※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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turning point~神託蒼記録~
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イベントと言うのはどこにせよ、活気があり賑やかになるものである。
(わかっちゃあいるんだが)
新人教師じゃないのだから、いい加減少しは慣れてもいいだろうにと雨塚 燐太郎は自嘲する。慣れるはずがないと分かっているからこそ、こうして化学準備室で余暇を過ごしているのだが。
やはり落ち着いて居られないのが現状だった。
化学室も出し物の為に使用されている。人の出入りが常にある為、賑やかな音を遮断しきることができない。そのせいで煙草が吸えないのも、燐太郎をどこか不機嫌にする理由の一端になっていた。
それでも準備室で1人過ごしていれば、喧噪の真っただ中にいるよりはマシだ。だから毎年こうして、必要なとき以外は大人しくして時間が過ぎるのを待っている。
他にすることもないので、大抵は仕事をすることにしているのだが……今年は、いや、正しくは去年から。
燐太郎の文化祭の過ごし方は変わってきていた。
(……九条のクラスは、喫茶店だったか)
時々、と言うよりは頻繁に思い出すのは、九条 子規のこと。
バレンタインを切欠に、ただの教師と生徒とは呼べない関係に踏み込んだ相手。
一度家に入れてしまってからは、二度も三度も同じになってしまった。勉強を教えるためだとか、教えた礼の食事だとか、更にその礼で出かけるだとか……雪玉が転がり落ちていくように、理由を増やして巻き込んで。気持ちを積み上げて行くことを止められずに、気がつけば、今。
(いよいよ拙い、か)
そう思いはするのだ。
不良教師と、素行も教師陣の覚えもすこぶるいい模範生徒。立場の違いもまた、燐太郎の中にしっかりと棘を残している。
感じとれる先達としての使命感、若芽を守るという思いも勿論そこには含まれている。
守らなければいけない相手だからこそ、自分と関わったままではいけない事はわかっていて。
子規の側から離れてくれればいいのだと、不必要なくらいそっけない態度をとってみたりもしているのだが。
その難しさにも気づいていた。
自分から離れる決意を固められていないのがその証拠だ。
近づいてくる子規を、その手を振り払えばいいのだ、本当にそう思うのであれば。子規の意思に任せる、なんてあいまいな態度をとっている時点で、離れたいとは思っていないのだ。
気持ちを重ねること、想いを通わせること。その心地よさを教えてくれた子規。
愛される幸福を今も変わらず教えようとしてくれている子規。
そんな子規を愛しいと思わない方がおかしくて。
自分の気持ちを止めることも誤魔化すことも出来なくなっている自覚があった。
今の燐太郎に出来るのは。周囲に気取らせないことだけ。
曖昧な関係のままとはいえ、不用意に煙を立てない事だけだ。
視界に入った時計を見て、教師の務めを思い出す。
(そろそろ巡回の時間か)
人が多くごった返す中、生徒たちに危険が及ばないよう見回るのが教師と言うものである。
(どういった順番で回るとするかね)
一通り、会場として使用している場所を、念のために立ち入り禁止にしている場所も見回るのは基本だが、そのルートは各自に一任されていた。
スマートフォンを取り出して、SNSのアプリを開く。検索ボックスに入力するキーワードは、高校の名前と文化祭の二つ。
『カフェ服格好いい!』
『ロミジュリなう』
『ゴスロリ喫茶にかわいいウェイトレス!』
『小物ー! ドールガチ!』
『迷子案内どこ』
『モデル体型美少女』
『笑顔可愛い』
『宣伝の子』
『脚ほっそい』
『衣装凝ってる』
『30分待ち』
『うるんでる感じの目がいい』
『接客丁寧』
……
(なんだこれは)
そんなタイプがいただろうか。
(繁盛してるなら結構)
しかし賑わう場所ほどトラブルが起きやすいのも事実。該当する場所があれば特に気に掛けなければならないだろう。
あくまでも可能性だとはいえ。情報社会をうまく味方につけるというのは大事だと感じる。
(………!)
導き出されたクラスは、二年の……
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後輩達の応援を受けて心機一転、これは仕事なのだから引き続き頑張ろうとウェイトレス業務に精を出す子規。
(陸君みたいに堂々と出来ればいいんだろうけど)
少しずつ真似できるものなのかなと、少しだけ考えてみる。
今更声色を変えるなんて、既に居るお客さんには不自然だ。何より、それらしい声を出せるとは思えない。
実は緊張しているせいで、いつもより高めの声が出ていることにあまり自覚が無い子規である。人の声と言うものは、聞く側と話す側で、きこえ方が違うせいかもしれないが。
今から化粧をしてもらう? ……やっぱり、駄目だ。
(自分じゃないにおい、女の人って感じのにおい……そういう俺を、先生に見られたくない)
女性らしい格好で、女性らしい扱いをされたいというわけじゃない。
他の女の子たちと同じように見られたくない。
可愛いと思ってもらいたいけれど、それは女の子としてじゃなくて、俺を俺としてみた上で、だ。
(会いたいなあ)
後輩は似合うって言ってくれたけど。
クラスメイトも似合うと言ってくれたけど。
先生は、どう思うかな。
恥ずかしいという気持ちはある。それは最初から変わらない。生まれて初めて身につけた女性向けの服は、とにかく子規を落ち着かなくさせる。
ただ、接客係として過ごすうちに、着慣れる事だけは出来ていた。
視界から外れてくれないスカートは、やたら今の格好が女装であることを主張してくるけれど。
皆の言う通り、本当に似合っているというのなら。
(先生から見ても、似合ってる……のかな)
あの人の視界に今の自分が映ることを想像するだけで、やっぱり恥ずかしくなるのだけれど。
でも、いやな顔をされないのだとしたら、自分のことを優しく見つめてくれるなら……それってきっと、嬉しいことだ。
(忙しいから、無理だけど……会いたいなあ)
だって大好きなんだもの。
好きな人のことを考えていると、嬉しい。
相手が機嫌よくしてくれていると、笑ってくれると、自分も楽しい。
笑ってくれたら、自分も笑顔になれる。
ふふ…っ♪
想像の中だけならいいかなと、先生が自分に笑いかけてくれる様子を思い浮かべて、子規は笑顔になった。
それこそ、恋する顔で。
「ご注文をお伺いします」
「君、さっきみたいに笑わないのー?」
ニヤニヤ。じろじろ。
「サービスでさ、俺達に笑ってくれない。可愛いウエイトレスさん」
「そうそう、俺達君みたいな可愛い子との出会い期待してきたんだよね」
君がその出会いの相手ってわけ。わかるー?
「……当カフェは、喫茶目的のお客様に飲食サービスを提供していますので」
咄嗟にでたのは普段、アルバイト先でも使っている業務用の定型句。大抵の面倒な客は、それで怖気づくのだが。
「はっはーぁ? たかが文化祭の出し物で何言ってんの、真面目ちゃんだねえ、嫌いじゃないけど」
「ますます可愛いじゃん、連絡先交換しない?」
高校の文化祭、それが免罪符のように軽く扱われる。
(って言うか、笑顔、って……)
先生のことを考えていた時の顔をみられたのだと、遅れて気付く。
(よりにもよってこんな、人目のある状況で、先生にしか見せない、顔……っ)
失敗した!
一番無防備な顔を見られたことに。そこまで自分が隙を見せていたことの衝撃が大きくて、途端にそれまでできていた事務的な態度がしおれていく。
(どうし、よう……)
怖い。一番弱いところを見られた相手、怖い。
大事じゃない人に、そんな、自分が……混乱して、突然、それまで顔さえも気に留めなかった客を認識する。
弱点を知られてしまうと、相手がどんなであっても怖くなるもので。
「あれー、突然どうしちゃったのー?」
「あ、俺らに見とれてるの?」
勘違い野郎どもが加速していく。クラスメイト達は、接客に一番慣れているはずの子規が捌けていないという事態に手を出すことができない。
子規の目の潤みが強くなる。
「あれあれ、俺ら優しく聞いてるだけじゃね?」
場の空気は自分達に向いていると判断した客が更に調子に乗って、子規の肩を抱き寄せようと手を伸ばす。
「なんでそん……っ!?」
ぐいっ!
「っ!?」
「何処の生徒かね?」
子規が驚いて視線をあげると、燐太郎が子規を自分の背に庇うように立っていた。
視界には白衣の白さだけ。嗅ぎ慣れた香り。
「高校の文化祭で、クレーマーよろしくナンパとは良い度胸だ」
言外と言わず、言葉の中にはっきりと迷惑行為だと明言する燐太郎。
「なっ……」
それまで子規しか見ていなかった二人が慌てて周囲を見渡す。困惑した様子の周囲にギクリと体を震わせた。
「……やっぱ帰るわ!」
「俺も」
ドタバタと逃げるように去っていく。
「お騒がせしました、引き続きカフェをお楽しみください!」
その背を見送ったことで我に返った子規が営業スマイルを浮かべて声をかける。その笑顔に安心したのか、カフェの中は次第に元の空気へと戻っていった。
「……先生」
バックヤードスペースに一度下がってから改めて、助けてくれたことにお礼を言おうと口を開く。ただ、どんな目で見られているのかを思うと、真っ直ぐに燐太郎の顔を見ることができない。
「た、助けてくれて……ありがとう、ございます」
何より場所が場所だ、はらはらと二人の様子を見守っているクラスメイト達の視線も気になる。
「ああ」
気にするな、教師だからな。そう続けた燐太郎は、本当に小さく、子規にだけ聞こえる声を落とした。
「意外と似合う」
囁き声と同じ響きで紡がれた言葉は、ひどくやさしく子規の胸の中に落ちた。
(褒めて、貰えた)
嬉しい。この状況で、それでもわざわざ言葉にしてくれた。その事実も含めて、嬉しい。
「俺はもう行くから。繁盛してんだ、しっかり客から金取ってやれよ」
「せんせー悪い大人―」
バックヤードの空気も和ませて、燐太郎は巡回に戻っていった。
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「繁盛の原因……まさかの……」
巡回の体で。今は使われていない旨に向かい座り込む。
道理で女子の顔が浮かばないと思ったわけだ。
可愛いとか美少女とかモデルとか、そういうレベルの生き物じゃなかった。
なんだ、あれは。
何か言わなくては、褒めなくてはと思うものの、適切な言葉が浮かばなくて。
ひとつ言ったら全て、奥にしまい込んだものまで吐き出してしまいそうで。
沸き上がる感情を強引に抑え込むのと、必要な気持ちを言葉にして絞り出すのと。
同時にしたせいだろうか。
今もまだ、燐太郎の脳裏に先ほどの子規の姿が焼き付いている。
薄れる様子は欠片もなくて、ただ燐太郎の中にとどまり続けようとする。
「意外と、じゃない」
もっと違う言葉を伝えなくてはならない。
できるだけ早急に。けれど、ゆっくりとした時間の中で。
二人きりにならなくては。
生徒と教師。それは最初から分かっている。
けれど、いけないことだと分かっているからこそ、必要なのだ。欲しいと思うのだ。
九条と……子規と、二人きりの時間が欲しい。
誰にも邪魔されない空間で、子規と在りたい。
「……」
握りしめていたままだったスマフォを取り出す。
送ったメールは、ほんの一言。
《後で、屋上》
「九条君、少し早いかもしれないけど、休憩してきたらどうかな」
あんなことの後だしね。クラスの文化祭委員が差し出してくる紅茶を受け取って、ありがたく申し出を受けることにする。
「あ……じゃあ隣に行くよ、ありがと」
着替え場所兼物置となっている部屋に下がる子規。ほっと一息をついて、心を落ち着けて。それからやっと、自分のスマフォの画面に触れた。
「……っ!」
短い言葉。だけど、一番手に入れたい人からの、一番欲しかった言葉。
他の誰も居ない部屋で。子規は一人、無防備な笑みを浮かべた。
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後夜祭は有志参加だ。目当ての誰かが居れば誘い合って参加するし、疲れがあるからと早々に帰る者だっている。
仲間達と最後まで騒ぎたい者も居るし、喧騒から離れてひっそりと、秘密の逢瀬を楽しみたい者も……
屋上の鍵は、生徒が簡単に自由にできるものではない。
喫煙場所を探し校内を出歩く不良教師だからこそ、燐太郎はその鍵を自由にできていた。
だから、誰の邪魔が入ることもなく。
カフェの衣装のままの子規は、燐太郎の腕の中に収まっていた。
いつからだったか覚えていない……いつのまにか、だ。
痛いような優しいような腕が自分の背に回されている。それに気づいたら、全てどうでもよくなった。
「……子規」
時折、かすれた声で名前を呼ばれる。その度に嬉しくて、ずっと聞いていたくて。そっと回し返した腕に力をこめた。
それ以上の言葉はないけれど、これで幸せな気がして。
(大好き)
名を呼ばれる度、こっそりと唇だけでその言葉を紡ぐ。燐太郎に見えないように、顔は愛しい人の肩にうずめて。
小さな、唇が離れる音に、燐太郎が気付いているとも知らずに。
ひゅるるるるる……どぉん!
「……花火、始まったな」
燐太郎の言葉に、ゆるゆると顔をあげて、少し高い位置にあるその顔を見つめる。
思い出すのは、後夜祭のジンクス。
『後夜祭の花火の下で告白するとずっと一緒にいられる』
女の子っぽすぎるかもしれない。でも、この格好を笑わずに、似合うと言ってくれたから。
この人なら大丈夫。
「……センセ」
この距離なら、囁き声でも聞こえる。花火の音がどれだけ大きくたって、互いの鼓動が聞こえるくらいの距離だから。
深呼吸の必要はなかった。それくらいで落ち着くような鼓動じゃないし。そんなに小さな感情じゃない。
ただ、まっすぐ、さらけ出せばいい。
「九条子規は、雨塚燐太郎が大好きです」
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1856/雨塚 燐太郎(エアルドフリス)/男/化学教諭/過去からの一歩を】
【ka0410/九条 子規(ジュード・エアハート)/男/二年/未来を見据えた手】
副発注者(最大10名)
- エアルドフリス(ka1856)