薬を買うことが出来たのでございます」
 そう言われれば、そうかもしれないが……なにしろ今やこの問屋が抱える船の殆ど全てが雀右衛門の荷運び専用となっているのだから。
「いや、お若いのに大したものでございます。いかがでしょう、娘も元気になりましたことですし、この際でございますから是非とも――」
「嫁にってか? いや、結構な話だが俺様は遠慮しとくぜ」
 サチの姿は何度か見かけたことがある。
 元々器量が良いところに病を得た儚さが加わって、それはもう美しい娘ではあった、が。
「俺様そういうのは二次元で間に合ってるからな!」
 残念である。
 商売の方面ではとても、とてもとても優秀なだけに、いかにも残念である。


「ちょっと亜留(ある)さん、困りますよ少しは仕事してくれなきゃ……フリだけでも良いですから!」
 部下の一人に渋い顔でそう言われても、長男、亜留之進(あるのしん)【アルバート・P・グリーヴ(ka1310)】は瓦版から目を上げようともしなかった。
 ヒラヒラと追い払うように手を動かし、欠伸が混ざったような声で答える。
「奉行所が暇なのは良いことじゃない……あら、近頃の瓦版にはこんなものも載ってるのねぇ」
「なんです?」
 思わず身を乗り出した部下の目の前に、亜留之進は瓦版を差し出して見せる。
「お医者様のところでお手伝いを募集してるわ。手技も知識も必要ありません、ですって。大丈夫なのかしらねえ?」
「おおかた鞄持ちか何かでしょ。何なら亜留さんが応募してみますかい? 奉行所にいるよりゃ役に立つでしょうよ」
 混ぜっ返した部下の言葉にも耳を貸さず、亜留之進は続ける。
「まあまあ、この近くの堀に河童が出たんですって。珍しいわねぇ」
「そんなものガゼに決まってるでしょう、まったく」
 部下は溜息を吐きながら、諦めたように首を振った。
 亜留之進はそれに構わず、質の悪い紙を格子窓から差し込む光にかざしながら続きを読み進める。
 それは今朝、この裏町奉行所に出勤する途中で手に入れたものだ。
「ガセだインチキだって言われるけど、火のない所に煙は立たないってね」
 嘘偽りの裏に真実が隠されていることも、ままあるものだ。
 例えば、この河童の記事にしても。
「河童って言ったら普通は尻子玉を抜くものだけど、この河童は臓物を丸ごと引き抜いて行くのねえ……」
 それが事実だとしたら、その裏にあるものは何か。
「あなたも気を付けたほうが良いわよ? ぼんやり歩いてると、お堀の傍でなくても河童に襲われちゃうかも♪」
「ボンヤリの代名詞みてぇな亜留さんにゃ言われたくねぇですよ、余計な世話やいてる暇があったら見回りにでも行ってくだせぇ」
 そう言われて。亜留之進は渋々重い腰を上げた。
「そうねえ、そろそろ八ツ刻だし新しい瓦版も出回る頃かしら、あ、そうそう、あんみつでも食べに行こうかしら♪」
 背中で部下がまた何か文句を言っているようだが、亜留之進は気にせず弾む足取りで通りに出た。
 もし本当に何かあるとすれば、いずれは自分達の耳にも入るだろう。


 三男、絽威之介(ろいのすけ)【ロイ・I・グリーヴ(ka1819)】と、四男、七五三太(しめた)【シメオン・E・グリーヴ(ka1285)】は私塾に通っている。
 羽振りの良い豪商や名のある武家など、いずれ劣らぬ資産家がその師弟達を通わせる名門中の名門、当然ながら入門料も授業料も、庶民が支払える額ではなかった。
 しかし、その日の食事にも事欠くような者達の中にも優秀な金の卵が埋もれていると知れば、それを掘り出して温めるのもまた、学問の府としての責務である。
 そのため、中にはタダ同然の安値で塾生となることを許された者もいた。
 二人の通う私塾にも、そんな塾生がひとり。
 平造というその子は、家が貧しかったために寺子屋に通うことさえ出来ず、幼い弟妹の面倒を見ながら路肩で物売りの手伝いをしていたらしい。
 私塾に通うようになってからは一日も欠かすことなく――妹を背負い、弟の手を引きながら――塾に顔を出していた。
 しかしその彼が、昨日から姿を見せていない。
「どうしたんだろう?」
「二日も続けて休みとは珍しいな」
 七五三太と絽威之介は座る者のない席に目をやって、心配そうに呟く。
 平造とはそれほど親しいわけではないが、妹と歳が近いこともあって、二人とも何かと気にかけていた。
「そう言えば道場で妙な噂を聞いた」
 絽威之介は塾の帰りに市中の剣術道場で稽古を付けてもらうことを日課にしている。
「このところ、堀端で人が河童に襲われる事件が多発しているそうだ」
「河童?」
「ああ、もちろんそんなものが実在するはずはない。だが人が何かに襲われたのは事実らしい」
「すると、他の何かを隠すための隠れ蓑……」
 もしかすると、平造が塾に顔を見せないことにも関係しているのかもしれない。
「噂では襲われたのは大人ばかりだという話だが、家族の誰かが、という可能性もあるな」
「僕も詳しいことは知らないけど、確か平造くんの家は母親と子供だけだったはずだよ」
 嫌な予感がする。
「七五三太、平造の家は知ってるか?」
「知らない……でも塾の誰かに訊けば大体の見当は付くと思う」
「そっちは任せた、俺は噂について詳しく調べてみる」
 亜留之進のところにも何か情報が入っているかもしれない。
 それに、妹のところにも――


 江渡の城下に、知る人ぞ知るという人気の老舗あんみつ茶屋がある。
 そこの看板娘、お紗露(さろ)【シャロン・S・グリーヴ(ka1260)】が、実は豪商「具利武屋」の末娘であることは誰も知らない――と、本人は信じていた。
「わたくし、どこからどうみても、ただのまちむすめなのですわよ?」
 しかし舶来物の白いドレスを身に纏い、蛇の目の代わりにレースの日傘を手にした町娘など、この町には一人しかいない。
 ましてやその髪は金色に輝き、肌は白く、瞳は透き通るような新緑の緑と来れば、異国から来た具利武の一族であることは誰の目にも明らかだった。
 だが、それをわざわざ指摘することは江渡っ子の風上にも置けない野暮の極み。
「いらっしゃいませですわ、ごちゅうもんは、いつものでよろしゅうございますの?」
 そんな一風変わった言い回しも、すっかりこの店の名物となっていた。
「お紗露ちゃん、知ってるかい? ここんとこの河童騒ぎをよォ?」
「ええ、わたくしもおほりのそばはあるかぬように、おにいさまにきびしくいわれておりますの」
「だろうなぁ、奉行所の――っと、いけねぇ」
 同心の亜留之進はと言いかけて、常連客のひとり熊五郎は慌てて言葉を変える。
「お紗露ちゃんの兄貴ってなぁ、相当な兄馬鹿だってぇじゃねぇか、なあ? いや、俺は誰だか知らねぇよ、知らねぇけどまあ、そんな噂だってぇことよ」
 実を言えば、紗露が夜道を帰る際には必ず、奉行所の勤めを終えた亜留之進がこっそりと後をつけていることは、常連客なら誰もが承知していた。
 だが、それも公然の秘密というわけだ。
「しかしひでぇ有様らしいぜ、例の河童にやられたホトケさんってやつは」
「まあ、おくわしいのですわね? よろしければ、わたくしにはなしてくださらないこと?」
「案の定だ、食いついて来やがったな? ったく、可愛い顔して血生臭ぇ話が好きなんだからよぉ、このお嬢さんは」
 興味津々の様子で身を乗り出してきた紗露に、熊五郎は苦笑いを返す。
 紗露としては特にそうしたものに惹かれる趣味があるわけではなく、ただそこに「仕事」の匂いを嗅ぎ付けているだけ、なのだが。
「ホトケさんの臓物がすっかりなくなってる上に、目ん玉までくり抜かれてガランドウになってるってぇ話さ」
「まあ、どこのどなたが、どうしてそのようなひどいことを?」
「そいつぁ俺にはわからねえが、まあ河童の仕業じゃねぇことは確かだな。目ん玉が好物の妖怪って言やぁ……」
「いや、そいつは妖怪の仕業じゃねえよ」
 もうひとりの客、孫六が口を挟んだ。
「目玉に臓物、どっちも高く売れるそうだ……なんでも異人の国じゃ、薬や祈祷で病を治す代わりに、悪くなった臓物を死人の臓物とすげ替えっちまうらしいぜ?」
「そんなことが出来んのかい? はぁ~、さすが異人は考えることが違うねぇ」
 俺も脳味噌とっかいてもらいてぇ、熊五郎はそう言って笑う。
「ってぇことはよ……その抜き取られた臓物、異国に売られちまったのかい? 絹織物や塗り物なんかと一緒によ?」
「いや、臓物はイワシよりも足が速いそうで、その場ですぐにとっかぇねぇと腐ってダメんなっちまうそうだ。とてもじゃねぇが、長先の出州はおろか箱寝の関所だって越えられめぇ」
「ということは、そのとりかえをできるかたが、ちかくにいらっしゃいますの?」
「ま、そういうことになるんだろうな」
 紗露の問いに孫六が答える。
「なんでもこの近くに、異国帰りのモグリ医者が住んでるってぇ話だ。そいつは偏屈で馬鹿みてぇな銭をふんだくるらしいが、代わりに滅法ココが良いって噂だぜ?」
 孫六は自分の手をピシャリと叩きながら言った。
「まあ、ではそのかたが……?」
 健康な人間を襲って臓物を奪い、それを患者の臓物と入れ替える手術を行ったのだろうか。



 数日後。
 具利武屋敷の一角にある秘密の部屋に、五人の兄弟妹が顔を揃えていた。
「そういうこと、だったのか……!」
 雀右衛門が低く唸るような声で言った。
 廻船問屋の娘を救ったのは高価な舶来の薬ではない。
 どこの誰とも知れないホトケから抜き取られた心の臓と、娘の弱った心の臓とをすげ替えたのだ。
「しかし、医者が下手人という可能性は低いな」
 絽威之介が道場や町での聞き込みの成果を報告する。
「異国帰りで怪しげな術を施す医者というのは確かに存在する。だがこいつは……」
 そう言って、絽威之介は一枚の人相書きを差し出した。
「見ての通り貧相な男で――ああ、絵が達者ではない点はご勘弁を。亜留兄さんのようには、いかないもので」
「あら、ご謙遜を。なかなかどうして、筋が良いわよ?」
 まんざら世辞でもない様子で褒めながら、亜留之進はじっくりとその絵を眺めた。
 こけた頬に丸眼鏡、枯れ木のような細長い手足。
「確かに、荒事には向いてなさそうねぇ」
 それに奉行所にはこれまで七件、同様の事件が報告されている。
 表沙汰になっていないものも含めれば、犠牲者は相当な数に上るだろう。
「一件だけならまだしも、この数は無理だわね」
 一刻を争う手術なら、医者は患者の傍で準備万端整えて、臓物の到着をじっと待っているのが筋だろう。
 もし医者が下手人だったとしても、奉行所には彼に関する報告が全く上がっていないことから、誰にも見られていないか、見た者は既に口を封じられたか――いずれにしても一人ではまず不可能だ。
「となると、他に手を下した野郎がいるってこったな」
 雀右衛門が右手で握った拳を左手の平にねじ込むように押し付ける、ギリギリと音がしそうなほどに強く。
 廻船問屋、越前屋の主人なら、事をなすために必要な人と金を用意することは難しくないだろう。
 そんなことをするような男には見えないし、これまでの付き合いからも彼は信頼に足るものと考えていたが、娘可愛さのあまりに人の道を外れたか。
「亜留兄さんのところには、何か届けは出ていないのですか?」
 絽威之介に問われて、亜留之進はそっと首を振った。
「それがねえ、下手人はどうも身寄りのない人や、お奉行所には届けられないような人を選んで手を下してるみたいなのよ」
 それに、自分達の仕事はあくまで受け身。
「たとえ下手人が割れていても、それがどんなに非道な相手でも、お堂の鐘がリンと鳴るまでは……ね」
「その点なら間もなく何か動きがあると思うよ、亜留兄様」
 七五三太が言った。
「僕が教えておいたから」

 晴らせぬ恨みを晴らしてくれる場所がある、と。


 母がどうやって日銭を稼いでいたのか、平造は知らない。
 ただ、それがお天道様の下で堂々と行われる類のものでないことには、うすうす気が付いていた。
 人として扱ってもらえるような身分ではないことも。
 無残に殺されたことを奉行所に訴えても、取り合ってはくれないだろう。
 でも、ここなら。
 普通に歩いていたのでは気付かないような路地の奥。
 崩れかけた小さなお堂の傾いた屋根の下に、苔むした地蔵が鎮座している。
 その前に置かれた石の窪みに一文銭を六枚置き、小さな鐘をひとつ鳴らした。
「どう頑張っても、これっぱかしの銭しか集められやせんでした」
 ざる蕎麦一枚、食えるかどうかという金額。
 それが彼等の全財産だった。
「これで足りなきゃ、おいらの命でも何でもくれてやりやす……だからどうか、おっ母ぁのカタキを……!」
 手を合わせ、目を閉じる。
 傍らの小さな弟も、兄の仕草をそっくりに真似た。

 彼等が目を開けた時、石の上に置かれた六枚の一文銭は、跡形もなく消えていた。



 草木も眠る丑三つ時、五つの影が闇を切る。
 目指すは墓井戸屋(ぼいどや)、幕府をも動かす力を持つという老舗の両替商だ。
 石垣に白壁と小屋根を乗せた武家屋敷のような塀は一町歩も続くかと思われ、その至る所に用心棒と思しき人相の悪い男が立っている。
「こりゃ相当、世間様から恨まれるようなことしてやがるな」
 物陰からそっと様子を伺い、雀右衛門が小声で呟く。
「とにかく見張りが邪魔だ、とっとと片付け――」
「あらあら、お待ちなさいよもう……スズメちゃんは血の気が多いんだから☆」
 切り伏せようと刀に手をかけた雀右衛門を亜留之進が制した。
「その呼び方はヤメロっつってんだろ亜留……っ」
「しーっ」
 弟の抗議には耳も貸さず、亜留之進は小指を立てて風の向きを調べる。
「騒ぎを起こすのはまだ早いわよ?」
 懐から取り出した紙包みを開き、ふっと息を吹きかけた。
 目に見えないほど細かな粉が風に乗って舞い、屈強な男達を眠りの沼へと引きずり込んで行く。
「さ、今のうちよ」
 粉が風に散った頃合いを見計らい、五人は音も立てずに塀を乗り越えた。
 しかし当然、塀の中にも見張りはいる――寧ろ外よりも多い。
 その多くは腰に二本差し、どうやらこの屋敷は職にあぶれた貧乏侍の受け皿になっているようだ。
「これに比べれば、具利武屋の警備などザルにも等しく思えるな」
 絽威之介が溜息を吐く。
 彼等の実家とて相応の警備体制は敷いている筈なのだが。
 この墓井戸屋は、それだけ人に恨まれるような商売をしているということだろう。
 特に今夜は酒宴が催され、その席には例の医者も招かれている。
「警備も厳しくなるはずだわね」
 亜留之進が呟き、眠りの粉をそっと吹きかける。
 五人は誰にも見咎められることなく広い庭を横切り、屋敷の母屋に辿り着いた。
 そこではまだ酒宴が続いているらしく、奥の座敷から三味線の音が微かに聞こえて来る。

「いやぁー、しかしまったく大した腕ですなあ!」
 程よく酔いが回った墓井戸屋の主人は、隣に座った医師に上機嫌で話しかけていた。
「心の臓を取り替えても生きている、それどころか病が治ってしまうは、いや本当に大した腕だ」
「私の腕よりも、西洋医学の進歩の賜ですよ。私はただ教科書の通りにやっているだけだ」
 医者は謙遜するが、墓井戸屋は意に介さない。
「これで私も不老不死に一歩近付いたようなものですぞ、何しろ悪くなった臓物を取り替えるだけで済むのですからな」
 替えの部品はいくらでもある。
 部品となる以外に価値のない人間など掃いて捨てるほどいるのだ。
「先生も練習台には事欠きませんからな、存分にその腕を試されるといい」
 万が一失敗しても、お上に訴えることはしないと証文も書かせてある。
 その禁を破ったとしても、訴える前に口を封じられ、家を潰され、残った財産は全て墓井戸屋のものになるという寸法だ。
 それに手術の依頼人達は皆、臓物の出どころを知った上で大金を払っている。
 訴えれば自分も罪に問われることは免れないだろう。
「人間誰でもね、金で命が買えるとなりゃ、綺麗事なんざ言ってられないもんですよ」
 ひとりを殺せば自分が、或いは家族の命が助かる。
 しかも手を汚すのは自分ではない。
「手段があって、金があるなら、誰だって……ね」
 その証拠に、これまでに手術を施した患者は片手の指をゆうに超え、更にその倍以上の予約が詰まっているのだ。
 金で命が買える、その話は今や知る人ぞ知るところとなっていた。

 その夜の酒宴は、それでお開きとなった。
 招待されていたのは、医師と、殺害の実行犯が三人、その他の協力者達が数人。
 彼等は今夜、そのまま屋敷の離れに泊まることになっていた。

 まずは実行犯の三人が席を立つ。
 隣り合った三つの部屋に、一組ずつ布団が敷いてあった。

 一人目、やたらと図体の大きな男が掛け布団をめくり、どすんと腰を下ろす。
 枕元の行灯に迷い込んだ蛾が一匹、低く唸るような羽音を立てながら明かりにまとわりついていた。
 男はそれを握り潰そうと手を伸ばす。
 しかし、その矢先に羽ばたきを止めた蛾は、ぽとりと畳の上に落ちた。
 何事かと訝しむ間もなく、男の身にも変化が訪れる。
 伸ばした腕がだらりと垂れ、やがて全身が何かに絡み付かれたように動かなくなった。
 男は声を上げようとするが喉からは呻き声さえ漏れて来ない。
 だが意識ははっきりしていた。
「さて、あなたも被害者達と同じように、生きたまま臓物を引きずり出してさしあげましょうか」
 頭の上から柔らかな声が聞こえる。
 コトリとも音を立てずに天井の板が外され、そこから細身の影がするりと降りて来た。
「なんて、そんな野蛮なことはしないから、安心してちょうだい? それに私、荒事は苦手なの」
 影はくすりと笑うと、懐から取り出した紙包みを行灯の火にかざす。
「あなたの身体が動かないのは、さっき私がこれをちょっと垂らしたせい」
 それは痺れ香、少量ならば暫く手足が麻痺する程度で済む。
 だが大量に吸い込めば呼吸も心臓も止まる――意識だけははっきりと保ったまま。
「おやすみなさい、永遠にね」
 亜留之進は痺れ香を袋のまま、行灯の炎に投げ入れた。

 二人目は猫背のトカゲのような風貌をした男だった。
 背を丸めたまま廊下を歩いてきた彼は無防備に襖を開け――途端、何かに足を取られてつんのめる。
 布団に飛び込むような形で顔を打ち付けた彼は素早く起き上がろうとするが、バランスを崩して再び倒れ込んだ。
 両足に兵児帯が巻き付いている。
「ちっ、誰の悪戯だ畜生め」
 悪態を吐きながら解こうとしても、それはしっかりと巻き付いたまま外れない。
 と、その背に何か悪寒のようなものを感じて振り返った。
 そこに、何かが座っている。
 薄緑色の着物を羽織った、金色の髪の子供。
「なんだ……座敷童子か?」
 その言葉ににっこりと微笑んで立ち上がり、子供は男の背後にしゃがみ込んだ。
 足を結んだ兵児帯を外してやるのかと思いきや――
「お、おい、てめぇ何しやがるこのガk……っ!?」
 余った端で男の口に猿轡を噛ませた挙げ句に、後ろに回した手と足を纏めて縛り上げる。
 男はエビぞりになったまま布団の上に転がされる格好になった。
「選ばせてあげますよ。この格好でお堀の水底に沈むのと、この場で首を絞められるのと……どちらが良いですか?」
 男は答えたくても答えられない。
「あ、もうひとつありました」
 その声と共に、開け放されたままになっていた襖の向こうに小さな人影が現れた。
 白いドレスを身に纏ったその姿は異国に伝わる天使のようで――
「てんちゅう! ですのよ!」
 南蛮渡来のバズーカを肩に担いだ天使は、問答無用でトリガーオン。

 どっかーん!

「やみにまぎれて! おんみつ! ですわ!」
 ひっそりこっそり周りに気付かれずに必殺しています。
 ええ、だって隠密ですもの。
「あんみつやのかんばんむすめだからといって、あんみつとおんみつをかけているわけではないのですわよ!」
 隠密とは人に悟られないように隠して事を行うこと。
 つまりは誰にも知られなければ良いわけで、知ってしまった者を全て葬り去れば結果オーライというもので。
 目の前の部屋はもちろん両隣から奥の部屋まで完全に瓦礫と化したこの状況では、目撃者など生き残ってはいないだろう。
 ほら、隠密でしょう?
「あらあら、私の白薔薇姫は相変わらずのお転婆さんだこと」
 この状況でも何故か傷ひとつなく埃さえ被っていない亜留之進が微笑んでいる。
「もちろん七五三太も無事だわよね?」
「当然でしょ、亜留兄様」
 こちらは男を縛っていたはずの兵児帯を外して、きっちりと腰に結び直してさえいた。
 いったいどうなっているのか、この人達は。
 しかし超人的な運と身体能力を有しているのは彼等ばかりではなかった。
 瓦礫の下から三番目の男が現れ、バズーカ天使に向けて――
「襲いかかるなんて、出来るはずがないでしょう?」
 男の首に細い組紐がするりと巻き付く。
 緑衣の座敷童子が紐の両端をきゅきゅっと引くと、男の首がコロンと落ちた。
 解せぬ、という表情を浮かべたままで。

「ま、待て! 私はただ患者の命を救っただけだ、それの何が悪い!」
 部屋に向かう途中で厠に寄った医者は、そこで絽威之介の待ち伏せを受けた。
「これは画期的な技術なんだ、私にはこの技術を多くの医師に広め、より多くの患者を救う義務があるのだ!」
「そのために、更に多くの命を奪うと言うのか。誰かを救うために誰かを殺す、それが医者のやることか」
 絽威之介の声は冷たい。
 だが医者は構わず弁明を続けた。
「人の価値は平等ではないのだ。より高い価値を持つ者を活かすために使われるなら、彼等とて本望だろう」
「それを貴様が決めるのか」
 何様のつもりだ。
「それに私が直接手を下したわけではない、私は死体から臓物を取り出しただけで――」
「同じことを地獄の大王の前で言ってみるがいい」
 きっと舌を抜かれるぞ、そう言いつつ絽威之介は腰の刀に手をかけ、鯉口を切る。
「私を殺したら、何百もの助かるはずの命が無駄に失われることになるのだぞ!」
「何百もの命が殺されずに済む、とも言えるな」
 白刃が閃き、深紅の花が咲いた。

 自室に戻った墓井戸屋は急な頭痛に襲われて、その場に座り込んだ。
 突然割れるように痛み出した後頭部に手をやると、生温かい液体がべっとりと指に絡み付く。
 そこで漸く気が付いた。
 頭が割れている――比喩ではなく、実際に。
 いったい何が起きたのかと、墓井戸屋は痛む頭を押さえながら周りを見渡す。
「さあて、と……」
 その声に振り返ると、小判がぎっしりと詰まった袋をヒュンヒュンと振り回す雀右衛門の姿が目に入った。
「な、なんだ貴様は、狼藉者め、ひ、人を呼ぶぞ!」
「やってみな? 無駄だと思うがな」
 その言葉通り、助けを呼ぶ声に応える者は誰もいなかった。
 その代わりに離れの客間から何かが爆発したようなドーンという大音声と、屋根やら壁やらが崩れ落ちるガラガラという音が響いて来る。
「ほーらな?」
 雀右衛門は墓井戸屋に喉輪をかますと、そのまま床に引き倒した。
「おめぇさん山吹色の菓子が好物なんだってなあ?」
 雀右衛門は血の付いた袋の口を開けると、そこから一枚ずつ小判を取り出して墓井戸屋の口に詰め始めた。
「好きなだけ食わせてやるぜ、ほれ、ほーれ」
「あが、あがが……ぐえっ」
「どうした、飲み込まねえのか? 腹に収めねえと喉に詰まっちまうぜ?」
 更に押し込む。
「てめぇがくたばったら、その腹かっさばいて取り出してやっからよ、安心して飲み込――」
 しかしその時、一陣の風が吹いて雀右衛門を吹き飛ばし、いや突き飛ばした。
「どいてください雀兄さん」
 どかしてから言うスタイル、順番が逆とか気にしない。
 次の瞬間、墓井戸屋は喉笛から噴水のように血を吹き出し、事切れていた。
「絽威てめぇ! コイツは俺様の……っ」
「雀兄さんがいつまでもネチネチと遊んでいるからです。殺せればいいんですし隠密なんですから十分でしょう」
 確かに、仕事に私情を挟むのは御法度だ。
 晴らすのは依頼人の晴らせぬ恨みであって、仕事人の個人的な恨みや怒りではない。
 それは正論なのだが……「俺がやったんです俺の手柄です」なんてしれっと言われると、なんかすげー腹立つんですけど!

「はーいはいはい二人とも、兄弟喧嘩はお家に帰ってから仲良くやりましょうねー」
「にーさまがた、けんかしてるとてんちゅー! なのですわよ?」
 亜留之進の言葉は見事にスルーされたが、紗露の笑顔は効いた、それはもう即効性の解毒剤のように。
「騒ぎが大きくならないうちに引き揚げないとね」
 七五三太が皆を促す――が、その点については手遅れ感が半端なかった。

「悪い、皆は先に戻っててくれ」
 墓井戸の屋敷を出たところで雀右衛門が足を止める。
「越前屋さんに行くのね?」
 亜留之進の問いに、雀右衛門は黙って頷いた。
「心配すんな、こいつは仕事じゃねえ」
 越前屋は今回、誰の命も奪っていない――少なくとも直接には。
 ただ目の前に示された好機を掴む運と、財力に恵まれていただけだ。
 それでも、ケジメは付けなければ。



 数日後。
 具利武屋の店先に、こんな紙が貼り出されることとなった。

『廻船問屋、始めました』

 聞くところによれば、越前屋の主人が雀右衛門に店の権利を譲り渡して隠居したらしい。
 その腕を見込んで自主的に、無償で、しかも娘までオマケに付けて――という、最後のところは真偽が定かではないが。

 かくして、雀右衛門は世界を股にかける貿易商としての第一歩を、ここに踏み出したのである。


「平造さん、もう仕事には慣れましたか?」
 私塾からの帰り道、七五三太は平造にそう尋ねてみた。
 彼は今、具利武屋の一部門となった廻船問屋で働いている。
「へい、おかげさんで……塾にも通わせてもらってやすし、弟や妹の面倒まで見てもらって……おっ母は死んじまったけど、おいらは幸せ者です」
 そう言って、平造は屈託のない笑みを見せた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【ka1305/ジャック・J・グリーヴ/男性/外見年齢20歳/雀右衛門】
【ka1260/シャロン・S・グリーヴ/女性/外見年齢10歳/紗露】
【ka1285/シメオン・E・グリーヴ/男性/外見年齢15歳/七五三太】
【ka1310/アルバート・P・グリーヴ/男性/外見年齢25歳/亜留之進】
【ka1819/ロイ・I・グリーヴ/男性/外見年齢18歳/絽威之介】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
この度はご指名ありがとうございました。

アナザーですので、ドリームてんこ盛りで書かせていただきました。
時代背景に合わせて、お名前や呼び方なども変更させていただいております。
合わせて、と言っても時代考証なにそれ美味しいの、ですけどね! アナザーですから!

アナザーだから、では収まらない問題がありましたら、ご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)
副発注者(最大10名)
シャロン・S・グリーヴ(ka1260)
シメオン・E・グリーヴ(ka1285)
アルバート・P・グリーヴ(ka1310)
ロイ・I・グリーヴ(ka1819)
クリエイター:STANZA
商品:WTアナザーストーリーノベル(特別編)

納品日:2016/09/06 15:29