※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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彼女の目に映る姿
多分、何かあったのだろう。
エアルドフリスという人間は、かつての葵から見ればどこか所在なさげなところがあった。
一歩身を引くような遠慮、警戒されてるのかと思えばそうでもなさそうで、どちらかと言うと、集団に混ざり過ぎないように身を律しているようなフシがある。
協調性はある、ノリも悪くない、ただ中心には入りすぎないように気をつけてて、いつでもするっと抜けられそうな距離を保たれている。
事情は人の勝手だ、それらの印象をどうこう言う気はない。
世の中縛られず、一箇所に留まれない人間というのは必ず存在するものだし、別にそれが悪い事でもなかった。
ただ、望みと行動が相反してるとなるとどうだろうか。
相変わらず逃げ道を確保してはいるのに、特に逃げようとする素振りがある訳でもない。なんか留まりたさそうなフシが見えるのに、逃げ道の方をちらちらと見てしまう。
――どっちよ。
いやいや、これは自分が問う事でもない、かなりもどかしく出来れば笑い飛ばしてやりたいが、当人が解決する問題だ。
とは言え、機会があればと、お節介の材料は手に入れてしまったのだけれど――。
――必要なかったわね。
もうこいつは逃げ道の方を見ていない、躊躇っていた佇まいはしっかり前を向いている。
道を決めたのだろう、ならば自分から言う事は最早あるまい。今日は特筆するところのないめでたい日、ようやく仲間に加わってくれそうな事を密かに祝いつつ、準備している祭りのために、エアを連れて買い出しへと向かった。
…………。
聖輝節や万霊節に比べればバレンタインに置ける街の姿にそれほどの違いはない、それでも浮ついた空気があり、目を凝らせばどことなく赤や白の装飾が多いように思える。
買い出しの目的は料理の材料に祭りの飾り付け、まずは軽いものから処理しようと、訪れた雑貨屋は商売人らしく、自らの店内をもバレンタイン仕様にしていた。壁際を飾るふさふさしたガーランドに、カウンターに置かれたハートをモチーフにした小物。ピンクで甘くなりすぎないように、チョコレートカラーでバランスを取るのも忘れていない。
「籠と包装紙だったか?」
チョコレートを配る面子用の装備品で、エアは置いてる場所を見繕うとスタスタ歩いていく。
腕から下げる籠に、オーガンジー風味の包装紙、手を抜いてるわけではなく、エア的に効率的に選んだのだが。
「……可愛くない!」
「普通だろうが!?」
「味気ないのよ、あんた自分の彼女からブレーンのチョコ貰ったらどう思う?」
チョコはただの手段だし、本人の気持ちさえあればエアとしては何も言うことはない。そもそも彼女仕様でチョコ配られる事態がなんか癪な気もするし、いやいや、それ以前に。
「あいつがそんな真似するわけ無いだろう」
「だったらそれにふさわしいもの持ってきなさいよ」
葵が勝利した。
恋人のセンスで選べなどと言われたらエアも心を配る他ない。かつては馴染みのない分野だったものの、恋人との時間を重ねたことによって、それなりの選択ができるようになっている。
籠を飾り付ける赤のリボンに、持ち手から吊り下げる兎のマスコット、被せる布を赤のチェック柄にすればそれなりにバレンタインといった空気が出る。
可愛くしすぎじゃないかとエアが別の意味で渋面になっている横で、結構イケるじゃないと葵はご満悦になっていた。
別件で使うためのポンポンやガーランド、お祝いテープも用意した。こっちを選んだのは葵で、口にこそ出さなかったが、あいつならこの手のふわふわしたものを気に入ってくれるだろうと考えている。
思いの外増えた荷物をエアに持たせて、雑貨屋を出る。
食料品の店を目指して歩く道中、ふと足を止めた。イベント期間中の店はそれはもう魅力的だ、旬でもある苺を使ったスイーツに、赤を主役にプロデュースされた防寒具、とは言えそれらは今日の本題でもないし、少し目を取られても長居しないようにしていた。
目を取られたのは服飾店にある、イベントとは別の普通の展示。大人の男性用で、葵が着れない訳じゃないが、そうではなく――。
「服は今関係ないだろう?」
変な寄り道する気かと咎めるエアに、葵は無言で手帳から一枚の写真を抜き出して突きつけた。
突き出された写真はどこかのブティックで、エアの恋人が大きく映っている。服装は見慣れないジャケットスタイルで、腰掛けの上に膝をつき、上目遣いでカメラを見上げていた。ジャケットからは素肌が覗き、細いうなじと緩んだキャミソールの紐が見えている、そして有り体に言っておねだりポーズ、あざとい。
「な……」
これはどういう事だ、いつこんな写真を撮った、見慣れない恋人の格好はなんだと色々聞きたい事はあったが、言う前に写真は回収されてしまった。
「この写真の服ね、私が選んだのよ」
もったいぶった葵の語り口にエアは焦りを募らせる、もう一枚抜き出されてチラ見せされれば、明らかに休日デートといった風情で撮られていた。
「ところで荷物、重い?」
「いや全く」
反射的に答えてしまったが、エアの直感はこの返答で間違いないと告げている、女性的な無茶振りに従順な我が身が恨めしい。
「この写真に合う服を見かけたんだけど――」
時間はあるかしらと尋ねられて、頷く以外の選択肢がどこにあるというのか。
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まだ食材の買い付けには手を出してなかったから、時間的にも重さ的にも余裕がある。
エアから少し時間をもらう事に成功した葵は、とりあえず見立てだけでもと服の棚を巡っていた。
合わせる相手は先日選んだジャケットとキャミソールのカジュアルスタイルとして、それと組み合わせるならこいつは何だろうか。
スポーティで統一して休日カップルを演出してもいいのだけれど、エアの精悍な容姿を着飾らせないのはなんとも勿体無い。ならば知的にまとめたアカデミースタイルはどうだろうか、相手の活動的なスタイルに対比してバランスが取れる気もするし、鍛えられた体に聡明で温和なギャップはイケるはずだ。
そんな風に葵が考えをまとめていると、どうも自分たちに向けられているようなはしゃぎ声に気づく。
「…………」
上手く隠しているがこれはあれだ、女性たちがミーハーなうわさ話をしている気配だ。
姿が見えないからまだ気を配られている方だろう、気づいたのも自分たちがハンターだからだという理由が強い気がする。
余人の目から自分たちはどう映るのだろうか、エアの容姿は文句なしに良好、葵は女装をしている訳ではなくて、どちらかといえば中性的に努めている。しかし色素の薄い髪と、手入れに余念のないかんばせはまごうことなく麗しく、今まで服とエアの方しか見ていない背姿だったから、誤解の余地はあるように思えた。
「そろそろ出ないか」
「そうね……」
こいつも気づいているのだろうか、同行者を慮れば勿論構わないが、誤解を残したままというのは余り気持ち良くない。
葵は服を棚に戻し、噂話の気配がどこかと探した、帰る前に一つだけははっきりさせておかないといけない。
「俺たちが気になりますか、お嬢さん」
普段より格段に低く、しかし優しさを失わない男としての葵の声。葵の性別は一発で伝わったし、それでいて不躾な興味が本人達にバレているのもわかったのだろう、女性たちはあわあわと非礼を謝罪しながら逃げていく。謝罪の裏で麗しい風貌からの思わぬ色気にきゃーきゃー言われてたのは多分気のせいじゃない。
まぁいいんだけどね、と内心。女性同士なら服を選び合っても何も言われないのに、片方が男性だと変な勘ぐりをされてしまう。なんとも世知辛いが、自分も少し不用心だったと僅かな反省を抱く、二人……いや、三人とも男である事のツッコミは不在だった。
「もういいわよ、出ましょ」
「良かったのか、あれは」
「結果は私の望んだとおりになったけど?」
何も買わずに店を出て、そんな話をする。やはり気づいていた、ならば葵が意図的に手段について触れなかったのも伝わっているだろう、何も言わずに押し黙るエアを見て、こいつはまた余計な気を回しているなと感づいて葵は苦笑する。
葵の心は乙女である、男性として振る舞ったことは多少の不本意こそあれど、別に悪かったとは思ってない。なんと言っても、自分のミスを自分で始末しただけだ。それに。
「馬鹿ね、私は自分が男であることを否定してるわけじゃないわ」
だってそんなのかっこ悪いでしょ? と気楽な口調で言って、だから後悔していないと振り向いた葵はぱちんとウィンクをした。
「いいのよ、一瞬息を止めることくらい何でもないし」
食料品を買い込んだ後、口直しをしようと葵から提案があって、二人はカフェに来ていた。
ブティックでの誤解を再度招かないように、受け答えは全て葵が行い、声も男性だと分かる程度には低くしている。生きていれば誤解は避けられないものだと思うけれど、手が届く範囲ではしっかりしておきたい、それくらいには葵は二人に対して義理堅く在りたいと思っていた。
エアに苺のムースを奢らせるのに成功した後、葵はそれを優雅に突っつき、一方のエアは葵から引き渡された恋人の秘蔵プロマイドを見て唸っている。こんな写真を撮っている事自体に色々と言いたい事はあったのだけれど、写真の裏面を示され、そこに恋人から自分宛のメッセージを見つけてしまうとエアとしても黙り込む他ない。
メッセージはいずれもエアを想ったもの、エアを待ち受けている事を示すもの。
エアを象徴したかのような水色のマフラーを巻き付け、微笑む姿。半年ほど先のデートを求めるようなメッセージは、未来もエアと共にいたいのだと言っているようで。
「これは……」
「お節介の賜物よ、必要なくなったみたいだけど」
でもあんた宛のものだからあげると葵は説明を切り上げる、これ以上は言わなくてもわかるでしょとスイーツを突っつく澄まし顔が語っていた。
エアの手元には最愛の人が映る日常の絵姿に、エアへと向けたメッセージ。これこそがエアを繋ぎ止めると二人は信じたのだろう。
「……そうか」
気を遣わせた、その事をエアは切々と思う。
決断が遅くなってすまないとも、心配をかけたとも思う、でも葵はそれを今言う事を好まないだろう、彼女に言うのは、きっと全てにケリをつけてからになる。
「色々考えたけど、あんたの服はあの子に選んで貰いなさい、もしくは自分で頑張る甲斐性を身につけるとかね」
「……着るものなんて可笑しくなければいいと思ってたんだけどな」
馬鹿ねと苦笑で口元を緩めながらも、エアを咎めなかったのは、恋人に対して不誠実はしないと葵がエアを信じているからだろう。
歯抜けだらけの会話でも成立するのは、お互い察し合うものが多いから。
また望まれた時に見立てをしてあげると言い、葵は片目を瞑って微笑んだ。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3114/沢城 葵/男性/28/魔術師(マギステル)】
【ka1856/エアルドフリス/男性/30/魔術師(マギステル)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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二人の距離感、察し合う関係性とか、目に見えない気遣いとか、音無が好きだなーって思った要素を目一杯盛り込んでみました。
音無はもう一人の事を彼って呼びますが、葵さんの事は彼女と呼びます。
他人から見た視点というのも明らかにできて良かったです、和やかなひと時をお届けできれば幸い。
副発注者(最大10名)
- エアルドフリス(ka1856)