※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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commune with~神託蒼記録~
●滴の陽炎
高校生活最初の夏休みともなれば、学友達が浮足立つのも仕方ない。
期末試験の時期からその気配は顔をのぞかせていたのだ。九条 子規だってその例には漏れない。
今日は終業式。校長の長話を聞けば、慌ただしかった一学期が終わる。
夏休みにアルバイトを始める話で盛り上がった後、子規は人気の少ない放課後の校舎を歩いていた。
陽はまだ高いのに、他人の気配が消えるだけで静けさが増す。サッシの影は短くて、壁にかかるほどでもなく。
日中の明るさと節電を理由に蛍光灯もついてはいないから、特別教室の集まる場所に近づくにつれて、閑散とした空気が漂い始める。
――ふわり
風もなく音もなくはためいた白衣の気配。視界にちらつく水色に子規の足が止まる。
真っ直ぐ見つめてはならない。
(待って)
気持ちを抑えながら、言葉にしないまま。心の中で唱えるように願う。
本当は手を伸ばしたい。伸ばしてしまいたいのだけれど。
それは駄目なのだと昔から知っている。
伸ばしたいのは本能か、抑えるのは理性か。
それともそれは逆なのか。
――すっ
気配が動く。
けれど、少し先で止まる。止まっては進み、進んでは止まり……繰り返す。
手は届かない距離で。
(待ってくれてる)
そう感じることは間違いではないと思う。これまでも繰り返してきたのだ。
互いを見つけて、距離を測って、重ならない程度の、いつも通りの間隔を守って。
――すう……
途中で消えるのも、いつもと同じ。
違うのはその場所だ。
屋上の入り口、非常階段の前、準備室に続く廊下……旧クラブ棟の近くなんてこともあった。時々同じ場所が続く時もあるけれど。
今日は、準備室の前。
その気配が完全に消えて見えなくなるまで、子規は静かに待った。
(待ってて)
最後に思うのはいつも同じその言葉……きっと、伝わっていると思いたい。
●囁く稲妻
――ざぁ……
気付くと同時に気付かないふりをする。
そうしなければいけないと知っているから、知らないふりをするのが当たり前になっていた。
自分がそうするだけで、それはただの背景になる。
日常の一場面の影になる。
人の暮らしの影に垣間見える、仄暗い中でのみ現れ耳の奥にその軌跡を残していく。
――ぽつ
聴く回数が数えきれないほど積み重なった俺は、俺の中に壁を作っている。
見えない音で、見えない壁を。
他の誰にも感じ取ることができない筈の、心の殻を。
土砂降りの雨の音、と言って伝わるだろうか。
落ちる音でも、鐘の音でもなく。
降りしきる雨に晒された感覚が、その時、確かに全身を襲った。
「先生、これ使ってください」
迷いなく差し出されたのはタオル。
(……確か)
今年の一年だという事は、制服を見れば着慣れた感じで大体わかる。けれど顔も見たことがあった。
何処かいい家の子息が入ってくる、そんな風に職員室で囁かれていた。名が知られているような家に生まれた子供だ、担当教科でもない限り自分のような不良教師と接点をもつはずがないだろう。その程度にしか捉えていなかったが。
想定外だ。
(しかもこんな理由で)
よりによって視えているなんて。
「今日は体育なかったから、使ってないですよ、遠慮なく……先生?」
土砂降りの雨の中、生徒の声が耳に届く。
その声は決して鋭くなんてないはずなのに。
「どうしたんですか?」
目線の高さはそう違わない。覗き込むように近づく顔から身を引きそうになって、それと気づき精神力で動きを止める。
(動揺したらまずい)
視えていることを示すその行動に、聴こえる先達としても、教師としても大人であるべきだ……しかし。
「いや」
決定的な何かが今この瞬間を彩っている気がする。少しでも間違えたら後はない、そんな予感。
(まさか)
それは目の前に居る生徒への配慮の事だろうと結論付けて言葉を紡ごうと口を開いた。
先生が目を見張る様子が不思議で、微かに首を傾げる。
(誰かにイタズラでもされたのかな?)
ずぶ濡れで校内を歩いているのに誰も声を掛けないなんて。
もしかしてよくあることで、皆、慣れているんだろうか。
(さっき顔をしかめていた気もするんだけどな)
面倒くさそうに、とでも言えばいいのだろうか。その表情が他の生徒を遠巻きにさせているのかもしれないと思う。
(授業の評判も悪くないって……字以外は)
弓道部の先輩に聞いた話を思い出す。いつも、生徒が訪ねても準備室に居ないとか。何でも以前、小火騒ぎを起こしたせいで、外に喫煙場所を探して居るらしい。
もしかして、またどこかで消火活動の対象にでもなったのだろうか。だとしたら失礼だとは思うが頷ける。
(でも、それとこれは関係ないもんね)
風邪でも引いたらどうするのだろう? 授業が無くなって困るのは皆同じなのに。嫌われ者というわけでもないみたいだし。
「いや」
「……あっ」
口の中ではじける小さな声に自分でも慌てる。
(またやっちゃった!)
そう思った時には後の祭だと知っていたはずなのに。高校生になってからは特に気を付けていたはずなのに。
「ごめんなさい、今のなしで!」
失礼でしたよねと、当たり障りのない言葉を選んでタオルを下げる。
必要ないものを差し出して変な生徒だと思われるのがオチだ。
実際の先生はどこも濡れてなんかいないのだ。だから、タオルを差し出す他の誰かは居るはずがないのだ。
「有難う」
「っ?」
予想外の言葉に動きが止まる。今度は生徒が驚いて目を見張った。
その隙に、しまっていなかったタオルは先生の手の中へ。
「外歩きしていたら汗をかいてな。遠慮なく使わせてもらう」
白衣は蒸れるものだからな。薄く笑うその顔は女生徒が好みそうだ。
「……どう、いたしまして……?」
「洗っておくから、近いうちに取りに来ればいいさ」
またな。そう言って後ろ手にひらひらと降る手を見送る。
(すごく鮮明……だったよね)
その背をじっと見つめる。濡れそぼっているはずの白衣は、けれどひらひらと。
●七色の端
(来るだろうとは思っていたがね)
日参もここまでくるといっそ尊敬に値するなと、緊張した顔でソファに座る子規を伺う。決して交友関係は狭くないはずだ。自分のような兼業教師にかまけていていいのかとも思うのだが、向けられる視線と素直な反応、つまり純粋な好意を前に強く出れない自分が居る。
「なんで居場所がすぐバレるかねえ。発信機でもつけてるのか?」
実際、こう尋ねる雨塚 燐太郎も、子規が近づいてくる気配には気付いている。
足音がしなくても。雨雲が引く時のような、それとも降り始めのような。雨そのもののようでいて違う音……音のようで居て音になりきらない感覚。
「機械なんて要らないよ。だって会いたいなって思ったら解っちゃうんだもん」
なのにこうして近くに居る時は、雨音に混じる陽射しのような。
「やれやれ、どれだけ把握されているのやら」
茶化すようなこのやりとりはお決まりの掛け合いになろうとしていた。
教師として生徒の自主を重んじる、つまりいつでも子規が離れられるようにという配慮のつもりでいているのだが。この問い自体、燐太郎が子規に対して興味を示している証だという自覚はあった。
(目が離せないのだから仕方なかろう)
視える目と素直さを併せ持った子規は、自分のように誰かに教えを受けたわけではない。その危うさが心配だからだ。
その上でこれまで無事に過ごしてこれていること、自分との違いが何なのか、好奇心があることも否定はしない。でも、それだけだ。
「前に言ってた参考書。探しに、行くかね? その……休み中に」
そんな言葉がついて出る。
(しまった)
もう遅い。だから燐太郎の脳は言い訳を用意し始める。
化学はあまり得意ではないからと、会いに来る切欠だったと気付いているが。教えを乞いに来た生徒に対する教師として、勉学の世話は間違っていないはずだ。
その礼にしては多すぎる差し入れも、受け取ってしまっている……だから、その礼だ。
「行く! 絶対行くっ!」
撤回されないうちにと即答してから、腕を伸ばす。
どこか上の空の燐太郎、その様子も気になるけれど。今は好都合だと思う。
その白衣の裾に触れるだけでも本当はとても緊張するんだけど。
(聞いてもいいかな。いいよね?)
教えてくれるかな。そうだといいな。吸って、吐いて……うん。
くい。
「センセ」
長い夏休み、会えなくなって少し寂しいって思ってたんだよ。
あの時俺の事気味悪がったりしなかった先生。最初はそれが嬉しかっただけなんだけど。
先生に似たあの子に気付いて、どんどん気になって。
もしかしたらって思ったら、2人だけの秘密みたいで落ち着かなくなって。
(もっと知りたいし、近づきたいんだ)
だから。
「連絡先教えて。……ダメ?」
会える日の相談に、便利だよ、ね?
パーソナルスペースの狭さには自覚があった。本業を理由に、今の立場を得ることになった人とは違う感覚は、他の誰とも共有できるものではないと思っているからだ。
育ての親は親身だったけれど、聴こえていたわけではなかったから。
(……参ったな)
見上げてくる子規にどんな顔を向ければいいかわからず燐太郎は視線を逸らした。自然にそむけたようでいて、内心では慌てて。浮足立っている自覚があった。
小さな予感。
踏み込まれたわけではないのだ、自分はそれを許したわけではない。そう、何度も言い聞かせた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1856/雨塚 燐太郎(エアルドフリス)/男/化学教諭/fall in drop】
【ka0410/九条 子規(ジュード・エアハート)/男/一年/inner prism】
副発注者(最大10名)
- ジュード・エアハート(ka0410)