※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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凍り雨
●雪道
いつも見ているはずの景色が鮮やかになる。
いつも過ごしているはずの空気が浮ついている。
(実感というやつかね)
リゼリオに居を構えて数年、ハンター業にも街にも慣れてきた自分にエアルドフリス(ka1856)は認識を改めるべきかどうか迷っていた。
聖輝節を控えたこの時期は、どうしても過去への記憶の扉が開きやすい。
生の置き所に迷う孤独な身の上を自覚しているし、またいつか旅に出ることを自身に課している。それは部族の教えとして身に刻んでいることで、後悔と恩返しと……決して一つではない理由の証。
夕暮れの紅い光に雪が染まる。
●雪雲
旅の薬師という触れ込みだけでも、規模の小さな村や街では歓迎された。
雪に閉ざされるような冬とくればなおさらだ。
その頃の俺はまだハンターではなくて、ただの流れ者だった。魔術の知識も戦う術も身に着けていたおかげで一人での旅も慣れていたけれど。歓迎されること、人の賑わいの中に在る事実は純粋に嬉しかった。
「……獣?」
急病人は勿論、小さな傷だろうと問わずに看ていれば噂話も耳にする。街の人にしてみれば、危ないから今は次に立たない方がいい。冬をここで越せばいいと親切心のつもりだったのかもしれない。
ただの世間話だ。
街外れなら別に無理に足を運ばなくてもいい、冬が終わればハンターも呼べる。今は大人しくしていればいい。
わかっている。しかしどこか気になった。
(獣なら良い、だがもしも……)
街全体が寝静まった頃合いを見計らい、外へと抜け出すのは予感があったからだ。
「やはりな」
雪の中、凍える様子もなく迷いなく向かってくる影が獣のはずがない。人はその危険性も分かった上で忠告してくれたのだろうけれど。
雑魔と呼ぶのが近いだろうか。思いながらも短剣を振るうことはやめない。
想定より小柄なその体躯に油断して傷をつけられてしまったが、それだけだ。大したものではない。
斃すために出てきたのだから、じっとやられるのを待つつもりなんてない。雑魔にとってはこの街の人も俺もただの獲物に見えるのだろうが。
「運が悪いな、お前」
ここで俺に出会ったから、お前の二度目の最期は俺が貰ってやる。
牙を剣で封じ、空いた手に輝く指輪を閃かせる。
「最期くらい温めてやろうかね」
捻くれた笑い方。その笑みと同時に炎の矢を叩き込む。喉の奥に吸い込まれた矢は上がるはずの悲鳴を殺し、焼けるような音さえも雪に吸われ全てが無音に飲まれた。
小物ほど、後には何も残らない。戦った証は受けた傷だけだから、何の証拠にもならない。
(面倒な……)
雪の中を戻りながら、この後の過ごし方を思案する。傷のせいか思考が鈍い。応急処置はできているが、外気にさらされているせいで容赦なく体温が奪われていく。少しばかり場所が悪かった。どこかで落ち着いて処置をしたいくらいだが、手がかじかむ。
薬も道具もあるけれど、部屋が遠い。
並び立つ家の扉は全て閉ざされている。それはそうだ、歪虚かもしれない何かに襲われてはたまらない。
既に斃したとはいえ、戸を叩き説明する手間も惜しいくらいだ。
何よりも……寒い。
何をしようにも、億劫なくらいに。
●溶雪
「お兄さん?」
くい、と袖が引かれる。甘やかな声が冷え切った脳に響いた。
「……」
ゆらりと顔を向ければ、春を待つ夜の蝶。この冷気の中客を得られず、この時間まで街の裏道を彷徨っていたのだろうか。獣の話を知らないわけでもないだろうに。
街の外から来た見知らぬ男でも構わないくらい、独りが嫌だったのだろうか。
「ねえ、寝床がないなら……」
ぐい。
差し出された手が頬に触れ、その温かさを感じてすぐに引き寄せる。
「ちょっと……?」
「すぐにでも行こうじゃないか」
独りの寝床なんて帰りたくない。
そこに温かい熱があるなら、俺はそれを選ぶ。
「旅の先生でも、こんなことするのね?」
慣れた手つきに息を荒らされ、娘の熱が更に上がる。
「幻滅でもしたかね?」
自嘲めいた笑みは、壁を見つめる娘に見られることはない。
「いいえ、悪くないって……思う、わ……」
休みなく熱を貪るのは、冷えた体を温める為。そう割り切ればどうと言うことはない。感情が伴うなんてはなから思ってなどいない。
(「先生」ね……)
そう呼ばれることが嫌いなわけではない。むしろ修行の意味が形を成したこと、実を結んだことに誇りさえ感じる。
けれどその響きは余所者に対するものでしかなく、この街におけるただの記号に過ぎない。
全てを覚悟の上で選んだ道を、その通りに歩んできただけだ、それはわかっているけれど。
「それは良かった」
なら、まだつきあってくれるだろう?
熱をはらむ夜は始まったばかりだと言うように。
小さな音ほど、静かな夜には響くものだ。
雪が更に降り積もり、耐えかねた雪が屋根から滑り落ちていく。
(逃げることも、忘れることも、赦されない)
自分を示すものが何も無い事実が襲い掛かってくる。治る事のない記憶と言う傷が内から痛みを伴わせる。
隣には熱を分け合った娘。こうして目を覚ますのはこれで何度目になるだろう。
旅をすることも、独りで眠ることも慣れた筈なのに、気付けばこうして他者の熱を求めている。その後に襲いくる過去が、全て無意味だと告げてくることだってわかっている筈なのに。
「皮肉なもんだ」
わかっていても繰り返してしまう。こんな形で教えを受けたわけではないのに。
(罰ってこと……かね)
血を引かぬ身で部族の精霊を継ぎ、力ある者の責務を全うできなかった事……愛を教えてくれた人と土地を護れなかった事。
一時の穴埋めだからなのか、気持ちが伴わないから無意味なのか。
俺自身が「違う」と知っているからか。
(それ以外にどうしようもないだろう)
――《世界は全き円環》――
その教えに寄り添えないのは他ならぬ俺自身だ。
愛していたからこそ、今も精霊を継ぎ続け、後悔と共に抱く。
けれど俺は「俺」を知らないからこそ、戻る場所を見つけることができない。
見つけられないなら、新しく作るなんておこがましいというものだ。
ならばせめて、流れ続けるのが義務なのだろう。
それが今の俺に出来る、償いの代わり。
●水溜
いつのまにか、腕には荷を抱えていた。
(……またか)
意識が記憶を彷徨う間も、体はいつも通り、必要な動きを覚えているらしい。はじめこそ仕事と自身の決めた生き方に囚われる自分を嗤いもしたが、それは違うのだと思うようにもなっていた。
(住み慣れた、そう認めるしかないのか)
流れる者として一番避けるべきことだ。だからこそこれまで、そう思うよりも前に場所を変えてきた。
けれど。
片方の手を首に下げた半銀貨に触れさせ、すぐに握りこむ。
(今は、まだ)
認めたくない。大切な者を手に入れた今だから。
また流れる定めに戻るその時まで、僅かな時間でもいい。
自分で決めた道を違えるつもりはない。誰かに背負わせるつもりもない。
(……赦されるなら)
それができる誰かは居ないから、宿に向かう道すがら空を見上げた。
既に日は落ち、空に輝くは星ばかり。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1856/エアルドフリス/男/26歳/魔術師/留まる雨水】