※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
あべこべ恋事情~神託蒼記録~

●何時ものやりとり微かな嫉妬

 ノックする前はいつも、ひとつ深呼吸をするようにしている。
(空気を変えなきゃいけない気がするんだよね)
 それは部屋の主の性質や意向が理由なのだけれど、結果として九条 子規の有利にも不利にも働いている。
 コン。コン。
「……入りたまえ」
 いつもの台詞が聞こえて中に入れば、予想通りの光景が広がっていた。
 どこか困ったような顔の教師と、机に積まれたお菓子の包み。
(他の人が先生にあげたチョコとか見るのも嫌)
 わかっていたことだけれど、実際に目にするとまた違う。
 けれど他に先客は居ないから、送り主達は皆この部屋ではなくて、廊下や教室で渡したのだろう。……これが、子規にとって有利な部分。溜飲を下げられる理由。
 雨塚 燐太郎のパーソナルスペース、化学準備室は生徒禁制の場所とまことしやかに囁かれている。未成年達の通う学舎の中で、特に煙草の匂いが詰まっている部屋だから。
 隙あらば常に喫煙場所を捜し歩いて彷徨っているのは本当は外部へのポーズだ。一度起こした始末書騒ぎが原因で、あまり籠もっていられないという事と。準備室に居る時間は少ないと思わせて人との接触を減らすためだという事。
(それでも、昼はここに居てくれるようになった)
 その理由も、この部屋に通うのも子規だけだ。それは嬉しい反面、常に緊張が付きまとうものでもある。……不利な部分、と言うには本当は違うかもしれないけれど。

 いつもの足音が聞こえて、けれどノックの音が聞こえるまでの少しの間。
 そのほんの少しの時間で、開けていた窓をそっと閉める。裏手に面した窓だから、生徒達に見咎められることもない小窓を。
「センセ」
 いつもと同じように迎えたつもりだが、やはり無理があったらしい。子規の声に含まれる甘さがほんの少しだけ苦く擦れている。その視線の先にあるのは、生徒達から押しつけられたチョコレートだ。
「食うかね? 好きだろう、甘いの」
 バイト先にカフェを選ぶくらいには、興味も嗜好もそこにあるのだと知っている。そして自分のこの台詞がわざとらしいということも。
「血とか入ってないといいね」
 鋭さを増した声で返される。
(眉も動いてなかったぞ……)
 失敗したという事はわかる。冗談が過ぎたか。
「俺の弁当だって入ってるかもしれないよ?」
 いつものように手渡されるはずの包みはまだ子規の手の中にある。すぐに飽きるだろうと思い期待もしていないと言いつつも、毎日届けられるうちに実は待っていたりもする……子規が作ってくれる弁当。
「……ド阿呆」
 言いながら包みに手を伸ばせば、避けられることもなく手は届く。その事実に安堵している自分が居ることは気付かないふりをしながら、弁当を自分の手に収めた。
「血液は高温で凝固する。入れるには不適だな」
 それに匂いでわかるものだよと添える。入っているなんて思っちゃいない、信じているという意味を含ませながら。

●踏み出す切っ掛け綻びの鍵

「今日も弁当、旨かった。御馳走様」
 昼休みに受け取った弁当箱は洗って、軽く乾かして放課後に返す。どちらも他愛無い話や言葉を交わすけれど、忙しい子規は大抵そのまま去っていく。燐太郎も仕事や立場があるので止めることは無いし、それが二人の習慣になっていた。
 時折長居することもあるけれど、その頻度はそう高くない。
(ま、こうなるとは思っちゃいたが)
 面談用のソファに陣取る子規を見ながら頭をかく。
 今日はバレンタインデーなのだ。他の生徒達からだって菓子を押し付けられるくらいだ。特に自分を慕ってくる子規が何も仕掛けてこないわけがなかった。
 昼休みのやり取りの時は確かにいつもと違ったが、弁当もいつも通りだった。なんとなく、それだけで済むのだと期待していた。
(職場でこれ以上何かあっても拙かろう)
 特別扱いをしていることは自覚している。たまの休みに共に出かけることだってあるくらいなのだから。
 場所を考え、公私は分けている……ことにしているが、弁当のやり取りは確かに教師と生徒という壁を越えている。
(今日は何を言い出すのやら)
 珍しく迷うような素振りの子規を見る。視線が合った。
「ね、今日はセンセの家行ってもいい?」
「! ……駄目だ」
 殆ど即答。その境界は触れないようにしていた部分で、だからこそ敏感だ。
(教員として拙かろうし)
 この部屋はまだいい、自分専用とはいえ職場というくくりが存在し立場という前提がある。ただそれは建前の意味合いが強い。自分がこの仕事を副業と捉えているからだ。
 けれど、自宅はそれこそ自分の懐に同じ……受け入れる理由はあるはずがない。

 断られることは想定済だ。
(ここまではっきり言われると、やっぱり辛いけど)
 それでも諦めるつもりなんてない。この言葉を言う為に、俺がどれだけ考えて、準備してきたのか知らない癖に。
 めげる? そんな言葉、今日の俺にはないんだから。
 一度息を飲み込んでから、もう一度。
「何か食べたいものない? センセの食べたい物作るから」
 特別な日に一緒に居たいから、そのための理由はいくらだって作ってみせる。
(勿論チョコも渡したいんだけどさ)
 渡すだけじゃ、他の生徒達と同じだ。自分はあの子達とは違うという自負がある。特別扱いだってしてもらっている。……違う、そんなことは理由じゃない。
 チョコレートを渡すだけで満足できるほど、この気持ちはちっぽけなんかじゃない。
 二人きりの時間というだけなら、何度も作ってもらっている。けれど踏み込ませてくれない領域がある事にはずっと気づいていて。
 だからこそ、自分達の関係に自信が持てなくて。
(自信が欲しいとか、そういうんじゃないんだ)
 まだ自分は全てをぶつけきれていない気がするから。
 化学の勉強に特に力を入れて、一番得意だと言えるようになって。
 よく行く喫煙場所を把握して、すぐに見つけ出せるようになって。
 ふとした切欠で、弁当を作るようになって。
 少しずつ味を変えて、好みの味を探り出して。
 待ってくれるくらいになって。
 気付けば二人出掛けるくらいに近づいて。
(未だに俺の気持ちがどこから来るか、知らないのも知ってる)
 だからきっかけにして、踏み出すと決めたのだ。チョコレートに込めるだけでは足りない、ありったけの想いを伝えるつもりで。

●部屋まで歩いて扉を開けて

「……聞こえなかったのか、駄」
「食べたいものないなら、好きな物作るよ」
 遮るように言葉を重ねる。俺の料理の腕は、もう十分知ってるでしょう? 込めた気持ちは視線に乗せて、立ったままの燐太郎を見上げる。
「九条」
 たしなめるため、声に怒気を混ぜようと意識する。
 養ってくれた恩義と使命感から家業の神職を継いでいる自分。その本質と生存理由を守るための家に踏み込まれることがどれだけ……
(不快ではない、それはわかっちゃあいるんだが)
 せめて、戸惑いは隠せているだろうか。
「それってさ、エア先生の答えでしょ? ……燐の答えも本当に、それ?」
「……」
 独りには慣れているはずなのに、この距離感が心地いいと思うようになっているなんて。
「冷めちゃった弁当じゃなくてさ、出来立ての温かい料理とか、食べたくない?」
 それ以上の否定はできなかった。
「社務所と続きの古い家だ。水道は井戸水だしIHなんざ無いぞ」
「大丈夫、結構慣れてるから。他には?」
 喜ぶにはまだ早い。でも、つい笑みを浮かべたくなってしまう。この人に飛びついて、抱きしめてしまいたい。
(ここは学校、そういうのはまた、後で)
 我慢しなきゃと思い直してから顔を覗き込めば、どこか諦めたような表情の燐太郎が見えて。それを可愛いと思ってしまうけれど。
(だから、今はダメ!)
 もう一度自分の腕に言い聞かせる。チョコレートもまだ、渡せていないのに。
「あと寒い。それで良いなら」
「二人なら寒くないって。ね、それよりさ、早く買い物行っちゃおう?」
 燐の事だからまともな食材もないと思うんだよね。
「仕事、今日はもう終わりなんでしょ」
 既に間合いが二人きりの時のそれと同じだ。
(まだ学校なんだがね)
 指摘するのも憚られる。そう思ってしまうくらいに自分は九条に甘い自覚がある。
「車回してくるから」
 先に出て待っていろと伝えれば、軽やかな足取りで部屋を出ていく。その背を見送って敵わないなと息を吐く。

(……負けたのは、食欲に、か?)
 本当は気付いているのだ。その誘惑はあまりにも危険だと知っているから、気付かないふりをしていたけれど。
 この後自分は、触れたい衝動から目をそむけたままで居られるだろうか。
 人の目を気にすることのない場所で、無防備に触れてくるだろう子規を教師として、生徒として見れるだろうか。
 自分のこれまでを決めてきた象徴でもある家に、未来そのもののような子規がいる、その眩みそうな状況に。
 無意識の期待に気付くのは、もう少しだけ後のこと。

 緊張も、不安もまだ残っているけれど。
「なにを作ろうかなー?」
 また一歩近づかせてくれたことが嬉しくて。
 料理をして、食卓を囲んで。落ち着いたらチョコレートと、気持ちを届けて。
 俺にだってわかるその影を、暖めて溶かして……できたらもっと近くで支えてあげたいから。
(泊まっていくって言ったら、どんな顔するかな)
 想うのは燐太郎のことばかり。自分だって初めてのことばかりのはずなのに。
 抜け落ちていたその事実を思い出すのは、その時になってから。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1856/雨塚 燐太郎(エアルドフリス)/男/化学教諭/壁の向こうの迷い人】
【ka0410/九条 子規(ジュード・エアハート)/男/二年/首に鍵を下げた猫】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
ジュード・エアハート(ka0410)
副発注者(最大10名)
エアルドフリス(ka1856)
クリエイター:石田まきば
商品:MVパーティノベル

納品日:2015/03/23 13:45