※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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あまくつつんで
●秘やかな愛
東方を意識した内装になっているのは、蒼界で言うところの雛祭りも意識しているからだ。春を運ぶ桃の香りが漂い、ホワイトデーの商品も並ぶ。
この日も常連に加えてお返しに悩む客の来訪が続き、店内はあまり休まる様子を見せなかった。
そんな中現れた1人の客の気配に、雇われ店長ジュード・エアハート(ka0410)はぴくりと肩を震わせる。
振り返らなくても分かる、エアルドフリス(ka1856)だ。
(なんで?)
自分の店で菓子を買う、その意味を測りかねる。少なくとも自分にくれる分と言うことは無いはずだ。
じゃあ誰にというのか。まさか自分が知らないうちに誰かに……いや、今は接客だ。
「いらっしゃいませー……なんだ、エアさんじゃない」
バイト達の手前もあるから色々と装う。
「お邪魔するよ」
いつもの乾菓子なら助手のお使いで済ませることも多いのに、わざわざ出向いてくるということは。予想通りチョコレートのお返しの相談だと笑顔で返してくるから、嬉しいのと苦しいのが同時にやってくる。
(どういうこと!)
問い詰めたいけれど出来ないから、余計なところに力が籠もった。
「数は15個……いや、12個で足りる……筈だ」
注文を取るジュードの手元、ペンの悲鳴を聞きながら返す。
(想われ冥利に尽きる、ということでいいのかね)
予想以上の反応に怯えるべきだろうかと思いながら、エアルドフリスは秘密の恋人の反応を気にしていないように装って笑顔を浮かべた。
(驚かせ甲斐もある、ということかな)
菓子を丁寧に包装する滑らかな指の動きと、半銀貨の有無を探る視線の熱さと鋭さもしっかり堪能してから、会計時に気軽な声音を滑り込ませた。
「ところで今夜、閉店後の店長は御閑かね?」
「え? 暇、だけ、ど……」
それまでの鋭さが、意図に気付いて柔らかくなる。勿論その変化も逃さず見つめてから、ひらりと店を出た。
「それじゃあ、また後で」
再び店に迎えに行くまで時間がある、それまでに、このお返しの山を配り終えておかなければ。
●堅実
「手ぶらで構わんと言ったんだがね」
「こういう時に着るものでしょー? へへ、可愛い?」
言いながらも見つめてくる視線が優しいから、そのために頑張った甲斐はあると思う。
王国で有名な店のワンピース、決め手は勿論足を綺麗に魅せられるかどうかだ。お菓子を仕入れる交渉で各地を回るジュードは女性受けのいい話題集めだって得意だ。その知識はしっかりと自分にも生かしている。
「それも似合ってる」
そう言って手を引いてくれる。ここしばらく店が忙しくて、ゆっくり過ごす時間は取れなかった。
迎えに来た彼を少し待たせることになっても、気合を入れたおめかしは外せなかった。
そのままでいいと言いながら、支度するくらいの時間の余裕は折りこみ済みの大人なのだ、この男は。
その余裕がずるいとは思うけど、でも。
(俺を甘やかしてくれるためならそれでもいいかな)
港町育ちのジュードの舌は魚介に親しんでいる。幾度も共に食事をした中で確かめた嗜好を元にエアルドフリスが選んだのは、やはり魚介が旨いと評判の店だ。
いつもより少しだけいい店なのは、近頃忙しかったジュードを労う意図も含んでいる。ドレスコードに指定のある店というほどではないのだが。
(着いてからのお楽しみ、とはいかなかったか)
出掛ける前に行先を教えてとねだられたのだ。
「ね、区域だけでもいいから♪」
「それくらいなら構わんよ」
すり寄るように甘える時の声音に少しのヒントくらいはと教えれば、それだけで店を言い当てられた。ジュード自身気になっていた店らしい。
喜んでもらえるのは確実となったけれど。
(どれだけ読まれているのかね)
わざわざ着替えた連れにちらりと視線を向けた。
時間を重ねるほど関係が深くなるのはわかっていたことだけれど。
●豊かな感受性
いつのまにか、外では手を繋ぐのが当たり前になっていた。
(友達でも繋ぐよねー)
仲の良い友人達を思い浮かべ、手を繋ぐ様を想像する。うん、おかしくない。
自分達の場合は指まで絡ませ合ったもの、友人との場合は握手に近いものだという差には気付かない。考える分は極力少なく、出来る限り相手を見るために使うのが恋する者の宿命だ。
確かに今のジュードはお酒が入って酔っているけれど、素面でもほとんど同じことを考えていたりする。
「えへへー♪」
ぎゅうと腕にしがみつく様にして身を寄せる。はじめは手を引いてくれていたけれど、それだけでは足りなくなったのだ。
先ほどまでエスコートしてくれた手を持ち上げる。じぃとその手のひらを見つめた。
薬品の扱いで厚くなった手のひらに、決して小さくはない、左手にあるのは少し珍しい剣だこ。今は見えないが右手にあるのはペンだこだ。独特の感触に、目を閉じていたってエアルドフリスだとわかる自信がある。
なにより大きくて、触れられるとふわふわする。たこができる位武骨なはずなのに、薬草達を扱う優しさだって兼ね備えているのだから。
エアさんさいこー、エアさんだいすき。
本当はもっと伝えたい、思いつく限り、言葉がある限り言ってしまいたい。
でもここは外だから、それを理由に心の中で好きなだけ、吐息を零すように積み上げて。この人を埋もれさせてしまいたい。
(そうしたらずっと俺のものー、なーんてね)
剣だこを指でなぞりながら、ふふっと笑った。
街の灯りは徐々に消え始めている。たまにある街灯と、まだ営業している酒場から漏れる灯りが二人の足元を照らしていた。
ただのんびりと、互いの温もりを求めるように寄り添って歩くだけでも風情がある。ふわりと軽やかに、少し酔った足取りのジュードの歩調に合わせながら、エアルドフリスはゆっくりと港を目指していた。
「……だいすきー……ふふっ♪」
音になるかならないかの吐息が聞こえる。すれ違う他のカップルもいないタイミング、静かな瞬間だったから、余計にエアルドフリスの耳を擽る。
(まいったね)
波の音も近づいてきているのに、すべての神経が隣に、自分の左腕を包む存在に向かっている。
今日はジュードの為に過ごすと決めていた。だからどんな言葉も行動も彼の気のすむままに受け入れる用意をしてきたつもりだったけれど。
食事中にあった「お返しの仕返し」などまだまだ可愛いものだった。手を擽られながら、愛しい恋人のうなじを、そこにかかる半銀貨の鎖に視線を落とした。
●真実の愛
チョコレートに込められた感情を受け取って、自分からもようやく伝えたばかりの言葉を込めて。
散策の途中で通った指定のポイント。予め手配しておいたのは大きなミモザの花束。
互いの住処に戻る前、ジュードを送り届ける前に渡そうと抱えたそれを、とろりとした視線のジュードの前に差し出した。
「……え」
突如現れたように見えたのだろう。次第に丸く見開かれて行く様を見ながら、懐から出すのはもう一つ。
「そんなに良いもんじゃあないぞ」
ペンの軸に彫られた鳥の翼が、覚醒時の精霊に似ていたから選んだのだ。軽く聞こえるようにつとめる。
この言葉を伝えるために、どれほどの勇気が必要だったか……装っても、伝わってしまうのだろうか。
(伝えたいのかもしれないし、そうじゃないかもしれない)
自分が傍に居てもなお沢山の過去、不安に苛まれる君に手を貸して、並んで歩きたい。
一緒に居られる時間は出来る限り同じ場所で、同じ景色を見て分かち合いたい。
それでも君を置いて巡りの環の義務の元に旅立つ日は必ず来る。
けれど。
全てが円環だというのなら。
いつか、君の元に。同じ場所に戻ること、帰って来ることも可能なのではないだろうか?
(俺はそれを自分に赦せるだろうか?)
自分に都合のいい解釈をしていいものだろうか?
迷いはまだ残っている、けれど今はただ愛しい君に、ほんの少しでも未来の約束を。
「だから、駄目になる頃に新しいのを差し上げよう」
でも、今日みたいなのは勘弁してくれよ?
あるとは思っていなかったお返し、それだけでも嬉しいのに。
ミモザに込められたのはきっと、自分と同じ気持ちであろうとしてくれている証。
鳥のペンを選んでくれたこと、自分を見てくれている証だけでも嬉しいのに。
添えられた言葉が、その約束が自分からねだったものではなく、恋人からだという事に驚いて。
(嬉しい。凄く……嬉しい)
涙を流して喜びたいくらいなのに、驚き過ぎたせいかそれはできなくて。
「ごめん。酔っ払っちゃって、一人で家に帰れなさそう」
咄嗟に口をついて出たのは、少しの嘘。
酔っていたのは本当だ、けれどもう醒めてしまっている。
「元より送るつもりで居たんだがね」
そうじゃない。
帰れないんじゃないんだ。
「……帰さないで……フォス」
今まで一度も言ったことのない言葉が、関を切って溢れ、流れ出す。
(離れたく、ないだけ)
――ミモザの妖精が吐息を零せば、差し出されるのは明日の約束
割れたコインが重なり合うには、時間と想いと温もりと――
「砂糖漬けにしようと思うんだ」
一年くらいもつらしいよ。シャラリと胸元の鎖を鳴らしながら、とりあえずでいけてある花束を眺める。
「手間じゃないのかね?」
膝上から声がする。
「ひとつひとつ丁寧に、茎も全部取らなきゃいけないんだ……手伝ってくれるでしょ?」
悪戯めいた顔で見下ろせば、部屋の主の眉が下がった。
「今日は臨時休業にでもするしかなさそうだ」
零れるのは甘い微笑み。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1856/エアルドフリス/男/26歳/魔術師/妖精に魅入る者】
【ka0410/ジュード・エアハート/男/17歳/猟撃士/約束を積み重ねて】
副発注者(最大10名)
- ジュード・エアハート(ka0410)