※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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ダウンタウンの片隅で
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聖輝節が近いある日のこと。
同盟の港湾都市ポルトワールもまた様々な飾りに彩られ、どことなくうきうきとした人々が行き交う。
元々クリムゾンウェストの各地に根付いていた祭に、リアルブルーの行事が混ざり合い、今では趣旨が何だったのかわからないほどだ。
それでもその日が、親しい誰かと楽しい時を過ごすべき日とされている点は昔と変わらない。
ヴァージルは賑やかな大通りを横切り、脇道に入る。
いくつかの辻を曲がるうちに、大通りに並んでいた美しい建物は姿を消した。
更に入り組んだ路地を進んでいくと、薄汚れて壊れかけた建物の軒は低くなり、薄暗い通路にはじめじめとした空気が漂うようになる。
そこはヴァリオスと肩を並べる大都市ポルトワールの裏の顔、ダウンタウンだ。
同盟軍も手を焼く、訳あり連中の吹き溜まりである。
だがヴァージルの歩みは、大通りと同じように迷いがない。
やがて1軒の建物にたどり着くと、古ぼけた扉を壊さないように慎重に開いた。
中は暗くてよく見えないが、ひしめき合う人々が一斉にヴァージルを見つめるのが分かる。
その視線をまるで意に介さない様子で、ヴァージルはカウンターに陣取ってこちらに半身を見せる大男に声をかけた。
「ちょっと教えてほしいんだがな、ヴァネッサに連絡をつけるにはどうすればいい?」
人好きのする笑顔を作り、コインを1枚男の前に置く。
だが男はコインに手を触れようともせず、濁った眼でヴァージルの頭のてっぺんからつま先までをじっとりと眺めまわした。
「怪しいもんじゃないぞ。ついでに言うと、軍の犬でもない」
ヴァージルはおどけた仕草で両腕を開いて、敵意のないことを示そうとする。
大男は身じろぎもせず、唇だけを動かした。
「ヴァネッサ? よくある名前だが、この店にゃいねえな。他を当たんな」
「そうつれないことを言うなよ。俺は大真面目なんだぜ。このダウンタウンのヌシ、ヴァネッサ姐さんを聖輝節のデートに誘いたいんだ」
ヴァージルは更に1枚、コインを置く。
「こいつはお近づきの印だ。何か飲んでくれ」
大男がゆっくりと身体の緊張を解くのが分かった。恐らくこの店の用心棒なのだろう。
「ニヤケ男に会うか会わねえかは、相手次第だろうよ。連絡がなきゃ諦めな」
「よろしく頼むよ。ヴァージルが連絡を待ってるって伝えてくれ」
ヴァージルは手紙を男に預け、店を後にした。
数日後、ヴァージルのもとに1通の封筒が届いた。
中には地図と鍵が1本だけ。
「そっけないねえ」
だが返事は届いた。ヴァージルは満足そうに顎髭を撫でると、思案を巡らせる。
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そして聖輝節の当日。
ヴァージルは鏡の中の自分を点検し、満足げに目を細めた。
綺麗に整えた髪と髭、糊のきいたシャツに嫌味のない程度に上質な上着を身につけた姿は、我ながら悪くない。
それから大きな荷物を抱えて、地図に示された家に向かった。
それはダウンタウンでも多少はマシなエリアにある、何の変哲もないボロ家だった。
錆びかけた鍵を差し込み、慎重に扉を開く。
「邪魔するぞ」
声をかけたが返事はない。
ランプの点いた室内に人の気配が感じられなかったが、暖炉には火が入っており、暖かかった。
部屋の真ん中には大きなテーブルと椅子が据えられている。
「照れてんのかね? まあ準備にはちょうどいいか」
ヴァージルは街中で散々流れるのを聞くうちに覚えたクリスマスソングを鼻歌で歌いながら、荷物を開き始めた。
チキンの丸焼きそのほかのごちそうとワインの容れ物を並べ、テーブルの真ん中に置いた赤い蝋燭を灯す。
更にキャンディケインの飾り物も据え付けると、それなりに聖輝節らしい食卓になった。
「これでよし。さて、待ち人はいつになるやら」
手近の椅子を引き寄せ、腰掛ける。ふと窓の外を見ると、まだ日暮れまで間があるのに随分と暗くなっていた。
「こいつは雪になるかもしれんな。ホワイトクリスマスとはロマンチックだ」
そうつぶやいたヴァージルは、室内に視線を戻す。
「そうは思わないか?」
「相変わらず行動の読めない男だね」
いつの間にか裏口から入って来たらしい。
目深にかぶったフードを軽く上げて、ヴァネッサが苦笑いを浮かべていた。
ヴァージルは立ち上がって、相手を出迎える。
「連絡をくれて嬉しいよ。まさか応じてもらえるとは思わなかったんだ」
「クリスマス会とはまた随分と可愛いお誘いで、ちょっと興味がわいたんだ」
ヴァネッサがそう言って、するりとマントを脱いだ。
その瞬間、思わずヴァージルは『良い子』の振りを忘れて口笛を吹く。
「こいつは素晴らしい。俺のためにドレスアップしてきてくれたのか」
ヴァネッサが無造作にマントを放り投げる。豊かな胸元は眩いほどに白く、赤と黒の絹のドレスの裾が艶めかしく揺れていた。
だがヴァージルの前を通り過ぎたヴァネッサは、隣の部屋に消えたかと思うとすぐに戻ってくる。
頭には赤毛の長い髪のカツラをかぶっていた。
「御目出度い男だ。ほら」
「なんだ?」
ヴァージルは放り投げられた物を咄嗟に受け止める。それは小さな箱で、中には伊達眼鏡が入っていた。
「隣の部屋にあんたの着替えも用意してある。すぐに出るよ」
「おい。もう少し分かりやすく説明してくれんか?」
白い毛皮のストールを優雅に巻き付けたヴァネッサが、楽しげに微笑む。
「お仕事だよ。ほら、急いで支度して」
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結局、ヴァージルはヴァネッサの指示通りに、黒のお仕着せを身につけ、黒い帽子をかぶり、伊達眼鏡をかけた。
ヴァネッサの言う「仕事」の手伝いに駆り出され、流石に文句のひとつも言いたくなる。
「なあおい、あんまりじゃないか。ご褒美はお預けのままで、クリスマスに仕事だなんて」
「まあ、そんな言葉遣いをするものではありませんわ、ヴァル」
ヴァネッサは普段とは全くの別人だった。
さしずめ、ちょっとした商人の奥方というところか。
だが僅かに目を細めて微笑むと、抜け目ない女傑の眼光が漏れる。
「クリスマスにはみんな幸せでなきゃ。そのためには協力者が必要なのさ」
「協力者ねえ」
ヴァージルは馬車の天井を仰ぐ。
向かった先は、ポルトワール郊外にある金持ちの別邸が多いエリアだった。
どこの家もパーティーをしているようで、門灯が明々と灯っている。
そのうちの1軒で、ヴァネッサはヴァージルを従者に見立てて、主と対面した。
「これはこれはヴァレリー夫人、ようこそおいで下さいました」
ヴァージルから見れば下心が見え見えの、いかにも小金を貯め込んでいそうなオヤジである。
「お招きいただき光栄ですわ。それから寄付の件、心からお礼を申し上げますわ」
「はっはっは、お安い御用ですよ」
ほほほと上品に笑うヴァネッサの腰に、オヤジが手を添える。
ヴァージルは舌打ちしかけて、どうにか我慢した。
「その話はともかく、少しあちらでお飲み物でも如何ですかな」
などという言葉にも、いちいちひっかかる。
だがヴァネッサはヴァージルに流し目をくれると、優雅に手を振った。
「ヴァル、ここで少し待っていなさい」
「……承知しました、奥様」
事前に教えられたとおりに答える。
それから10分ほど経った頃か。
オヤジと共に奥の部屋に消えたヴァネッサが、しゃなりしゃなりと歩きながら出てきた。
「遅かったじゃないか。そろそろ踏み込もうかと思っていたところだぞ」
「ハッ、冗談だろう。すぐに帰るよ」
ヴァネッサの胸元に、見事な宝石の付いた飾りが揺れている。
「どうしたんだ、それは」
「恵まれない子供たちのために、篤志家から送られたクリスマスプレゼントさ」
ヴァネッサは悪戯っぽくウィンクしてみせた。
要するに、これと目をつけた小金持ちに、ヴァレリー夫人を名乗って近づき、『ふたりきりでお会いしたいわ』などと持ち掛け、高価な品を頂戴するという手口だ。
相手はもちろん、今頃は幸せな眠りの中だろう。
「詐欺だな」
「とんでもない。ちゃんと趣旨は説明してあるし、賛同も貰っているんだ。ただ対価をはっきり言わなかっただけだ」
「酷い女だ。男心を弄ぶとはな」
だがヴァネッサが掠め取った宝石を、自分のものにするわけではないことはヴァージルにもわかっている。
ポルトワールの繁栄が生み出したダウンタウンの澱み。
表の世界に生きられない者達が蠢く魔境には、その日暮らしの人間があふれ、教育も受けられない子供たちがいる。
陸軍ですら制御しきれない裏の世界には、裏の世界のルールがあった。
ヴァネッサは特に凶悪な連中をうまく抑え込んだが、そいつらの制御がなくなった小物は却って好き放題するようになってしまった。
「これでも相手は選んでるさ。狡い手段で貯め込んだ金なら、ちょっとぐらい寄付に回した方が、来世の幸福になるってものだよ」
ヴァネッサが先に立って歩きだし、ヴァージルが続く。
不意にヴァネッサが足を止めた。
「寒いと思ったら、雪だ」
柔らかく白い真綿のような雪が降りしきっていたのだ。
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結局、その後もヴァージルはヴァネッサに付き合ってダウンタウンを駆けずり回る羽目になった。
「この雪じゃじきに積もる。その前に凍え死にしそうな連中を、屋根のある場所に移さなきゃ」
ヴァネッサは手下を呼び出し、次々と指示を与え、ついでにヴァージルにも頼んで、路上に寝っ転がる年寄りや子供を集めて回る。
それから酒場の主人に報酬を渡し、温かい食事と一夜の寝床を頼んで回った。
どうせ今夜は夜明かしする連中が多いので、皆快くヴァネッサの頼みを引き受けてくれる。
そうして夜も遅くになって、ようやくふたりは最初の隠れ家に戻って来た。
「やれやれ、酷い聖輝節だ」
ヴァージルは首元を締め上げるネクタイを緩めながらぼやいた。
「でも偶にはサンタクロースの役割も悪くないだろう?」
ヴァネッサがマントとカツラを放り投げ、テーブルの傍の椅子に掛ける。
「ま、一仕事終えた分だけ、美味い酒になるだろうとは思うがね」
そう言いながら、ヴァージルはワインの容れ物を取り上げ、グラスに注ぎ分ける。
「改めて。聖輝節に乾杯といこうか」
「じゃあ遠慮なくいただこう」
グラスを合わせると、涼やかな音が響く。
そして赤い液体が、赤い唇に注ぎ込まれる。
「……いいワインだ。ハンターってのは、なかなか羽振りがいいようだね」
「とはいえ、いい女に貢ぐには全然足りないがね」
「そうやって、あちらこちらで悪さをしてきたんだろうな」
ヴァージルがその言葉に満面の笑みで応え、空いたグラスにワインを注ぐ。
「だが人生には、こういう愉しみが必要だとは思わないか?」
「まあね。偶には悪くないと思うよ」
そこで不意にヴァネッサが脚を組み替えた。ドレスの裾がまとわりつき、フリルが揺れる。
ヴァージルは極めて紳士的に、そちらを見ないようにして身を乗り出した。
「どうだろうな。とりあえず今は、忠犬のようにいい子にしているんだ。少しは構ってくれてもいいだろう?」
「飼い犬の生活なんかクソくらえって顔してるくせに」
ヴァネッサの指が、乗り出したヴァージルの額を軽くつついた。
「そこは飼い主次第だな」
「……犬を飼う気はないね。欲しいのは、いざと言うときに頼れる人間だよ」
「それなら好都合だ。ここにお勧めの男がいるからな」
ヴァージルはテーブルに飾っていた、キャンディケインをつまんで振ってみせる。
「偶には飴以外のご褒美を貰えたら、いつでも頼ってくれていい」
「必要なときに覚えていたらそうするよ」
「なるべく忘れないようにしてくれ。この酒に免じて」
ヴァージルが新しいワインを掲げてみせた。
クリスマスの夜、ダウンタウンの片隅に雪は降りしきる。
雪が全てを白く覆いつくし、今宵だけはこの街も穏やかな輝きに満たされていた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka1989 / ヴァージル・チェンバレン / 男性 / 45 / 人間(クリムゾンウェスト) / 闘狩人 】
同行NPC
【 kz0030 / ヴァネッサ / 女性 / 32 / 人間(クリムゾンウェスト) / 疾影士 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご依頼、誠に有難うございます。
ヴァネッサはどういう理由があれば、あんなドレスを着るのだろう……と、そこからスタートしてこんな内容になりました。
素敵なイラストに見合っているかはわかりませんが、それはそれとしてお楽しみいただけましたら嬉しいです。