※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
スコッチ・ウイスキー

 そこは、港街にある一軒のパブだった。
 内装は、中産階級向けのサルーン・バーを目指した挙句に、労働者の通うパブリック・バーに落ち着いたという印象だった。足許こそ絨毯の敷かれていない木目晒しだったが、飲んだくれが吹き溜まる場所にしては、幾らか垢ぬけた感のある店である。
 こういったパブは、女給以外の女性の立ち入りを禁ずる向きがあったが、この店は違うとみえて、制服姿以外の服装に身を包む婦人の姿もちらほらとあった。
 客層の多くを占める男達は、港のある街らしく、船乗りと思しき風貌の者が殆どだ。
 そんな中、他とは趣を異とする男の姿があった。
 二十歳そこそこの青年である。彼の肌は褐色をしていたが、船乗り達の日に灼けた肌とはあきらかに毛色の違う艶があった。
 そして、毛先に水の滴るような癖のあるブロンドに、何処か陰りのある灰色の瞳。
 首許に提げた金の鍵を片手で弄びながら、もう一方の手にはパイプを持って、思慮深げにマウスピースを噛んでいる。
 艶を滲ませる術を心得た青年の立ち姿に、店内の女達は、多かれ少なかれ色のある視線を向け、男達はと言えば邪険にした眼で青年を視ていた。当の本人は素知らぬ振りで、バーカウンターに寄り添っている。
 この青年は、名をエアルドフリスという。西方を遍歴する薬師で、ここ一週間ばかり、この港街に滞在していた。彼は酒を嗜むでもなくパイプを燻らせながら、人が来るのを待っていた。
 エアルドフリスが何口目かの煙を吐いた時、パブのドアベルが高らかに鳴り響く。エアルドフリスが、おもむろにそちらを振り向けば、そこには待ち人の姿があった。
「やぁ、────」
 甘みを含んだハイ・バリトンでエアルドフリスが名前を呼んだのは、彼よりもやや年齢を重ねた赤毛の女だった。ここ一週間、そう呼び掛ければ頬に赤みが差したものだが、しかし今夜は様子が違った。頬の色こそ同じだが、色情にほだされてというよりは、血相を変えてという表現の方が合っている。
「あぁ、エア。早くここから逃げて」
 彼女は足早にエアルドフリスの許へ駆け寄ると、彼に掴み掛からんばかりの勢いで言った。エアルドフリスは、なだめるように女の肩へ手を置き、彼女の愛称と共に囁き掛ける。
「落ち着いて、──。どうしたんだい?」
「あぁ、エア、エア。あなた早くここから、いいえ、この街から逃げないと、あのヒトに殺されてしまうわ!」
 だが女は、半ばヒステリックに叫ぶばかりだ。女の台詞に、あのヒト? と問い返す間もなくして、先程よりも乱雑にドアベルの悲鳴が上がる。
 そちらへ眼を向ければ、そこに立っていたのは鬼の形相を浮かべた男。その出で立ちからして船乗りとみえるが、バーに屯すどの男よりも屈強そうな身体を誇る大男である。
 彼は赤毛の女と、彼女が縋り寄るエアルドフリスの姿を見咎めるや、肩をいからせてにじり寄って来た。
「てめぇか、人の女房に手ぇ付けたっていうのは……!」
 低く抑えた怒声を受けたエアルドフリスは、その口上に何の疑問も持たなかった。
 例えば、バーカウンターの片隅で、左手の薬指に指輪の跡が見える日焼けをした女が独り佇んでいたとして、何を説く必要があるだろうか。
 ただ一つ自問する事があるとするなら、何故あの時、全てを察しておきながら女に声を掛けたのか。元来、自分はもう少し分別のあるタチではなかったか。もっと後腐れのなさそうな相手など余る程にいたろうに、どうして?
 その疑問は、女に声を掛けた時からずっと胸の内にわだかまっていたが、どうでも良い事だと構わずにいた。そして今でさえも、そんな考えのままに、エアルドフリスは口許にシニカルな笑みを浮かべながら口を開く。
「誰が誰のモノだって? 少なくとも彼女のはもう、俺のモノさ。あんたのモノじゃもう──届かない」
 そう言うと共にパイプから喫した煙を吹き掛けてやると、男の瞳にあった炎が、消えた。そしてその一瞬あとには、男が猛牛もかくやという雄叫びを上げて、殴り掛かって来た。
 いやはや、面白いようにすぐ釣れる。エアルドフリスは、手許のパイプを振って、火皿の灰を血走り眼の男の顔面へ浴びせ掛けた。
 悲鳴を上げて顔を仰け反らせた男の鼻っ柱に、勢い良く掌底を打ち込む。鼻骨を折るまでには至らなかったが、更に大きく反った男の顔から、紅い滴が跳ねた。
 鼻を打たれれば、どんな屈強な者であっても身体を硬直させる。更に出血すればこちらのものだ。血が出れば、鼻が詰まる。鼻が詰まれば、呼吸が止まる。
 そして呼吸が止まれば、否応なしに──思考も停まる。
 その瞬間、虚に陥った男の頭を、両手で抑え込む。ガタイこそ男に劣るが、上背の高さはエアルドフリスに分があった。
 掴んだ男の頭を懐へ引き摺り込みながら、膝頭を仮借なく顔面へと叩き込む。
 一度──、二度──、三度──と繰り返したところで手を離すと、男はずるりと、床に沈んでいった。
「他愛ない、な」
 シャツの襟元を緩め、少し乱れた呼吸を整えつつ、エアルドフリスは倒れ伏した男に一瞥を向ける事もせずに、背を向ける。──しかし、赤毛の女へ何事もなかったかのような微笑みを向けようとしたその時、彼は背後で大きく床の軋む音を聞いた。
「やれやれ──」
 ゆるり──と、首を巡らしてみれば、そこには今度こそ鼻の曲がった男が、カウンターに手を掛けて立ち上がっていた。そしてその右手には、二つ折り式のナイフが握られていた。ジャックナイフ──船乗り(ジャック)の必需品である。
「──冗談じゃ済まなくなるぞ」
 エアルドフリスは、つまらないモノでも見るようにナイフを見遣ると、手許でパイプをくるり──と回しながら言った。
 男は、その忠告めいた台詞に最早何も応える事もなく、ただぱちり──と、刀身を展開して構えた。
 そして、刃先をエアルドフリスへ突き付けて、ただ一直線に突進した。
 女が絹裂くような悲鳴を上げる。

 心得よ──

 その時エアルドフリスは、迫るナイフの切先に対して、ようやく身体を振り返った。火皿に小さな宝珠を埋め込んだパイプを、男へ向けて振ったのだ。

 ──身に過ぎた毒は蛇を殺す。
 
 その直後、エアルドフリスへナイフを突き立てる直前に男の巨体が吹き飛び、木製の丸テーブルに激突する。
 天板を砕いた男は、苦鳴を迸らせた。
 彼の太腿に、彼自身が手にしていたナイフが突き刺さっているのだ。ナイフ自体、刃長のある物でもなく、そう深い傷でもない。とはいえ刃傷沙汰である事に変わりない。
 エアルドフリスは煩わしそうに舌を打つや、懐に忍ばせてある薬の一式を取り出して、男の方へ足を向けようとした。しかし、一歩踏み出したその先を、赤毛の女──男の妻が一目散に駆け抜けていった。
「あぁ、あなた!」
 眦に涙を浮かべ、男の身を案じて縋り寄る女のその姿を前にして、エアルドフリスは立ち尽くした。
 裏切られた気分、というのはお門違いだ。女にとっても、自分にしても。
 ただの泡沫(うたかた)、虚構の逢瀬。そこに本物をねだろうなどと、どの口が言えた義理か。
 ああ。わかっている。それでもそんな理屈は、このどうしようもないやるせなさを呑み込むには、ぬるすぎる。



 バーテンが、ウイスキーが一瓶なくなっている事を察したのは、カウンターの上に置き去りにされた酒代と、切創用の薬に気付いた後の事だった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1856/エアルドフリス/男/20/魔術師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 御依頼ありがとうございます。
 しかし、間男と寝取られ男のしょうもない喧嘩で発注を寄越されるとは、いやはや、わかってらっしゃる。こういう中身のない話は、得意とするところです。
 エアさんが使った魔法ですが、あれは辺境部族のまじないを起源にした、完全オリジナル。覚醒しなくとも使える代わりに手順が必要で、発動条件もやや複雑とか、そんな設定です。
 ちなみにタイトルですが、大した意味はありません。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
エアルドフリス(ka1856)
副発注者(最大10名)
クリエイター:-
商品:シングルノベル

納品日:2018/02/28 11:25