※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
熱に溶ける

●一つ風

 今冬は冷え込むせいか体調を崩すものが多く、エアルドフリス(ka1856)の薬局でもその対応に追われている。
「ん、予防の薬? そんな万能なもの、あったら今すぐ配っているさ」
 宿屋の主人に返しながら、同じ動作を繰り返す。今朝からずっとこの調子だ。数を作って待ち構えてしまえばいいのだと終始調合に取り掛かっていた。
「皆が健康なら俺の仕事が減る。良い事なんだがね」
 ここ数日に限って言うなら、今この状況は幸いと言えた。
(ジュードの不在を思う暇が無いのは有難い)
 帰省中のジュード・エアハート(ka0410)を想う。名を思い浮かべた時点で矛盾していることには、気付いていないことにした。
(些か調子が変なのは働きすぎかね)
 現実を、特に自らの心身を見ないままに過ごしていたツケは少しずつ、薬師の中に蓄積していくのだった。

(ぬかった)
 見事に風邪をこじらせたエアルドフリスは薬局の臨時休業を余儀なくされた。
 流行りの風邪は症状が近く、その為の薬も作り溜めていた。それを知る主人からは薬だけでも預かってやろうかと持ちかけてくれたのだが断った。
 確かに薬を売った方が健康を取り戻す者は増えるだろうけれど、症状の程度によって調整は必要だし、そこまで人任せにするには薬師のプライドが許さない。
 多少の期間は取り置ける薬だったのは幸いだった。
(何ひとりで言い訳をしているんだか)
 独りは慣れている。気付いたときには独りだったし、寄り添う家族が出来た時間も短かった。旅の経験は、そうした孤独を当たり前にするために費やされたと言ってもいい。
 誰かが居ないことを寂しいと思う、その事実を認めることに、まだ慣れていないだけだ。

 旅の疲れと気疲れどちらも溜まっているけれど、そんなものは後でいい。エアルドフリスの元に戻るのが最優先だ。
(早く会いたい)
 いつだってそう思っているけれど、今は特にその思いが強い。
 離れていたから? ……それもあるけれど。
(早く会って、どうにかしたい)
 今抱えているのは純粋なものばかりではない。気持ちさえも癒してくれる大事な人の元に早く行きたいと思うのは当然の事じゃないか。
 彼に会うためならば重かったはずの身も心も勝手に軽くなるのだから。
 宿屋の主人に軽く声をかけ、二階へと上がっていく。主人が何か言っていたような気もするけれど、急ぐジュードには届いていない。
(やっと会える!)
 気がはやり、ドアを開けるのと同時に部屋の主に声をかけた。
「ただいま、エアさん!」

●甘い熱

「もー、人に風邪引くなって言っといてこれなんだもん!」
 起き上がれもしない様子のエアルドフリスを前につい口酸っぱくなってしまう。
(甘えるつもりだったんだけどな)
 重く鈍くなった自分の気分を癒すのは、目の前のこの人だったはずなのに。どうして自分が看病することになっているのだろう。
「‥‥ジュード」
 熱に浮かされた灰の瞳が見上げてくる。いつもと違う、頼る相手を求めるその視線は潤んでいるようにも見える。
(心配になるじゃないか)
 ここまで弱り切った様子を見るのは初めてだからだろうか。過去の傷を話すときだって、こんな顔は見せなかった癖に。
「してほしい事とか、ある? 薬飲んでるの? その前に何か食べないとダメかな」
 何がいい? 今日は特別に甘やかしてあげる。状況に酔って、甘い言葉が口をつく。こういうのも悪くないなんて、その考えがつい態度にも出てしまう。
「甘くて冷たい物が食べたい」
 対する薬師も素直だ。我儘な子供が駄々をこねているみたいな、そんな口ぶり。弱るとこんな風になるんだなと新しい発見に嬉しくなる。普段は大人の余裕でいろんなものを隠して誤魔化す人だから。
(これは、可愛いかも)
 俺だけかな、俺だけかも?
(どんなでも、エアさんだしね)
 大事で、大切で、拠り所だから。どんなところも認められる。

「わかった、親父さんに言って用意してもらってくるね」
 そう言って踵を返したジュードの手を掴んだのは無意識によるもの。
(……いかんなあ)
 食べたいには食べたいのだ。薬もまだ飲んでいないから。水物でも何でも何か腹に入れなければどうしようもない。
(先に薬の量を頼んで……)
 違う、今考えるべきはそれではない。帰ってきたばかりで世話をかけていることに感謝しなければとか、まずは喉の渇きをいやしたいとか、風邪を感染さないよう触れるべきではないのにとか。自分の事とジュードの事が波のように来ては帰る。熱のせいか意識も定まらない。
(まず何を?)
 迷子の思考は定期的に元の場所に戻って来る。その度に同じ答えが浮かび上がるけれど、その言葉を伝えるにはまだ何かが足りない気がして、迷ううちにまた思考の波に埋もれてしまう。
「エアさん? 俺行かないと」
 心配そうにのぞき込むその顔に輝くのは、鮮やかな草の色。
(……嫌だ)
 掴んだ腕を引けば、ジュードがバランスを崩した。勢いのまま自身の上に倒れ込ませ抱き留める。
「此処に居てくれ、ジュード……独りは嫌だ」
 行かないで。全身で気持ちを伝えようと、力任せに抱きしめた。

「大丈夫、俺は此処に居るよ?」
 加減のできていない腕の中から、出来る限り優しく甘く聞こえるよう言葉を紡ぐ。
(仕方ないなあ……あ、そういえば)
 風邪をひいた薬師の姿に驚いて、伝えていなかった言葉を思い出す。
「……ただいま、エアさん」
 俺だって寂しかったんだから。
 先に言うなんて、なんて狡い男だろう。
(もう少しだけ、こうしていようかな)
 この人が眠りに落ちるまで。

●温み雪

 エアルドフリスに回復の兆しが見えるまで、ジュードは部屋に通い詰めていた。
(今日も来ると言っていたが)
 出迎えられそうだと服を着替えながら、ここ数日の振る舞いを振り返る。
 店は従業員に任せられると言っていたから、なるべく此処に居てもらうよう頼んだ。
 職場での時間を短く切り上げ、自分の看病に来ると言われ嬉しいと言った気がする。
 朝目が覚めれば既に支度を揃えていてくれて、夜も自分が眠るまで傍についていてくれた。
(流石に自分が寝付いた後は帰った……と、思うのだが)
 記憶がない。なにせ自分は寝ていたのだから。必要最低限の着替えはこの部屋にも置いてあるが、何日も泊まり込みができるほどではない。
 何より風邪を感染すわけにはいかないと自分が言ったから、それを守って居たはずだ。
「……」
 頭を抱えてもいいだろうか。
 随分と我儘を言ったように思う。それを全て聞き入れてくれるものだから、途中からは調子に乗っていたような気もする。
(帰ってきたばかりで疲れていただろうに)
 土産話をする暇も与えず、面倒ばかりかけてしまった。
 シャラ……
 半分の銀貨を手に見つめる。
(何か、礼をしなければならんな)
 今日は、自分が話を聞く番だ。

 食事を乗せたトレイを手に、ジュードは部屋の前に立つ。
(起こさないように……っと)
 物音をたてないように気をつけながら扉を開けた。
「お邪魔しまー……あれ?」
 今はもう嗅ぎ慣れた匂いの中、薬師がいつもの椅子に腰かけている。
「いらっしゃいジュード……いや。お帰り、か?」
 ジュードの気配に振り向いたその顔色もいつも通りといえそうだ。冗談めかした言葉に待っていてくれたのだとわかる。
「もう起きあがれるんだ?」
 そろそろ俺もお役御免かな。そう言いながらトレイをテーブルに置いた。
「でもせっかくだから、食べちゃってね?」
「勿論いただくよ」
 ゆっくりと匙を動かす様子を眺めながら、二人分のお茶を淹れる。もう自然な流れだ。
「休業中の札が下がったままだけど、大丈夫なの?」
 すぐ隣の椅子に座り、食事する様子を眺めながら時折言葉を交わす。
「……今日一日は予備日のようなもんだ。そういうジュードこそ、店は?」
「もー、せっかく来たのに追い出したいのー?」
 頬を膨らませて言ってみる。
「なーんてね。今日もよろしくって任せてきたから大丈夫だよ」
 でもエアさんが大丈夫なら、明日からまた仕事に戻るよ。そう伝えれば安心したような笑顔が映った。
(ちょっと……ううん、かなり)
 この時間が終わってしまうのが寂しいけれど。
「元気になってくれて良かった」
 これも本音なのは間違いない。
「……今日はゆっくりしていくといい」
 こちらを見つめる視線が優しい。それが分かるようになった自分もなんだかくすぐったい。
「うん、お言葉に甘えちゃおうかな」

「降ってきたね」
 暖めた部屋で二人、のんびりと過ごすだけというのも悪くない。
 窓の外は雪がちらつき始めていた。病み上がりの自分はまだ外に出ない方がいいからと、ジュードも付き合ってくれている。
 遅ればせながら帰省中の話を聞きながら、久しぶりの落ち着いた時間にエアルドフリスは充足感を感じていた。それまで不足していた欠片を埋めたような感覚。
 隣のジュードを見れば、くつろげた服の隙間から銀貨の片割れが覗いていた。
「どうしたの?」
 視線に気づき、小首を傾げる様子にこみ上げるものはあるが、まだ全快ではないからと自身に歯止めをかける。
「いいや」
 かわりにその手に触れて、指を絡める。
(今は、このままで)
 絡め返されるこの指の感触に留まっていよう。

「雪が積もったら、どこか遊びに行きたいね」
 話題は新年の計画へと移っていく。
「礼もしなきゃならんな……どこがいいかね?」
 願うのはいつも一つだけれど。
(来年はもっと一緒に居られるといいな)
 隣に座る男の体温を感じながら、ジュードは雪の降る空の向こうに小さく、祈った。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1856/エアルドフリス/男/26歳/魔術師】
【ka0410/ジュード・エアハート/男/17歳/猟撃士】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
エアルドフリス(ka1856)
副発注者(最大10名)
ジュード・エアハート(ka0410)
クリエイター:石田まきば
商品:snowCパーティノベル

納品日:2014/12/26 16:24