※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
白薔薇姫の為に

●騎士の集い

 全てはアルバート・P・グリーヴ(ka1310)のこの一言から始まった。
「バレンタインデーって知ってるかしら?」
 コンサバトリーでそれぞれ好きに過ごしている三人の弟達に聞こえるように、意識して声を響かせる。給仕の使用人達も出払ったタイミング、まさに四兄弟しかいないこの瞬間を待っていたのだ。
「あぁ? また何考えてんだよアル」
 いち早く反応したのはジャック・J・グリーヴ(ka1305)、面倒くさそうな声音だけれど、その実興味津々だ。いつ何時商売のネタに出会えるか、商人としての立場と欲求がそうさせる。
「アル兄さんに呼び捨てはどうなのかとあれほど……!」
「時々俺を呼び捨てるお前に言われる筋合いはねぇな」
 ロイ・I・グリーヴ(ka1819)が読んでいた本を閉じてジャックに食って掛かり、軽いじゃれ合いを意味する兄弟喧嘩が始まろうとしたところでアルバートの声が二人を遮る。
「シメオンなら知ってるんじゃない?」
 兄達の様子を前にどうしようかと控えていたシメオン・E・グリーヴ(ka1285)に視線が集まった。
「お祖父様に聞いたことがあったような気がしますが、確か……チョコレートに関係していたような?」
 記憶を探り見つけた単語を口にしたあたりでジャックとロイが椅子に座りなおしていた。お菓子が関わるとわかったところで、アルバートの意図が読めてきたのだ。
「アル兄さん、そろそろ正解を教えてください」
「もったいぶってんじゃねぇよ」
「お願いします、アル兄様」
 弟達が三人とも話を聞く姿勢になったのを確認して満足そうに頷いて、アルバートが口を開いた。
「リアルブルーの行事らしくてね」
「だからジジイに聞いたって話になったのか」
「それなら頷けます。どのような行事なのでしょうか」
「お菓子や花を贈ったり家族へ感謝を伝えたり、とにかく気持ちを込めた物を贈る風習があるらしいの。それをバレンタインデーっていうらしいわ」
 アルバートの言葉をシメオンが引き継ぐ。
「思い出してきました。由来は確か……結婚相手を決める儀式でしたっけ」
「「はぁ!?」」
 結婚!?
 驚きを示す声が揃ったのも、それを誤魔化すように咳払いをするところまでも揃って。
「真似すんなよ」
「真似しないでください」
「あの、兄様達?」
 すわ口喧嘩再開かと思えば、今度は睨み合いでの冷戦になったようである。
「えっと」
「大丈夫よシメオン、続きをお願いね」
「はい……儀式の話は特に有名だそうなので挙げただけで、実際の由来には諸説あるそうです」
 ジャックがほっとした様な顔で小さく息を吐く。皆聞こえていたが、いつもなら指摘するロイも黙っていたので、アルバートもシメオンの言葉の続きを待った。
「でも、アル兄様の仰りたいのは、きっと……誰かに何かの気持ちを伝えるための行事だという部分ではないですか?」
「ええ、正解よ。よくできました」
 ここからが提案、本題よ。そう言って改めて弟達を見回す。
「我らが白薔薇姫に、私達からもそれぞれで、贈り物をしましょうよ」
 それで、当日あの子を驚かせるの。アルバートの声だけが響く。
「あの子の笑顔の為に……皆、乗るに決まってるわよね?」

●親愛と出発

 趣味が高じて作らせた調香室には、様々な香りの元が取り揃えられている。
「うまく、再現しなくてはね」
 まだ何も広げていない作業机に座り思い描くのは、夏の日、皆で行った狩りの日に見つけた花の香り。今は季節ではないものだから、すべてはアルバートの記憶にかかっている。
 目を閉じて、淡い桃色が勝った白い小花を思い浮かべる。爽やかな朝という花言葉に似合う、甘さはあるけれど、どこかすっきりとした香り。
 その小花をいくつも集め、小さなブーケのような姿を形づくっていく。本来の一輪の姿を脳裏に描けたところで、薔薇の香りが広がった。そうだ、あの花は薔薇の仲間なのだ。
「ベースはやっぱり、薔薇の香りかしらね?」
 はじめのうちは爽やかさを重視して……トップノートは特に、自然の風に乗って漂うほどの軽やかな、あの花本来の香りを。
 次第に集まっていく甘い香りは、今もなお成長している白薔薇姫自身。
 そしていつか大輪の花束に……ラストノートはシンプルな薔薇の香りに近く。妹が自分の力で作り上げたポプリの香りは、確かに薔薇のポプリの香りに似ていたから。
「………」
 目を開く。
 引き出しから取り出した紙とペンに、思い描いたイメージと処方を書き留めていく。
 続けて書くのは経験からくる配分だ。実際のイメージよりも淡いものになる様に意識しながら数字を決めていった。

 調香は足し算で、少しずつ変化を加えていくしかない。最初の処方通りに調合した香りに、新たな香りを少しずつ足し、その度に何をどれくらい足したかを書き留めて、仕上がりを確認して。
 幾度も繰り返しながら完成させた、妹のための香水。
(これがきっと、今一番あの子を表す香りね)
 仕上がった香りの余韻に浸りながら、贈る相手、愛すべき白薔薇姫を想う。
(ポプリの香りも確かに、あの子らしいけど)
 少しずつ女性になっていく妹の背を押すように、初めての香水をと考えたのだ。これで眠る時だけではなくて、いつだってあの花を感じられるはず。
 今はまだ年若い少女らしさをこそ大事にした自然な香り。毎日つけてもおかしくないほどだから、チョコレートの香りを邪魔することもない。
「今想うあの子の魅力をより演出してくれるように、ってね?」
 取り出したのは浮彫りが施された香水瓶。完成したばかりの香りの滴を丁寧に移し替えていく。
 曇り硝子だからこそ、薔薇の彫の花びらひとつひとつが白く浮き上がる。瓶だけではわかりにくいその仕上がりも、中に滴が溜まるほど美しさを増していく。
(まさにあの子のための唯一だと思わない?)
 いつも笑顔で皆を明るくしてくれる大事な大切ないとおしむべき存在。
(今はまだ私達の中で……かしら)
 成長につれて、少しずつその関係が変わっていくように。彼女に必要な香りも変わっていくだろうと思うけれど。出来上がったばかりの処方を纏めなおしていった。
「これを終えたら、もう一仕事……ひとつ? いいえ、違うけれど」
 でももう少しね。清書する自分の手元を視線で追いながら、笑みが零れた。

●提案と発展

「どうしようかな……」
 これまでに集めた東方コレクションを眺め、シメオンは様々な条件を思い浮かべていた。
(僕は兄弟の中でも一番年下だから、兄様達よりも高価な物を用意するのはまずいかな)
 金銭で測れない物の価値があることはもちろん知っているし、妹だって僕達がどんなものを用意しても喜んでくれるだろう。
(兄様達の用意したプレゼントと並べて、派手になってしまうようなものも避けた方がいいかな)
 人によって基準が違うから難しいとも思う。
 妹が喜ぶというのが一番の、絶対的な条件だけれど。
 いくつかの反物を手に取り、順々にその柄を確認していたシメオンは、そのうちのひとつに改めて目を留めた。
 薔薇のモチーフで彩られたものだ。いつか、妹がもう少し成長して大人の女性になった時に。その時に着物を仕立てて贈ろうと思い買っておいた一品である。
 使い時ではない。けれど。
「……うん、此れのアレンジを仕立て屋にお願いしようかな」
 この反物はあくまでも参考にするだけにして。その柄を確認しながら、反物とは別のスペース、ハギレを集めた棚へと視線を向けた。

 主役として据えるのは、妹を示す真白い薔薇。全体に凹凸のある、けれど手触りの良い真白の布を使い、花弁を模した丸みのある形は中に綿が使われているから。小さな花弁ひとつひとつを丁寧に配置して、手のひらに乗るくらいの、まさに花開いた一輪を表現してある。
 勿論それだけではない。白薔薇よりも一回り、もしくは二回り小さい薔薇がいくつか共に花開いていた。こちらは真白い花弁の他に、ところどころ彩り鮮やかなハギレが使われている。赤、桃、黄、橙、朱、紫、藍、紅……紛れ込ませたハギレの花弁に赤系色が多いのは、参考にしている反物の地色が赤だったから。
(あの着物にもいつか合わせられるようにね)
 着物を贈るその時まで、大事に秘密にしておくけれど。
 色入りの薔薇は全て、白薔薇に寄り添うように配置して。緑系統のハギレをモザイク超に組み合わせ葉を現したベースの髪留めにすべての花を咲かせて。
 反物の柄を元にデザインされ、丁寧に仕上げられた一つだけの髪飾り。
 材料は、今までに集めて居たハギレ達、宝石のように光り輝くようなものでもなく、光沢のある生地ではないから派手さはない。
 ひとつひとつは落ち着いた色合いの布ばかりだ。ただ、それらを少しずつ寄せ集めて、少しばかり変わった形に仕上げただけ。上品な仕上がり、というのが近いだろうか?
(花の数、これで正解だったみたいだ)
 仕立て屋に頼む直前まで、薔薇の数に迷っていたのだ。控えめにするか、もっと増やし花束のようにするか……多すぎて華美になってもいけないだろうと、最後には5つに落ち着いた。丁度、妹を含めた兄弟全員の数。
 ハギレの花弁を混ぜ込んだ花が、次第に自分達に思えてくるのが面白い。
(きっとあの子の金の紙に似合うよ)
 白をベースに様々な色を合わせてあるから、きっとどんな服にも合わせられるはずだ。何時ものドレスにも、着物にも。

●激情と勇敢

(何を贈るのが最も相応しいのか……)
 毎日のトレーニング中、いつもなら精神統一を兼ねて無心になるべき時間も全て費やして、ロイは妹へのプレゼントについて考えていた。
 勿論体は日課を覚えているから、問題なくいつもの行程をこなしている。時には祖父や父の仕事の手伝いで頭を悩ませることもあったから、そう言った堅苦しい内容に比べれば、考えるという行程だけは容易だったのだ。
(貴族の立ち振る舞いを意識し、名代として行動するよりも難しい)
 考える時間だけが積み重なっていく。
 普段から生真面目に堅苦しく過ごすロイはこういう時考えすぎるきらいがあった。自覚はあるのだが、改善は難しい事も理解していた。
(ジャックに負けるわけには行かない、最高の品をプレゼントしなくては)
 すぐ上の兄への対抗心が特に、理由の大部分を占めていた。
(だが、最高の品とは何だ?)
 まずそこで行き詰るのだ。考える度、一番初めに浮かぶ言葉。
 最も高価なものだろうか。否。
 最も時間をかけたものだろうか。ある意味では正解、しかしこの考えている時間は加算してもいいのか。……否。
 最も大きなものだろうか。だとしたら兄弟であのバカ兄が一番になってしまう。否。
 視点を変えよう。
 最も喜ばれるものだろうか。妹は自分達に、そしてその贈り物に優劣などつけないはずだ。だから否。
 ……俺は何を考えていたのか。
 俺が最高だと思うもの……という事だろうか。
(皆は何を贈るのだろうか)
 一番に思い浮かんだのはシメオンの事だ。東方に造詣の深い弟ならやはり東宝にまつわる品を贈るのだろうか? きっとセンスの良い物を選ぶのだろう。
 センスというならアル兄さんが一番だろう、妹の服選びなども普段からやっている兄ならば凝った装飾品を贈っていてもおかしくない。
 ジャック兄さんは……改めて考えたが、読めない。商人としての目利きが鋭いことは認めるが、女性方面はお粗末な兄なのだ。
(そうだ、皆、それぞれ自分らしい品を選ぶのか)
 では、俺らしい贈り物と言ったらなんだろう?
 ひとつ思考の迷路から抜け出せた気がしたのだが。ゴールに辿り着くのはまだ先のようだ。

 真っ白な毛並みはふわふわとした手触りで艶もある。いつまでも触っていたくなるほどだ。一抱えほどはあるそのテディベアの首元には、贈り物の証にと金色のリボンが巻かれている。
(大きな袋に包むことも考えたんだが)
 それをやめた理由は、テディベアに持たせた小箱の存在だ。茨のモチーフが彫り込まれた木箱のなかには、白薔薇を模した一対の髪飾りを入れてある。髪を結うリボンの上からでもつけられるような、控えめのデザイン。だからこそ普段使いにもいいだろうと選んだものだ。
 特別な日に身につけるようなものは、アル兄さんやシメオンが選ぶ方が確実だと思う、けれどいつも使えるようなシンプルな物であれば、そう思って選んだのだ。妹の日常の中でも強く主張しない、邪魔にもならない、けれどいつも傍にあるような品を。それが妹に対する自分らしさにもつながっているような気がしたのだ。

●財産と責任

 バレンタインデー当日、ジャックは朝の早い時間から厨房に詰めていた。
「……コックすげぇ」
 目の前には、つやつやきらきらと輝いていた食材達。
 ひとつひとつ挙げるとキリがないが、どれもジャックが商人としての伝手を最大限駆使し、資金も惜しみなく使い、今日という日の為に取り揃えた食材達だ。
 それら全てを利用し妹のための豪華フルコースを作ってもてなす。
 世の中の金の廻りを操るだけじゃなく、何でもできて器用な俺様恰好いいぜ!
(……そう思っていた時代が俺様にもありました)
 計画は完璧だったのだ。少なくとも、今日の朝までは。
 ジャックは商人として最良の仕事をした、それは誰が見ても明らかだった。
「わぁってるよ、俺だってよぉ」
 全ては過去の話だ。
 今、ジャックの目の前には、全てが無に帰したかのように絶望した表情のコック達が並んでいて。
 かつての美味しそうな様子の欠片も見えない料理と呼ぶにもおこがましい代物の山が積み上がっていた。
「ジジイに出来るなら、俺も出来るって思ったんだよ」
 誰にともなくぼやいてみるが、返事はかえってこない。それもそうだ。
(自分でやりてぇと思ったんだからよぉ……)
 素直に言葉に出来ない代わりに、行動で示そうと思っただけなのだ、別に悪い事じゃねぇだろ?
 思いはするが口には出さない。照れくさくて言えるわけがない。
 別に手先が不器用とかそういうわけではないのだ。ただ、初心者ゆえに、知識と経験の不足が全てを台無しにしてしまっただけなのだ。
 切るだけで食材が吹っ飛ぶとか、混ぜるだけで爆発するとか、火にかけるだけで大炎上するとか、そう言った事件は何も起きなかった。
 ただ大きさがバラバラだったり、均一になっていなかったり、生だったり焼き過ぎだったり。今ひとつがいくつも積み重なって、美味しくない……率直に、不味いとしか言えない代物だけが出来上がっていった。
 コック達は何も悪くない。レシピも手順も教えてくれていた。ただ、それはあくまでも事前の段階だ。作る間はただ見守るだけにしろと予め指示したのはジャック自身だ。
 だから誰も責めるつもりはないのだが。
(確かにこれはひでぇか)
 泣けない食材たちのかわりに、コック達が涙目だった。今も律儀に指示を守って、手を出さないでいるけれど。
「……あのな、教えてくれ」
 悪かったよ、とぼそりと付け加えながらコック達へと向き合う。
「この失敗作を少しは活かせて、そんで今の俺でも作れる料理って奴をよ」

 コック達の指導の下、一からやり直して炊いた米飯。塩をまぶした手に熱いうちに乗せる。
 塩辛いうえに盛大に焦がした肉を切り救済した肉を一切れ乗せて、両手で包み込むように握る。
 リアルブル-出身者に聞いたことがある料理、おにぎりだ。
(あんときはお手軽料理って高くくってたけどよぉ)
 そうじゃないってことはもう知っている。
 肉の他にも、具になりそうなものを少しずつ失敗料理から抜き出して、作れるだけのおにぎりを握っていく。
「ま、不恰好だけどよ」
 愛情は誰よりも込めてるぜ?

●我らが世界

「貴方達の分は先に渡しておくわね……貴族の嗜みとして、こういうのも良いものよ?」
 酔わせるような甘いラム酒の香り、気分をすっきりさせるベルガモットの香り、眠りを穏やかにしてくれる緑茶の香り。弟達それぞれのイメージで仕上げた香水を手渡すアルバート。
「俺は元からイケメンスメルなんだよ! ……あーでも悪くねぇな」
 貰っとく、と懐にしまうジャックは相変わらず素直ではない。
「流石ですね、早速明日から使ってみようと思います。それと……シメオンにはこれを」
 ロイが差し出すのは茶葉のモチーフが彫り込まれた小箱。
「僕にもですか? ……わあ、ありがとうございます」
 シメオンが開けた箱の中身は髪に使える結い紐。
「なーロイ、そのチョコパウンドもう食っていいか?」
「馬鹿か貴様は、主役がまだ来てないだろう」
「ジャック兄様、あとで僕の分も少しあげますから」
「甘やかさなくていいわよシメオン……ほら、もうすぐ来るわよ、いい? せーの!」
 ガチャッ!
「「「「ハッピーバレンタイン!」」」」

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1310/アルバート・P・グリーヴ/男/25歳/魔術師/杖の騎士】
【ka1305/ジャック・J・グリーヴ/男/19歳/闘狩人/護符の騎士】
【ka1819/ロイ・I・グリーヴ/男/18歳/疾影士/剣の騎士】
【ka1285/シメオン・E・グリーヴ/男/15歳/聖導士/聖杯の騎士】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)
副発注者(最大10名)
シメオン・E・グリーヴ(ka1285)
アルバート・P・グリーヴ(ka1310)
ロイ・I・グリーヴ(ka1819)
クリエイター:石田まきば
商品:MVパーティノベル

納品日:2015/03/16 13:37