※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
兄と姉と弟と?


 友人達との食事会のために酒を買いに訪れた馴染みの食料品店。
「……うっ」
 店内に一歩足を踏み入れた途端、飛び込んできた光景に神代は軽く頬を引き攣らせる。
 天井で揺れるモールのハート、赤やピンクのリボンで飾られた商品台、ショーウィンドウにはハートを抱えた熊のぬいぐるみ。見事なまでにバレンタイン化された店内。
 幾分居心地の悪さを覚えながらささっと酒を選んでの清算途中、カウンター脇に見慣れないラベルの酒を発見してしまった。「辺境部族から仕入れた秘蔵の酒だよ」と店主。
「秘蔵……ですか」
 ごくり、と喉が鳴る。伸ばしかけて躊躇う手。
 友人椿姫に「お酒は四本まで」と言い含められているのだ。もしも破ったらつまみも料理も一切作らないとの宣言つきで。清算中の酒は四本、これを買えば五本……葛藤する神代に囁く店主。
「次は何時入るかわからないよ」
 まさしく悪魔、これは悪魔の囁き……。
 どこぞのテーマパークのように甘い香りが漂う中、少女達が楽しそうに笑い、少年達がそわそわとしている。
(日本と変わらないなあ……)
 かつての教え子達を思い出しながら神代は五本の酒瓶を抱え家路を急いだ。

 本棚に陣取るごつい羊の置物をどけ、テーブルの上に散らばる数独の冊子をまとめて突っ込む。
 そういえば羊の首には何時の間にやら温かそうなマフラーが巻かれていた。多分椿姫の仕業だろう。
 酒とグラスはテーブルに。
 最後に秘蔵の酒をテーブルの下、籠に入れ上から布巾をかけた。
 後は二人が来るまで武器の手入れでも、と武器を取り出す。
 シャッシャ、カシャン……。
 軽い金属音。長剣は厚手の刃を持つ短剣へと変身する。まるでパズルのように姿を変えるこの武器は神代のお気に入りだ。
 一通り手入れを済ませ、実践を想定しての高速変形の練習……パズルで遊んでいる感覚に近い。
(バレンタインか……)
 高校教諭であった神代にとって多忙極める二月、そのためほとんど記憶がない。
(この時期は毎年奔走どころじゃなかったよな……)
 期末試験、会議、生徒指導……何度一日48時間欲しいと願ったことか。
 思い出すのはコンビニ弁当とドリンク剤で命を繋いだ日々。
「あー……それで酷い風邪を引いた年もあったっけ……」
 学生時代の体力はないと思い知らされた、と零す苦笑に軽やかなノック音が重なった。
 聞こえてくる楽しそうな話声。友人達、椿姫とラスティだ。
「いらっしゃい」
 笑顔で二人を出迎える。


 バレンタインである。恋人達の日だ。だが彼女は忙しくラスティは自宅で一人。
 そんなとき椿姫から神代との食事会に誘われた。勿論断る理由はない。だが……。
「そんな予感はしてたんだよな……」
 ラスティは両腕にずっしりと掛かる重みに小さく溜息を吐いた。それに気付いた椿姫が「これも筋トレよ」と新しい荷物を追加してくれる。そう荷物持ちになるであろう予感はあった。
「俺より力あるのはどこのだれだっけ?」
「だからこそでしょ?」
 憎まれ口を見事に打ち返されぐっと言葉に詰まる。口でも腕っ節でも敵わないこの姉のような存在にラスティは弱いのだ。
 それにしても、と周囲を見渡す。嫌でも視界に入るピンクや赤のハート。
「浮かれている雰囲気だよな……」
 彼女と過ごせていないから余計にそう見えるのかもしれない。
「えぇ、すっかりバレンタイン一色ね」
「ホントにな……」
「しかも日本のバレンタインよね」
 女の子から男の子へ愛の告白、チョコレートを添えて。ルリアルブルーしかも日本という国の製菓業界が作り出した祭りが此処まで浸透しているのだから驚きだ、と椿姫が肩を竦めた。
「男女関係無く大切な人にカードを贈ったりする日でしょ。それにプレゼントならば男からするべきよね」
「大切な人にか……」
 今日会えなかったあの子へ。だが何を贈ればいいのか。

 黙り込んだラスティの胸の内を椿姫は察する。大切な人への贈り物について考えているのだろう。
 ラスティは椿姫にとって弟のような存在だ。
「そうね、私はチョコより花をオススメするわね」
 背後から忍び寄る。「うぁっ」と驚くラスティ。面倒を見たくなるのと同時にからかいたくもなる可愛い弟分。
「でも花はすぐ枯れるだろ?」
「なら鉢植えはどう? 手入れが簡単なものもあるわよ」
 花をもらって嬉しくない女の子はいないと断言できるくらい花はプレゼントとして有効だ。
(でもあの子は甘いものが好きだった……)
 漂うお菓子の甘い香りに孤児院で一緒だった親友の顔が浮かぶ。奥手で引っ込み思案の親友は本を読むのが好きで、物語を作るのが上手だった。
 おやつに出たお菓子が主人公の即席の物語。騎士アーモンドの冒険とかチョコ姫とレート王子の恋の話とか。
 甘い香りはそんな懐かしい記憶を引っ張り出す。
 彼女と食べるお菓子は特別な味がした。でももう親友は……。
(この世にはいない……)
 空を見上げ目を細める。
「椿姫?」
 先を行くラスティが振り返った。
「何でもない……」
 小さく頭を振り笑みを浮かべる。そして「ほら、急ぐわよ」とラスティを追い越した。
「誠一が待ちきれずに飲み始めてるかもな」
 両手に荷物を抱えラスティが椿姫を追いかける。


 テーブルに置かれた皿の上には白身魚のカルパッチョ。先ほど三人で乾杯したばかりというのに椿姫の手際は見事なものだ。
「そうだ神代さん、育てやすくて可愛い花って知りません?」
 突然の言葉にラスティが咽返る。
「ラスティ、大丈夫ですか? ……花を育てるんですか?」
 神代がラスティに布巾を差し出した。
「私ではなくて、ラスティが彼女へのプレゼントを探していて」
「ああ、なるほど」
 神代が向ける思わせぶりな笑顔にラスティは知るかと顔を背けた。
「そういえば彼女を連れてくれば良かったのに……」
「誘いに行ったら、今日は用事で出かけているって拗ねてましたよ」
「拗ねてねーって」
 ばっと振り向けば笑いを堪える二人の姿。
(ったくこの二人と来たら……)
 息を合わせて人を弄りやがって……と再びそっぽを向いて酒を煽る。
 まあ、まあと神代が新しい酒を勧め、
「次はラスティの好物をつくるわ」
 椿姫がぽんと頭に手を置いた。
 まあ、弄られるだろうなということは誘われた時に予想はしていた。……が、やられっぱなしは面白くない。

 彼女の誕生日だろうか、と思ってから神代はバレンタインか、と思いなおす。
 そういえば自分はここ数年義理しか貰っていない。しかも大体同僚や生徒達の手作り……と言えば聞こえはいいが本命へ渡す前の試作品だ。
(……酷い味のもあったな)
 口に入れた瞬間ジャリっとありえない音がしたものとか、と漏れる笑み。
 神代は甘味が苦手だ。だが折角の頂き物を無碍にはできず冷蔵庫に保管し時間をかけて頂くことになる。結果、食べ終えるのはプール開きの頃。
 一応仕事だけじゃなくバレンタインの思い出あったな、などと思い出していると「約束は守っています?」と椿姫に声を掛けられた。
「え……?」
「お酒のことです」
「も、勿論です」
 僅かに声が裏返り、視線が足元へと向かう。本人は気付いていない。
 居間の棚もきっちり調べられて、出てきた酒は合わせて四本。
「どうです、やればできるでしょう?」
「自分の体のことですよ」
 得意そうな神代に、呆れる椿姫。
「まぁ……。折角約束を守って頂けたので私も神代さんの好物沢山作りますね。もちろんラスティのも」
 キッチンに向かう椿姫に胸を撫で下ろし、再び足元を確認した。大丈夫、バレていない。

 神代が自分の足元ばかり気にしていることにラスティは気付いていた。
(ほんと、嘘吐くの下手くそだよな)
 テーブル下、神代の足元の籠から覗く瓶の頭。
 神代と視線がぶつかる。ラスティの意図に気付いた神代が内緒にしてくれとジェスチャーを繰り返した。
(さっきの仕返しだ! 誠一は酒没収でも飯抜きでもされると良いぜ!)
 返事代わりにニヤリと唇の端を上げて笑う。神代の表情が絶望に染まった。
「誠一の足元に酒発見!」
 高らかに告げる声。

「これはどういうことですか」
 どん、と椿姫はテーブルに瓶を置いた。
「あの、その、今日は二人が来るので……一本、二本は直ぐに空いて四本以下になるのではないかと……」
「それは屁理屈です」
 大きな身体を小さくして項垂れる神代の前で腰に手を当て立つ椿姫。
 二人を横目にそ知らぬ顔で酒とつまみを順調に平らげていくラスティに神代が「最近錬金工房には行かないのですか」と話を振った。
「全く……」
 溜息混じりに呟いて椿姫は額を押さえる。
 以前武器の強化で有り金全部はたいてしまったことを引っ張り出し小言の矛先をラスティへ向けようという作戦か。
 だが当のラスティは我関せずといった様子だ。それは椿姫が話を途中で逸らさないことを知っているからだろう。
 特に小言はその時伝えたいことを伝えたい相手に言っているのだ。言い終える前に別の話題に移ることはない。
「今はその話ではありません」
 びしっと言い切った。
 読みが甘いぜ誠一、とグラスで隠した口元に笑みを浮かべる。
「とりあえずこのお酒は預かっておきます」
「えぇ、そんな?!」
「何か?」
「いえ……何でもありません」
 肩を落とし神代は「聞いて下さい」と本棚のマフラーを巻いた羊の置物に話し掛けた。
「酷い話もあったものです。秘蔵の酒を……」
「あればあるだけ飲んでしまうでしょう。後日ちゃんと返しますから」
 物言わぬ羊に語りかける背中に漂う哀愁。少し柔らかい口調で椿姫は告げ、酒瓶とともにキッチンへ戻って行く。

 ピザを釜に入れ、ジャガイモを油に投下、チキンに塩、胡椒、大蒜を揉み込み野菜と一緒に蒸し焼きに、椿姫はキッチンを動き回る。
 背後から聞こえてくるラスティと神代の会話。
「置物に話しかけるとか寂しぞ」
「黙って愚痴を聞いてくれる素敵な羊ですよ」
 どうやら羊に話しかけたことをラスティにからかわれているらしい。
「そういえば椿姫さん、マフラーは何時の間に?」
 神代がキッチンへと身体を向ける。
「先日の雪の日ですよ。この羊、ふわふわしてないから寒そうで……」
 はっ、と椿姫は途中で我に返った。置物が寒そうなんて、ちょっと大人として恥ずかしい事を言ってしまったような気がする。
「なぁる、椿姫からの贈り物な……」
 笑うラスティに椿姫は身構えた。
「羊だけじゃなくって誠一への贈り物は? 誠一も椿姫にないのか。バレンタインだろ?」
「「へ?」」
 だが思わぬ言葉にシンクロする椿姫と神代の間の抜けた声。神代からの贈り物など全く期待していなかった。
「ああ、そういえば……」
 頭を掻く神代はどう見てもそういう行事に疎そうだ。寧ろ何か用意していると言われたほうが驚きである。明日槍が降るかしら、と思ってしまうくらいには。

 ピザを始め料理がテーブルに並ぶ。蕩けたチーズはとてもおいしそうで重たい思いをして運んできたかいがあるってもんだ、とラスティは早速ピザを手に取った。
「んっっ、まいっ」
 ピザの絶妙な焼き加減に唸る。
「ピリ辛で酒にもぴったりです」
 空っぽになった一本目、これで三本。ちらっと椿姫の顔色を伺う神代。だが「駄目ですよ」と何か言う前から先手を打たれてしまう。
「料理もツマミもいらねーってなら俺が貰うけど?」
 言いながらピザの最後の一片を奪う。
「食い物の恨みは恐ろしいって諺が日本にはありましてね……」
 テーブルに両肘をついた神代の深い溜息。
「顔が怖いぜ、誠一……」
 キラリと光った眼鏡にラスティが椅子を引く。
「冗談ですって。こうして皆でわいわいやるのは楽しいのでつい」
「放っておくと神代さんはお酒とおつまみだけの生活になっちゃうから、また皆で食事会とかしましょう。ね、ラスティ?」
 椿姫がラスティの前に新しい皿を置く。
「まー……うん……」
 返すのは曖昧な返事。
「酒は百薬の長と……」
 ぼそっと言う神代に椿姫は「薬も過ぎれば毒となる……でしたっけ」と返す。
(二人がくっつけばいいのになー)
 二人のやり取りを眺めながらラスティは思う。きっとお似合いの二人になるだろう。
 でも、そうなると俺は邪魔者だよな、と思わなくも無い。だから先程もすぐに返事ができなかった。決して二人は自分を邪魔者扱いしないことはわかっている。だからこそ自分が気を遣うべきじゃないか、と。頭の中でぐるんぐるんと巡る声たち。
「ラスティ」
 神代の落ち着いた声が思考の渦を止めた。まっすぐに向けられた視線は柔らかい。
「俺もまた一緒に食事できたら嬉しいですよ」
 それから少し間をおいて「だから次は酒を見つけても内緒でお願いします」と手を合わす。
 此方の機微を悟って、でも此方の負担にならないように……こういうところが大人だよな、と思う。
「椿姫に二人揃って小言コースは願い下げだぜ、俺は」
 頼れる兄貴か、なんて思ってすぐに照れ隠しに酒を隠したりわかりやすい嘘つくとこは子供とかわんねーけどな、と付け加えた。
「あ、さっきの花の話ですが……」
「ぶ……っ!」
 もう終わったと思った話題を神代に持ち出され、酒を噴きかける。
「今度一緒に朝市に行きましょう。季節の花も沢山売っているのできっと良いのがみつかりますよ」
「あら、それいいじゃない。それまでに彼女の好きな色とか調べておくのよ」
 椿姫にびしっと人差し指を突きつけられた。
 姉と兄に挟まれてのプレゼント選びなんてどんな罰ゲームだと天を仰ぎたくなる。だがまあ……。
「わかったって」
「荷物持ち確保したから色々買えるわね。……と蒸し鶏そろそろ出来上がったころかしら?」
 キッチンへ向かう軽い足取り。ラスティは嫌な予感に神代をじろっと見た。
「半分は誠一に渡すからな」
「安心して下さい。俺も既に頭数です……」
 キッチンから椿姫の鼻歌が聞こえてくる。男二人は顔を見合わせて肩を竦めた。
「おや、三本目ももうこれしか……」
 あれ取り戻せないですかね、と没収された酒瓶に向ける熱視線。
「誠一がさっきの酒狙ってるぜ」
「神代さん!!」
 椿姫の声が響く。
「そこは男の友情に免じて見逃すところじゃないでしょうか……」
 降参と手を挙げる神代にラスティが声を上げて笑った。
 まだ二人の言葉に甘えてもいいかな、と思う。此処の空気はとても居心地がいいのだ。

 結局五本目の酒は開封されることなく椿姫がきっちり持ち帰ったのをラスティは確認した。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名       / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ka2086  / 神代 誠一     / 男  / 32   / 疾影士】
【ka1225  / 椿姫・T・ノーチェ / 女  / 28   / 疾影士】
【ka1400  / ラスティ      / 男  / 16   / 機導師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼ありがとうございます。桐崎です。

三人でワイワイとお食事会、いかがだったでしょうか?
多分神代さんもラスティさんも椿姫さんには頭があがらないのだろうなあ、と思っております。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
神代 誠一(ka2086)
副発注者(最大10名)
椿姫・T・ノーチェ(ka1225)
ラスティ(ka1400)
クリエイター:桐崎ふみお
商品:MVパーティノベル

納品日:2015/03/09 14:27