※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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暗き道を辿る
――人間の追跡、そんな依頼を受ける事になったのは何の皮肉だろうか。
簡単そうでやはり難しく、経験や技術、自信のある人間はそうもいない。
失敗したときの取り返しのつかなさを考えるとどうしても気後れする類のもので、無理して受ける必要もない事から、その依頼はぽつんと放置されていた。
そもそも、報酬額からしてそんなに高くなかった。
女の子の様子がおかしく、心配だから調べて欲しい。彼女の友人たちが出し合って集めた報酬額は、ハンターが一人で受ければぎりぎり成立する程度のもので、緊急性の確信が出来ないというのも悪かったのだろう、誰もがその依頼を通り過ぎていく。
下手すればそのまま見捨てられそうな様子に何を思ったのか、ラィルはその依頼を受けていた。
助けのない女の子に心を痛めた、確かにそういう理由だったが、胸を張って言えるほどラィルは出来た人間ではない。
可愛がっていた妹分が巣立っていくのに寂しさを覚え、その心の穴を何かで紛らわしたかった。
その理由に気づいていたから、ラィルは多くを語る事なく、友人たちから状況説明だけを受けて、女の子の尾行に移っていた。
女の子は、恋人から別れを告げられたばかりだという。
経緯までは尋ねなかったが、口を濁す友人たちの様子から、余程ひどかったのだろうと察される。
そんな相手でも、女の子は気落ちしていた。口数は少なく、反応も薄い。最近ようやく少し顔を上げてくれるようになったと思えば、どこかぼんやりしている。
極めつけは、夜にふらふらと姿を消すのだ、その時だけ、少し弾むような足取りで。
なんとか話を聞き出そうとしても梨の礫、見目のいい男に頼んでも効果がなかったから、尾行という手段に踏み切ったらしい。
「その子を尾けて、僕はどないすればいい?」
「危険がないとか、常識的な範囲の行動だったならいいんです」
もし犯罪に関わってそうなら、代わりに目撃者として通報して欲しい。
危険に巻き込まれてそうでも同様、最優先は女の子の安全で、万が一の場合は尾行がバレてもいいから救出して欲しい、との事だった。
「その……大分無理を言っている事はわかっているんです」
頼めたハンターはラィル一人で、額もギリギリだ。
だから危険を冒せとまでは言えないけど、女の子の生存だけは確保して欲しいと頼まれていた。
…………。
夜に紛れる事は、そんなに苦手ではない。
遠くから誰かに目を配り、動向に注目する事だってお手のものだ。
過去は苦くて痛むけど、培った技術は今も変わらず役に立ってくれる。
相手は一般人で、しかも注意力散漫、だけど辿る道の人通りが少なすぎたから、ラィルでも少しは注意して動く必要があった。
無音で風とすれ違い、影を隠して、視界を最低限に使って足取りを追っていく。
(これは……マトモやないわな)
一般人が近づいていい郊外をとっくに超えている、友人たちがこの事を知っていたかはわからないが、ハンターに依頼したのは正しい判断だろう。
出来れば引き止めたかったけど、ラィルが受けた依頼は行動の調査と確認だ、嫌な予感を感じつつも、ラィルは見守るしかなかった。
…………。
嗚呼、これは。
空間が歪むような負のマテリアルの流れ、歪虚が女の子からマテリアルを搾取する現場だった。
察するに、あの女の子は幻覚か何かを見させられている、だってどう見ても目の前にいるのは異形の姿で、おぞましい六本腕を「お姉さま」と呼ぶとはとても思えない。
危険があるなら、ハンターズソサエティに通報。
わかっていたけれど、最優先は女の子の安全だから、ラィルは動けなかった。
女の子が今まで生きていたことから、恐らくあの歪虚は被害者に幻覚を見せ、自分は身を隠しつつ、少しずつマテリアルを吸い上げるタイプだ。
最終的には死ぬだろうが、今日がそれかどうかはわからない、無事に離れてくれ、そう思うが、手は既に武器を握りしめていた。
危険を冒す必要はない、そう依頼人は言うけれど。
搾取を見過ごしてもいいのか、そう心が自分に問う。
間違いなく碌な目に合わない、被害者は幻覚を見ていて、ラィルの事を悪漢か何かと勘違いするだろう、でも。
不意は打ち放題、準備時間も山ほどある。
闇色のオーラをまとったラィルは、マテリアルを短剣に込め、最大限の力で投げつけた。
「ぐぉぉぉぉぉ」
「きゃあああああああ!?」
歪虚の咆哮に一拍子遅れ、女の子の悲鳴が響く。
だがここは一般人なら到底近づかない郊外、これ以上の誤解が広まる心配はなかった。
抜剣、そして電光石火による突撃。
女の子をひっつかみ、頭を打たないように気をつけつつ、離れた場所に投げ飛ばす。
闇討ちに関してラィルが遅れを取る理由はない、たとえ一人で相手が歪虚でも、先手を取ったラィルが敗北する事はなかった。
…………。
倒された歪虚は、塵となって消えた。
投げ飛ばされた女の子は恐怖と混乱でガタガタと震え、ラィルから距離を取ろうとしていた。
近づきながら、対処を考える。
自分の柔らかな話術なら落ち着かせる事は出来るかもしれないけど、なんとなくそれが酷のように思えて、ラィルは何を言う事もなく、女の子を立たせると街の方向へと歩き出した。
少しだけ手に力がこもったけど、それ以上の抵抗はない。
この状況が異様だという事くらいはわかっているのだろう、だって普通の人間が塵となって消えることはない。幻覚は解けただろうが、記憶の方はどうか。
その心境をラィルには察してあげられなかったから、そっとする事を選んだのかもしれない。
別に、無理やり割り込む必要はなかった。
ラィルの見立てでは女の子が搾取で絶命する事はまだなかっただろうし、離れるのを待つとか、スマートなやり方はいくらでもあっただろう。
ただ、嫌だった。そういう頭のいいやり方は、女の子を生贄にしているようで。
頭の悪い事をした、そう自分でも思っている。
でも後悔はなくて、手荒な方法を取って悪かった、それくらいの気持ちだった。
「…………、すまんなぁ」
女の子に言えるのは、これだけ。ハンターズソサエティに連れて行って、歪虚の被害を受けていた事を伝え、事後処理を任せた。
後は依頼人への報告、程なくして友人たちが彼女の傍に駆けつけるだろう。
後日、女性の筆跡で書き置きがラィル宛に届く。
有難うございましたと、一言だけ添えて。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1929/ラィル・ファーディル・ラァドゥ/男性/24/疾影士(ストライダー)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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音無です、ご依頼有難うございました。
依頼闇鍋、今回のテーマは『人間尾行の依頼』となります。
一度やってみたかったんですよね……追跡と尾行メインのお話。
テーマだけは設定を確認する前から決まってて、余程じゃない限り変更しないのですが、それが提出されたアンケとステシに悪魔合体した結果こんな感じに。
暗くて! 苦くて! 後味も余り良くはありませんが!
本部での経歴からOKなものだと信じております。